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Sweet&Bitter  作者: みずの
side story
139/152

Ren 1

蓮視点の、過去~現在の話です。

蓮が大学4年、和美が中学3年の時のお話。



『近くにいたら守ってやれない脅威もある』




 …本当は、分かっていたはずなんだ。

 数年前の自分は、確かにそう思っていたはずだった。





******



「れーん」

 大学の門に向かっていたところで遠くから自分を呼ぶ友人の声に、俺はゆっくりと振り返った。そこにいたのはテニスサークルの仲間たちだった。

「これから皆でメシ食いに行くけど、お前もどう?」

 うちのサークルは男女問わず皆仲が良い。大学4年だからサークル自体に顔を出す機会は減ったけれど、こうして集まることは未だに少なくなかった。

「あー…ごめん、今日はちょっと」

「なんだよ、用事?」

「えー蓮来ないとつまんねぇじゃん」

「ごめん」

 苦笑い気味に答えると、そのメンツの中にいた一人の女の子がボソリと呟いた。

「蓮が来なかったら、明美が相当拗ねそうだよね」

 隣の友達に言っているらしい。聞こえないように口にしたつもりかもしれないけど、俺の耳に届くには十分だった。

 だけど聞こえないフリをした方がいいと思ったから、一番手前にいる男連中に向き直る。



「何の用事があるんだよー蓮。こんだけ人数揃うことなかなかないんだから一緒に行こうぜー」

 周りはそんな声も聞こえていなかったらしい。構わずに俺に縋ろうとする連中の言葉に、「先約があるんだ」とさらりとかわす。

「やめとけよお前ら。どうせ蓮の用事って彼女だろ? こいつが彼女との約束反故にするわけねぇって」

 なかなか引かない連中に対して、助け舟を出してくれようとしたのかサークル内で一番仲の良い佐々木が言う。

 …だけど俺としては、嬉しくない「助け舟」の出し方だ。



「えぇぇ!? 蓮って彼女いたの!?」

「どうりで浮いた噂ないと思ってたら…っ」

 案の定、サークルの連中が大声を上げて驚く。佐々木にしか言っていないことだったのでこうなるだろうということは想像できていた。

 だからこそ佐々木を横目で一瞥すると、あいつは素知らぬ顔で視線を逸らす。



「聞いたことない! うちの大学? それかバイト先とか高校時代の知り合いとか…!?」

「それがさぁ」

 詰め寄ってくる連中に、佐々木が含み笑いで返事をしようとしたので俺は嫌な予感がした。

 彼女がいることもその彼女がどんな子なのかも隠していたわけではないけれど、自分からは言う必要がないと思っていたから黙っていたことだ。

 だけどこの場で佐々木に全て暴露されるに違いない。



「それが! 中学生なんだよ」

「はぁぁ!?」

 止める間もなく続けた佐々木の言葉に、その場にいた全員が驚きの声を上げる。

「…頭痛い」

 予想通りの展開に、俺は小さく呻いた。



「中学生って、それ軽く犯罪じゃ…」

「蓮ってロリコン趣味だったの…?」

 気のいい連中のことだ。驚きはしたしそんな言葉をかけてくるけれど、本気で軽蔑しているわけではないだろう。

 ただ半分驚愕、半分からかいを含めた好奇の目でこちらを見る。



「いや、俺も初めはそう思ったけど、あれはなぁ…」

「佐々木」

 低い声で制そうと思ったけれど、調子に乗った佐々木が言葉を継ぐ方が早い。

「俺も一回会っただけなんだけど、中学生には見えないんだよ。すっげーかわいくて大人っぽいし、同い年くらいに見えるっつーか」

 …本人が聞いたらショックを受けそうだな。自分では「老け顔だ」なんて気にしてるから。



「もういいだろ。俺そろそろ行かないと…」

 首を竦めながら言うと、俺は連中を置いて歩き出す。

 腕時計を確認すると、約束の時間には急がないと待たせてしまうことになってしまいそうだった。



「えー、彼女も連れてくればいいのに」

「いやだよそんなの」

 こんな話の後じゃ、見世物にされるだけだ。興味津々な面々を振り切ろうと、そのまま大学の門を抜けようとした。



