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Sweet&Bitter  作者: みずの
番外編「akane」
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 いじめが始まってから、部活に行くのが嫌で嫌で仕方がなかった。今は大したことはされていなくても、どんどんエスカレートするかもしれない。今のところ部活中は先輩たちも山口先輩の目を気にして表立ったことはしてこないけれど…。顔を見るだけで憂鬱になるのは否めない。



「……」

 重い足取りで、家庭科室へ向かう。今日はレーズンの入ったパウンドケーキを作る予定だ。

 誰かの希望だったらしく、皆ラッピングのかわいい袋なんかも持ってきている。私も、うまくいったら智子たちにもおすそわけしようと思ってお気に入りのものを鞄に入れていた。



 作る時は班ごとで、学年別に作られた班なのでいじめてくる先輩たちや山口先輩と一緒になることはない。とりあえずホッとしながら、私は同学年の友達とケーキを作る工程にとりかかった。

「茜ちゃんは誰かにあげるの?」

 隣のクラスの麻紀ちゃんにそう尋ねられて、私は手を動かしながら答える。

「うん。智子たちにあげようかなと思って」

「えー、好きな人とかは?」

「…私、そういうのまだいないから」

 苦笑い気味に曖昧に答えたけれど、この答えを後ろの班の先輩たちが聞いているようだった。まさかこんな他愛もない一言が、彼女たちの怒りに更なる火を灯すことになるなんて思ってもみなかったんだ。





「つうかさ、随分な言い草だよね」

 部活を終えてすぐ、私は先輩たちに校舎の裏に呼び出された。反対側は今はもうほとんど使われていない旧校舎しかないため、きっと滅多に人なんて通らない。そんな薄暗い場所で壁を後ろにさせられて、私は鞄を胸の前でぎゅっと抱きしめるように抱え込んだ。



 …まさか、ここまでしてくるとは思っていなかったのに…。



 これからどうなるんだろう。



 怖い、怖い、こわい……。




「あんたさっきさ、好きな人いないみたいなことアピールしてたけどさ」

「山口くんが自分のこと好きだって知っててそんなこと言ってるわけ?」

「なんかさ、『私はあなたになんて興味ないのよ』アピール?」

 立て続けに言われて、私は身をすくませる。足がガクガクと震えそうだった。



「私…そんなつもりで言ったんじゃありません…」

「嘘つけよ!山口くんに聞こえるようにわざと言ってただろーが!」

「そんなこと…!」

「口ごたえすんじゃねぇよ!」

 言いかけた言葉は全て遮られる。声に反論を乗せることすら叶わない。鬼のような形相でこちらを見下ろす先輩たちの姿に、歯がガチガチと震えて音をたてた。



 そんな私の手から、一人の先輩が鞄をバッと奪い取る。急なことで反応できず、私はそれを簡単に許してしまった。

「あ…っ」

 手からすり抜けた鞄。それを乱暴に開けて、先輩はさっき作ってラッピングしたばかりのケーキを取り出した。

「これだって、ホントは後で山口くんにあげようとしてたんじゃないのー?」

「あぁ、いるよね。思わせぶりなこと散々しておいて自分にはその気ないって言うやつ」

「さいてー。こういうのなくしておかないとね」

 言い終わらないうちに、その先輩はケーキをわざと下に落とす。そして次の瞬間、グシャッと音をたててそれを袋ごと踏み潰した。上履きで何度か踏みにじるようにされて、ケーキは脆く崩れる。



「…ひど…ぃ」

「『ひどい』じゃねーよ」

「これに懲りたらあんまり調子に乗ったこと言わない方が身のためだと思うけど?」

 笑いながら去っていく後ろ姿。その場にかがんでグチャグチャになった袋を拾い上げたけれど、それはもう食べられるようなものではなかった。



 無残な姿は、今の私に似ていた。



 どうしてこんなことをされなくてはいけないのか…。そんな疑問ばかりが頭をかけめぐる。



 どうして私なの。

 私が何をしたって言うの。



 涙が溢れてくる。雫が零れ落ちる頃、私は山口先輩の顔を思い浮かべた。



 どうして、先輩は私の名前を口にしたの…?どうして、そのことで私がこんなに…っ。




 悪いのはこんな仕打ちをしてくるあの女の先輩たちなのに。それでも私は、限界を迎えて張り裂けそうな心が山口先輩のことすら恨みそうになっていることに気づく。先輩は、自分の気持ちを素直に言っただけかもしれない。でも…そのことでどうして私がこんな目に合わなきゃいけないの…。




 そして何より、そんな風に八つ当たりまがいに山口先輩を憎みそうになる自分にも嫌気がさす。




 心が、バラバラになりそうだ。



 ……だれか……、




 たすけて。




******



 うちの学校は県内でも有名な進学校だったので、こんなバカなイジメをする人なんていないと思ってた。だけどそれは私の思惑とは裏腹に日に日にエスカレートしていった。いじめる側も、感覚が麻痺しているんだろうと思う。



 その日も、先輩たちに呼び出された。…もう、限界だと思った。さすがに殴られたりするわけではないけれど、言葉の暴力だけでも私の心をズタボロに引き裂くには十分だったから。




 途中で隙を見て、逃げ出した。

「待てよ!」

 一瞬呆気にとられた先輩たちが、追ってくる。校舎の中に入って後ろを撒くように走りながら、やがて普段あまり使われることのない資料室のドアに手を伸ばした。



「!?…」

 中には人がいたらしい。涙まじりのひどい顔をした私を見て、一瞬驚いたように顔を上げた。だけど、私はそんなことに構っていられない。

 背後では先輩たちが怒鳴りながら走ってくる音が迫っていた。



「いた!?」

「いない!」

 そんな声が聞こえてくる。どうしよう、隠れなきゃ…そう思った瞬間、その人が私の手をグイと引いた。紙ではない…大きな資料が雑然と並ぶガラクタ置き場のようなところに、私を押し込む。

 それから、2重に隠すように私の前にたちはだかるようにして立った。



 それと同時に、資料室のドアが開く。

「…っ、あれ…?」

 女の先輩の声だった。

「どう?いた?」

「ううん。ここだと思ったんだけどなぁ」

 息を切らしながらの声に、私は鼓動がドクドクと早鐘を打つのを感じる。

 怖い、怖い…!



