座敷わらしの住む家
運よく座敷わらしに出会えると、驚くほどの出世が望めると言われている。
四十歳を過ぎてもフリーターという、うだつの上がらない俺は、人生の一発逆転を賭け、座敷わらしが出るという岩手県の某旅館に向かった。
が、しかし情報不足だったのか、その旅館は火災による消失で、現在営業休止状態。
仕方なく、東京に帰ろうとした俺の目に飛び込んで来たのは、不動産屋の看板だった。
格安の家賃で山里の古民家が借りられるという。
近くに天然温泉があり、それは湯治客用の物だったが、ある理由で借り手が付いていなかった。
その訳は、赤線の注意書き。
そこには「座敷わらしが平気な方」とあった。
渡りに船とはこのことだろうか。
俺は湯治客を装い、喜んでその物件を一ヶ月借りる事にした。
だが、資金の大半(数万円)をはたいて借りたその物件を一目見た時、俺は後悔した。
湯治場からかなり離れ、藪の中にポツンと建っていたその家は、築百年をはるかに超えており、見るからに恐ろしげで、とてもこんな場所で一月も過ごす気にはなれなかった。
というより一晩も越せそうもない。
冷静に考えると、俺は幽霊というものが大の苦手だったのだ。
「座敷わらしは、とても可愛い子供でね。幽霊とかそういうもんじゃないんです。その家の守り神の様なものだから全然恐くないんですよ」
テレビに出て来た研究家はそう言っていたので、甘く考えていたようだ。
今さら想像力を欠いていた事を後悔しても遅いが、たとえどんなに可愛い福の神であろうと、恐いものは恐かった。
とはいえ座敷わらしと会う為に、こんな所まできた以上、一目だけでも見てから帰らなければ・・・。
勇気を奮い起した俺は、引き戸を開けて中に踏み込んだ。
と、そこにあったのは、おびただしい数の日本人形。
まるで以前テレビで見た人形寺のような有り様で、囲炉裏部屋から、その奥の間、階段にいたるまでびっしりと並んでこちらを見つめていたのだ。
その上ご丁寧な事に、天井にはベタベタと御札までが貼ってある。
「やはり帰ろう・・・」
俺は元来た道を引き返し駅へと向かった。
・・・が、
なんと、鉄道は一日二本!
俺が乗って来た午後三時のものが最終だったのだ。
「一日だけ、我慢するしかないか」
俺は覚悟を決めて家に入った。
すべての部屋の電気を付けたまま、ラジオで明るい曲を聞きながら夜を明かす。
すでに、座敷わらしに会いたいなどとは思わなくなっていた。
しかし、徹夜で起きているつもりが眠くなってきた。
「仕方がない、少しだけ眠るか・・・」
俺は玄関近くの、一番安全そうな居間に布団をひいて眠る事にした。
少しだけ眠っただろうか、布団の周りに何者かが動く気配がする。
どうやら本当に座敷わらしが現れたようだ。
疲れているにも関わらず、完全に起きてしまった俺は目を閉じたまま自分を勇気づけた。
落ち着け、俺! ここさえ乗り切れば目的が叶うじゃないか。
そうだ、相手だって恐がっているはず・・・。
ここは、逆に相手を脅えさせないようにすれば、自分も恐くない。
そう思った俺は、座敷わらしを見る前に声をかける事にした。
「ははは、そこにいるのは誰かな? おじさん、ちっとも恐い人じゃないよ~」
そう言いながら俺は引きつった笑顔をつくり、音がした方を見た。
「ウギャ~!」
俺は恐怖のあまり、そのまま失神してしまった。
翌日、俺はただちに契約を解除すると共に不動産屋に抗議した。
むろん、座敷わらしがいたことについてではない。
俺が文句を言いたかったのは・・・、
座敷わらし以外に、座敷オヤジ、座敷ジジ・ババなど、総勢六体もの幽霊が出て、俺の布団を取り囲み、見下ろしたことだった。
( おしまい )