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Sweet&Bitter  作者: みずの
降っても晴れても。
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1 side:Kazumi

「できたっ」

 透明のフィルムでラッピングしたものに赤いチェックのリボンを巻いて、それをかざすようにして持ち上げる。

 家庭科の調理実習で作ったばかりのそのシュークリームは、我ながらイイ出来栄えだ。料理系をやらせればクラスメイトの中では右に出るもののいない茜が同じ班だったのが救いだった。実際に私が手を加えたのはシューにクリームを詰める手伝いをしたくらいで、後はラッピングだけだったけれど。

「そういうラッピングは器用ね、和美は」

 隣でそれを眺めていた智子がそう声をかけてくる。

 「まぁね」と笑って頷いてから、私はそのシュークリームを自分の前に2つ並べた。


「和美、それ誰かにあげるの?」

 尋ねられて、私は「えっ」と一瞬言葉に詰まる。

「な、なな何で?」

 明らかに挙動不審になりながら聞き返すと、智子はそれに気づいたのか気づいていないのか…特に変わらずいつも通りに後ろを顎で指し示した。

「だって、皆誰かにあげるみたいだし」

 調理実習室というその部屋では、確かにクラスの女子たちがキャッキャと楽しそうに騒いでいる。これが以前の実習メニュー「チンジャオロース」ならこうはいかない。好きな人にあげようかとウキウキできるのはシュークリームなどのお菓子系ならではだ。



 智子も、特別意味があって聞いたわけではないようだった。それにホッと一瞬安堵しながら、私は「うん」と頷く。

「2個あるから、部活でお世話になってる先輩と先生にあげようかな…と」

「ふぅん」

 聞いてきたもののそれほど私の返事に興味はなかったのか、智子はそれ以上追及してこようとはしなかった。小さく頷いたきりの彼女の後ろで、それまで不器用な手つきでラッピングに苦戦していた由実が顔を上げる。

「えっ、何なにっ?和美、その先輩のこと好きなのっ?」

「ち、違うよ!先輩はいっつも実験で2人組組まされる時に私と組まされてて…迷惑かけてるからっ」

 それは嘘ではなく、事実だった。私のドジのおかげで先輩が何度迷惑を被ったかは数知れない。

「なぁんだ。つまんない」

 由実は子どもっぽく唇を尖らせると、それっきり再びラッピングに取り掛かった。相変わらずうまくいかないらしく、時々「だぁっ」とか「のぁっ」とか訳の分からない奇声を上げている。


「由実ぃ、私もう終わったから先に教室帰るよ」

 そんな由実を待ってるのが時間の無駄だと思ったのか、智子が椅子から立ち上がりながら自分の荷物を持ち上げた。茜は他のクラスメイトと話し込んでいるところだったので声をかけず、智子はそのままこちらを振り返る。

「和美は終わったんでしょ?なら一緒に戻ろう」

「あ、うん」

 調理台の上に置いていたシュークリームと教科書を手にして、私も立ち上がった。こちらを振り向かないままの由実に声だけかけて、私はそのまま智子と実習室を後にした。





 授業時間終了まで後15分ほどあるので、まだ他のクラスは授業をしている最中だった。早めに実習を終えて帰る中、廊下はシンとして静かなものだ。声が響かないように、やがて智子が隣の私にしか聞こえないくらいに静かなトーンで「ねぇ」と話かけてくる。

 その雰囲気がいつもと少し違った気がしたけれど、私はそれほど気にせず「ん?」と小首を傾げながら先を促した。


「和美って、本城のこと好きなの?」

「!?」

 続いた智子の言葉は、まさかここで出るものだとは思っていなかったので思い切り面食らってしまった。大きく目を見開いて言葉を失った瞬間、そのリアクションこそが図星を指し示していてマズイものだったと我に返る。

