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Sweet&Bitter  作者: みずの
七夕
55/152


 1学期の期末試験を終えれば、七夕祭りがある。この地域では結構有名なお祭りで、色んな所から観光客がやってくるほど。


 幼い頃から親に連れられて行ったり友達と行ったりしていたけれど、飽きることはなく例年の行事になっている。今年は誰と行こうかと思っていたところに、智子からお誘いがかかった。


「智子はいいの?裕貴くんと行かないの?」

 尋ねると、向かいの席でイチゴ牛乳を飲んでいた智子が首を竦める。

「裕貴、今年は部活のメンツで行くらしいんだよねー」

「そっか、じゃあ私はそんな智子に付き合ってやろうかな」

 ニヤッと笑って、由実が言った。

「あ、じゃあ私も一緒に行く」

 右手を挙げながらニッコリ笑うと、由実が少しだけ目を丸くして私を振り返る。

「和美は、ユキサダと行かないの?」

 先生の名前を出した由実は、意外そうに小首を傾げて私を見た。




 もちろん、友達と行くお祭りも楽しい。だけど今年は、せっかくだから先生と行きたい気持ちもあった。それでも学校近くの大規模なお祭りに行けるはずもない。きっとうちの学校の生徒なんてウジャウジャいるんだから。

 そう言うと納得したように由実は頷いた。

「じゃあ智子と和美に付き合ってやろうかなー」

 由実はまだ彼氏もいないし、一緒に行きたい異性がいるわけでもない。だからだろう。私と智子に「可哀想に」と冗談まじりに言いながら笑った。



「あ、それ…私も一緒に行っていい?」

 それまで黙っていた茜が、そこで初めて口を開く。もちろんその申し出を拒む気なんてなかったけれど、私たち3人は同時に顔を見合わせてしまった。


「茜はうちらと一緒でいいの?せっかく好きな奴いるんだし、誘ってみればいいのに」

 由実が小首を傾げながら言う。私と智子も同じことを思っていたので、一緒に茜の方を振り返った。すると、茜が慌てて首を左右にブンブンと振る。



「そそそそ、そんなこと、できるわけないよ…っ!」

 引っ込み思案で消極的な茜らしい。大慌てで真っ赤になる。

「でも、せっかくの七夕祭りだよー?カップルのためにあるようなイベントだし」

「カップルじゃなくて、単なる私の片想いだし、それに…」

 言いかけた茜は、困ったように眉を寄せた。確かに、茜の性格じゃ自分から男の子をデートに誘うなんて至難の業だろう。


 そう思った、その時だった。



「野崎」

 教室の後ろのドアから、茜を呼ぶ声がした。低めのその声に、驚いて振り向いたのは茜や私たちだけじゃない。教室の中にいた子たちも何人かがこちらを見やっていた。



「か、一真くん!」

 驚いた茜が、座っていた椅子から腰を浮かす。そう、そこにいたのはF組の柴田一真くん…茜の片想いの相手だ。噂をすれば何とやら、何てタイミングだろう。



 柴田くんは先月半ばにF組に転校してきた生徒だった。誰もが目を惹くほどの美形なので、転校初日から噂が絶えない。だけどルックスだけでなく顔に似合わない性格も噂の元であり、耳にするのは良い話ばかりではなかった。

 俺様、傲慢、自分本位…そんなことばかりを聞いてきた気がする。でもひょんなことから彼は茜と知り合い私たちとも顔見知りになったので、彼が本当は優しい人だと知っている。



「化学の教科書、持ってたら貸してくんねぇ?」

 ドアから入ってきながら、柴田くんはそう言う。スラッとした長身から見下ろされて、茜は「えっ」と声を上げた。

「か、化学…!?待ってね、今出すから…」

 柴田くんがこうして訪ねてくるなんて初めてのことだから、茜としてもかなり驚きと緊張で頭が真っ白になっているようだ。



 慌てて机の中から化学の教科書を取り出して、茜は緊張気味にそれを渡す。

「わ、私のでいいのかな…書き込みとかしちゃってるけど」

「何、ラクガキしてんのお前」

「ちが…っ、ラクガキじゃなくて書き込み!」

「冗談だって」

 別の意味で慌てた茜に、柴田くんはハハッと笑って受け取った。

「そもそも俺、まだ他のクラスの知り合いお前くらいしかいねぇしな」

 さっきの茜の言葉を受けてなのか、柴田くんはそう言う。それはそうだろう。転校してきてまだ部活にも所属していないらしい彼に、他のクラスの友達を作る機会はあまりないと思う。

