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Sweet&Bitter  作者: みずの
あなたの傍に
51/152


 先生が去った後、私の隣に座っていた修司さんが肩を竦めながらなっちゃんに言った。

「なんかユキ、今日機嫌悪くない?」

「ん~?」

 私と同じくノンアルコールのカクテルを飲んでいたなっちゃんが、首を傾げながら修司さんの方を見る。

「…あぁ、まぁな。多分相当怒ってるから」

 何気なく言ったそんな一言に、私は余計に萎縮してしまう。


 …そうだよね…いくらなんでも嘘をついたことはバレてしまっているんだから、怒らないわけがない。



 そう思って身を小さくしてしまったけれど、なっちゃんはそんな私に構わず言葉を継いだ。

「そういやぁな、白石」

「…え?」

 力のない目を上げると、なっちゃんはしらっと恐ろしいことを言う。

「お前が今日言ってた話だけどな」

「…うん?」

 首を捻って尋ね返すと、なっちゃんは何食わぬ顔で続けた。

「全部ユキに喋っちまった」

 あまりに悪びれもせずに平然と言われたせいで、一瞬何のことかわからなかった。だけどその後で、ゆっくりと脳内が整理されていく。ようやくその意味を理解した頃には、「えぇっ!?」と大声を上げてしまっていた。まだ演奏が始まっていないのがせめてもの救いで、それでも何人かがこちらを振り返ってしまう。



「なななな、何でそんなことすんの!?」

 周りの目が気になったので声のトーンを落とし、私はなっちゃんに少し顔を寄せた。

「なんでって、お前。どうせ自分で言う勇気はなかっただろ」

「そうだけど…!」

「普段はここまでのおせっかいはしねぇ主義なんだけどな」

「……」

「ま、悪いようにはしねぇから安心しろ」

 そう続けたなっちゃんだけど、私はガクリと肩を落とした。悪いようにはしないって…これ以上悪くなりようがない。嘘をついたことだけじゃなくて…先生は、きっと私が先生の気持ちまで疑うようなことを言っているのを怒っているんだ…。



「なんか話が見えないけど…要はユキ先輩はそれで怒ってるってこと?」

 そこで初めて、理沙さんが口を挟む。ワインを飲んでいるわけでもないのに弄ぶようにグラスを回しながら、なっちゃんは小さく頷いた。

「『腹がたつ』って言ってたからなぁ」

「……っ」

「ただし、白石にじゃなくて『自分に』だけど」

「………え?」

 続いたなっちゃんの言葉に、私は思わず茫然と目を見開く。



「ユキが黙って怒るんじゃなくてそうやって口にするの珍しいね」

「な」

 横からの修司さんの言葉に、なっちゃんが小さく同意した。



「な、なっちゃん…それって…」

「まぁ後はユキとちゃんと話し合えよ」

「……」

 驚きの余り目を瞠ったまま、私はなっちゃんの言葉を聞く。…先生が『自分に』怒ってるって……どうして…?




