それぞれの
「ねえ……狼、あんたはどう思う?」
「どうって?」
「えっとほら、だからその……海が、さっき言ってた事よ」
「あー……」
こちらを伺う風の顔は、信じられない半分、けれど頭から否定することも出来ない半分といったところか。困惑がわかりやすいくらい顔に出ている。
や……それはオレも似たようなもん、か。
あの後、海は一通りのことを話し終えたとばかりに一方的に話を切り上げた。こっちはまだまだ聞きたいこともあったつぅに、にゃろうめ腹の立つことに逃げ足も達者なのな。
一応、名目としては追っ手が居ないかも含めこの先の様子を確認してくるって事だったが……多分、考える時間を作ったってのが妥当……なんだろうな。
海が語った話の内容は、どれもハイそうですかと素直に信じられないようなモノばかりだった。
曰く――
晶は、女神の力を使える依り代となっていること。
そのせいで感情などが封印されてしまっていること。
女神の力を狙った連中が、晶を攫っていったこと。
これらを聞いた上でどうするか、きちんと考えて行動しろっつうんだろう。
そう言うと存外こっちに気を使っているようにも思うが、多分違う――半端な気持ちで関わるなっつぅ、警告。女神様や依り代について語る海の言葉や雰囲気の端々から、こちらを窺うような気配をひしひしと感じられた。
だからそう思えるのは、気のせいなんかじゃねえんだろう。
「嘘は……言ってねえんだろうなぁ」
「そうなの?」
「確証はねーけど、こんな状況であんな事を、それこそ作り話で話すとかってどんだけ性悪だよ」
普段の様子がアレであるだけに、確かに冗談か何かとも思えちまうが……それにしては、女神様に纏わるあれこれを語る海の雰囲気は真剣そのものだった。
「そっか……」
「つーかおまえも、あにさらっと判断人に丸投げしようとしやがる。てめーの目で見て聞いたことで判断しろよ」
「そんなんじゃないわよっ」
「んじゃ、どういうつもりだったんだよ?」
「それは……その」
じとりと非難の眼差しを向けてやれば、風は気まずげな顔をますます俯かせ、けどそのまま黙らず口を動かす。
「……ほら、やっぱりあたしって常識? だっけそういうのよくわかんないから、普通はどうなのかなぁ……って」
「さいで……」
気まずそうにしながらも、存外マトモな理由が風の口から出やがったよ。……何つーか、意外だ。
「普通は、なんぞじゃなくてめえがどうしたいか、どう思ったかでいいだろ、こーいうのは」
正解なんざありゃしない、保証なんかある訳じゃない――何もしないで当たり前に望む明日を迎えられないように、何かを望むなら自分でそれを選ばなきゃならない。そこには導いてくれるモノも道しるべも有ってないようなもの。
端的に言えば自分で判断して、行動する。口にするのは笑えるくらいに簡単だが、行動に移すってなると案外難しいモンなんだが、な。
「そっか……うん、そうよね」
突き放すような台詞だったにも関わらず、風は噛みしめるようそう呟く。
やれやれ、自分の中での折り合いがついた……って感じだな。
「黒はどーすんだ?」
「………」
気まぐれに話題を投げれば、オレと風のやりとりを後目になにやら考え込んでいた黒羽の符術士殿はいつものようしばし考え、
「おっ待またせーっ、確認してきたよ♪」
口を開こうとしたちょうどその時、場違いに明るい声がそれを遮った。
「……随分、早かったな」
「んー、まーね。ここに入るときにある程度は把握してたし、そんなに複雑怪奇な道じゃないしねー」
随分とまぁ早い帰還に皮肉の一つも向ければいいものの、黒にそれを期待するのはなぁ……。
つーか海のヤツ、あっけらかんと言ってっけど、何気にとんでもねえ事言ってねえか……?
