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Sweet&Bitter  作者: みずの
あなたの傍に
49/152


 考え事をしているうちに結局眠ってしまったらしく、気がついたら朝になっていた。充電器に入れていなかったので、携帯の電池は枕元で切れてしまっている。それにコンセントを差込ながら、私は支度をするために部屋を出た。



「おはよ」

 ちょうど自分の部屋から出てきたらしい祥太郎と、鉢合わせする。

「……」

 かけられた声を完全に無視して、私は階段を下りた。



「まだ怒ってんの?しつこいなぁ」

 呆れたように言いながら、祥太郎が後に続く。祥の方はもう完璧に準備を終えていて、ちょうど家から出るところのようだ。

「あのねぇっ、お願いだから父さんとか母さんに余計なこと言わないでよ?」

「父さんが出張、母さんが夜勤の間に何回か外泊したこととか?」

「祥っ!!!」

 頭をポカリと叩くフリをしたけれど、祥太郎はそれを笑いながら避けた。…全く、そのうち黙っている代わりにと何か物を請求されたりするようになるんじゃないだろうか。



「行ってきまーす」

 朝から爽やかさ全開で玄関を出ていく祥と別れて、私はダイニングへと向かった。







「やっぱりメールの1通も来ないし」

 身支度を終えて登校する途中、私は少しばかり充電できた携帯電話に電源を入れた。すぐにメールの問い合わせをしたけれど、来ていたのは智子と茜から、モモちゃんという同学年の女の子からのメールだけだった。

 先生からは、予想通り来ていない。想定していた事実だけれど半ばへこんで、私は小さくため息を漏らした。







 その日学校に着いた時、いつもより教室内が少し騒がしかった。女子がキャアキャア騒いでいるその声に、またしても少しだけ嫌な予感がする。

「おはよー。何の騒ぎ?」

 私の後ろからほぼ同じタイミングで教室に入ってきた由実が、小首をかしげながら私に尋ねた。


「さぁ」

 小さく首を捻ると、由実も肩を竦める。そして男子のように後ろ手に持っていた鞄を、一番前のすぐそこの自分の席へポンと置いた。

「あ、由実おはよー」

 そんな由実に、クラスで騒いでいた女子が数人群がってくる。


「由実もさぁ、昨日いればよかったのにぃ」

「由実の大好きななっちゃんの勇姿が見れたよー。ぷぷぷ」

「何その含み笑い」

「いやいや、なっちゃんにあんな面があるなんて…。ま、ユッキーはマジでかっこよかったけどね」

「?なっちゃんが何?ユキサダには興味ないけど、なっちゃんは気になる」

 前からなっちゃんのファンを自称している由実は、再び首を傾げながら女子たちを見つめ返した。そのままスルーしかけた私だけど…本城先生の名前が出たので、一緒にそこに立ち止まってしまう。




「昨日さぁ、三者面談終わった後だからもう夕方だったけど…男子がバスケの練習してたの」

「うん?」

 恐らく、球技大会のバスケのメンツだろう。

「F組はなっちゃん交えてバスケの練習しててさ、うちのクラスとも練習試合とかしてたんだけど誰かがユッキーまで呼びに行っちゃったからなっちゃんがヒートアップしちゃってさ」