「それと…あぁ、丁度いいや。こいつに聞いてみれば?ミスコンの話」

 なっちゃんが修司さんを顎で指し示して、私は「え?」と尋ね返した。要領を得ない返事の私に、なっちゃんは構わず修司さんに質問する。



「お前さ、自分の彼女がミスコンに推薦されたっつったらどう思う?」

「なに、和美ちゃんミスコン出るの?マジで!?」

「おい、質問に答えろ」

 修司さんの目の前のおつまみをおあずけと言わんばかりに取り上げながら、なっちゃんは真面目な顔でそう言った。


「ミスコンだろー…ミスコン…そうだなぁ、正直ちょっと複雑かなぁ」

「…え?」

 少し考えたらしい後の修司さんの返事に、私は再び目を丸くする。それにニヤッと笑って、なっちゃんが「なぁ」と続けた。

「こいつのクラスの男連中がよ、自分の彼女がミスコンに出たら自慢だって言ってたんだってよ」

「はぁ、なるほど」

「ユキがさ、最初こいつがミスコンに出ること反対したらしいんだけど」

「うん」

「だからこいつとしては、自分はユキにとって自慢にもならない女なんだと…」

「ちょっと待ってなっちゃん!私何もそこまで言ってない…」

「でもそういうことだろ?」

「…うっ…」

 一蹴されて、私は言葉を詰まらせる。一通り聞き終えた修司さんは、「なるほどねぇ」とどこか感心したように呟いた。



「まぁ俺も、高校生ぐらいの頃ならそう思ってたかもなぁ」

「だよな」

「…どういうこと?」

 疑問に思った私の心を代弁するように、理沙さんが首を傾げながらそう尋ねる。

「つまりさ」

 さっき取り上げられたおつまみのお皿をなっちゃんの手から取り返しながら、修司さんは続けた。



「周りに自慢したいっていうのはさ、まぁもちろん好きだからなのかもしれないけど…『彼女』が自分の『ステータス』だと思ってる可能性もあるってこと」

「…ステータス…?」

「そう。これだけイイ女連れてる、とか、これだけ美人に好かれてる俺、とか」

「…なるほど、若いね」

「だろ?高校生くらいの男なんてそんなんが多いと思うけどね」

 相槌を打つ理沙さんに、修司さんは肩を竦めて答える。



「…まぁその男の性格にもよると思うけど…。少なくともユキはそういうタイプじゃないよ。だから、和美ちゃんの同級生の男たちの話はユキのことを考える上では参考にならないと思うよ」

「……」

「どっちかっていうと、ユキはねぇ…。和美ちゃんを見せびらかしたいというよりは、周りから隠したいタイプだと思うよ」

「なぁ」

 椅子の背もたれに偉そうに腕を置いたなっちゃんが、苦笑い気味にそう小さく同意した。

「それは…やっぱり自慢にならないから、とか…まだ子どもだから、とか…?」

 尋ね返した私の言葉はどうやら的外れだったらしく、修司さんは今度は声をたてて笑う。

「面白いね、和美ちゃん」

「…私は全然面白くないんですが…」

 困ったように眉を寄せて言うと、修司さんは更に声高く笑った。



「まぁつまり、独占欲が強いんだよね、ユキは」

「……そんなバカな」

「…『バカ』って、和美ちゃん…」

 相当私のリアクションが面白いのか、さっきから修司さんは笑いっぱなしだ。

「少なくとも、彼女を見せびらかしたいと思う『自分の物』と勘違いしてる男より、よっぽど愛されてると思うよ」

 ニッコリ笑って言った修司さんの言葉にかぶせて、なっちゃんが「逆によぉ」と口を開いた。

「お前だったら、どうなんだよ。ユキが周りの女たちに注目されたら」

「……え?」

「『あれが私の彼氏なのよ』って天狗になるか?それとも、余計なライバルを増やしたくないって思うか」

 言われて思い当たったのは、ここ数日の女子生徒たちの態度だった。



 先生が髭を剃っただけで…少し話しやすくなったというだけで…手のひらを返すように態度を変えた彼女たち。今まで敬遠していたはずなのにベタベタまとわりつく子すらいて、正直私はヤキモキさせられたのだけど…。

「…じゃ、じゃあ…なんでその後先生はミスコンのこと『どうでもいい』なんて言ったの…?」

「それはお前…」

 答えかけたなっちゃんは、だけどすぐに何かを思いなおしたらしく口をつぐんだ。


「それは、後でユキに聞け」

 そう言い直して、なっちゃんは視線を上げる。その目線を追うと、休憩を挟んでのステージのセットが終わったようだった。

 先生はグランドピアノの前に座り、さっきのケイコさんという女の人はフロントのマイクの前に立つ。楽器を一切持っていなかったので、歌い手さんなのだと分かった。ドラムとベースの人もいたけれど、照明が当てられているのは先生とケイコさんだけだったから、最初はピアノとボーカルだけなのだろう。





 ジャズマンたちの、曲に入る瞬間が私は好きだ。きっちりカウントするバンドももちろんあるけれど、先生は大体すっと息を飲んで、目配せと呼吸を合わせることでメンバーと曲に入る。その言葉のない、それでも心の通じ合っている感じが羨ましくもかっこよくも見えて好きだった。



