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Sweet&Bitter  作者: みずの
あなたの傍に
50/152


「最近やけに沈んでる気がしたから何かと思えば…」

 金曜日までの三者面談も特に何事もなく終わったらしいけれど、週末の土曜日にはなっちゃんは相当疲弊しているようだった。クラス全員の保護者を相手にしなきゃいけない辺り、教師の精神的疲労は尋常じゃないんだろう。いつもより深めに椅子に座り、子どものようにクルクルと回転させながら私の話を聞いてくれていた。



 今日は部活もないのに数学準備室にお弁当を持ち込み、なっちゃんに人生相談をしたところだ。なっちゃんは仕事をする気はあまり湧かないらしく、いつも片手間に眺めている資料すら今日は机の上に置いていない。私の長すぎる話を聞き終えて、苦笑い気味にそうはじめに漏らした。



「笑いごとじゃないよなっちゃん」

 眉を寄せて言いながら、私は玉子焼きをフォークで突く。あまり食欲は湧かないので、さっきから進んではいない。なっちゃんはこの後職員室で他の先生とお昼を食べるらしく、ただ私の話に耳を傾けてくれていた。ネクタイを長い指で弄びながら、もう一度苦笑する。



「要するに、だ」

 背を向けていた椅子を再び半回転させ、なっちゃんはこちらを向いた。身を乗り出して机に頬杖をつき、私を見る。

「ミスコンに出るかどうかをユキに『どうでもいい』って言われて、クラスの連中には『普通男なら好きな女がミスコンに出たら自慢する』って言われた、と」

「…うん」

「加えて相澤先生やら菅原やら強力なライバル出現」

「……」

「電話やメールも他のカップルほどしないし、ユキに直接好きだと言われたこともないし」

「…………」

「ユキがホントに自分のこと好きかどうか自信がなくなってきた、と」

 私の話を要約したなっちゃんに、沈み気味に小さく頷き返した。言葉にされると余計にへこむ気がして、少しばかりうな垂れ気味になってしまう。



「お前さぁ」

 吐息まじりに顔を仰向けて、なっちゃんは呆れたような声を出す。

「ホントにバカだな」

「…バ…っ」

 繰り返しかけて、私は思わず絶句した。ダメ押しされるかのような痛烈な一言に、声をなくしてしまう。



「そんなに不安なら本人に聞きゃいいじゃねぇか」

「…何て?」

「『先生、私のことホントに好き?』って」

 わざわざ声色を変えて言ったなっちゃんに、私は笑うどころか眉を寄せてしまった。



「…そんなこと聞けるわけないよ」

「何で」

「聞いたって、返ってくる言葉は目に見えてるから」

「…あぁ、だろうな。『アホかお前』で終わりだな」

「分かってるなら言わないでよー…」

 うなだれる頭を抑えるように、私はなっちゃんと同じように机に頬杖を突く。そんな私をまたあの苦笑いを浮かべて見ながら、なっちゃんは少し考えるように口元に手をやった。

 数秒の沈黙が訪れ、私はなっちゃんが次の言葉を継ぐのをただ待つ。そんな視線に気づいたのか、もう一度私を見てから「…仕方ねぇなぁ」と小さく呟いた。



「ちょっとだけ、答え教えてやる」

「…『答え』?」

「ユキから直接聞いてるわけじゃねぇから、ホントに正解かはわかんねぇけどな」

「…」

「ま、ユキの性格なら分かってるから十中八九当たってると思うけど」

「…何が?」

「何から聞きたい?」

 意地悪い笑みを浮かべながら聞き返されて、私は再び眉を顰めた。

 …『何から』……って…?




「お前さっき、相澤先生や菅原が強力なライバルっつったよな」

「…うん」

「ホントにそう思うか?相澤や菅原が??」

 念を押すように聞かれて、私は少し思案する。…確かに、本城先生は全く2人を相手にしていないように見えたけれど…でも、私としては彼女たちのあのたくましさが脅威なんだ。

