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Sweet&Bitter  作者: みずの
あなたの傍に
47/152


「はぁっ!!!?『どうでもいい』っ??」

 校舎内に智子のそんな大きな声が響きそうで、私は慌てて「しーっ」と口元に人差し指を当てた。



 翌日の昼休み、私は智子と屋上でお弁当を食べていた。昨日先生とどんな話ができたのかとか智子が色々と聞きたがっていたので、人気のないところを探した結果だ。由実はいつも通り男子とサッカーへ、茜は家庭科部のミーティングを兼ねたランチタイムに行くということだったので今はいない。そんな中珍しく2人きりの昼食を終えた頃、ものすごい風が吹きすさんだ。スカートはめくれ、持っているものは飛ばされそうになるわで校舎の中に戻ったところだった。



 教室内では話せないことなので、屋上のドアを開いて校舎に入ってすぐのところで立ち話をしていた。その頃には一通りを話し終えた私に、智子がこらえきれずに叫んだというわけだ。昨日の先生の言葉を復唱して、不機嫌そうに眉を寄せる。



「どうでもいいって、どういうことよ!」

「…うーん…」

 それが分からないから、私も戸惑っている。

「怒ってんの?本城。ミスコンのこと」

「…うーん…」

 腕を組んだ態勢で首を傾げ、私は低く唸った。



「怒ってるわけでは…ないと思うんだ」

「じゃあ、拗ねてんの?」

「…そういうわけでもなさそう」

 ミスコンのことを「どうでもいい」と言った以外は、特に機嫌が悪そうでもなかったし。…ただ、私に見える先生がそれで全てだとは思えない。本音を覆い隠されてしまったら気づける自信はないから。




「…意味わかんない、ムカツクなぁ」

「私も、聞き返せばよかったんだけど…『どうでもいい』の意味を」

「『どうでもいい』は『どうでもいい』でしょ。他にどういう意味があんの」

「…うっ、そうだよねぇ…」

 階下へ伸びる階段の一番上に座った智子の言葉は手厳しい。その冷たさは私ではなくここにいない人へ向けられたものだということは明らかだった。




「…でも…」



 私が次に言葉を継ごうとした時、智子が少しだけ前を見据えたまま目を細めた。

「?智…」

 名前を呼ぼうとした私の口を、智子が「シッ」と塞ぐ。

「?」

 意味が分からずに言葉を呑んだ私だったけれど、その意図することが次の瞬間には理解できた。




「お前、まだショック受けてんの?」

 階下の方から、ふと誰かの声が聞こえてくる。智子は私の手を引いて自分の隣に身を潜めさせ、注意深くそちらを覗いていた。どうやら、うちのクラスの男子がこちらへ来たらしい。

 ただ屋上まで来る気配はなく、すぐそこの踊り場のところで数人が座り込んで会話を始めた。確かに、クラスの男子に先生のことを話しているのを聞かれたりしたら大変だ。慌てて口を抑えて、私も黙ってそこに座っていた。



「…場所変える?」

 先生の話を聞かれたくないだけで、ここにいたことがバレてはいけないわけではない。今のうちに彼らの前を通って、場所を移すのもいいかもしれない。そう思って智子の問いに頷こうとした。

 …その時、だった。



「だって白石に彼氏ができてるなんて思いもしなかったから…」

 踊り場から聞こえてきた声に、私は思わず目を見開いた。不意に出てきた自分の名前に、頭が真っ白になる。どうやら、昨日のLHRのうちに智子が皆の前で私の彼氏の話を出したことが話題になっているようだった。



「……」

 腰を浮かしかけていた智子は、その話題を受けて、出ていくことを断念してもう一度座りなおした。代わりに「このこの」とでも言うような顔で肘で私をつつく。それを振り払うようにあしらって、私は応えるようにため息をついた。



