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Sweet&Bitter  作者: みずの
夢の終演
66/152

6 side:Takahiro


 白石の相談を受けて俺がこちらの思惑を一切顔に出さずにすんだのは、自分でも奇跡に近かったと思う。



 元々ポーカーフェイスなんてユキの十八番、俺は得意じゃない。言いたいことは言うし、言うべきでないことでもある程度顔に出る。そんな俺が白石の前で顔に出さなかったんだから、褒められてもいいくらいだ。




 白石が、乱暴に車のドアを閉めて飛び出して行った。俺の車に何するんだ、という抗議は当然だがする気にすらならない。今のあいつの心境を考えれば当然のことだからだ。



 代わりに、俺は再び走り出した車内でゆっくりと上体を起こす。靴を脱いで、運転席のシートを後ろからゴスッと蹴った。

「おい、このままお前の家に行け」

「………やっぱり狸寝入りだったか」

 ミラー越しに目が合ったユキは、目を細めて俺を見る。

「もしかしたらと思ってた。サシで連れていった相手を放っておいて酔って潰れるなんて、お前らしくねぇからな」

「分かってんのに俺の前であんな話するってことは…よっぽど切羽詰ってんな、お前」

「………」

 ちっと舌打ちをする音が聞こえた。それに「ふん」と鼻で笑うと、俺はもう一度シートを蹴った。



「全部吐いてもらうぜ、ユキ。白石の口から聞き捨てならねぇ名前を聞いたんでな」

「……白石が…何だって?」

「『藤枝と牧野』。白石の頭の良さが仇だったな。一回お前と親父さんの会話に出てきただけの名前を、あいつが覚えてたぜ」

「!………」

「この際、隠し事はなしだろユキ」

「……………」

 ユキに何があったのかなんて知らない。ただ、白石からその2人の人物の名前を聞いた時、ユキが平常心でいられるはずがないことは安易に想像できた。



 ここまで聞かされて想像させられて…引けるわけがない。ユキの話を聞かせてもらうだけの権利があると、俺は断固主張する。



「……頼むから、何を聞いても妙な気は起こすなよ」

 ユキの言葉は、普段なら揶揄するような程度のものだっただろう。だけどこの時、あいつの声音は深刻なくらい真剣だった。




******



 通されたユキの部屋は、何度も行ったことがあったけれどそれでも初めてみるように感じるくらい散らかっていた。こいつの性格から考えても、これだけ部屋中が荒れているのはまず考えられない。

 飲みかけのビール缶はまるでヤケ酒でもしたように見えるし、白石の話通り賃貸情報誌が床に散乱している。とりあえずソファの上のものだけを大雑把にどかして、俺はそこに腰を下ろした。



「何から聞けばいいのか分かんねぇけど…とりあえず、お前引越しする気なわけ?」

「……」

 俺とは少し離れた位置に壁を背もたれにして立ち、ユキは質問に小さくため息をついて返す。

「白石に言ったらしいな。学校から遠くなった方が都合いいって?」

「…それも事実だ」

「だけどそれだけじゃねぇだろ」

「……」

「逃げたいんだろ、あの2人から」

「………」

 ユキは、また黙り込んだ。それが分かったから、俺は逆に苛立ってしまう。

 今一番精神的にキツイのは間違いなく白石でもなくユキの方だ。だけど、それでもイライラを収めることができない。



「…ここに来られるのも、時間の問題だ」

「だから白石にもう来るなって言ったのか」

「あいつだけは巻き込みたくない」

「………お前がそうやってかばおうとしても、白石は振り回されて不安なだけだ。もう十分巻き込んでんじゃねぇか」

 容赦ない言葉に、ユキは「そうかもな」と自嘲に似た笑みを浮かべた。


 そう…白石の相談を受けた時から、俺は気づいていた。ユキに何か変わったことがあったとしたら…何かを隠しているとしたら…。それは全て、ユキなら自分のためじゃなくて白石のためにだということに。



「ユキ、俺はな、怒ってんだよ」

「……分かってる」

「お前にじゃねぇよ、ふざけたあの女にだ」

 手の甲を口元に押し当てて、俺は舌打ちまじりに吐き捨てる。何かがあったら噛み切ってやりそうなくらい唇を噛み締めていた。



「全部話せ。お前をここ数日苦しめてるのは何なんだよ!?あの女が何してんだ!?」

「……」

 いつも以上に口数が少ないユキが、相当参っていることは分かる。だけどその直接的な原因までは分からない。そう思って尋ねた俺の言葉に、ユキはもう一度吐息を漏らすと何かを決意したかのように顔を上げた。