「ユキさぁ、あいつらに結構冷たいだろ。…いや、菅原は生徒だから明らかに邪険にはしねぇか?」

「……そうかも」

 相澤先生には、結構私ですら恐ろしくなるくらいに冷たい感じだった。


「俺から見りゃそれだけでユキがお前のこと好きな証拠だけどな。あいつお前には基本甘すぎる」

「…!?どこが…!?結構冷たくされてるんだけど」

「『ツンツン』と『ツンデレ』は大違いだぞ、白石」

 意味の分からないことを言うなっちゃんだけど、顔は大真面目なのでツッコミようがない。



「あと、メールや電話が普通の高校生カップルに比べて少ないのはしょうがない。あいつの性格だから」

「……うん」

 それは、私も分かっているつもりだった。だから自分の我儘だということも十分理解している。

「『好きだ』って言わないのも、あいつの性格だからなぁ。昔女遊びしてた時の、どうでもいい女には望まれるままいくらでも言ってたんだろうけど」

「……そういうものなんだ…」

「本気で好きなほど言わないタイプだろ、あいつ」

「…それは…『釣った魚には餌はやらない』的な?」

「釣……。…お前、たまにすごいこと言うよな」

 今度はなっちゃんが一瞬言葉を失い、それから呆れたように苦々しい笑みを浮かべた。


「違う。単に極度の照れ屋だから」

「先生が?」

「だからツンデレタイプだろ」

「……うーん…」

 首を捻って、私は納得できずに腕を組む。なっちゃんの方は、そんな私の反応を気にも留めていないようだったけれど…。



「あと、ミスコンのことだけどな」

「…うん」

「男なんてな、大人になったって子どもなんだよ。高校生なんて尚更ガキだ。そんな奴らの言うこととユキの思考回路を一緒にしない方がいいぜ」

「……ん?」

「はい、ヒント終わり。名取先生の恋愛相談終了~」

「え、ちょっと待ってなっちゃん!」

「ダメ。時間切れ。俺これから苑崎先生と昼飯なんだわ。この前派手にボール顔面にぶつけたから詫びに奢る約束してんだ」

「えぇ~」

「代わりに、今日夜付き合ってやるよ。ユキに先に断ったってことは、どうせ空いてんだろ?」

「…うん…でも私、テスト前なんだけど…」

「んな状況でテスト勉強しねぇだろお前は」

「…うっ」

 さすがになっちゃん。私の行動パターンはお見通しらしい。



「夕方5時に、お前の家の近所まで迎えに行くから」

 こちらの返事はお構いなしとでも言うように、なっちゃんはそう言い置いた。




******



 なっちゃんに指示されたのは、「私服は少なくとも20歳くらいに見えるそれなりの格好」だった。確かに高校生を連れ歩くのは何かと問題だろうから…20歳くらいに見える、という指示は分からなくもない。

 でも、「それなり」というのはどういうことだろう?どこへ行くのか聞いておけば良かった。

 仕方がないので、私はどんなところへ行っても浮かない程度におしゃれをして5時を待つことにした。




 チューブトップの上に薄手のカーディガンを羽織って、玄関でミュールを履いているとちょうど祥太郎が帰ってきた。

「出かけるの?彼氏と」

「違います」

 余計な一言を聞いてくる祥に強い口調で返して、私は小さなバッグを手にドアを開いて外へ出る。



「んー」

 まだまだ外は明るく、空が高い。大きく伸びをしてから、私は待ち合わせの場所へと向かった。




 約束の場所は前と同じ、うちの近くのレンタルショップだった。必要以上に広すぎる駐車場に、見慣れた車が停まっている。それを見つけて駆け寄りながら…その時初めて、私は少し考えてしまった。




「…どうした?」

 近づいてきた私に助手席のドアを開けてくれながら、なっちゃんがそう尋ねる。そのドアに手をかけて…中に乗り込まないまま、私は遠慮がちに口を開いた。

「なんか、いいのかな…と思ってしまって」

「は?何が」

「いくらなっちゃんと先生が仲良しでも、先生に嘘ついたのに男の人と2人で出かけるっていうのも…」

 なんだか、先生に対する裏切り行為のような気がしてきた。たとえば逆の立場だったら…嘘をついた上で女の人と出かけられたら絶対に嫌だと思う。



「貴弘と2人きりじゃなきゃいいんじゃない?」

 不意に、第3の声が降ってくる。バッと声のしたその車の後部座席に目をやると、そこには笑った2人組がいた。

「修司さん!理沙さん!」

「久しぶりー、和美ちゃん」

 2人の眩しい笑顔に、私も思わず自分の顔がパァッと晴れやかになったのがわかった。

「よし、分かったら乗れ」

 なっちゃんに促されて、私は今度はためらいなく助手席に乗り込んだ。






 久しぶりに会って、妊婦である理沙さんの体調も気になったけれどとても元気そうだった。

 修司さんも相変わらずで、今日は2人もいつもよりよそ行きな服装だ。なっちゃんに至ってはきっちりとスーツを着ていて、尚更どこへ行くのか分からない。修司さんがここにいるということは、いつものジャズバーではないのだろうということだけは分かった。