 だけどそこからとぼける演技をするほど私はしたたかでもなくて、言葉をなくしたまま智子を見つめ返してしまった。

「図星かぁ」

 からかう響きはなく、ただ智子はニッコリと笑ってみせた。



「おかしいなとは思ってたんだよね、前に本城と菅原先輩が一緒にいるとこ目撃してから、様子がおかしかったし」

「…それは……」

「本城と菅原先輩が街中でキスしてたって面白がる由実に、一生懸命否定してたし」

「…う…っ」

「しかも本城本人に確認までしてきて、由実や私たちに誤解だって弁解してたし」

「……」

「まぁ、由実と茜はそれでも全く気づいてないみたいだけど」

「……ごめん」

「何で謝るの?」

 うなだれるように呟いた私に、智子は今度はプッと吹き出してみせた。



「別に、親友だから何でも話せなんて思ってないよ。今回も知らないフリしてようかと思ってたんだけど…」

「…『だけど』?」

「なんか一生懸命ラッピングしてる和美がかわいくって、つい」

 こういうところ、智子は大人だと思う。本当に私は心から3人のことを親友だと思っているけれど、それでも自分の話をするのは得意じゃない。そのことをちゃんと分かってくれるのだ。恐らく、今まで私自身に尋ねずにいたのも智子の優しさだったのだろう。



「あのね、話したくないわけじゃなかったんだよ。…ただ、ちょっと不毛だから反対されるかもしれないと思って…」

「…まぁね、教師相手じゃね」

「うん…」

 しかも由実は本城先生のことがあまり好きじゃないみたいだったし。智子が本城先生のことをどう思ってるのかは知らないけれど、言いにくかったことに違いはない。



 教室が近づいてきて、中に誰かがいる気配がしたのでその話は互いにそこで打ち切った。調理実習を一番に終えてきたのは私たちだったはずだけれど…違う授業を受けている男子が先に帰ってきたんだろうか?

 智子と小首を傾げながらドアをガラリと開けると、そこにいたのは意外な人物だった。


 ……それも…2人。



「何してるんですか?先生たち」

 教室の一番前の窓枠辺りにもたれかかったなっちゃんと、その近くで壁に背を預けて腕組みしている本城先生。授業でもないのに教室にいることが意外で、智子がそう声をかけた。

「密談」

 煙草を吸っていたなっちゃんが、ニヤリと笑ってそう怪しく答える。さらりとかわされたことがわかったので、智子は「そうですか」と肩を竦めたきりそれ以上尋ねたりはしなかった。


「お前らこそ、サボリか?こんな時間に」

 腕の時計と教室にかけてある時計を見比べて確認しながら、なっちゃんがそう聞いてくる。「失礼な」と眉を寄せた智子が、自分の席に荷物を置きながら持っていたシュークリームを持ち上げて見せた。

「調理実習、うちの班は優秀だったから早く終わったんです」

「へぇ、ここのクラスはシュークリームか」

「あ、そう言えば何人かなっちゃんに持っていくって言ってたから後で来ると思いますよ」

「ほー」

 智子となっちゃんのやり取りを、私はドキドキしながら見守っていた。緊張の原因はもちろん話の内容などではなく…なっちゃんの傍にいる本城先生のせいだ。

 2人の会話には全く興味がないのか、本城先生は煙草を吸って窓の外を眺めながら話に加わろうとはしなかった。



 だけど……。



「ここのクラスと隣のクラスだろ…こりゃあ今日の俺の昼飯シュークリームに決定だな」

「…おい、ふざけんなよお前」

 生徒にモテモテのなっちゃんがもらえるであろうシュークリームの数を頭で計算してそう呟いた瞬間、それまで黙っていた本城先生が低い声でそう口を開いた。

「何が?」

 とぼけた表情でなっちゃんがそちらを振り返る。口にしていた煙草を噛み切りそうなほどの苦い顔で、本城先生はなっちゃんを睨みつけた。

「お前が食いきれないの分かっててそれでもホイホイ受け取るから俺までとばっちり食うんだろうが」

「じゃあお前、『先生食べてください』って持ってくる生徒の気持ちを『食いきれねぇ』って拒否すんのか」

「…ちょっと待て、お前が言うとなんか変な話に聞こえる」

 大学の時から仲が良いというこの2人のやり取りに、私と智子は思わず声をたてて笑ってしまった。本当に、学校という場所に似つかわしくない教師らしくない会話だ。



 頭痛でもしてきたのか、本城先生はこめかみの辺りに手をやる。長い指でそこを抑えながら、「とにかく」と言葉を続けた。

「受け取るなら受け取るで時間かけてでも日にちかけてでも、いい加減自分で全部食え」

「…いやぁ、シュークリームは日にちかけたらやばいだろ、腐る」

「とにかく、俺はもう手伝わねぇ。先月からお前のせいで甘いもの見たら吐き気がする」

 どうやら本城先生はなっちゃんのせいで先月から調理実習のたびに被害を被っているらしい。吐き捨てるようにそう言いきって、再び煙草を口にする。



 私は…さっきまで笑っていたはずなのに、表情から笑みを消してその先生の動作を茫然と見つめていた。手に持っていたシュークリームを落としそうになったのだけは、何とか意識を繋いで耐える。



