久々に学院、そして面倒へ
「ねぇイェーガー、なんだか見られているのだけれど、私何かしたかしら?」
「いやお嬢アレだよアレ、オレ様のあまりの美形っぷりに男も女もみんなメロメロなのさ!!」
「なるほど、イェーガーと一緒にいる私を睨んでいるのはそれが理由なのね」
クリスティがイェーガーと共に久々に登校をしてきてずっと、学生や講師たちから見られていた理由に納得したクリスティだったが、あまりにも勘違いが過ぎた。
実際はあの落ち毀れといわれてきたクリスティが史上稀に見る英霊を召喚したこと、さらにはあの不治の病とされていた『魔力放出不全症』を直すことに成功したという偉業に好奇の目を向けていたのである。
蔑みの視線になど一顧だにしなかったクリスティは、自分が学院で一体どういった位置にいるのか、正確に把握などしていなかった。
とはいえ、実際に2人の美男美女振りがあまりにも似合っていたのも理由の1つに挙げれなくもないが。
「それにしても、早く卒業したいものね。
もう学院でする事といったら卒業試験を受けるくらいだし、正直やることといえば図書館の貴重な文献を読むくらいよ」
「学院長とかいうのに直談判して飛び級な感じでやればいいんじゃねえの?
正直ここのレベルはお嬢にとっちゃ苦痛にしかならねえだろ。
無駄にプライドだけ高くて実力の伴ってねえ、ショボイ連中ばっかりでうっとうしいばっかりだぜ。
オレ様がこの世で嫌いなやつはなお嬢、身の程知らずって奴だ。
口ばかり達者でギャーギャー喚く阿呆は皆殺しにしても飽きたらねえ」
「おおむね同意見ね、皆殺しはともかくとして、一度徹底的に思い知らせて残りの一生を部屋の片隅で過ごしてもらいたいわ。
見るのも鬱陶しいし思わず止めを刺したくなってしまうし」
―――と、食堂では2人の和やかでいて血生臭い会話が続いていた。
普通ならここまで不特定多数をコケにする発言ならば1人や2人は文句の一つも言いたくなるものだが、クリスティの実力を間近で見ていた学生たちの情報により、今まで格下と見下していたクリスティの認識を一新させられたのである。
しかも他にはあの強力な英霊イェーガーがいるということもあり、基本的に2人には関わらないようにしようということがこの1週間ほどで構築された暗黙のルールになっていたのであった。
「…そこの君、少しいいかい?」
とそんな中、勇敢にもクリスティに声をかける学生がいた。
「………?」
一瞬、クリスティは自分が声をかけられているのに気づいておらず、思わず辺りを見回していて、イェーガーがぷっと笑っていた。
「そう、君だよ、クリスティ・ツヴァイ・リンデンバーグ。
久しぶりだね、覚えているかい?」
クリスティが声の主のほうへ顔だけ向ける、食事中ということもあって少しだけ口を動かしていたが、別に相手に対して変な目で見られようとも構わなかった。
テーブルマナーは知っているが必要最低限、見苦しくない程度の作法でしかいつも実践していないため、クリスティの作法はマナーにうるさい者からすれば顔を顰めるものであったらしい。
貴族特有というべきなのか、深い黄金色の髪をセミロングに伸ばした美青年がそこにいた。
取り巻きなのか、彼の周りには同じく金髪の少女たちがいたのだが、クリスティは別段気にしない。
というより、思わず感心してしまった。
誰1人として同じ髪形をしていなかったのである。
髪を編み込んだサイドテールや縦ロール、艶やかなスーパーロングに髪を結んで花にしたような髪型まである。
まるで髪の見本市みたい、とクリスティは内心で感心してしまった。
ちなみにクリスティの髪型はベリーショートで、それにした理由は『絡まったり掴まれる可能性の排除』という実に乙女らしからぬ合理主義から来たものであるが、実際によく似合っているので誰も彼も何もいわない。
イェーガーは面白そうに自分の朱髪を鏡も見ずに編み始めていて、会話に参加する気は無い様である。
「…誰よ貴方?