「? 海、あんたここ知ってたの?」
「うん。昔利用されてた水源の一つだよ。この辺りって水脈が深い上にかなり地盤が固いからさ、井戸じゃなくてこうやって谷川までの道を作って水場に利用してたみたいなんだよね」
首を傾げた風に、けろりと答える。
尤も、放置された薬草園と同じく、近場に住む人が居なくなった影響で今はほとんど使われていないのだと付け加えた。
「なるほど……。それならしばらく目を隠せる……って油断はできねえか」
晶を攫った連中がどんな奴らなのかは知らないが、なかなかに手の込んだ事をやらかす奴らだというのは身をもって経験済みだ。
慎重に事を運ぶためなら、もし襲撃がうまく行かなかった場合に備え獲物が逃げ込みそうな場所や、行動するにあたって必要な水場の確認などの事前の準備は当然しているだろう。水場を利用していた村がいつ頃無くなったのかは知らねえが、時期が近いなら元住人が連中の中にいたっておかしかないわな。
海も、そういう元住人から聞いたか何かでこういう通路があることを知ってた……ってところか。
「まーね。とは言っても、張ってるのは紫苑湿地に流れ込むあたりだろうけど」
「……さいで」
谷川は森の中を通り、東の紫苑湿地へと抜けている。他にも数多くの川が流れ込んでいるため、かの湿地帯は一年を通して水が多く、流れそのものは緩やかながら油断すると足を取られる難所となっているのだ。
確かに流れの速いうえ視界も悪い谷川にわざわざ様子見に|《空人》(シエロ)を飛ばすよりも、流れが緩やかで視界も開けた湿地帯で探す方が手間がないわな。難所とは言え川が流れ込む辺りじゃまだそれほどの危険も無いはずだしよ。
「うん。それでね――ぼくはそろそろ動くつもりだけど、結局君たちはどうするの?」
と、それまでの会話を切り上げるよう海はこちらに水を向けた。
「あたしは行くわ! あんたがさっき話したことは、正直言ってよくわかんないけど……でも、このまま放っておいたら晶が危ないんでしょ?」
向けられた問いに、あたしは噛みつくように声を返した。
さっき狼達にも聞いたように、正直海の話はなんだか難しい単語がいっぱい出てきてよくわからなかった。けど、このまま放ってなんかおけない、それだけは感じられた。
だから、あたしの中にはもうそうしない選択なんて欠片もない。
「あくまでも最悪の可能性の場合は、だけどね」
「だとしてもよ! もし知り合いで晶を引き取りたいとかそーいう理由があるのなら、正直に話せばいいじゃない! なのに、それもしないでなんて納得できないし! だいたいあんな危ないコトして、晶だって危険になるのに――そんな人たちに連れて行かれて、はいそうですかなんて全然納得できないわよ!」
一息に言い切る。もちろん晶のことは心配だし、あたしは今回のあれこれに対して全然納得ができない。理由なんてただそれだけなんだ。
別に、恩を着せたいだとかそういうつもりはこれっぽちも無い。ただ、晶を引き取るのならこれからどうするつもりだとか、あの村の事とか、とにかくいろいろと話をしなきゃならないと思うのよ。それも無しに、一方的に連れて行かれて、納得なんて出来るはずもないでしょ?
「……風らしい理由だねー」
「何よ? 悪いの?」
何となく呆れたような海の言葉にじろりと返せば、海は「誉め言葉だよ」って言って肩をすくめた。
いや……それ、誉めてないわよね? 明らかに誉めてないでしょうっ?!
「……俺も行こう」
言い返そうとしたあたしよりも先に、ぽつり声。
「一応聞くけど、理由は?」
「……おまえの話した事を抜きにしても、俺も晶の事は捨て置けん。それに……禁術に手を染めた者が居るというのなら――見過ごす事は出来ない」
いつものようにゆっくりと、だけどしっかりとした意志を込め、黒はそう言った。
「やれやれ、結局全員同じってか」
「アンタもなの?」
「オイ、何で意外そうなんだコラ」
思わず聞き返したあたしに、心外だとばかりの狼。
いや……意外ってわけじゃないんだけど。
「オレは元々あの村で依頼を受けてたんだ。ああなる前の晶にもそれなりに面識もあるし、村があんな事になっちまった以上、もう住めないにしても……せめて、普通に暮らせるくらいまでは世話すべきだろ」
当然だろ、とばかりに言う。……うん、確かにそうなんだけど……あたしだって似たような気持ちだけど……何だろう、少ないながらあたしも狼達と一緒に街に入っているわけで、その時に周りの人が話していたんだけど……。
えっと……何って言うか、傭兵ってもっとこう、なんかね? その人達が話していた感じでは、しゅせんど? よくわからないんだけど、何となーくあんまりいい感じの印象をもたれていないっぽかったのよね。えーっと、自己中? ごーくつばり? 意味はよくわからないけれど、多分誉め言葉じゃない言葉がちらほら出てたし。
だから、そういう……普通の人たちの常識からしたら、狼は結構常識はずれなんじゃないかな、って。
だって、そうでしょ? 狼に依頼をした村はもう無くなっちゃって……晶も、あんなふうになっちゃって。それでも狼は晶のこと、放り出したりせず気にかけてるんだもの。
狩りの時たまに見かける、オオカミとかの動物がシカの群を襲う姿。そんなとき、決まって体の小さい子だとか、足の弱った個体がまるで生け贄みたいに置いてきぼりをくらったり、逃げる速度に付いていけなくて同じようにおいて行かれる様子。群からはぐれたシカは、あっという間にオオカミに狩られるか、もしくはあたしの胃袋に収まった。
だから、こんなあたしに何かを言う資格はないのかも知れないけど……
「それに海、おまえの話のどれが当たりにしても――連中が晶を利用しようとしているのにゃ変わりねえだろ。……ンなの、見過ごせっかよ」
そんなことを言いながら海を見やる狼の姿は、何でだろう、いつもよりずっと怖い何かがあるように、この時のあたしには見えたんだ。




