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Sweet&Bitter  作者: みずの
雨と涙の告白
17/152

3.5 side:???


 待ち合わせは、6時だった。それより一足先に教室へ戻り、机の中に忘れていた文庫本を取りにいく。段々と暗くなってきていた外の空の色は、もうその光を校舎の中まで伸ばさない。落ちかけた暗闇を照らすのは、校舎内の古い蛍光灯だけだった。


 その校舎での部活もなく、放課後のそこは静かなものだった。恐らく、残っている生徒がいるのかどうかも怪しい。外と体育館からは運動部の声が聞こえてきていたけれど、こちら側は物音一つしなかった。


 誰もいない教室で自分の席まで行き、置き忘れていた本を手に取る。そしてそのまま電気を消して、俺は来た道を戻った。ほとんど足音も立てずに、静かに歩く。意識してそうしていたわけではなかったけれど、そのせいですぐに異変には気づいた。



「…?」

 階下で、言い争うような声が聞こえてくる。誰もいないと思っていた校舎内に、その声はこちらのそんな考えを裏切るように響いていた。




「都築が自分に気があるの知っててデートしたんでしょ?サイテー」

 次の瞬間に耳に飛び込んできたのは、そんな声。不必要なほど大きく、高く響くこの声には聞き覚えがあった。同じ学年…隣のクラスの、菅原舞のものだ。去年一度だけ、同じクラスだったこともある。



(都築…?)

 菅原が口にした名前に、俺は眉を寄せた。都築も去年同じクラスだった。彼とも菅原とも特別仲が良かったわけではなかったので、話の内容に興味があったわけではなかった。

だけど…。


「ま、残念。ユッキーあんたたち2人がデートしてんの見てもショックも受けてなかったし」

 続いた菅原の言葉に、俺は少しだけ眉を持ち上げた。



 『ユッキー』…菅原がそう呼ぶ相手に、覚えは一人しかいない。その名前が出てきて…初めて気づく。あまり他人が聞いて良い話じゃないことに。恐らく、近くに他には誰もいないだろうけれど。




「サイテー女は手ぇ引きなよ。ユッキーは私が幸せにしてあげるからさぁ」

 階段の上部から下を覗き込むと、そこにいたのは予想通り菅原と下級生の女子だった。見たことのある子のような気もしたけれど…元々女子の顔を覚えるのは得意じゃない。分かったのは、ただ菅原が理不尽に絡んでるんだろうなってことだ。



「あんたにユッキーのこと好きだなんて言う資格は……」

「菅原」

 タイミングは、ここしかないだろう。もしこれ以上誰かが来たらまずいし、何より隠れていたってしばらく動けなくなってしまう。何かを言いかけた菅原の言葉を遮るように、俺は階段を下りながら声をかけていた。



 そこにいた2人が、同時にこちらを振り返る。内心で苦笑いを漏らして、俺は平然と続けた。

「学年主任の澤田が探してた。職員室」

 何食わぬ顔で言うと、この上ないくらいに不機嫌に菅原の顔が歪む。

「澤田が何の用よっ」

 吐き捨てるように言いながら、菅原は俺を睨みつけてきた。


「さぁ。俺は見つけたら呼んでこいって言われただけだから」

 平然と嘘をついてしまいながら、俺は小さく首を傾げる。そして何も聞いていなかったフリをしながら、そこを通り抜けようとした。



 その瞬間、菅原に絡まれていた彼女の顔を見やる。整いすぎた顔に、一瞬安堵のようなものが浮かんだのが分かった。



「うっざいな、こんな時に!」

 ライバルを蹴落とそうとしているところだったんだろう。邪魔をされて機嫌の悪い菅原が、俺より先に階段を下りて行ってしまいながら苛立ちの声を上げた。

「つうか律儀にそれを言いにくるあんたも超うざい!」

 この言葉には、思わず俺も笑わずにはいられなかった。唇に少しだけ笑みを零してしまいながら、「それはどうも」とその言葉を受け流す。そんな俺の反応が余計にお気に召さなかったらしく、菅原はそのままドスドスと音を立てながら姿を消してしまった。