 どこに行くのか尋ねても、返ってくるのは意味ありげな3人の笑みだけだった。そうこうしているうちに辿り着いた場所に、私は目を丸くする。車で一時間ほど走ったところにあったそこは、顔をあお向けないと全部見渡せないほどの高い建物。



「うわぁ…」

 豪華な門を車でくぐって、建物の前にある車寄せで滑らかに車体が止まる。完全に「おのぼりさん」状態の私は、キョロキョロとその大きなホテルを見上げた。

「かわいいなぁ、和美ちゃんは」

 穏やかに笑って言う修司さんにエスコートされながら、私は緊張気味に中に入った。



「なっちゃん、ここで何かあるの?」

 後ろを振り返りながら尋ねると、車をホテルマンに預けたなっちゃんが笑う。

「このメンツで来たら大体想像つくだろ」

「ジャズライブ!?」

 ぱぁっと目を輝かせて言うと、なっちゃんは「ご名答」とニッと唇を持ち上げた。




 ライブハウスやバーでのジャズは何度か聴いたことはあるけれど、高級ホテルでは初めてだった。広すぎるラウンジにステージがあり、吹き抜けの上階からもそこが見渡せる。既にそこではライブが始まっていた。ステージではピアノ・ベース・ドラム・サックスのカルテットが演奏している。


「あ、この曲好き」

 先生に借りたお気に入りのCDに入っていた曲をちょうど演奏していて、私は思わず頬を綻ばせながら耳を傾けた。

 そして修司さんに促されるまま、近くのテーブルの椅子に座る。



 アルトサックスの女性は、艶やかな音を会場に響かせていた。ライブを聴きにきたわけではなかったらしい普通の宿泊客も、足を止めていく。ソロと曲を終えるたびに沸き起こる拍手の嵐に、微笑んだその表情は見るものをも魅了しそうだった。




「すごい、かっこいい…」

 数曲をあっという間に終えたそのバンドは、穏やかな余韻を残してステージを去って行く。今日はいくつかのバンドが入れ替わりで演奏をするらしく、ホテルのスタッフらしい人たちが次のバンド用にマイクの位置を直していた。



「和美ちゃんはバラード系が好きだね」

 お酒を飲みながら、修司さんが言う。

「アップテンポも好きですけど、どっちかっていうとしっとりめが好きです」

 ノンアルコールのカクテルを一口飲んで、私も笑って応じた。…まさにその時、だった。




「…何やってんだ、お前」

 不意に、上から降ってきた声。


 驚いて後ろを見上げると、そこにいたのは本城先生だった。ビシッとしたスーツに身を包み、煙草をくわえたままこちらを見下ろしている。

「先生!?」

 驚いて目を丸くした私とは裏腹に、3人はニヤニヤと笑いながら「よ」と手を挙げて先生に挨拶した。



「…え、もしかして…先生も出るんですか?ライブ」

「じゃなきゃこいつらがわざわざテスト前にお前連れてこねぇだろ」

「………そうですよね…」

 手にしていた携帯灰皿に煙草を押し付ける先生の言葉は、やはり少し冷たい気がする。…それはそうだろう。智子とテスト勉強するから、と嘘をついてしまったんだから。



「ユキ、そろそろ行こうよ」

 ちょうどその時、近くを通った女の人が先生にそう声をかけた。その声に顔を上げた先生が、煙草を灰皿のケースに押し込んで「あぁ」と小さく返事をする。どうやらその女の人は、今日先生と一緒にステージに上がる人のようだった。20代半ばくらいの…ドレスアップしたキレイな人。



「ケイコ」

 先生の低い声が、その人を呼ぶ。少し前を歩いていたケイコと呼ばれた人が、その声に振り向いた。


 ……呼び捨て…。

 くだらない嫉妬がまた胸の中でざわめき始めて、私は膝の上で拳を握った。



「なに?」

「曲目変えてくれ」

「えぇっ?今から?」

「今から」

 眉を顰めるケイコさんに、あっさりと答える先生。

「何よー、何の曲にすんのよ」

 少し不満そうに聞き返しながら、ケイコさんは先生と一緒にステージの方へ向かっていく。周りのざわめきもあるからお互いの声が聞こえにくくなったせいだろうけれど、先生がケイコさんの耳元に少し口を寄せて何かを答えていた。


「…っ」

 その2人の後ろ姿に、私は唇を噛み締める。



 私のそんな様子に気づいたらしい修司さんが、ポンポンと頭を撫でてくれた。

 その優しさと気遣いが嬉しかったけれど、何だか余計に空しくなった気もした。






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