これまで話しかけられた人間の顔は覚えているけれど、貴方に心当たりはないわ」
侍らせている女性とは元より、話しかけてきた美青年には記憶から引き出せなかった。
クリスティにとって、会話とも呼べないその出来事はそこで終わってしまい、もう視線をテーブルの皿に戻す。
相手の用など基本的には後回しなクリスティは目の前の食事に集中した。
「なっ、なんて失礼なのでしょう!」
「そうですわ!」
「こちらにいるのはラフティル公爵家継嗣、ウィリス・アインス・ラフティル様なのよ!?」
「ウィリス様、こんな女ほってほうっておいておきましょうよ」
ラフティル公爵家と聞いてクリスティは『ああ、あの公爵家の』と思っただけである。
リンデンバーグ家の上位に位置している唯二の貴族、そのうちの1つがラフティル公爵家である。
もう1つのヴィマーニ公爵家はクリスティの妹でもあるセルディアとその家の長男が恋仲であることを、聞きもしないのに本人から聞かされて知っていた。
誇らしげなあの妹の不快な顔を思い出して何度か壁に顔面から叩きつけて鬱憤を晴らすと、サイド顔をウィリスに向ける。
今度は口の中には何もない。
「それで、御用件は何でしょうか?
私たちは食事が済んだら図書館へ行く予定なのですが」
クリスティが言っているのは『現在は昼休憩の時間なので、その余った時間で図書館に行く』というわけではない。
すでに座学を終わらせてしまっているため、まだ呼んでいない貴重な文献を読むために図書館に行くのだ。
午後の講義を自主休校してまでであるが。
「いやなに、最近君が調子に乗っていると聞いてね。
身体強化魔法しか使えない能無しがどういう偶然か英霊なんていう分不相応な存在を所有しているなんて、おかしな話じゃないか」
「…?」
クリスティにはウィリスの言葉の底の浅い悪意に呆れた。
調子に乗っている?
それは違う、元々私の性格を知らないからでしょう、私は基本がこれ、学院では誰も彼も私を見ないからそういっているだけ。
能無し?
能無しというのはその身体強化すら出来ないし考える能力もない無力な存在を指すんじゃないのかしら、目の前の発情期のサルには腰を振る才能しかなさそうだけど。
イェーガーについて分不相応なのは理解しているけど、ソレを他人にとやかく言われる筋合いは無いわね、お互い合意の上なんだから余計な口を挟まないで欲しい。
と考えていたクリスティであったのだが、なぜか目の前のウィリスたちが顔を真っ赤にしてクリスティを睨んでいた。
「お嬢、お嬢、声に出ちまってるぜ?」
編み終えてようやく意識を戻したイェーガーがニタニタしながらウィリスたちを指差している。
まるで機織のような精密さにまるで絨毯のような出来栄だ。
思わずクリスティも目を点にしてしまった。
いつの間にか伸ばしたのか、最初はクリスティより少し長いくらいの髪がいつの間にか腰辺りまで―――ソレが魔法でやったのだと当たり前のように理解したクリスティである―――伸びてしまっていた。
「あらこれは失礼、つい本音が」
わざとらしく手を口に当てておほほといってみせるが、自己嫌悪に陥ってすぐに不快そうな顔をしてやめるクリスティにイェーガーは吹き出していた。
「君は僕を馬鹿にしているのかい!!」
「貴方を馬鹿にした覚えはないのだけど?」
「今僕を侮辱したじゃないか!」
「貴方のいったい何を侮辱したのか皆目見当もつかないわね」
本気で分かっていないのか、クリスティは面倒臭そうに首を傾げていた。
クリスティの言葉には悪意などない。
あるときは悪意ありきの話が前提として始まるのである。
実際には侮辱とも悪口ともいえるクリスティの言葉は、本人からしてみればウィリスを『主観』から見たままを言っただけであって、悪意など欠片も無いのである。
悪意も無くこれだけ相手を怒らせるクリスティの言語機能にも問題はあるが。
「ふんっ、まあいい、話がそれたな。
用件はそこの英霊についてだ」
イェーガーはウィリスにはじめて顔を向けたが、見た瞬間鼻で笑っていた。
クリスティの父親と兄に向けた時より態度が悪いが、イェーガーにとってはつまりそういうことなのだろうとクリスティは解釈した。
話しかける価値すらないのか、つまらないものを見るような目でイェーガーはウィリスを見ているだけだ。
おそらくは話しかけられても余程の事では言葉も交わさないだろうという雰囲気だが、ウィリスはその反応が気に食わなかったのだろう。
照準をクリスティに定めて、イェーガーが何も言わないことをいい事に好き勝手言い始める。
「君には自分の奴隷も満足に使役できないのか?
