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Sweet&Bitter  作者: みずの
七夕
57/152


 期末試験を終えた土曜日、空は晴れてお祭り日和だった。

「お、和美かわいいー」

 夕方、待ち合わせ場所に浴衣姿で行った私に智子が口笛を吹きながらそうからかうように言う。茜もピンクのかわいい浴衣を着ていて、いつもと違った印象だった。

「茜もかわいい。2人共、せっかくの浴衣姿を好きな奴に見せられなくて残念だねぇ」

 ニヤッと笑って言いながら、智子はそう続けた。智子はいつも通りの雰囲気の私服だった。特に着飾った感じはないのに、シンプルでおしゃれ。



「由実は残念だったね…」

 待ち合わせした駅前から、お祭り場所へ移動しながら茜が不意にそう言う。由実は今日になって風邪を引いたらしく、期末試験も真っ赤な顔で受けていた。恐らくテスト内容はボロボロだと本人も言うくらいに熱があったようで、「七夕祭りはやめとくわ」と帰っていった。

「こればっかりはしょうがないよね。土産話でも持ち帰ってやるか」

 そう言いながら、智子は私と茜の前を歩き始めた。




 例年のことなのだけれど当然ものすごい数の人で、少しでも気を抜くと恐らくすぐにはぐれてしまう。私たちは離れないように注意しながら、辺りの出店を回って行った。途中で買ったあんず飴を舐めながら、商店街の各お店が出展した巨大な七夕飾りを眺める。

 「あれかわいい」とか「これいいね」なんて話して見ているのが楽しくて、3人で夢中になってしまっていた。



「お、補導対象発見」

 人の波に流されていた頃、ふと後ろから声が降ってきた。言葉通り頭上からの声だったので、私たちは3人揃って顔をあお向けるようにして振り向く。

「なっちゃん!トッキーも」

 後ろを振り返るとそこには珍しい組み合わせの2人組が立っていて、智子が驚いたように声を上げた。七夕祭りの見回りをしているらしいなっちゃんと苑崎先生が、そこにいた。



「お前らあんまり遅くなるなよー。早めに帰れ」

「なっちゃん、まだ7時だよ」

「9時には帰れ。じゃないと後々俺らが面倒くせぇ」

「トッキー、あんなこと言う教師、放置しといていいの?」

「あはははは」

 智子の問いに、半ば白々しい笑い方をして返す苑崎先生。

「そう言えば何で2人が一緒なの?珍しくない?」

「別に珍しくねぇよ。見回りも2人1組、担任と副担任でコンビだ」

「へー、そういうの決まりがあるんだ先生たちも」

 そう言えば、なっちゃんと苑崎先生はF組の担任と副担任だっけ。美形コンビクラスってことで、他のクラスの女子生徒からはF組は羨望の眼差しで見られている。



「…ん?」

 そこでふと、私は思い当たったことがあった。

「担任と副担任…?」

 不意に呟いてしまった言葉に、なっちゃんが「しまった」という顔をした。だけど苑崎先生もいる場でそれ以上のフォローはできないと判断したらしく、曖昧に苦笑いを浮かべてみせる。

「まぁとにかく、ある程度遊んだら早めに帰れよ」

「はーい」

 揃って返事をする智子と茜。その場で別れてすれ違おうとした時、なっちゃんがポンと私の頭に手を乗せて行った。

「……」

 やっぱり、そうなんだ。

 担任と副担任ってことは、本城先生は相澤先生と一緒なんだ…。なっちゃんの態度からも、それがよく分かった。



「どうかしたの、和美?」

 何も気づいていない智子が、小さく首を傾げてこちらを振り返る。

「ううん、何でもない」

 笑って首を振って、私は小走りに2人に追いついた。




******



 くだらない嫉妬心だってことはわかってる。


 先生が相澤先生のことを何とも想ってないことも、あの2人がどうこうなるはずもないことも分かってる。それでも、こういう特別なイベントの場所で先生のことを好きな女の人と2人になってるのを想像するだけで嫌だった。先生たちは見回りであって、遊びで来ているわけではないと分かっていても。



