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面子を潰してみましたが、何か?

 



 やる気のかけらの無い掛け声と共に歩いてくるイェーガーとは別の方角から、ヴィルヘルムがクリスティに詰め寄った。


「どういうことだ!?」


 当然のことだが、ヨハンセンを瀕死の重傷に追いやった本人に責任を取らせようとしたのだが、


「これは手合わせですよヴィルヘルム卿?

 最中の事故というのは間々あることです、幸い私のイェーガーがヨハンセン殿の怪我については即座に治療いたしますので…イェーガー、面倒なのはわかるけどやりなさい」

「あいあいさー、ったく、こんな雑魚死んでもいいんだけどなー」


 そうぶつぶつと小声で言わず周囲に聞こえるように喋るイェーガーにヴィルヘルムがものすごい形相で睨んでいた。


「手合わせをする前に言ったはずだ!

 殺傷せしめる行為は控えるようにと、なのに貴殿はそれを守るどころか殺す気でヨハンセンを攻撃しただろうが!?

 私はそれを言及しているのだ!」

「それでは言わせて頂きますが」


 確かに、事前にヴィルヘルムはそのことを念を押すかのようにクリスティに対して言っていた。


 それでも、クリスティは納得がいかなかったのだという。


「大体、ちょっと本気を出した程度で魔剣が砕けると思いますか?

 別に殺す気で攻撃したのは否定致しませんが、それでも急所は避けていますし、結果的に死んでいません。

 誤算といえば、ヨハンセン殿が安物の魔剣で私の魔剣を受け止めてしまったことです。

 そもそもあれほどの身体技能があれば、瀕死の怪我を負うことなど無かったでしょう。

 魔獣との戦闘もそうですが、自分より力の強い相手の攻撃を受け止めるのは下策中の下策。

 事故とは言いましたが、ほとんどヨハンセン殿の自業自得ですよ?

 まあ、要約すると…弱いのが悪いのですよ」

「お嬢の意見に同意だぜー。

 防御する暇があったんならまず避けろってんだよ。

 ついでに言っとくが、治療費請求するから覚悟しとけよコラ」


 好き放題に言うクリスティと治療を終えたイェーガーに、近衛騎士たちのほぼ全員の表情が真っ赤になっていた。


 ヨハンセンは怪我のショックでか失神しており、そのまま地面に倒れ伏していた。


 確かにクリスティの言うところの指摘は的確だ、そもそも避けられたはずの一撃を避けずに真っ向から受け止めてしまったのはヨハンセンに責がある。


 ついでにクリスティの言っていた『安物の魔剣』についても、ヨハンセンが日ごろから使っている訓練用の魔剣ではなく、任務中に使っているような近衛騎士団支給の本式装備からなる魔剣を持ってきても良かった筈であるが、それすらしなかったのはヨハンセンの怠慢である。


 この場合、クリスティとの手合わせが若干伸びることになっただろうが、それでも命の危機に繋がる事と比べれば安いものであったはずである。


 そしてイェーガーの治療費うんぬんについては、治療行為を対価に金銭を要求することについても


 文句は無い、むしろ将来有望とされていた近衛騎士の命が助かるのなら、法外な請求額で無い限り―――イェーガーにそのあたりの金銭感覚があるのかは定かではないが―――感謝してもいいくらいである。


 だが、クリスティの最後の言については、頷く事が出来なかった。


 近衛騎士団が弱い、そう侮辱されたことである。


 確かに近衛騎士は貴族という上位階級者たちで構成された集団である。


 貴族の4男や5男という、継承権からかけ離れた子息たちが親のコネ―――それでも最低限度のステータスは保持しているが―――、あるいは実力により所属しているのである。


 王族に向けられる刃から守る盾として、王族に仇為す者を屠る剣として、その矜持(プライド)は大陸最高峰といわれるヒムラー山脈ほどある。


「…クリスティ嬢、先の言葉を撤回していただこうか?」


 代表してか、ヴィルヘルムが先程まで烈火の如く怒っていた表情を消して、努めて冷静に口を開いた。


「撤回と申されましても…事実を否定するというのは、凡そ自分の為になりませんが?