 だけど、運の悪さとタイミングの悪さは時として同時に訪れてしまうもので…。



「蓮くん」

 門の外に立っていた1人の女の子が、満面の笑顔を浮かべてこちらを向いていた。




「和美…」

 約束は家から最寄の駅だったはず。それもまだ30分後のことだ。

 目を見開いた俺に、和美は駆け寄ってくると「びっくりした?」と笑っていた。

「用事が早く終わったから、来ちゃった。でも大学って怖くて一人で入れなかったから…」

「……」

 来るなとは言わないし、いや、むしろ会いに来てくれたのは嬉しい。

 だけどタイミングが悪すぎる。和美はどうやら連中には気づいていないようだけれど、俺の後ろで皆は興味津々な目をしていた。



「おー、和美ちゃん」

 佐々木が連中を押しのけて、前に出てくる。声をかけられて見下ろされた和美は、そこで佐々木に気づいてニッコリと笑った。

「佐々木さん、こんにちは」

「相変わらずかわいいねー」

 この状況と佐々木のその言葉があって、どうやら他の皆も和美が俺の彼女だと理解したようだった。

 方々から「マジで中学生!?」「かわいい」なんて声がボソボソと聞こえてくる。それ以上さらし者にしたくもなかったので、俺は和美の手を引いて「帰るよ」と促した。

 周りの連中が俺の知り合いだとようやくそこで気づいた和美は、慌ててペコリとお辞儀だけする。だけどそのまま俺に引っ張られるようにしてその場を後にしようとした…。その時、だった。



「何の騒ぎ?」

 新たな声が後ろから聞こえる。

 そんな透き通るような声と共に姿を現したのは、同じサークルの荻野明美だった。今時珍しい金髪に、目立つ赤いピアス。サークル内でも最も派手で有名だ。

「蓮の彼女だってー」

 他の連中が、遅れてきた荻野にそう説明する。

 和美が軽く会釈をするのと、荻野が「…ふーん」と呟きながら和美を見下ろすのが同時だった。



「…じゃあ、俺行くから」

「あぁ、次は付き合えよー」

 やっと解放される。和美の手を引きながら、思わず大きく息をついた。




******



「…蓮くん、ごめんね」

 電車に乗ったところで、並んで座ると和美が俯きがちにそんなことを言った。

「え?」

「怒ってる…? 勝手に会いに行ってごめんね」

 俺がさっさとあの場を抜けてきたことから、どうやら急に来たことを怒っていると勘違いさせたらしい。

「怒ってないよ」

 微かに笑みを浮かべて、俺はそう答える。その表情に、和美は少しホッとしたように胸を撫で下ろした。

「でも携帯も持ってないんだから、入れ違いになったらどうするんだよ」

「…うん。でも、会えない気がしなかったから」

 ニッコリ笑って言う辺り、和美はこういうところが天然だと思う。

 計算でも打算でもなく、ただ自然とこういうことを言えてしまうんだ。



「でも携帯は欲しいなぁ。蓮くん、うちのお母さん説得してよ。蓮くんの言うことだったら聞いてくれそうな気がする」

「無理無理。白石さんのお宅の教育方針には口出しできません」

 笑って答えると、和美はむぅっと唇を尖らせる。

「今時中学生でもみんな持ってるよー。世の中物騒だしね」

「中学生のセリフか」

 思わず吹き出してしまったのも無理はないだろう。

「携帯あれば美咲ともメールとか電話とかできるし」

 小学校からの親友の名前を出して、和美は外を眺めながらそう続ける。

「女子のそういうところが不思議だよ。毎日会って喋ってるのに、よく帰ってからも話すことあるね」

「学校で話せないこともあるじゃない」

 そう答える和美の横顔を一瞥してから、俺はバレないように息をついた。




 「携帯が欲しい理由」を、彼氏と連絡を取りたいからだとは言わないのが和美らしいところだ。

 別に照れているわけじゃない。ただ…自分でも分かってる。和美の中で、俺がそれほど大きな存在ではないからだ。

 半ば押し切るようにして付き合うようになったから、和美は俺のことが本当に好きなわけじゃない。ただ、他に好きな人もいないし周りの男の中では一番好意は持ってもらっているとは思う。俺はそのうちゆっくり和美が本気で俺を好きになってくれればいいと思っていた。