「あー、目に浮かぶ。対抗心バリバリななっちゃんとそれを冷めた目で見てるユキサダが」

 おかしそうに笑いながら、由実はそう相槌を打った。


「そうそう、そんな感じでさ。それが余計になっちゃんのやる気に火をつけたらしく、生徒の練習試合だったはずが何故かone on oneやるとか言い出して」

「へー…」

「それがユッキーって高校の時バスケ部だったらしくてさぁ。もうドリブルする姿もシュートする姿も何でもかっこいいのなんのって」

「………へー…」

 由実の相槌が、興味なさそうにワンランク落ちたので私は周りにバレないように肘で突いた。



「一方なっちゃんは、もうびっくりするくらい…」

 誰かが言いかけると、他の誰かが同意する。

「うんうん、あの顔であの身長、まさかあんなに運動音痴だとは思わなかった…」

「えぇぇ!?なっちゃん運動音痴なの!?」

 びっくりして目を丸くした由実に、女子たちは同時にコクコクと頷いた。



「初めはユッキーがすごすぎるのかと思ったけど、あれは筋金入りだね」

「意外…!」

「で、しかも勝てないと思ったなっちゃんは、最後の手段とばかりに助っ人を呼んで2対1という卑怯な手を…」

「誰呼んで来たの?」

「それがさぁ、なっちゃんのクラスの副担、苑崎先生だから皆大爆笑!」

「…あー更に目に浮かぶわー」

「でしょ?しかもなっちゃんがパスしたボールを苑崎先生が顔面キャッチしたりしてさぁ」

「うーわー」

「なんかもう大爆笑だったよ。ユッキーだって大笑いしてたもん」

「へー。ユキサダもおかしくて笑ったりすんだね」

 ポツリと漏らした由実の感想は皆も同じだったのか、その場にいた全員が大きく頷く。

「ユッキーさぁ、笑うとかわいいよねー」

「あ、私も思った」

 それぞれ感想を漏らす女子達の言葉に、その時ちょうどスピーカーから流れる予鈴が重なった。



 散り散りに自分の席へ戻っていく彼女たちにならって、私も一番後ろの席へと向かう。



 その間、考えるのはたった今聞いたばかりのことだけだった。

 大笑いする先生なんて、私だってほとんど見たことないのに、とか。高校時代バスケ部だったなんて話すら聞いたことない、とか。声にしてみればくだらない、些細な嫉妬心だった。



「おはよう」

 丁度教室に入ってくる先生の声に、私は顔を上げる勇気もなかった。




******



 結局朝のHRの間、私はずっと下を向いたままだった。ウジウジ考えるのは性に合わないと分かっているはずなのに、一向に気分は上昇しない。

「和美は考えすぎなんだよ」

 由実はそう言うけれど、私だってこれだけ立て続けに良くないことがあったら気分も沈む。その一端に責任を感じているのか、いつもは叱咤激励する智子も今回ばかりは優しかった。



「白石」

 2限目を終えた休み時間、ふと教室の後ろのドアから声をかけられた。顔を上げると、そこにいた私を呼んだのは先生本人で…。目が合って、私は思わず一瞬声を失ってしまった。


「はい」

 返事をしながら立ち上がると、周りの女子たちも何事かと振り返る。

「次の授業の資料運ぶの手伝ってくれ」

 そんな周りの子たちに一瞥すら与えることもなく、先生は構わずそう続けた。


 だけどそんな先生に、女子の一部が「はいはいっ」と手を挙げる。

「ユッキー、なんならうちら運ぼうか?」

 身を翻しかけていた先生は、その言葉にようやく彼女たちの方を振り返った。

「いや、白石だったら教えなくても資料の場所分かってるから」

「そっかー、和美は化学部員だもんねー」

 少し残念そうに唇を尖らせた彼女は、そう言って私を見る。

「私も化学部に入部しとけば良かった」

 舌を出しながら笑う彼女に愛想笑いを返しておいて、私は教室を出て先生の後に続いた。



 人の目もあるから、特別会話が弾むわけでもない。そんなのいつものことだったはずなのに、今日はなんだか余計にへこむ。先生の大きな背中に隠れるように後ろを歩いて行きながら、漠然とそんなことを考えていた。




「あそこの棚に入ってる資料運んでくれ」

 化学準備室に入るなり、先生はそう言って奥の棚を顎で指し示す。

「…はい」

 短く返事をして、私はそんな先生の脇をすり抜けようとした。



 …その時、だった。

「…お前、今日顔色悪…」

「…!」

 言いかけた先生が、私の額の辺りに手を伸ばそうとした。恐らく、体調が悪いんじゃないかと思ってくれたんだと思う。熱でも確かめようとしたのか、伸びてきたその手に私は一瞬ビクリと肩を震わせた。

