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Sweet&Bitter  作者: みずの
眠る時はせめて私の夢を
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13 side:Yukisada


 自分で指定した「公園」に着いた時には、もう時刻は午前0時を回るころだった。

 公園と言っても子どもが親と遊びに来て遊具ではしゃぐようなものではなく、鬱蒼とした木々が夜は不気味に揺れる総合公園のような広い場所だった。

 その駐車場で、乱暴に車を停めるとそこから下りる。

 どうせ他には誰もいない。丁寧に白線内に駐車する必要もないはずだ。だけどそうすることが、今の自分の苛立つ感情を表している自覚もあった。



「……逃げなかったんだな」

 皮肉をこめて先に来ていた呼び出し相手に声をかける。揶揄するように口元だけを歪めて笑い、俺はそいつに対峙するとポケットから煙草を取り出した。

 口に銜えて火を点ける。どうやら相手は煙草が嫌いらしく、その動作だけで少し眉を寄せて俺を見つめ返していた。



「…あなただったんですね、和美と付き合ってたのは」

 やがて、成川蓮が自らそう本題を切り出してきた。煙草の煙をふーっと細く長く吐き出して、俺は目線をそちらに返す。

 そんな風に切り出したそいつの頬は赤く腫れていて、唇の端は切れている。それは当然、夕方俺が殴った時のものだ。



「白石が、一度お前にはっきりそう言ったはずだけど?」

 ハッと鼻で笑いながら言うと、成川蓮はわずかに目を伏せる。そして静かな声で「…そうですね」と応じた。

「あの時は…小塚さんをかばおうとそんな嘘をついてるんだと思いました」

「……」

「小塚さんから、俺の手を引かせるための嘘だと…」

「その勘違いをする時点でお前の負けだ」

「……『負け』?」

 誰に、と言外に問うような目で見られて、俺は小さく笑う。確かに、誰にだ? 自問するように内心で首を捻る。

 修司にか、白石にか? それとも……。




「まぁとにかく、これで分かっただろ。修司と諒子からは手を引け。あいつらはそもそも無関係だ」

「……そう言うくらいなら、どうしてもっと早くあなたが手を打たなかったんですか」

 悪事を働いた張本人に責められることか? だけど成川蓮の口調は、言葉通り俺を非難する響きを持っている。

 それが余計に滑稽で、俺は口元の煙草に手をやって思わず嫌味をこめた笑みを浮かべてしまった。



「そりゃそうだ。俺も今それを後悔してる」

 歪んだ笑みにそう言葉を乗せると、成川蓮はピクリと片方の眉を持ち上げた。

「修司が何のためにあんな嘘をついてたと思う? 他でもない、俺のためだろ」

 生徒と付き合ってたなんてことがバレたら、さすがにもう別れたと言ってもただでは済まない。

 それが分かっているからこそ修司は俺たちをかばおうとしたはずだ。

「白石もだ。あいつが必死で頑張ってるのを、無下にしたくないと思った。俺が出て行けば話は早かったかもしれねぇけど、あいつが必死で守ろうとしているものが全部無駄になる」

 修司も白石も、俺の立場を守ろうとしていたはずだ。だからこそ、白石が本当に助けを求めてくるまで手も口も出さない方がいいと思った。

 成川蓮がそれで引けば済む話だったからだ。



「だけど、俺も考えが甘かったな」

 そう続けて、俺はまだ吸って間もない煙草を乱暴に地面に落とす。靴底でそれを踏みつけ、火を消しながら目の前の男を睨み据える。

「俺が間違ってた。本当なら、もっと早く――」

 一度そこで言葉を切って、わずかに煽る角度で相手を凝視する。

「お前を潰しとくべきだった」

 あまりにも本音すぎる感情を吐露したせいか、成川蓮が一瞬表情を強張らせるのが分かった。



 …今更、後悔なんてさせるつもりはない。

 白石をあんな目に合わせておいて、未だに「好き」だと言わせるつもりもない。

 あの時風呂場からかすかに漏れ聞こえてきた白石の、嗚咽を飲み込む声が今でも耳から離れないのに―。




「…分かりませんね」

 しばしの沈黙の後、成川蓮は再度そう口を開いた。

 もっと言い訳だとか開き直ったセリフが聞けるかと思っていたが、どうやら的外れだったようだ。

 さっきまでの俺のセリフに繋がらない言葉を声に乗せ、成川蓮は小さく首を振る。




「あの状況で…あなただけの名前を呼ぶほど、和美はきっとまだあなたのことが好きなんでしょう」

「………」

「そしてあなたも、別れたはずの和美のためにこんなに怒ってる」

「…何が言いたい」

「それほどまでにして和美を守りたいなら、どうして別れたんですか」

 問いは「質問」というより、糾弾されているようなものだった。

 俺を責める響きがあったのは事実だろう。成川蓮は少しさっきまでよりも強い眼差しで俺を見上げる。



「……そんなの決まってるだろ」

 吐息まじりにそう言葉を返して、俺は呆れたような視線を投げ返した。



「傍にいるからこそ守ってやれない脅威もあるからだ」



「……?」

 俺の答えが理解できなかったのか、怪訝そうな表情を浮かべる。…当然だ。こいつと俺じゃ考えが180度違う。理解されるわけもないし、理解されたくもない。

 俺なら間違っても、あんな風にあいつを傷つけたりはしない。



「まぁお前にゃ、一生理解できねぇだろうよ」

 そこまで言ってから、俺はゆっくりと一歩を踏み出す。靴を地面から離さずの一歩だったので、足元で砂がジャリと音を立てた。

 それから右手を胸の前辺りで握り締めて、拳を作る。



「話はそろそろいいだろ? どうせこれ以上話しても理解し合えるわけがねぇ」

「……」

「歯ぁ食いしばれ」

そう言って、俺はもう一度唇の端を持ち上げた。



「さっきは不意打ちで殴っちまったからな。今度は、それくらいの時間はやるよ」

 軽く済ませるつもりもないし、一発で終わらせるつもりもない。

 自分でも狂ってると思えるほど怒りが全身を支配する。だけどその感覚すら麻痺してきたようで、何だかおかしくて笑えてきた。



 狂気に満ちているのは、自分の方を振り向かないからと言って好きな女の首を絞めたり襲おうとした目の前のこいつだけじゃない。



 俺だってそんなこの男をぶちのめしてやりたいと思うほど、この時十分狂っていたんだろう。






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