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Sweet&Bitter  作者: みずの
私の気持ちをあなたは知らない
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「彼氏と別れたぁ?」

 小学生の頃からの友人である美咲は、私の言葉を聞いて驚いたようにそんな声を上げた。



 ここは彼女の部屋で、小学生の頃から私は何度も訪れたことがある。勝手知ったるようにベッドの前に腰を落ち着けていた私は、美咲の声に軽く頷いて返した。

 私の話を聞きながらも片手間にゲームをしていた美咲は、呆気にとられたように口を大きく開けている。コントローラを持つ手も止まり、画面では美咲が操作していた柔道着の男が相手にコテンパンにやられるところだった。



「何で!? どうして急に!?」

「何でって……まぁ、もうここ数ヶ月ろくに会ってもなかったし…」

 出されたアイスティーをストローでゆるりとかき回しながら、口ごもるように私は答える。


「でも、あんなに仲良かったじゃん」

「仲は良いよ?今でも。でも…」

 言いかけた瞬間、美咲は私の答えを先回りしたのか「ははーん」と意味ありげに笑った。

「あれかぁ。彼氏は和美のこと溺愛してる風だったけど、和美はそうでもなさそうだったから…」

 ぐさっとくるようなことを平然と言ってのけてくれて、美咲は構わず続ける。

「もうすぐ高校入学だし、今の彼氏とはさっさと別れて高校で新しい彼氏を見つけようって魂胆ね!」

「違う違う違う!!!」

 勝手にうんうんと納得しそうな美咲に、慌てて私は否定を返した。



「いや…違うけどでも…」

 否定はしたものの何と言っていいか困った私は、そう口ごもる。それに呆れた顔をした美咲は、「何よ。ちゃんと説明しなさいよ」とわざと怒ったような口調で促した。



「違う…けど、もっとひどいかも……」

「何が? 別れた理由が?」

「……うーん……」




 そもそも私は、一般的には幼稚園や小学校で初恋を済ませる女の子たちと違ってあまり恋愛に関心がもてないでいた。…いや、正確に言うと興味がないわけでは決してない。ただ、それほどまでに好きという感情を抱く相手にまだ出会っていなかったのかもしれない。



 中学に入って周りが段々とそういう意識を色濃くしていく中、そんな自分に何の焦りも何の疑問も抱かなかった。もしかしたら自分はそういう人間なのかも、とすら思っていた。

 だから特に恋愛に夢も抱いていなかったせいで、中学3年になって自分を好きだと言ってくれる人に押し切られて付き合うことになった。きっかけなんてそんな程度のものだと思ったせいもある。



 それは近所に住む、昔から仲の良い兄的存在の人で、他の男の子たちより人間的には好感を持っていたのでそれでもいいと思っていた。彼は6歳上の大学生だったので、私の友達からはロリコンなんて言われていたりもしたけれど…。



 私の元々中学生に見られない容姿と、自分でも変に自覚のある性格的な落ち着きのせいで、彼も中学生と付き合っている気はしていなかったのだろう。



 だけど付き合い始めると言っても、中学生の私には大人との付き合い方なんて分かるわけもない。自分にその気がそれほどないのもあってか、2人の仲が「彼氏彼女」という関係にしては進展することもなかった。それでもいいと思ってくれていたのか、彼の方がそれに嫌気をさすこともなかった。でも私の高校受験もあって、ここ数ヶ月はろくに会えてもいなかった。



 向こうも大学やバイトで忙しかったりしたし、このままだと自然消滅になったかもしれなかった。受験が終わって落ち着いたらきちんと話すべきだとは前から思っていたのだけれど。




「ひどいって、何がよ? 彼氏に対する裏切り的な?」

「……そのような…そうでないような…」

「和美、わけ分かんないんだけど」

 呆れたように言って、美咲は放棄しかけていたコントローラを握りなおす。私が理路整然と話をできるようになるまで時間がかかると踏んだのか、再び画面に向いた。




「昨日、高校見に行ったの…」

 美咲に見捨てられる前にと、私は慌ててポツリと呟く。ゲームをやり直そうとリセットボタンを押したところだった美咲は、その言葉に首を傾げて振り返った。



「中には入ってないんだけど…外からでもどんな感じか入学前に見てみたくて…」

「それで?」

「…その学校の裏側にある公園で、一人の男の人に会った」

「……?」



 美咲の訝しげな目線から少し逃げ気味に目を泳がせて、私はその時のことを思い出す。



 ベンチに座って、吸いもしない煙草を持って桜を見上げた…今にも泣きそうな目をした男の人。思い出すだけで胸のどこかがギュッと掴まれるような感覚に襲われる。どうしてこんなに見知らぬ人が気になるのか…どうしてこんなに、その姿をキレイだと思ってしまったのか…。




