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Sweet&Bitter  作者: みずの
あなたの傍に
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 その日智子と別れる時、裕貴くんは「夜また電話する」と言い置いて行った。「まだ何を話すことがあるんだか」と智子は素直じゃない呟きをもらしていたけれど、もちろん本気で嫌がっているわけではない。そんな2人のやり取りを見たからこそ、私はまた自分の思考が嫌な方へ向かっていくのを感じた。




 あまり気にしたことはなかったけれど、私が先生と電話やメールをすることはほとんどない。こちらからした時は返事もくれるし電話にも出てくれるけれど、先生からかかってくることは用事がない限りまずなかった。

 多分先生はそういうところ器用な方じゃないし…と思っていたから気にしていなかったけれど、普通は智子と裕貴くんみたいなのが一般的なんじゃないだろうか。




「…なんか、考えたら余計に電話しづらくなっちゃった…」

 小さく呟いて、私ははぁ、と肩を落とした。






 翌日は短縮授業で、三者面談の日だった。ただでさえ何だか先生の顔を直視できる自信がなくなったところなのに、親と3人で顔を合わせるなんて気が重すぎる。

 しかも私は今日の分の一番最後の時間帯で、長い間朝から憂鬱な気分でいることになった。先生の化学の授業が今日はなかったことがまだせめてもの救いだ。




 三者面談に来る母親とは、時間の10分前に来客者用の昇降口で待ち合わせをしていた。時間通りに迎えに行くと、「和美」と声をかけられる。だけどそれは思っていた声とは違い…私は大きく目を見開いて、その声の主を見上げた。



「お父さん!?何で…」

 驚きのあまり口をパクパクさせながら指を指したけれど、父親の方はそんな私に構う様子もなく用意されたスリッパを履く。

「出張が早く終わったから、母さんの代わりに来た」

 父は医療機器を作っている会社に勤めていて、全国の病院へ出張に行くことが頻繁なくらい忙しい人だ。海外へ行くことですら少なくない。家を留守にしがちで運動会や授業参観にだってろくに来たことがない父が三者面談に来るなんて、驚いて当たり前だった。



「母さん夜勤明けで、今日もまた夜勤だからな」

 確かに、施設で介護士をしている母は夜勤が多く、そんな母にゆっくり休めるはずの日中も学校に来てもらうのは申し訳なかった。

 でも……。





 母より父の方が、先生と面談するのに気まずい気がするのは気のせいだろうか…。別に父に「彼氏です」と紹介するわけではないのだけれど、やっぱりどこか落ち着かない。先生だって、私の親と顔を合わせるのは緊張するんじゃないだろうか…。




 内心で冷や汗を流しながら父を連れて歩いて行くと、丁度前の人の面談が終わったところだったようだ。時間ちょうどより少しだけ早く終わっている辺り、先生はすごいと思う。なっちゃんなんて、たまにかなり延長させられる親だっていると言っていたのに。




 前の生徒と母親を教室のドアまで見送りに出た先生は、頭を下げてその後ろ姿を見送った後クルリとこちらを向き直った。父を見て少しは目を瞠ったりするかと思ったけれど、いつも通りの表情。

 …いや、それどころか営業スマイルとも言えそうな笑顔を浮かべていた。

「白石さん、どうぞ」

 短い挨拶をして、先生はそう言って父を中へ促した。




 面談中、私はずっと生きた心地がしなかった。「勉強も部活も頑張っています」と先生に娘を褒められて、父は悪い気がしなかったらしく終始ご機嫌だったけれど。ここでこの人がその娘の彼氏だと知ったら激昂しただろうか。



「成績も随分上がっています」

 言いながら先生は、この前の実力テストの個人成績を出す。高校生にもなると親にちゃんと報告しない生徒もいると踏んでいるのか、面談で成績を出されるのがこの学校の決まりらしい。

「……」

 私は個人成績表をいつもテストのたびに母親に渡すけれど、父はそれに目を通したことはなかったのだろう。私の成績を初めて見て、少しだけ驚いたように目を見開いた。

「…どうかされましたか?」

 それに気づいた先生が、少しだけ首を傾げて父を見る。尋ねられて、父はようやく我に返ったように「あ、いえ…」と小さく取り繕った。



「…お恥ずかしい話ですが、娘の成績をあまり見たことがなくて…」

 決して無関心なわけでもない。多分私も祥太郎も溺愛されて育った方だと思うけれど、父は成績にはそれほど興味がなかったんだろう。

「かなり無理して入った進学校だったので、もっと悪いものだと思っていました」

「そうですか」

 相槌を短く打ちながら、先生はニコリと笑った。…普段では絶対に見れないような笑顔に、失礼だと分かっているけれど背筋を冷たいものが走る。

「真面目に頑張っているので、その結果です」

「化学なんて、特に苦手だと思っていたんですが…」

 父は穴が開くんじゃないかというほど成績表を凝視する。…確かに、入学当初の私は化学なんて一番嫌いな教科だった。



「最初は苦手だったようですけれど、克服するためにわざわざ化学部に入って努力しましたから」

 笑って言って、先生は「な?」と私に話を振る。

「…」

 小さく頷いて、私はわずかに視線を逸らした。化学部に入ったのは「克服するため」でもなかったんだけれど…。それを知っているくせにそんなことを言う辺り、先生は絶対面白がってると思う。