「隣の女も教科書忘れるし、助かった。サンキュー」

 少しだけ唇の端を持ち上げて笑って、彼は受け取った教科書を示してそう言った。



「…あ、ううん…」

 その時、首を横に振って応じる茜の様子が急におかしくなったことに気づき、私は内心で首を傾げる。

 だけど、その理由がすぐに分かった。

「柴田くん!」

 だから考えるより先に彼を呼び止めてしまっていた。



「?」

 振り向いた柴田くんが、今度は茜じゃなくて私を見る。急いで自分の机の中に手を入れた私は、そこから同じように化学の教科書を出した。



「良かったら、これも持って行って。隣の女の子も忘れちゃったんでしょ?」

 差し出した教科書を、柴田くんは一瞥する。それから私の顔を見て、「悪ぃな」と笑って見せた。

「サンキュー、後で返しに来る」

 言って踵を返した彼を見送って、私は小さく息をつく。




「……和美…」

 柴田くんがいなくなってしばらくしてから、茜がふと私の名前を呼んだ。「ん?」と小さく聞き返すと、茜は俯きがちに「ありがとう」と言う。智子と由実だけが、その意味が分からずに首を傾げていた。




 子どもっぽいと笑う人もいるかもしれないけれど、好きな人に教科書を貸せるって結構ドキドキだと思う。私はそんな茜の気持ちがよく分かる。話せただけでも嬉しいのに、物を通したやり取りができるなんて相手に憧れる立場からしたら嬉しいだろう。

 だからこそ、気づいてしまった。茜の胸の痛みにも。


 教科書類のまだ揃っていない一真くんにいつも見せてくれていた隣の女の子が忘れた、ということは、きっと彼は、茜の教科書を2人で見るだろう。

 自分が貸した物で、好きな人と誰かの距離が縮まるなんて嫌だと思って当然だと思う。その距離が物理的なものであって、2人の間に恋愛絡みの感情がなかったとしても、嫉妬してしまう気持ちは誰にでもあるだろう。



「茜の気持ち、分かるから」

 冗談ぽくウィンクして言うと、茜は安堵の息を漏らしながら「ありがとう」ともう一度お礼を言った。



「…なんかよく話が分からんけど」

 おーい、と私たちに呼びかけながら、由実が首を捻る。

「でもとにかく、仲良さそうじゃん茜」

 ニヤッと笑う由実の言葉に、茜は慌てて首を振った。

「そんなことないよ…っ、今のだって、久しぶりに話せたし」

「でも日ごろから会ったら挨拶くらいしてるじゃん?」

「そんなの私じゃなくてもするでしょ…」

「あんまり女の子と挨拶を交わすタイプには見えないけどなぁ」

 由実はどうあっても茜の背中を押して、頑張ってもらいたいようだ。でも、その気持ちは私も分かる。茜は今まで好きな人もいなかったし、こういう話をするタイプじゃなかったから。私だって親友として応援したい気持ちでいっぱいだ。



 だけど茜は、また憂鬱そうに息をついた。何かを思い出したかのように、「…実は」と吐息まじりの言葉を漏らす。

「この前…一真くんの噂を、ちょっと耳にしちゃって」

「性格最悪とか、俺様とか?」

「…違う、そういうんじゃなくて」

 煮え切らない言葉を返しながら、茜は眉を寄せた。恐らく、眉間に力を入れていないと泣いてしまいそうだったんだろう。



「付き合ってる人が…いるんじゃないか、って」

「えぇぇっ!?」

 思わず私たち3人は大声を出してしまい、周囲のクラスメイトたちが何事かと振り返ってしまった。そんな周りの人たちに「何でもない」と愛想笑いを返してごまかし、私たちは更に顔を近づける。至近距離で内緒話をするようにして、茜の言葉の先を促した。



「F組の…ハルカちゃん。去年同じクラスだったから、皆も知ってるでしょ?」

 茜が呟いたその名前に、私たちは思わず顔を見合わせる。



 夏川悠花ちゃん。茜が言うとおり、去年同じクラスだった。かわいくて明るくて、男女問わず人気があった。何より彼女自身が気取らない自然体な性格なので、大体の人に好感を持たれる。

