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Sweet&Bitter  作者: みずの
番外編「akane」
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和美の友達の1人、野崎茜の番外編です。「cool」シリーズに出てくる某キャラも登場します。


 ぶしゅうぅっっっともの凄い音がしたと思った次の瞬間、私は跳ねた水道水が豪快に自分にかかったことを認識した。

「……」

 冷たいという感覚はあるのに、どうしてそうなったのかが一瞬では理解できない。驚いて目を丸くしていると、隣の水道にいた先輩が「ごめぇん」と甘えたような声を出した。



「かかっちゃったよね?ごめんねぇ」

 申し訳なさそうに言いながら、ハンカチを差し出してくる。それでもその顔は笑っている。

「あ…いえ…」

 小さく答えるしかなくて、私は半ば茫然としたまま立ち尽くしていた。



 私が受け取らなかったので、先輩はそのままこちらへ手を伸ばす。濡れた髪を手にしたハンカチで拭いてくれながら、笑ったまま続けた。

「まさかそんなとこにボーっと立ってるなんて思わなかったからぁ」

「……」

「ごめんね」

 言って、踵を返す。一緒にいた他の女の人と廊下を歩いて行く途中、近くにあったゴミ箱にそのハンカチを投げ捨てた。



「つうか、もう使えないよねこのハンカチー。きったないー」

 笑いながら去っていくその3人の後ろ姿を見ることもできず、俯いた私は唇を噛み締めるしかなかった。





 最近では、こんなことがしょっちゅうだった。物を隠されたりどこかに呼び出されるようないじめではないけれど、すれ違うたびに何かを言われたりされたり…。相手の先輩は、私が所属する家庭科部の3年生だ。数人が急に私に対する態度を変えたのには訳があった。



 私自身は、最初身に覚えがなかった。しかしどうも、同じ家庭科部の一人の男の先輩が絡んでいることらしかった。その先輩は山口先輩と言って…いつもニコニコしているような、優しい人だ。


 どうやら私をいじめるグループの一人が、山口先輩に先日告白をしたらしい。そうして先輩はそれを断る時に、彼女にこう言ったらしかった。


『ごめん、俺、野崎のことが好きなんだ』


 誰に対しても誠実で、真面目で…。そんな先輩は、彼女にきちんと私の名前を出しながらそう言って断ったらしい。私はというと、まさか山口先輩に好かれているなんて思ってもみなかったのでびっくりした。




 女の先輩たちの私に対する態度が豹変したのは、それからだ。びしょびしょに濡れたジャージを、持っていたタオルで拭きながら私はため息をつく。



 …もう、いやだ…。



 いつまで続くんだろう、こんなこと…。




******



 豪快に濡れた体はハンドタオルなんかで追いつくはずもなく、私はすごすごとそのまま教室へと戻った。放課後で、もう校舎に人が少なくなっていたのがせめてもの救いだった。ほとんど人に会わずに自分のクラスまで戻れる。