「確かに、白石って男の影ねぇもんなぁ」

「そのせいでめちゃめちゃモテるのに逆に告白できねぇ奴多いみたいだよ」

「男友達ですらいそうにねぇもんな。人当たりはいいからどいつとも笑顔で話はするけど」

「そうだよ。だからなんか安心しきってた…」

 初めに話を振られた男子が、肩を落としてそう答えている。あの声は確か…村木くんだ。


「いやいや、彼氏いなくたって村木にチャンスがあるとは限んねぇだろ」

 誰かがからかうように軽口を叩く。

「分かってるよっ。違うんだ、自分に無理だってことも分かってるから、見てるだけでよかったんだよ」

「でも彼氏がいたなんて聞いたらショックってわけだ」

「そりゃそうだよ…」

 隣で智子が、ニヤニヤ笑っている。再び吐息まじりにそれを見てから、私は階段の壁にもたれかかった。…こんなことなら、早く移動しておけばよかった。




「でもさぁ、意外に大丈夫かもよ?」

 村木くんを慰めるつもりだったのか、誰かがふとそう言った。

「昨日智子が言ってたじゃん、彼氏とミスコン出るの相談した方がいいって」

「あぁ、言ってたな」

 誰かが相槌を打つ。

 そこで私は昨日のことを思い出して、智子を再び横目で睨んだ。それに気づかないフリをして、智子はとぼけるかのように口笛でも吹くような素振りで唇を突き出す。

「ってことは、その彼氏ならミスコン出るの反対するかもってことだろ? そんな男、長続きすると思えないんだけど」

 続いた言葉に、私は「え」と思わず目を見開いた。



「何で?」

「だってさ、ミスコンに反対するって意味わかんなくね?」

「…確かに」

「男ならさ、自分の彼女がミスコンに推薦されるくらい美人だったら嬉しいじゃん」

「自慢になるしなぁ」

「確かに、俺だったら自慢しまくるけどな」

「だろ?ってことは、反対するってことは…」

 一瞬言葉を切ったその人の続く声を、私は思わず待ってしまった。ゴクっと息を飲んで、前を見据える。


「自慢したくなるほど本気じゃないか、周りや友達に紹介したくなるような女じゃないってこと」

「………」

「そんな感じだったら別れるのも時間の問題だって」

「…そっか」

「そうそう」

 友人たちの必死の慰めの甲斐あってか、村木くんは少し晴れ晴れとした顔を上げる。逆にこっちが憂鬱な気分だ。どうしてこんなことを聞かなきゃいけないの。




「か、和美…」

 何と言って声をかけていいのかわからなかったようで、いつも冷静沈着な智子が珍しくうろたえていた。

「……」

 折りたたんだ膝に顔を埋めて、私はその彼らの言葉を反芻してしまう。考えれば考えるほど、気分は余計に滅入りそうだった。




 やがて5限目の始まる予鈴が鳴って、彼らは先に立ち上がって教室へと戻っていく。それを見送ってから、智子が励まそうとしてくれたようでわざと明るい声を出した。

「ほ、ほら、あいつらの言うことなんて気にすることないって!」

「……でも…それなら『どうでもいい』の意味が理解できた気がする…」

「和美!和美は本城のこと信じてればいいんだよ。本城が和美のこと好きなのは本当なんだからさ」

「……」

「どうせ昨日だって散々ラブラブで好き好き言われたんでしょー?」

 必死でテンションを上げようとしているらしく、智子は「このぉっ」とからかうように笑って私をつついた。



 だけど私は…そのおかげで、あることに思い当たった。




「…そういえば…」

 今までの先生との会話とか、全てを頭の中で整理する。そうして気づいた事実が、一つあった。



「ん?」

 階段を先に下り始めた智子に、私は泣きそうな目を向けた。



「…私、先生に『好きだ』って言われたことない…」

「……は!!?」

 この上なく驚いたのか、智子が思わずといった感じに大声を上げる。数段下から私を見上げるその目は大きく見開かれていて、私はそれすら泣きそうになって直視できない。



「…言われたこと、ない」

 もう一度繰り返した声は、弱々しくポツンと響いた。




******



 会話の流れから、私のことを好きだと言ってくれているようなものだという時はもちろんあった。でも、直接言われたことは思えば一度もない。


 どうして今更そんなことに気づいたんだろう…。




「…まぁとにかく、飲みな和美」

 放課後になっても気分が浮上しきれない私は、智子に駅前のファストフード店に連れ込まれた。何やら色々な責任を感じているらしく、奢りだと言ってアイスティーを差し出してくれた。


「…ありがと」

「さっきの話だけどさ、和美の勘違いなんじゃないの?実は言われてるのに忘れてたりとか」

「私、先生の言葉だったら一言一句忘れたりしない」

「……あ、そう」

 慰めようとしてくれたのに撃沈して、智子は肩をガクリと落とす。私の向かい側に座り、足を組んでアイスコーヒーに口をつけた。



「…やっぱり、先生はそんなに好きじゃないのかも…」

「なに弱気になってんの!」

 叱咤するような智子の罵声が飛ぶ。



「じゃあ、鍵は昨日結局どうした?」

 尋ねられて、私はストローの入っていた袋を弄びながら力の入らない目線を上げた。

「返そうと思ったら、持ってていいって言われた…」

 昨日の先生とのやり取りを思い出しながら答えた私に、智子は活路を見出したように「でしょ!?」と食いつく。



「合鍵なんて相当好きじゃなきゃ渡さないでしょ!」

 そんな説得の言葉に、「…うーん」と今日何度目かの唸り声を漏らした時だった。




「とーもこ」

 私の背後から智子を呼ぶ声が降ってきた。

「?」

「裕貴…!あんた何してんの?」

 驚いて目を丸くする智子の前で、私は声の主の方を振り返る。そこにいたのは、裕貴くんと言って…智子の彼氏だった。中学が一緒だったようだけれど、今は他校に通っている。智子を通じて何度か会ったことがあった。