「貴弘…」

「あ?」

「そこのコンセント、差し込んでくれ」

「コンセント……?」

 ユキが指差した方を見やると、そこにはこいつの家の電話があった。

「?」

 不審に思いながら、俺はゆっくりと立ち上がる。言われるままそちらへ行くと、確かにユキが言うようにその電話はコンセントが抜かれていた。


 家の電話なんて、なかなかコンセントを引っこ抜くもんじゃない。首を捻りながら差し込むと、ディスプレイ画面がパッと明るく点いた。そしてそれを見やったすぐ後…タイミングを計ったかのように、呼び出し音が鳴る。着信を知らせるその音に、俺はユキに「おい、電話だぞ」と声をかけたけれどあいつはその場から動こうとしなかった。

「おい、ユ…」

 声をかけようとした瞬間に、コール音が途切れる。どうして出なかったのか尋ねようとしたけれど、その瞬間、またすぐに電話が鳴った。



「おい、ユキ、いい加減に…」

 出たらどうだ、と言いかけたけれど、すぐにまた切れる。それでもまたすぐに鳴り出すコール音…さすがにこの時には、俺は異常さを感じていた。



「なん…だ、これ…?」

 しばらくそれが繰り返される。ユキは顔を伏せたまま、その場を動こうとはしなかった。

 やがて数分たって、やっと電話が鳴り止む。それと同時に、ユキが自分のポケットから携帯電話を取り出した。そうして俺に向けて、軽く放り投げる。



 その携帯は、着信音もバイブレータも消されていた。着信があってもディスプレイに表示されるだけで、ライトすら点灯しないようになっている。だけど俺が受け取ったその瞬間から、さっきの家電のようにずっと着信を受け続けていた。その相手の番号は、ユキが登録していない…知らない番号。

 思わず背筋をゾッとするものが駆けぬけて、俺は声を失ったままその手にした携帯を見下ろした。



 そして、思い出す。

 ユキが家電のような音の白石の携帯の着信音に…異常に反応していたという話を。




「携帯は、まだいい。音もライトも消してれば、残された不在着信の件数に嫌気が差すだけで済む」

 ユキが、俺から目線を逸らし気味に言った。

「着信拒否もしたし、非通知拒否もした。だけど、番号を変えてすぐにかけてくる」

「ストーカーじゃねぇか…!!」

「俺の方は…家電も携帯も、番号を変えることはできない。社会人にもなるとそんな手間かけてられねぇ」

 確かに、学校関係に登録している電話番号を登録しなおすのは骨が折れるし、教員は意外に外部との関わりも多い。下手をしたら各関係者にまで手間をかけさせることになる。

 そんな中番号を変えるなんて安易にできるもんじゃない。同じ理由で、指定着信するのも問題だ。登録している番号からしか急用の電話がかかってこないとも言い切れないから。



 こうして話している間も、俺の手の中で携帯電話は着信を訴え続ける。それに腹を立てた俺は、思い切って通話ボタンを押した。

『ユキ…!!!』

 耳にあてたそれから、聞き覚えのある女の声が聞こえてくる。

 恐らく、ユキは電話にずっと出ていないんだろう。あちらも切羽詰っているらしい様子から、それがよく分かった。

「おい…!」

 何を聞いても妙な気は起こすな、と言っていたユキが、小声で俺を制止するように呼びかけてくる。女にバレないように抑えた声に、俺は手を振ってあしらった。

 それくらい俺は腹が立っていた。

 当たり前だ。どんなに健康な人間でも、こんなに電話攻撃をされれば精神的に病んでもおかしくないんだ。それが、いくらユキでも。



『ユキ、お願い!!会いたいの…っ』

「…おいあんた」

『…っ』

 返ってきた声がユキのものでないことに気づき、電話の向こうの女が息を飲むのが分かった。




「今更…行禎に何の用だよ」

『……その声…貴弘くん…?』

「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねぇ!!」




 …ずっと、俺はこの女が嫌いだった。

 かと言って子どもじゃない。この女の目の前で態度に出したことはない。だけど今度ばかりは…抑えきれる自信はなかった。




「おかしいだろ、何であんたが電話してこれるんだ」

『……』

「あんたは俺の中でもユキの中でも、『死んだ』はずだ」

『!………』



 言葉を一瞬なくした女に、俺は畳みかけるように叫んだ。






「二度とこいつに電話してくるな!藤枝由香子!!!」







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