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Sweet&Bitter  作者: みずの
七夕
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 20時を回る頃になっても、人は一向に引く気配はなかった。それどころか更に混雑してきた気がする。



 人波にのまれてしまわないように注意しながら大きな笹を見上げていた私たちは、誰からともなく「…帰ろうか」とポツリと漏らした。





 何となく憂鬱な気分は3人共抜けなくて、帰る方向へ足を向ける。決して一緒にいるのが嫌になったわけではないけれど、こんな顔をして共にいても、相手にも気を使わせてしまうのが悪い気がしたからだ。





 飾り付けられた長い商店街を抜けようと祭りの出口を目指す。けれど、あと少しで辿り着くというところで「わっ」と智子が声を上げた。驚いて私と茜も後ろを振り向くと、そこには智子の更に後ろから彼女の肩を掴んだ裕貴くんの姿があった。

「裕貴っ?どうしたの?」

 瞬きを繰り返して、智子はその彼の顔を見る。急いで後を追いかけてきていたのか、裕貴くんは肩で息をしていた。



「いや…携帯全然通じないから、探し回ってた」

「え…」

 彼の言葉に、智子は慌てて鞄から携帯電話を取り出す。そこには確かに不在着信のお知らせが何件かあったらしく、智子は少し訝しげな目を向けた。

「え、でも部活の人たちは?どうしたの?」

「とりあえず一通り回って、二次会みたいな感じで場所移すっていうから抜けてきた」

 笑って言う裕貴くんは、それから私と茜の方に視線を移す。

「…ってことで、和美ちゃんと茜ちゃんには悪いんだけど、俺も一緒に回っていいかな」

 もしかしたら裕貴くんは、智子の気持ちをちゃんと分かっていたのかもしれない。裕貴くんのことは信じているし七夕祭りに一緒にいけないのは仕方ないと思っていても、他の女の子と一緒にいると思うと少し寂しい気持ち。

 それで…智子のことを思って探し回ってくれたのかも。優しい裕貴くんならありえそうだ。



 私も茜も裕貴くんとはもちろん何度も会ったことがあるし、一緒に回るのは全然構わない。帰ろうとしていたところだというのは隠しておいて、せっかくだから裕貴くんと一緒に七夕を楽しもうか。

 そう思って「もちろん」と返事しかけた私を、茜の右手が制した。



「ダメっ」

 裕貴くんを見上げてはっきりと言った茜の珍しく強い口調の一言に、目を見開いたのは私だけじゃない。智子と裕貴くんも、驚いたような表情を浮かべる。

「あ、茜…?」

「ダメだよ、そんなの。裕貴くん、智子ね、寂しかったんだよ」

「ちょっと、茜…私「寂しい」なんて一言も…」

「智子は黙ってて」

 智子ですら有無を言わせぬ口調でピシリと言う。「…はい」と小さくなって一歩下がる智子なんて、なかなか見られるものじゃない。



「智子は素直じゃないから言わないかもしれないけど…でも寂しかったんだよ」

「…うん」

 茜の言葉に、裕貴くんが小さく頷く。反省しているのか…その声は少し力ない感じがした。



「だったら、智子のために2人きりでデートしてあげるくらいして。『一緒に回っていい?』じゃなくて、『智子連れて行っていい?』って聞いてほしい」

「!……」

 真剣な目をした茜を見つめ返して、裕貴くんは小さな苦笑いを浮かべる。まさか、茜みたいな大人しい子に説教されるとは思ってなかったんだろう。それから、改めたように顔を上げると再び口を開く。

