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Sweet&Bitter  作者: みずの
番外編「akane」
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 由実たち3人は私がいじめられていたのを知って、怒り狂うほど心配してくれた。一真くんの言った通り、私が惨めに思うようなことは何ひとつなかった。こんなことなら、3人に早く相談していれば良かったとさえ思う。



「昨日はありがとう」

 翌日、家で作ったチョコチップクッキーを学校に持って行って私は3人にお礼を兼ねて渡した。

「別にいいのに、お礼なんて」

 言う智子の後ろで、由実が「でも茜の作るお菓子はウマイんだよねー」とホクホク笑顔を浮かべている。

「つうかさ、なんか和美のだけ量多くない?」

 和美の手に渡ったクッキーの袋を見て、由実が今気がついたように眉を顰めた。

「あ、ホントだ」

 和美も自分の手の中を見つめて小首を捻る。


「あの…和美のは本城先生の分も…もしかしたら、先生甘いもの嫌いかもしれないけど…っ」

「あ、そっか。ううん、大丈夫だよ。先生結構甘いもの食べるし」

 私がいつもと違う道に行ったというだけで気づいてくれた先生にも、お礼を言いたい気分だったんだ。私は自分が思っているよりずっと、心配してくれる周りの人に恵まれていると思う。

「…じゃあ良かった」

 ホッと胸を撫で下ろして、私は鞄を閉めた。


「…あれ?茜、今もう一つ袋なかった?」

 鋭い智子が、鞄の中にも気づいたようでそう尋ねてくる。

「え、あ、うん…これは…」

 ごまかすように笑った私に、3人は互いの顔を見合わせて首をかしげた。






「…はーっ」

 放課後、私はF組の教室の前で大きく深呼吸した。手にはクッキーの袋を入れた鞄。もう生徒たちはほとんど帰ってしまっている為、周囲はシンとして静かだった。



 いくらお礼とは言え、手作りのクッキーはやりすぎだったかもしれない…。そんな不安が胸の中で渦を巻くけれど、こんなことしか思いつかなかった。私にできることって言ったら、お菓子を作ることくらいだし。感謝の気持ちを形にするとしたら、それ以外にイイ方法がなかった。





 窓から覗いた教室の中に見えたのはたった一つの影だった。一番後ろの窓側の席に座って、外を眺めているのかこちらからは顔が見えない。でも日差しに照らされる独特の髪の色は昨日見たものと同じで、私はゴクンと息を飲んだ。それから、勇気を振り絞るようにカラカラと教室のドアを開く。



 一真くんがここ数日、向井くんを待っているらしく放課後遅くまで教室に残っているのはF組の友人から聞きつけた情報だ。たまたま他に誰もいなくて良かった。精一杯の勇気で開いた扉の音に、一真くんはゆっくりとこちらを振り返る。

「…」

 私に気づいて、少しだけ眉を持ち上げてみせた。



「あの、一真くん、昨日は…」

 ゆっくりと歩み寄りながら言いかけて、私は初めて名前で呼びかけてしまったことに気づく。そしてこの時、彼の苗字を知らないことに今更思い当たった。

「あ、ごめんなさい…苗字を知らなかったのでつい…」

 馴れ馴れしく呼んでしまったことを謝ると、一真くんは手にしていた雑誌をパタンと閉じる。

「いい、一真で」

 下の名前で呼ぶ許可をもらえたらしく、私は「あ、ありがとう」と自分でも妙に感じながらお礼を言ってしまっていた。



 すぐ傍の距離まで辿り着いて小さく咳払いをし、改めて背筋を伸ばす。

「昨日は本当にありがとう」

 急に消えてしまったため、ろくにお礼も言えずじまいだった。恐らく、彼としては私と由実たちに気を使ってくれたんだろうけれど。



「別に、礼を言われるほどのことはしてねぇけど。あの男には俺が言いたいこと言っただけだしな」

 軽く肩を竦めて、一真くんは言葉通りなんでもないことのように言う。

「…それでも…」

 私が、彼の一言一言に救われたのは本当だった。自分が自己嫌悪に陥りながらも吐露しかけた感情を全て代わりに言ってもらえたことで…己の醜い部分も肯定してもらえた気がしたから。

「ありがとう」

 ニッコリ笑って言うと、少しだけ目を見開いた後、一真くんも微かに笑ってくれたように見えた。



「あの、それで…迷惑かもしれないけどお礼に」

 鞄を開けて袋を取り出し、それを差し出す。心臓がバクバクと鼓動を刻んでいて、痛いぐらいだった。

「私お菓子作りだけはちょっと得意で…これくらいしかお礼が思いつかなくて…」

 言い訳するように言いながら、頭を下げる。緊張の余りギュッと目を瞑ると、やがて手の中の重さがフッと消えた。


「…サンキュ」

 ためらいなく受け取ってもらえるとは正直思っていなかったので、私は思わず丸くした目で一真くんを見上げる。透明の袋に入ったクッキーを覗くように少し眺めてから、一真くんは再び私を見た。