 その後少し学校生活の話をしただけで、面談はあっさりと終わった。時間にすればたったの10分程度だと思う。元々私は小学生の頃から先生に注意されることもほとんどない生徒だったので、本城先生じゃなくてもこんなものだったとは思うけれど。

 それでもようやく終わりを迎えたそれに、私がホッと安堵の息を漏らした…その時だった。



「あ、先生すみません」

 挨拶を終えて立ち上がりかけた父が、不意にもう一度口を開いた。「はい」と同じく立ち上がりながら、先生は自分より15センチは身長の低い父を見下ろす。

「夏休みに、学校説明会と体験入学のようなものがあると聞いたのですが…」

 いきなりな話題に、私は「え?」と眉を寄せた。

「家内に頼まれまして…もし日程など書いた配布物なんかがあれば、いただきたいと」

「わかりました、1部でよろしいですか? 一度近隣の中学校に配り終えていますので、再版して後日になりますが」

「あぁ、結構です。よろしくお願いします」

「ちょ、ちょっと待って!」

 先生がいることも忘れて、私はその場で父の腕をがしっと掴んだ。

「何、学校説明会って!」

 夏休みに、中学生たちが受験希望の学校を見に行ったり体験入学したりできる行事だ。私も中3の頃に行ったから、その内容は知っている。でも……。




「祥太郎が、この学校を受けるって言ってたから」

「聞いてない聞いてないっ!!」

 瞬時に真っ青になりながら、私は頭を振った。

 …冗談じゃない。姉弟で同じ学校なんて恥ずかしいことも多いのに、あの鋭い弟が先生を見たら色々と感づかれそうな気がする。



 そう思ったけれど、父は当然私の抗議に構うつもりもないようだった。

「先生、今日はありがとうございました」

「お疲れさまでした」

 互いに頭を下げる大人2人を、私は大きなため息をつきながら眺めた。




******



 父と共に家に帰った私は、まっすぐにリビングに飛び込んだ。

「お帰り」

 ソファで英単語帳を開いていた祥太郎が、目線だけをこちらに返してそう言う。

「お帰り、じゃない!」

 その単語帳をひったくって祥太郎を睨みすえた私を、キッチンで夕飯の支度をしていた母が目を丸くして眺めていた。



「私聞いてないんだけど!祥がうちの学校受けるなんて」

「言ってなかったっけ?」

「聞いてないよ!」

「でも、姉ちゃんの許可が必要なことでもないじゃん」

 あっさりと言った祥太郎の言葉に、私はうっと反論に詰まる。



「祥が受験するって聞いてから、ずっとあの調子だ」

 父がネクタイを緩めながら、母に苦笑い気味に言っているのが聞こえた。



「…姉ちゃんの高校が一番家から近いし、成績的にも合ってるんだよ」

「祥の成績ならもっと上の…都内の私立の付属高校とかいけるでしょ」

 私の通う高校は県立高校で、県内では私立公立含めトップの進学校だ。私は無理して入った学校だけれど、祥の成績なら都内に出ればもっと上の有名大学の高校とかにいけるはず。

 そう思って言ったけれど、祥は不満そうに唇を尖らせた。

「金かけて勉強するなんてバカらしい」

 塾もいかずに常に学年トップを独走している祥の口癖だ。



「家から近い一番ランク高い高校が金のかからない県立高校なんだから、こんなイイ条件ないじゃん」

「でも…っ」

 それでも尚抗議しようとすると、祥太郎は少し面倒くさそうに眉を寄せる。だけど私の顔をチラリと見て、それから何かを思いなおしたのかニヤッと笑った。そして、少しだけ内緒話をするかのように顔を寄せる。

「姉ちゃんの彼氏が教師だってことは黙っててあげるから、大丈夫だよ」

「…っ!!!?」

 驚いて、私は弾かれたように顔を離して祥太郎を見た。

「…ななな、なんで……っ」

「『なんで』? この前部屋で電話してるのが敬語だったから相手は年上だろうと思って。先輩って線もあるけど、俺に同じ学校来られたくないくらい嫌がるってことは教師かな…なんてカマかけてみたんだけど」

「…っ」

 絶句した私の反応を確認してから、祥太郎はおかしそうに笑った。

 …わが弟ながら、やっぱり侮れない…!!

 悔しさを噛み締めながら唇を引き結んだけれど、祥太郎は構わずに「父さーん」とキッチンにいた母と話している父に呼びかける。



「ん?」

「姉ちゃんの担任、どんなだった?イケメン?」

「祥っ!!」

「?何でそんなこと聞くんだ?若い先生だなぁとは思ったけど」

「あら、もしかして眼鏡かけた若いイケメンの先生? 母さん入学式で見かけてちょっとトキめいちゃったのよねー」

 ほのぼの口調で会話に入ってくる母が、ニコニコ笑っている。




 祥という、強敵を未来に控えることになって…。


 前途多難さにうな垂れた私は、母に「それは本城先生じゃなくてなっちゃんの方だよ」とツッコむ余力さえなかった。






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