「茜ちゃん和美ちゃん、智子連れて行くけどいい?」

 言い直した彼の言葉に、茜は「もちろん」とそこでやっとニッコリ笑った。



「茜には敵わないね…」

 ため息まじりに、それでも智子はどこか照れくさそうに笑う。

「確かに」

 私まで思わず苦笑を漏らしてしまいながら、トンと隣の智子の肩を押した。

「行ってらっしゃい」

「…うん、ありがと」

 珍しく素直にお礼を言った智子が、私と茜に手を振る。そして裕貴くんの腕を取ると、元来た道を戻るように祭りの中心の方へ向かって歩いて行った。



「良かったね、智子」

 手を振ってそれを見送りながら、茜がポツリと言う。「うん」と応じた私も茜も、智子の嬉しそうな顔を見れたせいか、さっきほど陰鬱な気分ではなくなっていた。




「和美…やっぱりもうちょっと付き合ってくれる?」

 茜が改めて私を見上げ、不意にそう尋ねてきた。

「うん、もちろん」

 ニコッと笑って応えると、茜は私を路地の隅へつれていく。夜とはいえ暑さのせいで喉が渇いたらしく、すぐそこのお店でお茶のペットボトルを2本買った。



「和美、私ね…」

 ペットボトルの蓋を開けながら、茜は口を開く。喉を潤すようにそれを一口含んで、小さく漏らした。

「今日柴田くんの顔見て、『あぁこの先輩のこと好きなんだなぁ』って気づいて…」

「……」

「でも…」

 一度言葉を切って、茜は伏せ目がちに下を向く。

「『でも』?」

 尋ね返すと、今度は小さく苦笑いを浮かべた。



「普通なら、春日先輩みたいな人に敵うわけないし…諦めると思う。少なくとも、今までの私だったら」

「……」

「でも…諦められそうにないんだ…」

「茜…」

「陰から想えるだけで幸せ、なんて聖人みたいなことも言えない。やっぱり、好きだから振り向いてほしい気持ちもあるの」

「うん…」

「智子と裕貴くん見てたら羨ましくなっちゃって、余計にそう思っちゃった」

 ペットボトルの口に蓋をしながら、茜は少し自嘲気味に笑った。



「茜、私…」

 茜の言葉にとにかく何か答えようと口を開きかけた…その時だった。



「何してんだ、お前らこんなとこで」

 不意に誰かの声が降ってきて、私と茜は揃って顔を上げた。座ったままの態勢で見上げた相手は、かなり顔をあお向けないと見えないくらいの長身で。私と茜とを交互に見比べるように見下ろしながら、柴田くんは小さく首を傾げていた。



 さっきまでの話が話だったので驚いて体を硬直させた茜だったけれど、どうも話を聞かれた様子はなかった。茜の代わりに、私が「休憩中。そろそろ帰ろうかと思ってたとこ」と笑って応じる。



 立ち上がって目線を合わせようとした私は、ふと彼の傍にもうあの先輩の姿がないことに気がついた。

「あれ、春日先輩は?」

「ん?帰った」

 あっさり答えた柴田くんは、まるで何でもないことのように言う。

「じゃあハルカちゃんたちは?」

「結局バラバラになっちまったから、そのまま解散」

「じゃあ柴田くん一人なんだ」

「…引っかかる言い方するな、お前」

 苦笑いを浮かべて、柴田くんは私を見る。それから、私の隣で同じく立ち上がった茜にも視線を移した。



「お前ら、今から帰るんなら送ってってやるよ」

「え!?」

 同時に上げた茜と私の驚きの声が見事に重なる。

「なななな、何で…」

 気が動転したのか口ごもる茜に、柴田くんは何かを思い出して少しだけ眉を寄せた。

「変なのがうろついてるらしいんだよ、今。ハルカが絡まれたって言ってたからよ」

「えぇっ!?ハルカちゃん大丈夫なの!?」

「あぁ、何とか大丈夫だったみたいだけど」

 その答えにホッと胸を撫で下ろして、私は安堵の息を漏らす。確かに、これだけの人がいたら中には変なことを考える人がいてもおかしくはないかもしれない。



 だけど…それなら…。



「じゃあ柴田くん、茜だけお願いできる?」

 次に私が発したそんな一言に、茜が驚いて「え!?」と声を上げた。柴田くんの方は、片眉を持ち上げて私を見下ろす。



「ちょうど良かった。私これから彼氏と合流するところで、茜とここで別れようって話してたから」

「和美…っ?」

 茜の呼びかけはこの際無視することにした。ニッコリ笑って言うと、私の言葉を疑ってもいないらしい柴田くんは「ふぅん」と小さく頷く。

「俺は別にいいけど、彼氏と合流するとこまで送ってやろうか?」

「ううん、大丈夫。もう来る頃だと思うから」

 合流できる彼氏なんていないけれど、嘘がバレないように私は微笑んだままだった。茜が物言いたげに口を開きかけたけれど、私が柴田くんにバレないように肘で突いたために押し黙る。

「それじゃ、茜をお願いします」

 笑って押し出すと、茜はためらいがちに柴田くんから半歩下がったところに並んだ。




 歩き出した2人を見送って、私は手を振る。何度か心配そうに振り返る茜に「いいから」と表情だけで合図をすると、小さくため息をつきながら前を向いた。



 おせっかいだったかな…と、思わないこともないけれど。でも確かに変な人がうろついてるなら茜を一人で帰すのは心配だし。それに何より、さっきの茜の「諦められない」と言った言葉があったからこそ、だ。




「…さて、と」

 2人の姿が見えなくなってから、私は小さく息をつく。祥太郎でも呼び出して迎えに来させようかとも思ったけれど、それも逆に空しい気がしてやめた。




「…帰ろ」

 ポツリと呟いた言葉が、夜の闇に溶け込んで消えた。






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