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Sweet&Bitter  作者: みずの
七夕
59/152

5 side:Yukisada


 七夕祭りの夜は余りにも眩しくて、俺は頭上に飾られた大きなオブジェを見上げるたびに目を細めていた。

「あ、ユッキー発見ー」

 祭り会場はかなりの人でごった返しているというのに、うちの生徒に遭遇することも少なくない。近寄ってくる生徒や遠くから手を振ってくる生徒に「早めに帰れよ」とお決まりのセリフを吐いてはいたけれど、半ばうんざりしていたところだ。



 毎年毎年…この行事だけは好きになれない。

 教師として借り出されるわけでなければ、もう少しマシだったかもしれないけれど…。



「本城いいなぁ、俺も相澤先生と一緒に歩きてぇー」

 絡んできた男子生徒の中にはそんなことを言うやつもいる。

「褒めても何もでないわよ」

 ニッコリ笑って応じる相澤とその生徒を無視して、俺は構わずに先に進んでいた。




 生徒が羨ましがるのは勝手だが、俺にとってはそれほど恵まれた状況でもない。さっきだってちょっとした段差を踏み外してから、相澤は少し足が痛むらしい。帰るか休んでくれるかしてくれればいいものを、頑としてそれを拒むので歩く歩調を合わせたり気を遣ってやらなきゃならない。




 面倒くさい仕事ではあるが、うちは県内でもトップレベルな学校だからあまりハメを外しすぎる奴がいないことがせめてもの救いだった。問題を起こすことも少ないだろうけれど、こうして見回りをするのは例年のお決まりだ。去年までは「かったるい」くらいにしか思わなかったけれど、今年はいい加減嫌気が差す。

 …その理由は…考えるまでもなく自分でも分かりきっている。






 20時を過ぎた頃、俺と相澤は出口付近から大通りを見回っていた。

特に決められた担当箇所があるわけではないけれど、それなりに教師はお互いに合わせて分散している。そうして何人もの生徒とすれ違う中、一人の生徒に会った。

「…松浦」

「あれ?本城」

 相手も俺に気づいて目を丸くした。

「ビックリした、会うとは思わなかったから」

 そう言って笑う松浦の隣には、見慣れない男がいた。年は同じ高校生だろうが…うちの学校の生徒じゃないみたいだ。



 俺の視線に気づいたんだろう。

 その男が、軽く会釈をする。愛想の良さそうな…俺とは正反対のタイプだ。それを見てから、松浦が「私の彼氏」と言った。



 そう言えば白石が、「智子は中学の時から裕貴くんっていう子と付き合ってる」て言ってたような…。相澤がいなければそれなりの挨拶の仕様もあるのだろうけれど、俺はこの時「こんばんは」と頭を下げるだけで留めた。

 それから、後ろの相澤に聞かれない程度の声で松浦に尋ねる。

「お前、白石と野崎と一緒じゃねぇのか」

「ん?あぁ、うん…なんか2人が気を遣ってくれてさぁ」

 いつも大人びて澄ましたような顔をする松浦が、この時だけは少し照れくさそうに笑った。


「本城もさ、和美も寂しい思いしてると思うから、次に会った時は甘やかしてあげてよー」

「……そりゃ難しいな」

 曖昧に首を捻って応じると、「何でよぅ」と松浦は膨れっ面をしてみせたけれど。彼氏が不思議そうに見ていたことと、かなり後ろにいた相澤が俺に追いついてきたことで口を噤んだ。



「じゃーね、先生たちさよーなら」

 相澤にもニッコリ笑って、松浦が手を振る。

「気をつけて帰れよ」

 教師らしい言葉を返して、その後ろ姿を見送った。




「…さて、戻りますか」

 相澤が俺の隣に並んで、そう言う。今日この大通りを何往復しただろうか…。

 とりあえず見回りは21時までの予定だから、あと1時間弱の我慢だ。生徒の帰宅状況によっては22時近くまで見回ることもあるから、会う生徒に「早く帰れ」と強い口調で言ってしまうのは仕方がないことだと思う。






 見回りをしている間の相澤との会話は退屈以外の何物でもなかった。こいつは以前から、聞きたいことや話したいことを直接口にすることはない。どうでもいい話をしてきながら…なかなか核心にも触れない。

 それが分かっているから余計にもどかしくも感じられて、自分でも性格が悪いと思うがかわし気味になってしまう。




「やっぱりこういう場所は、見回りじゃなくて恋人同士で来たいところですよね」

 …また始まった、と思ったけれど口にはせず、俺はポケットに手を入れたまま歩く。

「本城先生は、あまりこういう場所いらっしゃらないんですか?」

 要はこいつが今俺に聞きたいのは「彼女がいるのか」どうかということだ。ストレートに尋ねないその回りくどさが面倒くさくて、俺は「そうですね」と濁して答える。見回りを始めて今までの約2時間、常にこんな感じだ。




 そんな会話に飽き飽きしていた時、出口付近で一人の生徒を見つけた。

 まだかなり距離は離れていたし、人も多い。だけど…それでも見間違えるはずがなかった。制服でも私服でもなく浴衣を着ていたけれど、気づかないはずもない。斜め後ろから見えた表情が、いつもとどこか違う雰囲気を漂わせていたから余計だった。