 自分は人目を気にして先生の隣を歩くことができない立場だから、余計かもしれなかった。




「和美、次何食べるー?」

「智子、まだ食べるの?」

「当たり前じゃん。まだまだ食べ足りないー」

 たこ焼の屋台と焼きソバの屋台を見比べながら、智子は品定めをしていた。胸の内側のちょっとした嫌な気持ちは押し込んで、私は智子の言葉に苦笑いを浮かべる。小食な茜は早々に脱落し、私もかなり頑張って付き合った方だけどさすがに智子の胃袋には敵わない。由実がいたら2人は拍車がかかって尚更ひどかっただろう。2人共信じられないくらいに食べるのに痩せているんだから不思議だ。



「茜はともかく、和美も小食すぎ」

「いやいや、普通の女子高生以上には食べてるよ」

 決して私は小食な方じゃない。多分人並みな方だと思う。智子の気持ちがいいくらいの食べっぷりの方がすごい。



 焼きソバを選択したらしい智子が、屋台でそれを買って戻ってきた。道路の隅に移動して縁石の部分に腰を下ろしてそれを食べ、私と茜は智子の隣で雑談していた。

 …まさにその時、だった。

「智子?」

 かけられた男の声に、私たちは目線を上げる。そこにいたのは、大人数の友達と一緒の智子の彼氏・裕貴くんだった。

「裕貴」

 焼きソバを食べていた割り箸を置いて、智子は目を丸くする。こんなに人の多いところで会えるとは思っていなかったんだろう。



「え、なになに、裕貴の彼女さん?」

 友達は裕貴くんのサッカー部の人たちらしい。身を乗り出すようにこちらを覗き込んでくる。

「あ、どうも、こんばんは」

 焼きソバの容器を茜に手渡しながら立ち上がって、智子は挨拶をしながら軽く頭を下げた。

「彼女さん、今日ごめんね。裕貴借りちゃって」

 そのサッカー部の男の子たちは気のいい人たちらしく、申し訳なさそうに智子にそう言う。

「いえいえ、全然。気にしてませんから」

 笑って応じて言った智子に、裕貴くんが片手を挙げる。

「じゃあ、智子。帰ったら電話する」

「うん」

「和美ちゃんと茜ちゃんも、智子ほっとくと食いすぎるからよろしくね」

 ニッコリ笑って裕貴くんはこちらにも声をかけてくれ、私たちも頷きながら笑って返した。



 だけど彼らが踵を返してまた人の波に飲み込まれて行く時、その一番後ろにいた2人の影が目に入った。どうやら、サッカー部のマネージャーさんらしい。女の子2人がこちらを見ていた。



 裕貴くんたちから見えない後ろで、こちらを見ながら何かをコソコソと話している。それからクスクス笑いながら智子を上から下までジロリと眺めて、また笑った。

「…ちょっと…!」

 何を話しているのかまでは分からなかったけれど、イイことじゃないのは明白だった。そのまま踵を返そうとする態度に思わずカチンと来て、私は立ち上がった。

「和美!」

 茜に浴衣の袖を引っ張られ、制止される。

「気持ちは分かるけど、ちょっと抑えて…」

「だって、何よあの態度!」

 自分のことならまだ我慢もできるけど、私は自分の友達があんな態度を取られるのは許せない。あざ笑うようなあんな態度、黙っていられない。



「いいよ、和美」

 茜の手から焼きソバの容器を受け取りながら、智子はまたそこに座った。

「裕貴は気づいてないみたいだけど、あの右側にいた子が裕貴のこと好きみたいなんだよね」

 そう言いながら、智子はまた割り箸を持つ。

「何回かサッカーの試合見に行ったから、何となくわかるんだ」

「……」

 苦々しい笑みを浮かべて言う智子の言葉に、私は押し黙った。そのまま、また私もその場に腰を下ろす。



「私さぁ、裕貴と付き合ってもう3年になるからさ」

 不意にそう話を切り替えた智子は、焼きソバを口元に運びかけたけれど思い直したように割り箸を置いた。

「ドキドキしたりとかそういう感情、もうあんまりないんだけどさ」

 確かに、2人は熟年カップルのようなどこか落ち着いた雰囲気があって…。多少のことで動じたりしない余裕もありそうだし、でもお互いに相手を大事にしているのはよく伝わってくる。私にはそれが憧れでもある。