「いや、前通ったら見かけたから……和美ちゃんこんにちは」

 ニッコリ笑って、裕貴くんは私に挨拶してくれる。「こんにちは」と笑顔で返した私だったけれど、その前で智子は苦い顔をしていた。

「ちょっと裕貴、今大事な話してるんだけど」

 放っておくと自分の隣に座ってしまいそうだと思ったのか、「しっし」と言うように手で払うフリをする。

「うわ、ひでぇ」

 苦笑い気味に答えた裕貴くんに、私が智子の代わりに椅子を示した。

「どうぞ、裕貴くん」

「ありがと和美ちゃん。やっぱ智子より優しいよなぁ」

 笑いながらお礼を言う裕貴くんに、智子は「…悪かったわね」と顔を歪める。



 口ではこういいながらも、2人はとても仲が良い。裕貴くんが細かいことを気にしないおおらかな性格だからか、ケンカになることもほとんどないようだった。



「で?何の話してたの?」

 準備よく買ってきていたらしいコーラのカップをテーブルに置きながら、裕貴くんは私を見る。

「なんか和美ちゃん、元気ない?」

 そう付け足されて、やっぱり今の自分はひどい顔してるのかなと思わされた。



「私、ちょっとトイレ」

 ため息まじりに智子が立ち上がる。

 別に裕貴くんに本気で怒っているわけではないのだろうけれど、私との話を中断されたからのため息のようだった。本気で私の心配をしてくれているからだろう。こういうところ、智子は優しいと思う。




「そういや和美ちゃん、彼氏できたんだって?」

 ニッコリ笑って言われて、私は返す笑顔をひきつらせてしまった。瞬時にさっきまでの話の重さを思い出したからだ。



「…うん…」

「へぇ!どんな人?」

 恐らく裕貴くんとしては、私に気を遣って話題を振ってくれているのだろうけれど…。この時ばかりは、ポンポンと嬉しそうに答える気分でもなかった。



 そう自覚していたからか…自分でも意図しないうちに、質問返しをしてしまっていた。

「ねぇ、裕貴くんだったらの話なんだけどね?」

「うん?」

 コーラを飲みながら、裕貴くんは小さく首を傾げる。



「…もしも…智子がミスコンとかに推薦されるようなことがあったら…どう思う?嬉しい?」

「智子が『ミスコン』!?」

「えっと、例え話例え話」

 慌てて首を振ると、裕貴くんは「だよねぇ」と笑った。それから、ふっと真顔に戻ってテーブルに頬杖をつく。



「やっぱり嬉しいんじゃないかな。それだけ周りに認められてるってことだろうし」

「…そうだよね…」

「なんていうかな、別に周りに智子を認められないと嫌なわけじゃないけど……言いたいこと分かる?」

「…うん」

「ちょっと違う話だけど、あいつメチャクチャ頭いいじゃん?そういうのやっぱり俺の自慢だし。俺が智子を尊敬してることって、同時に周りに誇りたい気分になる…かな。ま、俺が自慢したって別に俺がすごいわけじゃないんだけどさ」

「……うん、分かる」

「………って、あれ?和美ちゃんなんかへこんでない?」

 私の様子に気づいたのか、裕貴くんは「おーい」と私の目の前で手をヒラヒラさせた。



「…バカ裕貴っ、和美に何か言ったでしょ!」

 ちょうどその時テーブルに戻ってきた智子が、そんな言葉と同時に裕貴くんの頭にゲンコツを落とす。

「…いってぇぇぇ」

 頭を抑えて涙目になりながら、裕貴くんは「え、何、何?」と明らかに戸惑っていた。




 自分から振った話とはいえ、裕貴くんにまでダメ押しをされて私は更にずーんと沈む。そんな私の前で、智子が彼にこれまでの事情を説明していた。





「…ごめん、和美ちゃん」

 聞き終えた裕貴くんは、第一声にそう謝った。しかも、若干青ざめた顔で。

「ううん、私が自分から聞いたことだから」

 笑顔を浮かべて返事をしたけれど、うまく笑えてはいなかったと思う。こんなにイイ人にまで気を使わせてしまって逆に迷惑をかけてしまった。



「でもほら、ミスコンに反対するとか…『好き』って言葉でちゃんと言ったことないとか…そういうのってその人の性格によると思うから…」

 裕貴くんまで、私のフォローに必死なようだ。本気で悪いことをしている気になってしまい、私は首を縦に振った。

「うん、ありがとう」




 今度は少しはうまく笑えたようだ。目の前で智子と裕貴くんが少しホッとしたのが分かった。






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