「白石!」

 少し離れた場所から、大きめの声で呼ぶ。周りの喧騒に飲まれそうだったその呼び声は、それでもあいつの耳に届いたようだった。ピクンと肩を反応させたあいつは、アップにした髪を揺らしてバッとこちらを振り返る。その顔はあまり血色良いものとは言えず、俺は少し足早にそちらに向かった。



「どうした、具合悪いのか?野崎はどうしたんだよ」

「…~っ」

「おい?」

 目の前まで辿り着いた俺を見た瞬間、白石の顔がクシャっと歪んだ。必死でこらえていた何かがぶわっと溢れてきた感じだった。それを見て、さっきの松浦の言葉を思い出す。




『和美も寂しい思いしてると思うから』



「白石…」

「白石さん?」

 思わず今がどういう状況かも忘れて手を伸ばしかけた俺は、再び追いついてきた相澤の声でハッと我に返った。

 白石も弾かれたように顔を上げ、相澤を見る。目には涙が浮かんでいたけれど、懸命に零れないように耐えているのが分かった。



「どうしたの?一人?」

「あ、あの…友達とはぐれてしまって…。人波にも酔っちゃったみたいで…」

「具合悪いの?」

「あ、でも大丈夫です!家近いし、あと帰るだけですから…」

 相澤から目線を逸らし気味に、白石が答える。彼女の顔を見たくないのか…単に泣きそうな顔を見られたくないからなのかは分からなかった。



「そう。じゃあ気をつけてね」

 ニコッと笑って、相澤はそれ以上気にする素振りもなく言う。そうして「行きましょう、先生」と俺の腕を取った。その瞬間迷惑そうに顔を歪めたのは俺だけじゃなく、白石が表情を強張らせたのが分かった。



「…あ、先生。私、さっきくじいた足の痛みが段々ひどくなってきてて…」

 白石に背を向けたところで、相澤が俺に言う。

「すみませんが、肩貸していただけます?」

 だから先に帰れと言ったのに、という言葉はこの際飲み込むことにした。内心で舌打ちをして、俺は瞬間的にどう返したものかと考える。

 その結果、自分でも珍しいと思うくらいの営業スマイルを浮かべて返していた。



「あぁ、構いませんけど…」

 普段滅多に笑わない俺が笑ったことで、相澤も少し驚いたようだった。何より、白石を硬直させてしまったことは不本意だったけれど。

「でも僕とじゃ身長差がありすぎて逆に辛いでしょう。すぐそこに教頭先生がいたので、助けをお願いしましょう」

「え…っ」

「すぐに戻るので待っててください」

 絶句した相澤と目を見開いた白石をその場に残して、俺は言葉通り近くにいるはずの教頭のところへ向かった。



 教頭はずっと、大した見回りもせず出入り口付近で止まっているはずだ。

 何かあった時の連絡係りとして、なんて偉そうなことを言っていたけれど、面倒くさがっているだけに違いない。楽なことと若い女だけが好きな教頭を連れて戻ると、案の定あいつは俺に対する時とは全く違う声で相澤に話かけていた。




「相澤先生、大丈夫かねっ?怪我をしたって…」

「…え、えぇ。大したことありませんわ…」

 顔を引きつらせた相澤が、教頭に作り笑いを返す。

「いやでも、くじいた足は甘く見ない方がいい。私は車で来たので今から送っていこう」

「え…っ、でも教頭先生、この後飲み会もありますし…」

「そんなもんより君の足の方が大事だろう。安静が一番だよ」

 相澤と教頭の会話を、まだすぐ傍にいた白石がハラハラした顔で聞いている。俺はというと、この状況を仕掛けた本人だけれど素知らぬ顔で2人を眺めていた。



「教頭先生、うちのクラスの生徒が具合悪くなったようなので僕も彼女を送ってきます」

 ある程度教頭の押しに相澤が負けを認めた頃、俺はそう会話に割って入る。それから白石の存在にようやく気づいたらしい教頭は、「あぁ」と大きく頷いた。

「白石さんだったかな…君。大丈夫かい?あぁ、確かに顔色が良くない」

 全校生徒の数が多くて生徒の名前なんてほとんど覚えていないはずなのに、白石の名前は知っていたのはさすがだと思った。




 白石を送り届けて戻ってきても、もうその頃には21時は回って見回りの時刻は過ぎているだろう。そう判断して教頭に掛け合うと、そのまま直帰する許可をもらえた。…元より、教頭は俺のことを良く思っていない。飲み会に行かなくたってどうも思わないに違いない。



「それじゃあ本城先生、お願いしますよ。白石さん、帰ったらゆっくり休みなさい」

 教頭の言葉に、白石はペコリと頭を下げる。そんな2人を横目に、相澤が「…本城先生…」と最後に縋るような目でこちらを見たけれど。「お大事に」とニコリと笑って言いおいて、俺は白石を連れてそこを後にした。







「…先生、性格悪」

 祭り会場を出て、少し離れたコインパーキングまで歩く。人ごみを抜けて少し顔色が通常に戻ってきていた白石が、周りに誰もいなくなった頃にポツリと呟いた。



「知ってる」

 笑って答えて、手を差し出す。


 一瞬ためらった白石だったけれど、辺りはもうしんと静まり返って真っ暗であることを確認してゆっくりと俺の手を取った。






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