 その菅原に、それまで黙っていた彼女が何事かを言おうと前のめりに階段の下を追おうとした。…恐らく、八つ当たりまがいの言葉を投げつけられた俺をかばおうとしたんだろう。

「いいよ、別に」

 彼女の肩を軽く叩いて、俺はそれを制止する。

「でも…っ」

「いいんだ、こっちも悪いし」

「…え?」

 目を丸くして聞き返した彼女に、俺は小さく答えた。

「嘘だから。澤田が呼んでるなんて」

 言って、俺もそれまでと同じ歩調で階段を下り始める。言っている意味がわからなかったのか、一瞬彼女が黙りこんだ。それならそれでいい、と思って、俺はそのまま下りていく。だけどしばらくの沈黙の後、「あのっ、ありがとうございました」と慌てて彼女は頭を下げた。




 首を振って応じて、俺は今度こそそこを後にする。菅原にまた出くわすのも面倒なので、隣の校舎を通る際に職員室の前を抜けるのは避けておいた。代わりに、科目ごとの部屋が並んだ廊下を進んで行く。



 教師たちも部活に顔を出しているか職員室にいるかしているらしく、その廊下も静かなものだった。ただ、一つだけ電気の漏れた部屋がある。プレートを見上げるとそこには『化学準備室』とあって、俺はさっきの菅原と彼女の会話を思い出した。



「……」

 ちょうど、その時だった。



「本城先生」

 低い声が、その部屋の中から漏れてくる。決して大きすぎることはないけれど、何かを決心したような重い響きを持った呼びかけだったのではっきりと聞き取ることができた。その声には聞き覚えがある。さっき菅原の言葉にも出てきていた…都築のものだ。


「お聞きしたいことがあるんですが」

 どう考えても授業の質問なんかではないその声のトーン。さっきの菅原と彼女の話と合わせてみれば、大体の事態は想像がついた。




「……」

 それ以上盗み聞きするのは趣味じゃないので、俺はそのままその部屋の前を通りぬける。角を曲がったところで、俺は自分が待ち合わせしていた張本人とぶつかりそうになってしまった。



「遅い!」

 ぶつかりかけたのが俺だと気づいて、彼女は眉を寄せてそう言う。「ごめん」と言いながら携帯の時計を確認すると、確かに6時を少し回っていた。たとえ数分でも待つことができないのは、いつものことだ。じっとしていられない性格らしく、わざわざ待ち合わせだった剣道場からこちらへ来ようとしていたらしい。



「帰ろ帰ろ。お腹すいちゃったぁ」

 いつものことなのでそれほど機嫌を損ねたわけでもないらしい。次の瞬間にはフッと表情を変えて俺の腕に自分のそれを絡めながら、彼女はそのまま俺が来た方向へ歩き出そうとする。

「…ちょっと待った」

 だけどそっちに行けばまた化学準備室の前を通ることになるし、下手をしたら菅原とも遭遇しかねない。組まれた腕を引き戻しながら、俺は後ろを指差した。



「愛海、こっちから行こう。面倒くさいから」

「??なに、『面倒』って」

「いや、こっちの話」

 肩を竦めて歩きだした俺に、彼女は釈然としない表情をしながら小走りについてくる。

「ねぇ、なんの話よ」

「……」

 何も答えないのも、逆に引いてもらえないらしい。観念して、俺は唇の端を持ち上げて答えた。

「ユキ先生も大変だ、って話」

「……本城?」

 中途半端に言ったせいで、彼女は先生の名前を復唱しながらも「わけがわからない」というように首を捻る。俺はと言うと、それを見て小さく苦笑いを浮かべるだけだった。






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