 そんな彼女だから、確かに評判の悪い転校生の柴田くんにも他の人と同じように接することは安易に想像できるけれど…。



「夏川ぁ?ないない」

 笑い飛ばすように、由実が片手を顔の前で振った。

「大体夏川は、確かナントカ先輩を追っかけてたんじゃなかったっけ?」

 続けた由実の言葉に、私は「そうなの?」と目を丸くする。



「…でも私も、その夏川と柴田の話ちょっと聞いたことあるかも」

 向かい側で智子が、苦い顔をしてそう呟いた。それを受けて由実が朗らかに笑う。

「じゃーさ、聞いてみればいいじゃん、本人に」

「本人に!?」

 驚いた茜が、珍しく声を荒げた。それにニヤッと笑った由実が「大丈夫」と胸を張る。


「私が聞いてあげるからさ。自然に、さりげなーく」

 その「なーく」の辺りが既にわざとらしいのだけれど、仕方なく私はそこではツッコミは入れずに黙っておいた。




******



 その日最後の授業を終え、由実は宣言通り素早く茜の傍へ行きぴったりとくっついていた。やがて、化学の教科書を持った生徒がこの教室へ入ってくる。ただそれは、私たちが期待していた柴田くんではなかった。



「茜ちゃん」

 4人で机の周りに座っていたところへ、その人物は茜に呼びかけながら近寄ってくる。

 小野寺真帆ちゃん。ハルカちゃんの親友で、彼女も私たちと去年は同じクラスだった。

「これ、教科書ありがとうって一真が。自分で返しに来れなくてごめんって」

 言いながら渡して、真帆ちゃんは次に私の方へ向く。

「白石さんも、ありがとう。ハルカがすごい感謝してた」

「…ハルカちゃん?」

 そこで出てきた名前に、私は小首を傾げた。


「あ、一真から聞いてない?一真の隣で、化学の教科書忘れたのってハルカなんだ」

 そう言う真帆ちゃんの手から、私は自分の教科書を受け取る。思わぬところで出てきた名前に、キラリと由実が目を光らせたのを私は見逃さなかった。

「小野寺、小野寺」

 用事を終えて帰ろうとした真帆ちゃんの肩にがしっと腕を回し、由実は男前な態度で彼女を呼び止める。

「何?由実、怖いんだけど」

 苦笑い気味に応じた真帆ちゃんは、少し困惑気味に私たちの顔も見比べた。



「ちょっと聞きたいことあんだけど」

「私のスリーサイズなら教えられんよ」

「んなもん聞くかっ!…あのさ、柴田と夏川のことなんだけど」

「ん?一真とハルカがどうかした?」

「あの2人が付き合ってるって噂…マジ?」

 漫才のようなテンポのやり取りの後、真帆ちゃんは思わずといった感じに目を丸くした。


 自分のすぐ横にある由実の顔をじっと見て…数回瞬きを繰り返す。それから、プッと吹き出した。

「一真とハルカが!?ないないないない」

「……ホントに?」

「あるわけないよ。確かに仲はいいけどね…。あの2人が付き合うとしたら、それは世界が滅亡しかけて世の中の男がすんごい性格悪いブ男と一真の2人だけになった時じゃない?」

「…すんごい言われようだな、柴田」

「それくらいありえないってこと。ハルカ好きな人いるしね」

「あれでしょ?ナントカ先輩」

「そうそう、ナントカ先輩」

 由実の言葉を笑って繰り返して、真帆ちゃんはそこで由実の腕からするりと抜け出た。


「じゃあさ、その2人が直接教科書返しに来ないのは何で?」

 それまで黙っていた智子の問いに、真帆ちゃんは今度はそちらを向く。

「それがさぁ、さっきの化学の時間に何かふざけてたら本気の口論に発展したらしく」

「…え、大丈夫なの!?」

「ん?あぁ、大丈夫。本気の口論っていっても、じゃれてるだけみたいなもんだから」

「…そう」

「そんで一瞬互いに我を忘れて大声でやりあっちゃったもんだから、本城に教科書で叩かれて今化学準備室行き」

「うーわー…」

「今頃雑用でもさせられてんでしょ」

 親友たちのことなのに笑って言って、真帆ちゃんは今度こそ「じゃあね」と手を振って教室を出て行った。



「化学準備室…か」

 真帆ちゃんの後ろ姿を見送った智子が、口許に手をやって何かを考えていた。



 …非常に、嫌な予感がするのは気のせいだろうか。



「化学準備室っつったら、和美の出番でしょ」

 当然のように、由実が智子の語尾を継ぐ。

 ……やっぱり。

 頭を抱えたい心境になりながら、私は2人を見やる。



「でもさ、真帆ちゃんは付き合ってないって言ってたし…」

「そんなん、小野寺が親友たちをかばってるかもしれないじゃん」

「真帆ちゃんが嘘ついてるって言うの?」

「可能性の話だよ、可能性の。ほら行った行った」

 私の背中を押す由実は、茜のためというよりもう自分が楽しんでるんじゃないだろうか。



 観念して吐息まじりに立ち上がると、私は化学準備室へと向かった。







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