「ねぇ、君さぁ」

 先輩たちが、声のトーンを変えて私の前に立った男子生徒に呼びかけた。

「ここに2年の女の子来なかった?ポニーテールの子」

 ドクンと胸が震える。尋ねられた男の子は、「…さぁ」と低めの声で答えた。

「知りませんけど」

「そ、そっか。ならいいんだ。ごめんね」

 やけに先輩たちの声が柔らかい。そうしてドアを閉めると、またバタバタと走って行く音が聞こえた。やがて、聞こえなくなるくらいに遠ざかっていく。



 うずくまってガラクタの中に身を潜めていた私は、自分の手がカタカタと震えていることにようやく気がついた。抑えようとギュッと力をこめようとしても、うまくいかない。怖くて怖くて仕方がなかったところから何とか助かったという安堵の意味もあったのか、目からは雫が零れる。

 ポロリと落ちたそれが、震える手に落ちた。



「……」

 どうやら私をかばってくれたらしい彼は、特に何も言わなかった。それどころか、私が出てこれるまでずっとそこに立ってくれている。

 それが分かったから…ひとしきり泣いた後、私はおずおずとそこから這い出た。

「…あ、あの…どうもありがとうございました」

 ペコリと頭を下げると、「…別に」と短い答えが返ってくる。さっきから何かの資料を探しているらしい彼は、そのまま近くの棚に向き合っていた。



 いじめられて追いかけられていたことは明白なので、何となく顔は合わせづらい。下を向いていると、彼の履く上履きが私のものと同じ色であることに気がついた。…どうやら同じ学年らしい。



「…あの…」

 私が、再び口を開きかけた時だった。

「あぁ、まだここにいた」

 資料室のドアが前触れもなく開かれ、そこから男の子の声がする。誰かが来るなんて思っていなかったので、私は慌ててパッと顔を逸らした。泣いた跡のある顔が見えないように…窓の方を向く。

「名取に頼まれた資料、見つかんないの?手伝おうか?」

 どうやら私をかばってくれた男の子の、友達のようだった。


「…いや…」

 スッと再び私を隠すように、壁になりながら彼が答える。私の姿が見えないように…第三者の視界から遮ったようだった。

「もうすぐ見つかりそうだから、大丈夫だ」

「…ふぅん?わかった」

 彼を呼びにきた方の男の子の声には…聞き覚えがあった。1年の頃同じクラスだった男子だ。


「じゃあ教室で待ってるよ、一真」

 去年私のクラスメイトだった向井くんは、そう言いながら再びドアを閉めて行ってしまった。



 残された私は、ゆっくりと振り返る。一度ならず二度までも助けてもらったことに申し訳なさすら感じて、背の高い彼の顔を見上げた。ようやく、正面から向き合える勇気が出た。

「あの…本当にありがとう」

 顔を仰向けないと目が合わないくらいに長身の彼は、私を見下ろして「いや」とだけ小さく答える。



 向井くんが「一真」と呼んだ彼の名前に、私は聞き覚えがなかった。というより、きちんと見上げた彼の顔は恐ろしいほど整いすぎていて…。見る者を惹きつけるようなオーラもあるせいか、一度見たらその姿が脳裏に焼きついて離れないだろう。

 それほど強烈な印象を持つ彼なのに…私は初めて見る顔だった。同じ学年にこれほどの人がいたら気づかないはずないのに。



 そこで、もしかして、と思った。彼が、以前智子との話題にも出た…F組に来た転校生なのかもしれない。美形だと噂されてはいたけれど、それほど興味がなかったのでわざわざ見に行ったりはしなかった。だから私が転校生の顔を知らなくても当然なのだ。



 噂では、相当美形だけれど底抜けに性格が悪いという話だった。転校初日に罵声を浴びせるわ、態度が大きすぎるわで…。だけど私は、本当にこの人が転校生なのだとしたらその噂が信じられない。

 噂通りの人なら、きっと私をかばってくれたりしなかった。しかも、泣いている私の顔を他人に見られないようになんて…そんな気遣いをしてくれると思えない。



「…あんた、家は?」

 ふと、私を見下ろしていた「一真くん」がそう言った。「え」と目を見開くと、要領を得ない私に小さく息をつきながら言葉を継ぐ。

「家。帰るまであいつらに見つかりたくねぇんだろ?」


 どうやら、私を家まで送って行ってくれるということらしかった。彼の言わんとしていることにようやく気がついて、私は慌てて首を左右に振る。

「あの…!そ、そこまではさすがに甘えられないので…っ」

「でも絶対あいつら諦めてないぜ?」

「…ちょっとだけ時間潰して、裏道から帰るから大丈夫…」

 笑いながら答えたつもりだったけれど、その笑顔は引きつってしまった。優しい声をかけてくれる人に対してうまく笑うことすらできず、自己嫌悪に陥りそうだ。



「ふーん」

 彼の方は、特にそれ以上食い下がったりはしなかった。これ以上迷惑をかけるわけにはいかないので、ほんの少しだけホッとする。




 名取先生に頼まれたという資料を見つけたらしい彼が一足先に部屋を出ていくのを見送って、私はその後もしばらくそこに息を潜めて身を隠していた。






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