12
甘く良い匂いがする。額にかかる髪を梳く感触に目を開ければ、愛しい人がそこにいて、王は心からの微笑を浮かべた。
「あ、すまない。起こしてしまったか」
「いや、ちょうど目が覚めたところだった」
王は近くにある彼女の頬に触れたくて手を伸ばしかけて、やめた。
どういうわけか、今、彼は彼女に膝枕をしてもらっている。少し寝返りを打って横になれば、彼女の腰を抱え込み、押さえ込んで、そのままいろいろしたいことの限りを尽くせそうな状況だ。
彼女の柔らかい太腿の感触と、本能を刺激する香りは、理性の紐を引き千切らんと刃を立てている。これ以上の行動は慎まないと、彼女も自分も望まない結果を招き寄せそうだった。
王は彼女をただ傍に置きたいのではなかった。彼女に自然に笑いかけてもらえるような者になりたかった。
そして、できれば彼女に、愛されたいのだ。
王は意識して緩慢な動きで体を起こした。目覚めて近くにいても、彼女に警戒心を抱かせないようにと。
触れそうな位置で横に腰を落ち着け、彼は彼女を見下ろす。彼女も見上げてきた。二人は言葉もなく見詰め合った。
「少し、痩せられたか?」
躊躇いがちに彼女が尋ねてくる。
そうだろうかと、王は自分の頬から顎をさすった。ここのところ忙しかったのは確かだ。それに、
「そうかもしれない。毎晩、よく眠れなかった」
彼女に会いたくて。こうしている間にも、誰か他の男が攫っていってしまうんじゃないかと、気が気ではなくて。
彼女は柳眉をくもらせた。
「猊下に聞いた。政務で忙しい日々を送っていると。心休まる時間がないのだそうだな」
「ああ、まあ、そうだな」
ここのところは主に、猊下とか叔父とか破戒僧のせいだが。
おかげで、待っている間に眠り込んでしまった。
「でも、久しぶりによく寝た。あなたの子守唄のおかげかな」
本気半分、冗談半分だった。毎晩彼女の声を聞いて眠りたいという本心を隠すだけのもの。それだけだったのに。
「本当か?」
彼女は真剣に聞き返してきた。
「ああ。あなたは子守唄もうまいのだな」
「そう……だろうか」
彼女は考え込むように目を伏せた。
その小さな可愛い頭の中で、何を考えているのだろう。きっとまた、突飛なことを言い出すに違いない。
王は彼女の次の言葉が楽しみでしかたなかった。わくわくとして待つ。
ようやく目を上げた彼女は、真剣な顔をしていた。
「その、よければ、なのだが」
そこで言葉を切って、躊躇いを押し退けるように速い瞬きを繰り返す彼女に、うん、と頷いてみせた。
「あなたが心安らかに眠れるよう、お手伝いしたいのだが」
ということは、
「どういうことだ?」
信じられない思いに、心の中で呟いただけが、つい声に出してしまう。
そのつっけんどんな物言いに、彼女は慌てて言い訳を始めた。
「いや、その、あなたにとても感謝しているのだ。あなたは神に誠意を示されただけかもしれないが、そのおかげで、私も子供たちもとても助かった。それに、あなたは子供たちへの贈り物に聖書を選んでくれただろう? その心遣いが、とても嬉しかったのだ。だから、私もあなたに何かできたらと猊下に相談したら、あなたの心が休まるようお手伝いをしてさしあげたらと、教えてくれて、だから」
王は途中で遮って、言質をとるべく口を挿んだ。
「では、毎晩、子守唄を歌ってくれると?」
「あ、子守唄だけでは退屈だというなら、お伽噺も、羊を数えることもできるぞ」
「羊?」
私の代わりに数えてくれると?
王は声をあげて笑った。
女性が男の心の憂さを晴らして寝かしつけるというなら、他にもっと効率のよい方法があるだろうに、彼女は思い及びもしないのだろう。
「なんだ、エスタマゼナでは羊ではないのか。では馬か。それとも犬か。まさか猫ではあるまい?」
彼女は焦って、もっとおかしなことを言い出す。
王は笑いが止まらなくなって、でも、馬鹿にしているのではないと伝えたくて、体が動くままに、彼女の肩を抱き寄せた。
「ありがとう、シア」
無粋な頭巾に頬を寄せ、思いのたけを込めて囁く。
「私の寝室に招き入れるのは、あなただけだと約束しよう」
「いや、別に、他に人がいてもかまわないが」
「いいや、生涯、あなただけだ」
「そうか。あなたがそれでよいのなら、いいのだが」
彼女は不得要領気味に返してきた。本気でわかっていないらしい。
それでかまわなかった。まだ出会ったばかりだ。傍に居てくれるのなら、少しずつ口説いていけばいい。
多少長期戦になっても、むしろ結婚式の準備期間が延びて、城の者たちは喜ぶだろう。
「シア、あなたは抱き心地もとてもいいな。私はこうしていると、とても安心する」
「そうか。それはよかった。ところで、シスター・シアと呼んでもらえると嬉しいのだが」
「ああ、これはすまない。うっかりしていた」
王は未来への布石をもう一つ打って、叶えたくない彼女の要求はさりげなくかわし、彼女を抱き締める腕に、力を込めたのだった。