 弱いからこそ上を目指すのです、英雄ではなかろうと、英雄に匹敵するだろう力を求めるのです。

 弱さというのは、成長する可能性を秘めていると、分かりませんか?」


 クリスティにしては極めて相手の意見を尊重した、常識的な範囲で収めた言葉だったのだが、前提として近衛騎士団は総じて弱いこととして指している言葉である。


 到底、近衛騎士団としては受け入れられるものではなかった。


「確かに貴殿の意見には説得力がある、弱いからこそ上を目指すのだろう。

 だが、それは弱き者がのたまう事実であって、我等強者である近衛騎士団には当てはまらない。

 ついでに言えば、強者も上を目指してはいけないという理由にはならない、我等は王国最強の盾として、剣として―――」


 なにやら演説を始めたヴィルヘルムに付き合いきれないと思ったのか、クリスティとイェーガーが顔を合わせてため息をついた。


 お互いが同じ思いでいたのである。


 これが戦闘中における一面ならばさぞ美談となっただろうが、ヴィルヘルムを含めた近衛騎士団の独り善がりな演説を聞いてとあれば、下手な喜劇である。


 面倒なことは避けるに尽きる、クリスティとイェーガーは念話もせずに頷き合うと、先の発言を撤回することにした。


「―――そうですね、少々軽く見すぎていましたね。

 近衛騎士団が弱いということは確かに言い過ぎたかもしれません。

 そこで這い蹲っているヨハンセン殿個人が弱いということにしておきましょう」

「そうそう、そこで無様に転がっているザコその1が弱いんであって、近衛騎士団がよえーってわけじゃねえな。

 ていうか、そいつが近衛騎士団のステータス平均下げてる原因じゃね?」


 問題点を巨視的(マクロ)から微視的(ミクロ)に変えたクリスティはこれなら納得するだろうというくらいにヨハンセンを扱き下ろしている。


 これで近衛騎士団としての面子は保たれる、とクリスティあたりは思っていたが、イェーガーはこの後どうなるかわかっていてクリスティの言葉に追従していただけであった。


 その証拠に、イェーガーは内心で笑い転げて、肩が震えていた。


「貴殿は、精鋭であるヨハンセンが弱いと、そう申すのか!?」

「は?」


 いきり立つヴィルヘルム以下近衛騎士団人たちに、本気でクリスティは相手が何を言っているのか理解できないでいた。


 そしてようやく思い立ったのが、ヨハンセンも近衛騎士団の1人であるから、侮辱されたことに対して怒ったことで、それを考えるとクリスティの発言は結局のところ火に油を注ぐ行為に他ならなかったということであった。