「だから七夕祭りに一緒に行けないって言われても、『あぁそう。まぁいつも会ってるしね』くらいにしか思わないんだ」

「……」

「でも正直、ああいうのは本当は腹立つ」

「……うん」

「裕貴にその気はないし何とも思ってなくても、裕貴のこと好きな女がすぐ傍にいるかと思うと腹立つ」

「…………うん」

「…ごめん、なんか湿っぽくなっちゃった」

 言った後にすぐ後悔したように、智子は苦笑を浮かべた。茜と私は大きく首を横に振ることしかできなくて、返す言葉もない。こんな時にうまく言葉をかけてあげることもできない自分が少し悔しかった。




 でも、智子の気持ちは痛いほど分かる。それはさっきまで私が持っていた感情と似ているから…。


 状況は違うけれど、私たちの痛みは同じだと思った。




******



 智子の切り替えの早さは頭のイイ証拠だと思う。私たちにそれ以上気を遣わせないようにと思ったのかは定かではなかった。でも、少し沈んだ後すぐに元気な顔を上げる。



 引き続き、私たちは七夕祭りを満喫していた。ヨーヨーが欲しいわけでもないのにヨーヨー釣りに挑んでみたり。大人しい顔をして意外に茜が射的上手だったりして、3人で笑いっぱなしだった。




「はー、疲れた。笑い疲れた」

 智子がお腹の辺りを抑えながらそう言う。

「何か飲み物買って休憩しよっか」

「ラムネ飲まない?すぐそこに休憩所もあるし」

「あー、じゃあとりあえず休憩所の席を先に取っとこうか」

 祭り会場の奥の方まで来ると、ちょうど休憩所とされた場所が開けていた。椅子とテーブルが多く並び、屋台で買ったものを食べている家族や休んでいるカップルが多くいる。そのうちの空いている箇所を見つけて、3人でそちらへ向かった。



「ラッキーだったね、ちょうどテーブル一つ空いて……」

 言いながら智子が、テーブルに自分の鞄を置こうとした時だった。言いかけた言葉の先を飲み込み、その動作を止める。後ろからそれに続こうとしていた私と茜は、「?どうしたの?」と首を傾げて智子を見た。



 智子は、隣のテーブルを見て固まっていた。その視線の先を追うと、そこには一組の男女。それを見て私と茜も目を大きく見開くと、向こうもそれに気づいたように顔を上げた。



「…なんだ、お前らか」

 智子と茜、私の顔を見比べて、柴田くんはそう言う。少しだけ唇を持ち上げて笑う彼は、もちろん初めて見る私服姿だった。制服の時にもかっこいいのは分かっていたけれど、私服だと余計にモデルか何かに見えるほどだ。

「柴田くん、お友達?」

 彼の向かい側に座っていた女の人が、私たちをニコリと笑って見上げながらそう尋ねる。紫色の浴衣が似合う、ものすごくキレイな人だった。

 …しかも、私たちは知ってる。この人を……。



「春日愛海先輩ですよね」

 智子が、先に声をかけた。

「私たち、柴田くんと同じ2年なんです。クラスは違うんですけど」

「あ、そうなんだ」

 キレイに笑う春日先輩の笑顔を見た瞬間に、茜が後ろでバレないように私の浴衣をギュッと掴んだ。



 彼女は、うちの学校の3年生で校内でも有名な人だ。美人で頭も良くて、加えて運動神経もいい。性格もサバサバしていて気持ちがいいので、憧れるのは男女問わず。去年のミスコンでも校内優勝したほどキレイな人。