 教室にも人がいないことを願いたい。だけどドアに手をかけた時…数人の気配が感じられて、私は小さく息をついた。


 でも……。



「あ、茜来たっ」

 そこにいたのはたった3人…しかも私と仲の良い子たちだった。

「待ってたよー。委員会だったんだよね?一緒に帰ろ」

 行儀悪く椅子の上で胡坐をかいた態勢で、由実が笑う。その隣で笑っていた智子が、ふと私の姿に気づいて眉を寄せた。



「…っ茜?どうしたのその格好!」

「…あ…これは…」

 仲が良くても…できれば彼女たちには知られたくない。俯きそうになったけれど、それでは余計に怪しまれる。できるだけ普通を装おうと、ニッコリ笑って見せた。

「それが…手を洗おうとしたら蛇口に近づけすぎたらしくて、ぶしゅーっと…」

「あっはっは!何やってんだよドジだなぁ!」

 由実が豪快に笑ってくれたのが救いだ。智子は黙っていたけれど、もう一人の和美は慌てて私のところに飛んでくる。

「大丈夫?」

 大きめのタオルを持ってきて、私の頭を優しく拭いてくれた。



「…うん、ありがとう」

 そのタオルを借りて、肩やら腕やら濡れたところを一通り拭いた。濡らされたのがジャージで良かった。制服だったら帰る時に電車に乗るのも恥ずかしい。



「茜、今日さぁ、カラオケ寄ってかない?」

「うん。私はいいけど…皆、部活は?」

「全員休み」

「そっか。急いで着替えるから、ちょっと待ってて」

 答えて、私は言葉通り大急ぎで着替えに取り掛かった。





 絶対に、3人には知られたくない。私がいじめられてるなんてこと…。優しい彼女たちに心配をかけたくなかったのもあるけれど、自分のコンプレックスとも関係していた。






 3人とも、親友とはいえずっと私の憧れの存在だった。



 由実は中学の時からの付き合いで、ちょっと男勝りだけれどとても優しい。お昼休みには男子と校庭でサッカーや野球をするほど元気いっぱいで、引っ込み思案な私とは正反対だ。運動神経がかなり良くて、バレー部でも1年の時から一人だけレギュラーになっている。明るくて太陽のような快活さは見ていて気持ちが良い。

 智子は、少し厳しいところもある姉御肌。そして何より頭が良くて、1年の時から学年1位の座を譲ったことはない。智子の知的さは私の憧れだった。

 最後に和美は、おっとりしているように見えてしっかり者。よく笑うしよく泣くけれど、誰よりも友達想いだ。「うちの学年一の美人」なんて噂されるくらいのルックスだけれど、本人は全く気づいていないみたい。そんな謙虚なところも、私は大好きだった。




 人より優れているところを持っている3人に比べて、私には何の取り柄もない。だからこそ憧れる。だからこそ自分が一緒にいてもいいのか迷う。矛盾したそんな2つの思いを抱えていたから、いじめられてるなんてこと知られたくなかった。そんなことを知られたら…余計にみじめだ。




「茜、今日元気ないね?」

 前を歩いて行く由実と和美の後ろで、智子が私にふと声をかけた。

「えっ?そう?そんなことないよ」

 顔の前で手を振ったけれど、鋭い智子をごまかせたかどうか自信はない。だけど「…そっか」とだけ呟いて、智子はそれ以上追及しないでいてくれた。



 昇降口を出て門まで歩いている途中、屋外にある教員の喫煙スペースのような場所の前を通った。そこにちょうどいたのがうちのクラスの担任・本城先生と、数学教師の名取先生だった。

「せんせーさよーならー」

 半ば棒読みの子どものような挨拶をしながら、由実がそこを通りかかる。

「おぅ」

 短く応じた名取先生の隣で、本城先生が片手を挙げて煙草の息を吐き出した。それを見て嫌煙家の由実が眉を寄せる。

「そんな吸ってると肺が真っ黒になるよ」

「…うるせぇ」

「それよりさぁ、うちらこれからカラオケ行くんだけど車で送ってよ」

 笑いながら、由実が脈絡もなく急にそんなことを言い出した。私には真似できないこの奔放さに、驚いたのは智子も和美も同じだった。



「アホかお前。さっさと帰って寝ろ」

「寝ろって…!小学生じゃないんだからさぁ」

「ちなみに校則では『盛り場禁止』だぜ」

「そうそう、それさぁ、その表現はどうかと前から思うわけよ」

「…お前人の話聞いてねぇだろ」

「カラオケぐらいで盛り場とは言わないってぇ」

 がははと笑う由実に、先生はそれ以上言っても無駄だと思ったのか小さく息をついた。どうやら今度は煙草の煙を吐いたわけではなく、本気のため息だったらしい。何事にも物怖じしない由実は、生徒たちから怖がられている本城先生に対してですら強気な物腰だ。