まったく―――」
ウィリスはクリスティに奴隷の使役について自分の解釈を垂れ流していたが、クリスティにはもうウィリスがいったい何を言いたいのか興味も失せていた。
そもそも奴隷というものに心当たりも無かったクリスティは『早くどこか行かないかしらこの珍生物』とばかり思っていた。
「あ、あの、ウィリスさん、た、頼まれていたものとってきました」
取り巻きたちの後ろからひょっこり現れたのは、クリスティより小柄な少年であった。
声の主にまた増えたとごちたクリスティはとりあえずまた何かつまらない芸が始まるのか黙ってみる事にした。
「遅いぞバーレン、この鈍間め!
僕が命じてからいったい何時間かけている?
与えられた命令もロクにできないのか!」
「す、すいません、ウィリスさんの言っていたのが、な、中々見つからなくって…」
話を聞く限りウィリスとバーレンとの間には主従関係のようなものが出来ているようで、クリスティもレーヴェに次回からああやって接するべきなのだろうかと考えたがすぐにやめた。
レーヴェを罵倒したところでクリスティには何の益もなければただ泣きべそをかき始めてうっとうしいと感じるだけで、不利益のほうが大きいからとすぐに気づいたからだ。
バーレンは愛想笑いを浮かべたまますいませんといっており、その様子にクリスティは不快げな顔を見せたくらいだ。
「ふん、君にこれを恵んでやろう、感謝したまえ」
と、テーブルに載せてきたのは猫であった。
しかもどこかの野良のようで、臭い匂いを醸し出していてる猫にクリスティは顔を顰めた。
ウィリスのプレゼントのセンスの悪さに呆れ果てて、いったいどういう事なのか仕方なく聞いたクリスティは、予想の斜め上をいく答えに驚いた。
「そこの小汚い野良猫が君には相応しい。
その代わりといっては何だが、そこの奴隷をもらってやろう、感謝したまえ」
「…だそうよイェーガー、貴方奴隷なんですって。
私は貴方がそんな身分だったなんてついぞ知らなかったし興味も無いしどうでもいいけど。
そんな貴方に別の主が出来たそうね、行きたい?」
クリスティは心底どうでもよさそうにイェーガーに声をかける。
気だるげなクリスティにイェーガーは怒気を孕ませた声でゆっくりと口を開くイェーガー。
「今日がラフティル公爵家最期の日かぁ…御日柄も良く、綺麗サッパリ消滅させてやるから、まぁ覚悟しとけや?」
今までの含みのある笑みではなく、まじりっけなしの純粋100%の笑顔であるが、口にしたのはどうしようもない殲滅発言である。
「な、何を…」
「とりあえずお嬢に土下座してあやまりゃあお前さんとこの別宅を消滅させるだけで勘弁してやんよ。
それが嫌なら掛かって来いよ、魂を消滅させてやっから。
あ、取り巻きのお嬢ちゃんたちも同罪な、土下座しねえと領地とか親類縁者皆殺しだから」
クリスティにとってはイェーガーが女好きであろうと何であろうと、敵となれば即座に性別など関係ないという例を見せられた瞬間であり、女だから、子供だから、弱者だからという理由で攻撃対象からはずす様なふざけた頭をしていなくて内心安堵していた。
「イェーガー、国力が冗談抜きで下がるんだけど?」
ラフティル公爵家は他国にもその影響力のある国内最大手のランディル商会を有しており、更には大陸でも有数の商業都市も有していた。
そこが完全消滅である。
間違いなく国が傾くし、クリスティとしても屋台骨の無い船になど乗る気は失せてしまうだろう。
「まあそこはこいつ等次第じゃねーの?