「えぇっと…先輩と柴田は2人でここに?」

 智子はそう言いながら、2人を見る。

「もしかして付き合ってる…とか?」

 茜のために尋ねたんだろう。智子がそう続けた。その瞬間、茜が後ろで息を飲むのが分かった。



「…いや」

 椅子の背もたれに背中を預けて、柴田くんが短く答える。

「たまたま、会っただけ」

「…ふぅん?」

 たまたま会っただけでこんなところで2人でいるだろうか?私たち3人が同時に思っただろう疑問に、彼は小さく吐息を漏らした。



「俺は直やハルカたちと来てたんだけどよ」

「直?」

「知らねぇ?向井直」

「…あぁ、向井ね。去年同じクラスだった」

 そんな名前だったっけ、と呟きながら、智子は首を捻って柴田くんの言葉の続きを待った。

「ハルカが途中ではぐれちまって、今皆が探しに行ってるところだ」

「柴田は行かないの?」

「全員で動くと余計に混乱すんだろ。待ってる奴もいねぇと」

「先輩は、ここに一人で?」

 智子の話が、矛先を春日先輩に変更する。あまり追及しすぎるのも怪しいかと思えたけれど、先輩の方はそれを気にした様子もなかった。

「ううん、幼なじみと来たけど…」

 一度言葉を切った先輩は、穏やかに笑ってみせる。

「ハルカちゃん探しに行っちゃったから、私もここで留守番」

 ニッコリ笑ってそう言った先輩に、智子は「そうなんですか」と呟いただけだった。それ以上尋ねるのはやめて、代わりに「あ!」と何かを思い出したように声を上げる。



「私、さっき焼きソバ食べた場所にハンカチ忘れてきたかも!」

「え…?」

「ちょっと戻っていい?」

「い、いいけど…」

 智子のいきなりな言葉に少し戸惑いながらも、私は頷いた。後ろの茜はそうする気力もないのか、ただ黙っている。

「じゃあね、柴田。先輩も、失礼しました」

 ペコリと会釈をする智子に、柴田くんは片手を軽く挙げ、春日先輩は「またね」と笑ってみせた。



 身を翻して、3人で足早にそこを後にする。ハンカチを忘れたなんて、智子の嘘だ。あの場所から茜を逃がすためにそうしてくれたんだろう。



「茜、大丈夫?」

 なぜなら、茜だけじゃない、私も智子も気づいてしまったから。


「…うん、ありがとう」

 弱々しく答える茜の声は、小さくてすぐに闇に溶けて消えた。




 柴田くんは…恐らく、あの先輩のことが好きなんだ。

 それが分かってしまったから、私たちは何も言えずに押し黙るしかなかった。彼は…ハルカちゃんといる時の楽しそうな顔でも、私たちと話している時の少し大人びた顔でもない表情をしていた。

 もっと、静かで切なげで、穏やかな顔をしていた。それは「俺様」とか噂されるような彼とは思えないほどで…。



 茜自身もそれが分かったから、あの場所にはいたくなかっただろう。智子がそう咄嗟に感じ取ったから、出てきた「嘘」だった。





 噂で聞いただけだけれど、確か春日先輩は「幼なじみ」と付き合っているはずだった。もしそれが本当だったら、彼女がさっきの智子の問いに「彼氏」と答えずに「幼なじみと来た」と答えた理由は明白だ。

 先輩は、柴田くんの気持ちを知ってるんだ。だから…気を遣って、ああいう言い方をしたんだと思えた。





 そこで思い出したのが、本城先生の言葉。

『夏川と付き合ってないからって安心できるもんでもねぇか』

 ハルカちゃんと柴田くんのことを、そう先生は確かにそう言った。

 先生は、柴田くんが春日先輩のことを好きなのを知ってたんだ…。





「……」

 もう私の後ろには隠れていない茜が、隣で大きなため息をついた。好きな人が他の女の人と一緒にいるだけで感じる胸の痛みは、今の私と智子ならよく分かる。賑やかな七夕祭りの波に乗りながら、私たちは3人並んで思い思いに大きな飾りを見上げた。




 …胸が、痛い。



 自分だけでなく隣にいる親友たちのそれも感じながら、私は涙の滲みそうな目をきらびやかな七夕の夜に向けた。






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