(…本城先生…甘いもの嫌なんだ…)



 さっきまでウキウキとラッピングしていた自分が、何だか遠い過去のようにさえ思えた。現実を思い知らされたかのようで、ショックを受けたのを隠す余裕すらなかった。俯きがちに、目線を下へ落とした…まさにその瞬間、だった。


「えぇー、本城先生受け取ってくれないんですか?」

 智子が、少し大げさな明るい声でそんなことを言い出した。驚いて顔を上げたのは、私だけではなくなっちゃんもだ。本城先生だけは、わずかに首を傾げて智子を見据える。


 その目線に全く臆することもなく、智子は私の方を振り返って続けた。

「担任だしお世話になってるし、本城先生に渡そうって話してたんだよねー、和美」

 本城先生にバレないように、智子がかすかにウィンクをしてみせる。話を合わせるように訴えられたようで、私は「あ、うん」と頷いてしまった。

「そうなんです、これ…」

 智子と一緒に、本城先生の近くまで行ってラッピングしたそれを差し出す。手が震えないかが心配だったけれど、緊張を通り越して生きた心地すらしなかったので、その心配は必要なかったみたいだ。



 恐らく、智子は私がショックを受けたのが分かったんだろう。そして、もう自分では先生に手渡しできなくなってしまったことも。だからこそ…何でもないことのように明るく、あんなことを言い出してくれたに違いない。



 …でも、これでも拒否されたらさすがに傷つくなぁ…。



 なんて、弱気なことを考えていた時だった。




「…どうも」

 私と智子の手から、本城先生が「それ」を受け取った。



「……」

「え、先生もらってくれるんですか?」

 相変わらず大げさにキャッキャキャッキャとした演技をしながら、智子がそう言う。

「自分宛のものはもらう。俺が嫌なのはあいつがもらってきたくせにこっちに寄越すからだ」

「だよなー」

 本城先生の言葉に「はははっ」と笑いながら、なっちゃんが同調した。…分かっているなら、自分で全部食べればいいのに。でも恐らく、なっちゃんの人気は尋常じゃないから自分で処理しきれないのも本当なんだろう。



「良かったね、和美」

 バレないように耳元で智子が囁いてくれる。受け取ってもらえた嬉しさと智子への感謝で胸がいっぱいになりながら頷くと、そこでちょうど授業の終了ベルが鳴った。

「お、そろそろ行くか」

 煙草を灰皿で消しながら、なっちゃんがそう言って本城先生を促す。同じように煙草を処理して、本城先生ももたれていた壁から体を離した。



「じゃあな、あ、お前ら俺が教室で煙草吸ってたこと言うなよ」

 先に歩き出した本城先生の後ろで、なっちゃんは私たちにそう釘を刺す。

「別に言いませんけど、皆知ってると思いますよ」

 冷めた口調で冷静に言い放った智子の言葉に、なっちゃんは「そりゃそうだ」と苦笑いを浮かべた。それからなっちゃんは、教室を出て行こうとしながらふと私の方を見る。智子にもバレない程度のアイコンタクトだったけれど、わずかな目配せに私は少し笑って頷いて返した。『良かったな』と、そう言っているように聞こえたんだ。




 不良教師2人が出て行ってすぐ、教室にはクラスメイトたちが戻ってきて賑やかになっていく。さっきのお礼を長々と言うわけにもいかず、私は智子に「ありがとう」と一言だけ告げた。



 恐らく、智子はあのシュークリームを2つとも彼氏にあげるつもりだったはずだ。



 それを1つ減らしてしまったことを謝る意味もこめてお礼を言うと、智子は首を振ってただ笑っていた。






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