 滑らかで流れるようなピアノのイントロ。

 すぐに入ってきた女性ボーカルの声は、澄んだように綺麗だった。私が好きな系統のバラード。一曲目にしてはしんみりした曲調だったけれど、すぐに心に染み渡っていく。



「和美ちゃん」

 テーマを一度聴き終えた頃、修司さんが声をひそめて私に耳打ちした。

「ユキはさ、確かに無口な方だし…あんまり肝心なこと言わない方だけど、結構やることは分かりやすいと思うよ」

「…え?」

「知ってる?この曲」

「…いいえ」

 知ってるかと尋ねられるということは、恐らく結構メジャーなのだろう。それでも私は聴いたことがなかったので、正直に首を横に振った。すると修司さんが、流暢な英語でそのタイトルを口にする。

「邦題は『あなたの傍に』。ボーカルの歌詞の意味は後で調べてみるといいよ」

「…?はい」

 コクリと頷くと、修司さんは満足そうに笑う。

「愛されてるよ、和美ちゃん」



 そう修司さんが言った時、ちょうど曲がピアノソロにさしかかった。いつの間に入っていたのか、控えめなベースとドラムも既に参加している。少し厚みの増えた音の中で、先生の早すぎる多彩な音がラウンジ中に溢れた。




 修司さんに教えてもらったその曲名を心の中で繰り返し唱えながら、私は先生の弾き出す音に耳を傾けた。




******



 先生は、ライブが終わった後ステージに寄ったなっちゃんと少し話した後そのままどこかへ消えてしまった。メンバーと打ち上げなんかがあるらしい。それはきっと当然のことなのだろうし、結局私は先生と話をしないままなっちゃんたちとホテルを後にした。



「お前、本気で待つつもり?あいつ飲みに行ったら何時に帰ってくるかわかんねぇぞ?」

 先生の家の前で車を下ろしてもらおうとしたら、なっちゃんにそう聞かれた。

「うん、大丈夫」

 それよりも、今日先生と話したい気持ちの方が強かった。…ううん、今日すぐに話さないとその分距離が開いてしまう気がしたから。

「つってもお前…いくら6月だって言っても、ずっと外で待つわけに行かねぇだろ」

「…あ、大丈夫。鍵持ってるから」

 聞かれたことに普通に答えたつもりだったけれど、私の言葉はどうやら爆弾発言だったらしく、3人は面白いくらいに飛び上がって見せた。…まるで漫画みたいだ。



「鍵!?鍵って、和美ちゃん!」

「ユキが!?マジで渡したの!?」

「お前それ盗んだだろ!絶対!」

 理沙さん、修司さんの言葉まではまだよしとしても、最後のなっちゃんの言葉は聞き流せない。

「失礼な。ちゃんともらいました」

 キーケースから取り出してみせると、3人は目を見開いた後「はぁー」と嘆息した。


「ユキがねぇ…今までの彼女に合鍵なんてほとんど渡したことねぇよな、あいつ」

「唯一もらった由香子さんだってもらうの苦労してたもんなぁ」

 なっちゃんと修司さんの言葉に、私は目を丸くする。

「え、そうなんですか?」

 そんなに苦労してもらった覚えもないのだけれど…。少し意外で、私は首を傾げた。

「由香子さん、頼んだけど全然もらえなくてしまいには隙を見て勝手に合鍵作ってたもんな」

「…それは…犯罪なんじゃ…」

 そう言った理沙さんは、思わずといった感じに苦笑いを浮かべる。



「じゃあまぁ、いいか。親にはちゃんと連絡しとけよ」

「はーい」

 ちょうど車が先生のアパートに着いた。3人に今日のお礼を言って深々と頭を下げ、車を降りる。




「貴弘、ユキ先輩にメールくらいしておいてあげた方がいいんじゃないの?」

「ん?するかよ、そんなの。ユキもたまには少しぐらい驚いてうろたえりゃいいんだ」

「あっはっは、悪いなー、貴弘は」

 バタンとドアを閉めたせいで、理沙さんとなっちゃん、修司さんがそんな会話をしていたことなんて当然私は知る由もなかった。






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