「一目惚れじゃん」

「う~っ、だからひどいことだって言ったじゃん」

 頭を抱え込みたい心境にかられながら、私はあっさり言ってくれる美咲にそう返す。だけど美咲の方は、肩を竦めて少し笑った。コントローラを投げ出し、ゲームの電源ボタンを切る。




「そんで、その日のうちに彼氏に別れ話を持ちかけたってこと?」

「ひどいよね…一般的には『浮気』だもんね…」

「浮気かぁ…? 別に他の男と付き合ったわけじゃないし。和美は彼氏のことそんなに好きじゃなかったんだし、その男には浮ついた気持ちっていうより『本気』みたいだし?」

「……そっちの方が最低な気がする…」

「あはははっ」

 こちらの気も知らないで、美咲は豪快に笑う。…笑いごとじゃない、そんな言葉が口から出そうだった。



「まぁでもさぁ…あのままだと自然消滅したかもしれない彼氏にきちんと別れ話を切り出す辺りは、和美の誠意を感じるよ」

「……」

「で、その一目惚れ男はどこのどんな人なの?」

 急にそう尋ねられて、私は思わず目を丸くした。

「え、知らない」

「知らない!!?」

 驚いたように、美咲は大声を上げる。そのリアクションにこちらも驚いてしまい、思わず身を竦めた。



「知らないって、何で!? その場で聞かなかったの? 名前とか連絡先とか!」

「…聞かなかった…」

「じゃあ何で彼氏と別れたの!? その男と恋愛する気だったからじゃないの?」

「そんなとこまで考えてないよ…」

 ただ、自分にも本気で誰かを好きになれるかもしれないという可能性を見つけたから。

 そしてそれが今の彼氏にじゃないと分かってしまった以上、今のままの関係を続けるのは彼氏に失礼だと思ったから。



「堅い、堅いよ和美」

「……うぅ…っ」

 そう言われても、これが自分の性分だから仕方がない。




 だけどこの時、私は知らなかった。もう会えないと思っていたその人に、このたった数日後に運命とも言える再会を果たすことを…。




******



 念願だった高校に進学できることになって、私はその時浮かれていたと思う。

 普段なら眠くなりそうな入学式にさえどこか心踊り、しかもすぐに友達もできそうでワクワクしていた。

「戸田中から来たの? 私、新上中からなの。よろしくね」

 新しいクラスで席が近くになった子は、野崎茜と名乗った。とても穏やかそうな子で、仲良くできそうだった。

「うん、よろしくね」

 そうしてクラスにも希望が持てそうだと思いつつ、私は他の新入生たちと同じように入学式を行う体育館へと向かった。




 長い長い校長先生やらPTA会長やらの話を終えて、入学式は無事に終わる。そしてそのまま、新入生への担任紹介が始まった。1年生だけでA組からJ組まであるので、教師の紹介だけでも結構な時間がかかる。

 その最中、C組の担任紹介の時だけ周りが一瞬ざわついた。司会の主任の先生に紹介されて一歩前に出た教師が、マイクを手渡されて自己紹介する。



「C組を担任します、数学の名取です」

 そう挨拶するその人を見て、私はさっきのざわめきが何だったのか瞬時に理解した。その名取先生は、目を引くくらいの長身で美形だった。ざわめきは女の子たちの歓声のようなものだったらしい。




 私のクラスは次のD組で、担任は中年の男教師だった。少し嫌味っぽい口調の自己紹介をした、少し頭の薄いその先生に同じクラスメイトたちのテンションが下がるのが感じられる。C組の女の子たちはまだ盛り上がっているので、仕方ないと思うと苦笑が漏れた。




「俺、C組のが良かったなぁ」

 近くにいる男子たちまでそんなことを言い出すので、何だか不思議だ。




 担任紹介なんて、自分の担当の教師以外はそれほど興味がないものだ。その後は私は何となくその場の成り行きを眺めていただけで、あまりきちんと他のクラスの先生の自己紹介を聞いていなかった。

 どこかボーっとしていたのかもしれない。だけど、そんな私も目を瞠ったのが最後のJ組の時だった。




「……」

 ざわ、と、再び周囲までもが反応する。C組の名取先生の時と同じくらいのざわめきだけど、内容は異質なようだった。



「J組の本城です。よろしく」

 中には熱く自分の理論を語る先生もいた中、一番短い自己紹介。簡潔すぎるそれは、名取先生と同じくらいの長身のせいかどこか迫力があった。…いや、身長のせいだけじゃないんだろう。美形なのかもしれないけれど、纏うオーラ自体が、どこか柔らかい名取先生とは違っていた。

 色でたとえるなら名取先生は淡いブルー。本城先生は…先が一切見えない闇みたいな「黒」。



「怖ぇぇ」

 どこかで男子がポツリと、呟くくらい。ざわめきは、どの生徒もその迫力に気圧されたからだろう。



 だけど私は…その教師から、目が逸らせないでいた。

 瞬きすることすら忘れていたと思う。





 なぜならそれが…、あの日のあの男の人との再会だったからだ。






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