 この時の俺は、まだ和美が本気の恋愛をするほど大人になっていないんだと思っていたんだ。




******



 歯車が狂い始めたのは、いつからだったか…。

 恐らく自分では気づいていなかったけれど、最初から無理な付き合いだったのかもしれない。

 だって、自分の中には自分でも信じられないほどの狂気が潜んでいたんだ。それを知ったのは、ある出来事がきっかけだった。



「…っ和美…!」

 ノックもせず扉をバンと開けると、そこにいた和美と和美のお母さん、そして祥太郎が驚いてこちらを振り返った。

「蓮くん…」

 目を丸くした後、和美はベッドの上から俺の焦った顔を見て微かに微笑む。ここが病院だということも忘れて、俺は自分らしくなく音を立てて靴を鳴らしながら病室に入った。

「怪我は…っ」

「あ、うん…大丈夫だよ」

 頭に巻いた包帯に、頬に大きく貼られたガーゼ。怪我をしたと連絡をもらった時は驚いたけれど、思ったよりは元気そうで良かった。



「…蓮くん、ちょっと…」

 和美のお母さんに呼ばれ、俺はそのまま病室の外へ促される。当然娘が心配なせいか、顔色は極端に青白くなっていた。

「裏路地で絡まれた…って、聞きましたけど…」

 さっき連絡をもらった時に聞いた情報を口にすると、彼女はまた身を固くした。

「盗られた物は…?」

 中学生を狙った恐喝か何かだと思い尋ねたけれど、首を横に振る。

「何も…ただ女の人4,5人に…」

 囲まれて殴る蹴るの暴行、ってところだろうか。冷静にそんなことを分析している反面、俺は自分の中で何かが燻っていることに気づく。

「警察に被害届を出しましょう」

「それが…和美がそれは絶対にやめてくれって…」

「どうして…」

「大事になると学校にも行きづらくなるからって…蓮くん…私どうしたら…」

「……」

 完全に弱りきっている彼女に、俺はかけるべき言葉がなかなか見つからなかった。

 ただ、これが本当なら学校に行きづらくなるなんて問題じゃない。他に被害者が出る可能性もある以上、和美を説得して警察に届けるのが得策だろう。



 そんなことを考えている時に、1人の看護師がこちらに近づいてきた。

「白石さん、先生がお呼びです」

「あ、はい…。ごめんなさい、蓮くん。ちょっと行ってくるわね」

「はい」

 和美のお母さんが看護師に連れられて行くのを後ろから見送って、俺は病室へと戻る。

 今度はノックをしてから入ろうと右手を持ち上げた。だけどそこで、ふとそれを止める。



「姉ちゃんの気持ちも分からなくはないけど、蓮くんには話した方がいいと思う」

 祥太郎の声だ。出てきた自分の名前に、俺は思わずその場で立ち尽くしてしまった。

「いいの。余計な心配かけたくない」

「でも…っ、このままだと母さんだって心配だし、警察に届け出なきゃいけなくなるよ」

「……」

「相手の顔は見たから、間違いないんだろ? 蓮くんの大学の人だったって…」

「…間違いはないよ。この前会った中にいたもの。金髪に赤いピアスで、目立つ人だったから覚えてる」

「!?」

 そこで思わず、止めていたはずの手が力を失ってガタンと扉に当たってしまった。

 中にいた2人もハッと息を飲んだらしく、会話がピタリと止まる。そして祥太郎が慌ててこちらを確認しに来る音。



 その一瞬の間に、頭の中を様々なことが駆け巡る。金髪に赤いピアス…。そしてあの時に和美と会ったあの女の顔。

 自惚れるわけじゃないけれど、そんな彼女が自分に気があったことも分かっていたはずだ。

 全ての情報が、まるでパズルみたいに繋がって形を成していく。それじゃ和美が怪我したのは…。



「…っ」

 バッと踵を返して走り出すのと、病室のドアが中から開けられるのが同時だった。

「蓮くん…っ」

 祥太郎の呼びかけにも応じず、俺は振り返ることもなく走ってはいけないはずの病院の廊下を駆ける。



「…祥…っ、蓮くんを止めて!」

 和美の必死な声が最後に聞こえたけれど、もう足を止める理由にもならなかった。







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