いくら魔導技術がソコソコのレベルの国だから召喚獣を奴隷扱いできるんだろうがよ、はるか格上の存在であるオレ様によくもまぁ言えたもんだぜ。
ミジンコ以下の才能しか持ってない微生物風情が何様だっての、分不相応とか何とか言ってやがったが、まず鏡見てみろよコラ、ウザキモだっての」
どろりとまるで毒沼のような臭気を発した魔力をこぼし始めたイェーガーに回りの学生たちがいっせいに避難し始めた。
ウィリスたちはイェーガーの魔力に当てられてか体が硬直してしまっていて身動きが取れていない。
それもそのはず、この時イェーガーはウィリスとその取り巻きたちの周りの空間を凍結させていたのである。
よって土下座しようにも出来ず(するかどうかは不明だが)、待っているのはまず間違いなくラフティル公爵家、同領地の滅亡フラグである。
クリスティは至近距離に入っているが、影響がまったく無いのかけろりとした表情でその場にいた。
クリスティはイェーガーと契約を交わしているため、深海にいるような圧力のある魔力でも平気なのである。
「イェーガー、せめてそこの脳足りんのお坊ちゃんだけ始末するので勘弁してくれないかしら?
それくらいなら後で陛下にも申し訳が立ちそうなのだけど」
「じゃあこのお嬢ちゃんたちもセットで良いか?」
「まぁロクでもなさそうなのは顔を見れば分かるし、ゴミ掃除も出来てちょうどいいんじゃない?
どうせ『謝る』なんて言葉、彼らの辞書には記載されてなさそうだし」
クリスティとしてはウィリスたちがさっさと土下座すれば済む話なのにと呆れているが、イェーガーが空間魔法を行っているのに気づいていない。
元々魔法の感知能力低いクリスティは、分かりやすいまでに魔力を発しているイェーガーの行為にまったく気づいていないのだが、気づいたところで止めようとはしないだろう。
「く、クリスティ…君、い、今ならこの、ぶ、無礼は許してやる…から、そこの…をやめるように命令しないか」
当のウィリスはこれである。
ここまで一方的にされているのにも拘らずこの頑なさである。
命の危機だというのにこの強情さ、そのあまりの愚か振りにクリスティは思わず手を叩いてしまった。
―――バカも突き抜けると清々しいわね。
次の瞬間、ウィリスは顔面からテーブルに突っ込み、更にはテーブルをぶち抜いて地面に叩きつけられた。
何をされたのか分からずにウィリスは額から血を流してあまりの出来事に混乱し始めていたが、イェーガーから垂れ流されている魔力に当てられ満足な思考に結び付かないでいる。
「…イェーガー、あなた魔法か何か使っていた?
あのお坊ちゃんを押さえつけようとしたとき、ちょっと動かなかったんだけど」
ようやく気づいたのか、クリスティはジト目でイェーガーを睨みつけたが、イェーガーは思わず顔を引くつかせていた。
「…つーか分かっててスキルのゴリ押しで問答無用でぶち抜いたお嬢のセンスにマジ脱帽だにゃあ。
普通なら筋力S+でも動かせねえんだぜ?」
「ムカついたから瞬間的に限界手前まで練り上げたのよ、もう1時間は魔法使えないわね」
すでに『戦乙女』を全力で使ったクリスティは肩で息をしているほどに疲労していた。
たった一瞬の出来事であったが、イェーガーとしてはマスターであるクリスティの戦闘センスに手放しで賞賛していた。
これが周りにいる面々がドン引きしていなければ、まだ絵になっただろうが。
ウィリス・アインス・ラフティルという、学院トップクラスの学生が学院最下位いにうろついているクリスティに抵抗出来ずに地面に叩きつけられたのに驚いていたのである。
ただムカついたからという理由で公爵家の継嗣であるウィリスへの行為は、さすがに言い訳もつかないだろう。
下手をすれば御家取り潰しの危機であるが、クリスティとしては先に侮辱してきたウィリスたちに責任があるとして頑として認めないだろうが。
「すごい…」
とそこへバーレンがクリスティの前にやってきた。
イェーガーの魔力はまだ収まっておらず、そこへ平気で歩いて中心地にやってきたバーレンにクリスティはどこか奇妙なものを見たような目をしていた。
「す、すごいです!」
まるで少女のような小さな手―――ところどころ傷のある―――に握られて、クリスティは良く分からずに首を傾げた。
いったい、何に触れてパシリの心境の変化が訪れたのか。
ともあれ、まあよく分かっていることといえば…、
「懐かれたわね」
先ほどの愛想笑いなど無い、純粋にクリスティに対して敬意のような、熱い視線を送っているバーレンに、ただそう評するしかなかった。
子犬が1匹増えました。
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