 というより、すでに何を言ってもいちゃもんを付けられていることに気づいていないクリスティは、どうすればこの面倒な状況から抜け出せるのか、分からないでいた。


 分かっていることといえば、どうやら自分はいつの間にか泥沼にはまり込んでいることである。


 何を言っても逆上されて怒鳴りつけられるという、不快な泥沼に。


 これがたとえ自分より上の階級にいる冒険者ならばクリスティは確実にいざこざを起こしていたほどには、クリスティも腹に据えかねていた。


 何しろ、言葉が通用しないのである。


 直截的で即座に反応が分かる、言葉というツールが通用しない。


 本当はクリスティが傷口に塩を塗るどころか抉り抜くような発言の所為なのだが、それについて本人はまったく気がついていなかった。


 どうやって切り抜ければいいのかクリスティが途方に暮れようとした時、はるか後方から大きな声が届いた。


「おーい、何やってるんだヴィルー!!」

「なっ、パトリックか!?」


 その名を聞くと、クリスティははっと後ろを振り返った。


 声の主は魔導騎士団本部のある3階の窓からで、パトリック、魔導騎士団団長パトリック・ズィーベン・ブリッツが何知らぬ顔でこちらに声をかけていたのである。


 近衛騎士たちもパトリックの登場に驚いたのか、表情を硬くしている。


「あれが…魔導騎士団団長、パトリック・ズィーベン・ブリッツ子爵」


 本来『革新派』と呼ばれている者のほとんどは貴族ではない、そもそもパトリックも貴族ではなく平民であった。


 しかし、これまでのエレイナ共和国連邦防衛戦争、シグルド武国防衛戦争と、数々の武功を上げ続け、国王であるヒュルケより子爵位を下賜されていたのである。


「…へぇ、すげえなあの人間、お嬢より強いぞありゃ」


 イェーガーが珍しくにやけた表情をしておらず、パトリックをじっと見つめていた。


 クリスティとしては、さすがに魔導騎士団の団長なのだから自分より強くないと困ると思っていたのか、特に思うことは無かったらしい。


「よっと」


 軽い調子で窓から飛び降りたパトリックだが、3階から飛び降りるなど騎士でもしない行為である。


 5メル(約10メートル)の高さである、受身以前に、下半身がまず砕けるほどの大怪我を負う恐れが非常に高かった。


 そもそも自殺行為なのだが、パトリックの身体能力をもってすれば、たとえ5階からの高さでも余裕のようである。


 クリスティもその気になればあのくらいは出来る、とイェーガーに胸を張るのだった。


 走ってきたパトリックは、ヴィルヘルムと同等の身長でかなり高い。


 人の良さそうな笑顔を顔に貼り付けていて、気さくに『よお、元気か?』と聞いてくるパトリックに、クリスティは少しだけ緊張していた。


 ―――これが、世界最高峰の実力者、『剣聖』パトリック…。


 その実力は最強種である竜を易々と屠り、万の軍を怯ませたという、規格外の『生きた英雄』である。


 どこまでが噂の真偽かはクリスティも分かっていないが、少なくともパトリックが竜を単独で撃破したというのは確かな話だということくらいだ。


 平均ステータスは破格のA+、イェーガーを除けば間違いなく大陸最強といってよいだろう。


「何が元気かだバカモノ、何をトチ狂って窓から飛び降りた!!

 階段があるのだから階段を使わないか!!」


 クリスティを視線からはずし、頭をかいているパトリックは、まるで悪戯を怒られた子供のようである。


「えーだって面倒じゃねえか、どうせ怪我しねえんだし別にいいだろ?

 ほら、規則にだって5階から降りちゃいけないだなんてねえだろ?」

「そもそも窓から飛び降りるななどと当たり前の常識を規則に盛り込むはず無いだろう!?」


 悪びれないパトリックに対してさらにヒートアップするヴィルヘルムに、思わずクリスティもヴィルヘルムに同意してしまったのであった。


 ヴィルヘルムの怒りの矛先がパトリックに向かったのをチャンスと思いこっそりと抜け出そうとしたが、後ろからポンと肩を叩かれた。


「まぁ急いで帰ることねえんじゃねーの?」


 にかっと笑って見せるパトリックに、クリスティの表情が凍りつく。


 どうやら、ヴィルヘルムの説教の道連れにクリスティは選ばれてしまったようであった。



 ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■ ◆ ■




 面白いやつを見つけた、とパトリックは思った。


 練兵上を見てみると模擬戦か何かをしているようで、魔導騎士団本部5階にある団長室の窓からその戦いを見つめていた。


 どうやら近衛騎士のヨハンセンと、年若い女の剣士が戦っているらしい。


 ヨハンセンは最近の近衛騎士団入団者にしては珍しく実直なタイプで、その実力もすでに中隊長クラスという若手の有望株である。


 対する少女は何者かは分からないが、かなりの実力者であることは見ただけで窺い知れた。


 魔剣―――おそらくはかなりの業物―――を構える姿は、熟練の傭兵を思わせるほどの気迫である。


 俺は解析系スキル『見極めるもの』を発動して2人の動きを観察していた。


 どうやらヨハンセンが押しているように見えて、その実少女が手を抜いて互角に見えなくも無い勝負をしているみたいである。


 少女の表情からは鬼気迫る気迫を感じられるが、それもまだまだ全力というわけでもなさそうであった。


 とはいえ、勝敗が動いたのはほんの一瞬であった。


 最上段に構えた少女がヨハンセンを迎撃しようとしたとき、パトリックは見てしまった。


 少女が、自分と同じく闘気(オーラ)を使ったことに。


 しかし解析によると、少女が使ったのはスキルであったらしい。


 そのスキルの名は『戦乙女(ヴァルキュリア)』といい、ランクは推定でA-という近接戦闘スキルにおいては最強とも言っていいスキルであったという。


 しかもそのスキルはステータスによって変動するらしく、少女が成長する限りランクも上がるという、破格のスキルである。


 魔力による身体強化と闘気による重ねがけでその力を倍以上に高める究極の戦闘術。


 自分の持つスキル『魔人化(デモナイズ)』とは似て非なるスキルであった。


 そして結果は分かりきっていたことだが、少女の圧勝。


 避けるという選択をしなかったヨハンセンは闘気を纏った魔剣に削り切られ、瀕死の重傷を負ってしまっていた。


 おそらくはヨハンセンの魔剣がもう少し頑丈であれば一撃を耐え、即座に負けを認めるなりすればあのようなことにはならなかったと思うが、まぁ運が悪かったとしか言いようがない。


 結局のところ、弱いヨハンセンが少女に及ばなかった、ただそれだけである。


 とりあえずはあの少女が気になる。


 窓から飛び出したとき、ある視線に気づいた。


 見るからに痛々しいくらいの赤を身に纏った男、ヨハンセンを魔法で治療している存在だ。


 これが、『剣聖』と『戦鬼』の出会いである。






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