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Sweet&Bitter  作者: みずの
番外編「risa」
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「よーし、こんなもんかな」

 テーブルの上いっぱいに並んだ料理を満足そうに見やって、私は「うん」と一人で頷いた。今日はかなり手の込んだ料理で、気合が入っている。


「お、うまそう」

 並んだそんな中からパプリカのピクルス漬けを指でつまんだ貴弘の手を、私は横からパシンとはたいた。

「…ってぇな」

「つまみ食い禁止っ。皆来るまで待って」


 今日は久々のメンツが揃う予定だった。そのために料理も気合を入れたわけだけれど…念のため私は最終チェックをする。

「えっと、お酒も揃ってるでしょー。後はー」

 ウキウキと確認していくと、ダイニングテーブルの前に立った貴弘が小さく肩を竦めた。

「なんかいやに気合入ってんな、お前」

 言われて、私は「当然」ときっぱり答えてみせた。



 各々が会うことはあっても、全員が揃うのはどれくらいぶりだろう。大学を卒業して数えるくらいしかなかったと思う。



「懐かしいなぁ…」

 大学時代を思い出しながら、私はそう小さく呟いた。




 あれから、数年の間に色んなことがあった。悲しいことも、嬉しいことも。

 あの後すぐに貴弘と付き合いだして、大学3年の頃には子どもができてしまった。籍を入れて学生の身分でできちゃった婚になってしまったけれど、それでも自分は幸せだった。


 残念ながら、その赤ちゃんは流産してしまった。身も心も傷が癒えないうちに、今度は交通事故で母を亡くした。ボロボロになりそうだった私だけれど、貴弘がいてくれたから今では幸せを感じながら生きていられていると思う。



 子どもを失った時も、母が亡くなった時も、誰よりも一緒に泣いてくれたのが貴弘だったから。



 あの後、弟は貴弘に心を開いたことをきっかけにあっさりと元に戻った。…というより、大人しいけれどかなりイイ子に育っていると思う。それもこれも、私以上に准一をかわいがってくれる彼がいるからだろう。

 母を亡くした今、私たち姉弟になくてはならない存在だった。そして今、私がまた新たな命を授かることができたのも当然彼のおかげだ。




「お、来たぞ」

 マンションのインターフォンを鳴らす音に、貴弘が顔を上げた。それに応じて客人を迎え入れると、久しぶりのテンションの高さの声が部屋の中に響く。

「お邪魔しまーす」

 大きな紙袋を提げて、数ヶ月ぶりに会う奈那子が入ってきた。



「あ、理沙ー。ちょっとお腹大きくなった?」

「ほんのちょっとね」

「ほとんど自前だ、自前」

 余計なことを言う貴弘の頭を私がはたくと、「相変わらずね、2人は」と奈那子は笑った。



「これお土産。皆で飲むワインとー、マタニティの理沙にはこっち」

 言われてプレゼントを広げると、そこにはマタニティ用のかわいい服。

「嬉しい!ありがとう」

「いえいえー」

 笑った奈那子は、次にダイニングテーブルに目を移して驚いたように「わぁ」と声を上げた。

「これ全部理沙が作ったの?すごい!」

「ふっふっふ、一日がかりでしたよ」

「すごいすごーい。早く食べたいー」

 奈那子がそう言った時、再びインターフォンが鳴る。画面に映った人物を見ると、どうやらこれで全員揃ったようだ。最後の来客が上がってくるのを待っていると、奈那子が少しわざとらしくふてくされた。



「ていうか、主役より遅れてくるってどういうこと!?」

「まぁまぁ」

 苦笑いしながら私は玄関を開けに行く。そうして入ってきた2人組にも、奈那子は「遅ぉい!」と突っかかっていた。

「普通は主役の私を全員揃ってお出迎えじゃないですか!?」

 言葉では責めながらも、奈那子は笑っている。靴を脱ぎながら、修司くんは「ごめんね」といつものあの極上スマイルで応じていた。後ろのユキ先輩に関しては…無言で無表情でも奈那子も気にしていない。



 そして全員が揃ったところで、リビングのテーブルにつく。ワイングラスを片手に、修司くんがその場を取り仕切った。

「えーっと、じゃあ奈那子ちゃんの婚約を祝して、乾杯ー」

 チン、と互いのグラスを合わせて、乾杯する。妊娠中の私だけはグレープフルーツジュースだ。

「ありがとうー」

 幸せそうに笑いながら、奈那子は嬉しそうだった。



 元々美人の奈那子だけれど、幸せだからか今までよりとてもキレイに見えた。婚約相手はどうも合コンで知り合ったらしい商社マンで、とてもイイ人らしかった。食事をしながら、お酒を飲みながら…奈那子のなれそめ話を聞く。私も少ししか聞けていなかったので、本格的に聞くのは今日が初めてだった。

