頭の痛い話(1)
「それで、ラフティル公爵家はどうしている?」
玉座の間では、ヒュルケが疲れたため息と共に口を開いた。
朝議の時間において最初の議題で疲れたのはいつだったかとぼんやりと考えながら、ヒュルケは疲れた表情をしていた宰相リィに報告を促した。
「派閥に所属している貴族たちの各地の領邦軍を一本化して再編しようとしておりますな。
あと1月もしないうちに部隊編成が整えば、リンデンバーグ領に侵攻する気配が非常に高いです。
リンデンバーグ卿はすでに対処しているようで、領境に検問を敷いてラフティル領側から入ってくる商人や冒険者、平民などを取り締まっております。
すでに多くの間諜を捕らえているようで、現在は領境に堀を作っていて地の利を生かそして自軍を有利にしようとしているようです。
領邦連合軍の総数は凡そ23000、対してリンデンバーグ領邦軍の総数は約7500、まともに戦えば明らかに不利ですから、分かる気はしますが…これでは」
リィもこれ以上報告書を読み上げたくないのか、思わずヒュルケと顔を見合わせた。
「…はぁ、なんと言うことじゃ。
余の代で国でまさか内戦が起ころうとは…。
それで、ヴィマーニ公爵家の動向は?」
今回はラフティル公爵家が起こした騒動ではあるが、長年ヴィマーニ公爵家はラフティル公爵家に対して何かと対抗していた。
爵位も同格、財力もほぼ同格、派閥の総数こそラフティル公爵家が上回っていたが、ヴィマーニ公爵家には武の名門であるテスタロッサ伯爵家が控えていて拮抗していた。
そのヴィマーニ公爵家が動いていないとは思えないとヒュルケは思ったのだが、報告書から上がってきた情報は意外なものであった。
「それが陛下…今回ヴィマーニは何もしておりません。
静観を決め込むようで、どうも腑に落ちません。
確かリンデンバーグ家の次女とヴィマーニ継嗣は恋仲と記憶していたのですが…」
眉間に皺を寄せたリィは本当にこの報告書が正しいのか疑問を感じたが、この情報を集めるために動かした数は100をゆうに超える。
それだけの人間を動員して統合した情報に何らかの誤情報が紛れ込むとは考えられなかったのである。
「…リンデンバーグ領とヴィマーニ領は距離があり過ぎる。
本当ならば手を貸したいところ遠すぎて間に合わないし割に合わないと考えたのだろう。
損得勘定の激しいヴィマーニ公の考えそうなことだ」
王都を挟んだ位置に両公爵領は存在しているが、リンデンバーグ領は間の悪いことにラフティル公爵家と隣接していた。
ヴィマーニ領にしては王都の右側、領邦軍を向かわせようにも王都を突っ切る必要があり、その場合叛逆の疑いをかけられてしまうことになるだろう。
突っ切らないにしても回り込んで進んだ場合は更に時間もかかる上に各領地に使者を出して領に領邦軍を入れてもいいか許可をもらわねばならない。
いくら相手の爵位が低かろうとこういった形式は貴族にとっては必要なことであり、そうこうしている内に内戦に間に合わなく可能性が非常に高い。
加えて、現在ヴィマーニ領では海賊被害が問題視されており、リンデンバーグ領に支援を送れないという理由もあった。
「遠征となれば出費もかさもう、ヴィマーニ公もそこに気づいたか。
戦争など金の喰うものをまったく、よくもやるものだ」
呆れるヒュルケであったが、彼は知っていた。
戦争というものが金を食うものではあったが、同時に金すら生み出すものだと。
「…それで、この問題の中心人物たちは、まだこの王都に?」
「…ええ、暢気にこの内戦を一人占めしようとしています」
報告書にはその報告書を書いた者の正気を疑いたくなるほどの情報が記されているのだが、間違いなく事実であり、否定しようのないほどの信憑性があった。
―――何しろ、
「まさか彼女たちが、これからの予定をこちらに提出してくるとは思っていませんでした」
この報告書、否、予定表を提出したのは―――英霊イェーガーとその主、クリスティ・ツヴァイ・リンデンバーグであったのである。
その内容は実に簡潔でいて何もおかしなところはない。
戦争において必要なものを取り揃え、領邦軍に対してどういった姿勢で対処をするのか、落とし所はどこまでするのか。
とりわけ気になったのは物資の少なさであったが、実際彼女に付いていく酔狂な者はたった2人。
どちらもクリスティの執事見習いと最近従者になったバーレンの分で、まるで遠足に行く程度の物資しか揃えていないのだから、そのやる気がどの程度なのか分かるというものだ。
「こちらとしても2大公爵家の一角の勢力が衰えることは願ってもいないことですが、あちらは領邦軍を皆殺しかそれに匹敵するほどの屍を築き上げる気満々のようです。
理由としては英霊であるイェーガーを世界に留めて置くだけの魔力を補うため、とあります。
戦争を食糧補給の一環としか考えていない彼女の神経…いえ、精神を疑いますね」
言い換えたがどちらにしても酷い言い様であるが、本人も否定しようもないほどの事実であった。
「余はこの内戦に介入する気はないぞ。
領邦軍がほぼ壊滅すると想定して国外からの反応がどうなるのか、その対処をせねばならんからの」
間違いなくセイヴァール帝国が何らかの手を講じてくるのを予期したヒュルケは、内戦終結後の国外への目を向けていた。
朝議は予定していた時間を2時間を優に越え、綿密な調整を整えていく。
王国の歴史に大きく刻まれる、『狂境内戦』が始まるまで、あと1ヶ月を切ろうとしていた。
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