「じゃあ帰るね、先生。あ、カラオケ3時間は行く予定だから途中で和美にメールして邪魔したりしないでね」

「ゆゆゆ由実…っ!」

 これにはさすがに慌てた和美が、由実の口を塞ぐ。幸い周囲には私たち以外誰もいないけれど。

「…お前ホントにアホだな」

 鼻であしらった先生が、再び煙草を口にくわえた。

「早く行け」

「はーい、先生また明日ねー」

 手を振る由実を引きずるようにして、和美が足早にそこを離れた。




 和美は、ついこの前から本城先生と付き合いだした。もちろん学校にバレていいことではないので、極秘の恋だけれど。でも和美は本当にここのところ幸せそうで、私はそれが嬉しい。



 正直羨ましいとも思うけれど、その一方で今の自分に恋愛絡みで幸せになれる自信はない。人を好きになった故、誰かを恨んだり嫉妬したり…そんなことがあると身を持って知ってしまった今、恋をするのが怖いからだ。








 着いたのは駅前のカラオケボックス。たまにこうして皆の部活休みが合うとよく来る場所だ。フロントでマラカスやらタンバリンを借りて、部屋へ向かった。


 由実は一度握るとなかなかマイクを離さない。今日も一人で上機嫌に歌っていた。私はというと、あまり歌が得意ではないので聴いていることの方が多い。それでもカラオケという場は嫌いではないので、十分楽しめるものだ。


「この前さぁ、実力テストあったじゃん」

 大声で画面の前に出て由実が歌う中、私と智子は聴きながらも話をしていた。和美だけは律儀に手拍子をしながら由実の歌に聞き入っている。「うん」と答えると、智子は眉を寄せながらコーラを一口飲んだ。

「今日個人成績返ってきたっしょ?それがさぁ、2位になっててさぁ」

 忌々しそうに顔を歪めて、ストローを少し弄ぶようにいじる。



「珍しいね、智子が」

「でしょ?」

 智子は1位の座を明け渡したことがないのが自慢だ。よっぽど悔しいに違いない。

「誰だろうね、智子抜くなんてすごい」

 隣の和美も話に入ってきた。



 うちの学校では、テスト後に成績が張り出されたりすることはない。だから、生徒本人が学年順位を明かさない限り周りに知られることはないのだ。そのせいで智子の成績が良いことはわかっていても、ずっと1位を守ってきたことは意外にクラスメイトでも知らない事実だったりする。



「今までの学年2位って…生徒会の高橋くんだっけ?あの人が相当頑張ったのかもね」

 和美の言葉に、智子は辟易したような表情で「ふん」と鼻を鳴らす。

「あいつには無理だってー。私と相当差があったし」

 生徒会の高橋くんは、自分の頭が良いことを結構公言しているので点数や順位まで周囲に知られている。

「私はさ、タイミング的にあの男じゃないかと思ってるんだけどさ」

「『あの男』?」

 智子の言葉を、私と和美が同時に復唱した。



「2週間前くらいにさ、F組に転校生来たでしょ?」

 智子がそう続けた時、由実がようやく自分の歌を誰も聞いていないことに気づいて「こら和美!」とマイクを通したまま怒鳴る。

「…なんで私だけ…」

 苦笑いしながら、仕方なく和美は由実の歌を聴くという重役に戻っていった。


「転校生…?」

 確かに、私も噂では聞いたことがある。F組にものすごく美形の転校生が来たのだけど、どうも評判はあまりよくないみたいだった。転校初日に自分のルックスについて大騒ぎする女子たちを「うっとうしい」と一喝したらしかった。

「今まで誰にも抜かれる気配なかったのに、急になんだもん。今までいなかった奴だって考えるのが自然じゃない?」

 …なるほど。確かに一理ある気もする。

「あー悔しいーっ。期末テストは挽回しなきゃ」

 そんな風に言って意気込みを新たにする智子が、少し羨ましい。それだけ自信とプライドを持てることがあるなんて。



「和美、本城に学年トップ誰だったか聞いといてよ」

 冗談っぽく言う智子に、和美は振り返って小さく舌を出した。

「そんなこと聞けませんー」

「だよねぇ」

 答えが分かっていたからか、智子は笑う。



 その時、前からは「和美っ」という由実の声が再び飛んできた。


「はいはい、聴いてますって」

 苦笑い気味に言って、和美は再び私たちから視線を戻して前に向き直った。






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