「大丈夫なんだろうなぁ、その男」

 からかうように貴弘が言うと、奈那子が笑いながらわざと膨れっ面をしてみせた。

「イイ人ですー。どっかの誰かと違って私は男見る目ありますもん」

「…悪かったわねぇ」

「あははっ、まぁいいじゃん。理沙は遠回りした分、イイ旦那さんゲットできたんだから」

 貴弘を指し示しながら、奈那子はそう言う。…確かに、そこまでの男遍歴をを知る奈那子には言い返す言葉もない。



「顔は普通なんだけどー、性格がめちゃめちゃ優しくってね」

 ハートを飛ばしながらのろけていた奈那子だったけれど、ふと隣の修司くんを見やる。

「あ、でもやっぱり一番イイ男だと思うのは修司さんなんですけどね」

「それはありがとう」

 あっさりそういうことを本人に言えてしまう奈那子と、サラッと受け流せる修司くんと。この2人は結局大学時代からずっとこんな感じで、でも互いにその距離感を楽しんでいるようにも見えた。



「でもびっくりしましたー。ユキ先輩めっちゃかっこ良くなってて!」

 お酒が入ってきて饒舌になってきた奈那子は、ポンポンと話の振り幅を変える。

「あ、でも昔からかっこ良かったですよ?でもなんていうか…更に角が取れたというか…」

「あぁ、それはねぇ…」

 ニヤッとした修司くんに、ユキ先輩は嫌な予感がしたのか「修司」と厳かにその名を呼ぶ。でもそんなことで怯む修司くんでもなかった。

「最近ユキ、かっわいい彼女ができてさー」

「修司!」

「えぇぇー!見たいー!ユキ先輩の彼女ー。先輩、写真はー?」

「んなもん持ってるわけねぇだろ」

「あ、私携帯に写真入ってるよ。見る?」

 言って携帯を出してきた私に、ユキ先輩は「何でお前がそんなもん持ってんだ…」とがっくりと肩を落とす。ニヤニヤ笑いながら、私はその画面を奈那子に見せた。



 私と一緒に写っている、ジャズバーに行った時の和美ちゃんの写真。



「うわっ、めちゃめちゃかわいいっ。つうかこの子何歳?21くらい?若そう!」

「……」

 真相を知る面々は、互いの顔を見合わせて笑った。

「ね、ユキ先輩、この子いくつ?」

「…さぁ、何歳だっけな」

 とぼけようとしたユキ先輩だったけれど、貴弘が「あっはっは」と豪快に笑いながら「17だ17!」と奈那子に答える。

「えぇっ?もしかして援交!?」

「普通に生徒っていう発想にいけ!アホかお前は!」

 珍しく声を荒げたユキ先輩のツッコミに、思わず私と修司くんは大爆笑した。怒鳴られた奈那子は、「どっちにしろ犯罪まがいで大差ないじゃん…」と呟きながら携帯を私に返してきた。



 「犯罪」と言われてユキ先輩はガラにもなく打撃を受けたらしい。うなだれるようにガクリと肩を落としたので、私はおかしくて笑ってしまった。






「でもさぁ、皆幸せになったよねぇ」

 一通り食べて飲んで、男共がバカ騒ぎをしている中少しずつ片付けの手伝いをしてくれながら、奈那子はそう言う。

「理沙も貴弘さんもユキ先輩もさ、色々あったけど…今すっごく幸せそう」

 修司さんは知らないけどね、と奈那子は舌を出して言った。

「私も幸せだよ、理沙」

「うん、嬉しいよ私も」

 高校の時からの唯一の親友だ。彼女の幸せが嬉しくないわけがない。



「理沙の赤ちゃんが産まれるのと、同じくらいかなぁ、私の結婚式」

 どちらも秋を予定していて、もうあと数ヶ月というところだった。言い合わせたわけでもないのに、嬉しい出来事が2つもやってくるのかと思うと今から楽しみだ。

「参加は無理しなくていいからね?体優先してね」

 笑ってそう言ってくれる奈那子の結婚式だからこそ、私は絶対に出席したいと思う。

「ありがとう」

 笑って答えて、私も思わず幸せに浸ってしまいそうだった。




 今の私は、本当に満たされていると思う。奈那子の言うとおり、男の見る目のなさで遠回りもしたかもしれない。でも…それでも、その時間もきっと無駄ではなかったと今なら思えるから…。





「あっはっは!」

 お酒に強いはずの修司くんの酔っ払ったような大きな笑い声が、リビング中に響いた。キッチンで洗い物をしていた私は、何事かと目を瞠る。奈那子と顔を見合わせてから、そちらへ向かった。



「どうしたのー?」

 聞いて覗き込むと、3人の手元にはアルバムがある。それは大学時代のサークルの写真で…私は何となく、少しだけ嫌な予感がした。




「いやぁ、写真見てたら色々思い出してさぁ。理沙ちゃんこの時、確か崎谷のこと…」

「あ~っ!!それ言わないで修司くん!」

 真っ赤になりながら、私は慌ててその口を塞いだ。




 …そう、無駄ではなかった。とは思うけれど、まだそういう話をされるにはいたたまれないほど恥ずかしい。




 そんな時もあったと笑いながらお酒を飲めるようになるのは、きっともうちょっと先のことだ。







理沙と貴弘のなれそめ話でした。

ハルカや和美視点ではしっかり者の理沙も、実は同年代といる時はこんな感じかな、と思います。


小学生の「准一」くんを書くのが楽しかった覚えがあります(笑)

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