そして唇の端を持ち上げて笑う。

「あるんじゃねぇか、『取り柄』」

「…え…?…あ…」

 昨日の私の話を受けて、彼は笑いながらそう言ってくれた。




 …そうか、自分の好きなことってだけで取り柄だなんて思ったこともなかった。




 尚も彼の一言に救われた気がした瞬間、胸のどこかでドクンとそれまでと違う不規則な鼓動を感じる。その重い感覚には覚えがあって、自分の感情の意味を完全に自覚する前に私は慌てて再度お礼を言って踵を返した。

 今これ以上、一真くんの顔を見たら隠し切れないと思ったから。



 急いで教室を出ようとした時、丁度入れ違いに向井くんが入ってきた。

「あれ、野崎」

 A組の私がここにいるのが当たり前だけれど意外だったようで、少し目を丸くする。曖昧に笑って挨拶を返して、私はそのまま廊下に出た。



 向井くんも、それ以上私のことを気にした様子はなかった。背を向けた後の後ろの気配で、そのまま一真くんの方へ歩み寄って行ったのが分かる。

「お待たせ、一真。…あれ?それ何?」

 後ろ手に扉を閉めようとした最中に聞こえた彼の声に、私の胸がもう一度跳ね上がった。

「うまそう。一個ちょうだい」

 悪びれずに言う向井くんの声が、静かに教室内に響く。ドクドクと胸が早鐘を打つ中、一真くんが「やなこった」と低く答えるのが聞こえた。


「欲しけりゃお前も人助けしてみろ」

「何それ」

 一真くんの答えに、向井くんがおかしそうに声を立てて笑う。そんなやり取りにホッと胸を撫で下ろしてから、私は足早にそこを後にした。





 別に向井くんに食べられたくなかったわけではないけれど、もうただの「お礼」という感情だけじゃないそれを一真くんの手にだけ収めてくれたことが嬉しかった。そんな深い意味の感情にまでは気づいていないだろうけれど、一真くんはもしかしたら私に気を遣ってくれたのかもしれない。




「…ありがとう」

 一度だけ振り向いて、私は聞こえるはずのないお礼の言葉を呟いた。











 その後、由実の脅しが効いたのかどうかは定かではなかったけれど、女の先輩たちからの嫌がらせは嘘のようになくなった。それどころか、私と目が合うと何かに怯えたようにそそくさと走り去っていく。…一体由実がどんな脅し方をしたのか…。そう思うと苦笑が零れた。





 一真くんとは、校内で会えば挨拶をするぐらいだった。向こうもこちらも大体は友達と一緒なので、立ち話をするほどでもなかった。彼の噂は相変わらずろくでもないものばかりだったけれど、私はそれが嘘だと知っている。信憑性のない噂なんかよりも、自分が知っている彼の本当の顔をいつも目で追ってしまっていた。





 山口先輩には、あの後一度呼び出された。改めて告白されて、申し訳なさでいっぱいになりながらも丁重にお断りした。

「好きな人でもいる?」

 聞いてきた先輩の言葉に、私はためらいがちに首を縦に振る。

「そっか。それが誰か気になるけど…教えてくれるわけないよな」

 自分で答えを出しながら、先輩は苦笑を漏らした。

「…すみません」

「いや、本当にあれは俺が無神経だったから…ごめんな」

 あの女の先輩に私の名前を出してしまったことを、山口先輩は改めて謝ってくれた。一真くんに言われて色々と自己反省したんだそうだ。



「…でも先輩…私、今なら少し分かる気がします」

 先輩が私の名前を出したのは…自己満足でも、相手に迷惑をかけたかったからでもなくて。ただ、自分の中で温めている感情が誰かに聞いてもらえたら嬉しいくらいにキラキラしたものだってこと。

 しばらく恋をしてこなかったせいか…今になってようやく少し分かった気がする。






 山口先輩には言えないけれど、あの3人なら今の私の想いを聞いてくれるだろうか。

 智子はびっくりするかもしれない。由実は「趣味が悪い」って眉を顰めるかな。和美は笑って「良かったね」と言ってくれるに違いない。




 3人の顔を思い浮かべて教室へ戻りながら、私は一人笑顔で廊下から見える晴れた空を見上げた。









茜主役の番外編でした。

多分、本来ならこういうきっかけで内面を知れない限りは、茜のような大人しい子は一真みたいなタイプに惚れることはなかったと思います。

むしろ茜からしたら本当は苦手なタイプなんじゃないかなぁ、なんて。


この2人の話は今後の「bitter」本編でもちょこっと出てくることになります。

…まぁ一真の方は好きな人がいるので進展はするのかしないのか…今はまだ曖昧なところですが…。


ここまで読んでくださってありがとうございました。

次から「bitter」本編、和美とユキサダの話に戻ります。


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