 …さすがの先生もそれに気づかないはずがなく、少し目を瞠って手を止める。宙に浮いた手で指を握りこんで、引っ込めながら目線を合わせるように少しかがんだ。

「具合悪いのか?」

「…いえ!」

 覗き込むように顔を近づけられて、私は慌てて首を振る。



 ……最低。避けたいわけでもないのに、体が自然と強張ってしまった。自分自身に嫌気がさす。



 先生は少し何か考えるようにこちらを見ていたけれど、私はそれを気にしないようにした。何もなかったかのように、再び奥へと歩き出す。

 早く資料を手にしてここから逃げたかったのは、私の弱さと幼さ故だろう。先生の気持ちを疑いたいわけではないけれど、ここ数日で耳にした良くない話ばかりが脳内を蝕んでいく。




「…白石、昨日お前…」

 入口の辺りに立ったままだった先生は、白衣を翻してそう何かを言いかけた。

「…え?」

 棚に手をかけながら振り向いた私は、それでも先生の目を直視することはできなかった。何でも見透かされそうな黒い瞳より…少し下の辺りを見つめ返す。



「……いや、なんでもない」

 そんな私に気づいたのか、先生はため息と一緒に一度言葉を飲み込んだ。

「………ただ、昨日あれから大丈夫だったかと思って」

「…?」

「弟」

「……あぁ」

 曖昧に答えて、私は再び棚の方へ向き直る。昨日の面談中に珍しく私が祥太郎のことで取り乱したから気にしてくれたんだろう。



 ……でも……。




 それなら、何で昨日そうやって声をかけてくれなかったの。今先生が資料運びなんて口実で私を呼んだのが心配してくれていたからだったとしたら…。私は、昨日のうちに先生から電話かメールが欲しかった。

 今まで「先生とはこんなもの」とか「大人の男の人だし、忙しいし」と思ってメールが少ないことも気にしてなかったけど…。でも、私だって女子高生らしくそんな「普通な恋愛」がしてみたいと思うことだってある。



 …だけどそれとは逆に、我儘だと分かりきっているようなそんなことを考えてしまう自分に、また自己嫌悪に陥るんだ。




「…大丈夫です、昨日はちょっと取り乱しちゃってすみませんでした」

 資料を手に、私はそのまま踵を返す。支えを失った棚の扉が、自然と背後で閉まる音を聞いた。




「……」

 先生が、私の様子に疑問を持っているのが視線で分かる。でもここでポーカーフェイスを気取れるほど私は大人でも賢明でもなかった。子どもじみた自分の感情を抑えられず、沈みがちな気分を隠すことすらできない。

「……白石」

 前を通ろうとした時、先生が再び私を呼び止めた。



 ピタリと足を止めて、私はゆるりと顔を上げる。そちらを見上げようとしたけれど、やっぱり目線は正面から合わせることはできなかった。…だから、だろうか。煙草の煙を吐き出す時のように…先生が大きく吐息を漏らしたのがわかった。



「今週末のことだけどな」

 言いかけた先生の言葉に、胸がドクンと大きく脈打った。

 週末は…今回少しの例外はあったものの、一週間の中で唯一先生の家に行ってもいいと言われていた日で。車で外へ連れて行ってもらうこともあったけれど、いつも私が押しかけるばかりで先生から誘われたことは多分ほとんどない。それをあえてここで話題に出してくるくらいだから…いい話じゃないことは私も分かった。


 一瞬でそこまで読み取って、私は先に口を開く。


「週末は…智子の家でテスト勉強することになってて…」

 先生の口から、断られたくなかった。だから嘘をついてでも、先に断ろうと思った。それすらも、子どもっぽいせめてもの自己防衛だ。




「……そうか」

 一言だけ呟いて、先生はもたれかかっていた壁から背中を離す。

「それ、よろしくな」

 私の手にした資料を指し示して、話を変えるように短く言い置くと白衣を翻した。






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