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Sweet&Bitter  作者: みずの
眠る時はせめて私の夢を
119/152

6.5 side:Syotaro


「…で、あっちが運動系の部室が集まってる感じ。うちのバレー部もそこにあるんだー。祥太郎はうちの高校来たら何やんの?」

 文化祭に来た俺を午前中いっぱい案内してくれるという由実さんは、終始ニコニコしながら校内を回ってくれた。元々人見知りをしない俺ではあるけれど、久々に会ったのに彼女がこういうタイプだから余計に自然体でいられる気がした。

「まだ考えてないです。でも運動系はやらないかな」

「えー!? 何で!? うちのバレー部おいでよ! 祥太郎運動神経良さそうじゃん」

「いや、だって、俺と運動部ってどう考えても結びつかないでしょ」

 苦笑まじりに答えて目の前の階段を上り始めた時には、姉のいたクラスのカフェを出てから1時間ほどは経っていた。



「どうせだから化学部に入ろうかなぁ」

 小さく呟くと、由実さんは真剣な目をして首をブンブンと横に振る。

「そ、それだけはさすがにやめときなー。そこまでしたら和美の逆鱗に触れるよ」

「あはは、だよねぇ」

 元々化学部に本気で入る気なんてない俺は、そこで声を立てて笑った。さすがの俺でもそこは最後の砦というか…姉の踏み込まれたくない領域だと理解はしている。

「そういえば化学部と言えば……どうだった? 和美の元彼ー」

 さっき俺にその「元彼」を紹介してくれた張本人である彼女は、ニヤニヤっと笑いながらそんなことを尋ねてきた。



「がっかりしたでしょー。和美って男の趣味悪いよねぇ。成川先生と付き合ってたって聞いた時は、お、やっぱり和美もイケメンが好きなんだななんて感心したのにさ」

 そんなことを言いながらも由実さんは面白がっているのか、「本城顔怖いもん」なんて続けている。

 それを聞きながら、俺は微かに笑みを漏らした。さっき会ったまさにその「本城先生」を思い出したからだ。

「祥太郎?」

 答えない俺を怪訝な表情で由実さんが覗き込む。それに気づいて「え? …あぁ」と肩を竦める。



「確かに、『もったいないなぁ』とは思いました」

「でしょ!? 本城に和美はもったいないよねぇ」

「いや、姉ちゃんにあの先生はもったいないでしょ」

 平然と続けた俺に、由実さんは一瞬で息を飲むようにして固まった。それを見やって思わず苦笑いを漏らした俺は、階段を上りきったところで足を止める。

 どうやらここは盛り上がった文化祭の中でもそれほど人の集まらない場所らしく、話を聞かれる心配も声を必要以上に落とす心配もないようだ。



「ななななな、何で…!? だって和美だよ!?」

「由実さん、どんだけ姉ちゃんのこと高評価なんですか」

 まぁ、それは友達だから当たり前だろうか。弟としてもそういう親友が姉に居てくれることは喜ばしいことかもしれない。

「2人が近くにいるの見て、なんか色々ピンときちゃったというか…あぁこの先生、あの頑固な姉に苦労したんだろうな、とか」

「……」

「姉ちゃん、思いこんだら人の話聞かないところあるでしょ。別れ話になった時もどうせ彼氏の話なんてろくに聞かなかったんだろうなって」

「……う…」

 思い当たる節があるのか、由実さんは低い呻き声をほんの少しだけ漏らす。その表情に思わず吹き出しそうになったのは内緒だ。

「俺はね、由実さん、姉ちゃんが蓮くんと付き合ってることの方が違和感があったんですよ」

 少し遠い目をしながら、俺は当時のことを思い出す。それが分かったからか由実さんも少しだけ真剣な面持ちでこちらを見つめ返した。

「それは…和美が本当は成川先生のことを好きじゃなかったから、ってこと?」

「…うーん…どうかな。本気で人を好きになるっていうことが分からなかっただけで、姉ちゃんだって別に蓮くんのことを好きじゃなかったわけじゃないと思う。ただ…俺からしたら、蓮くんは『いい男』じゃない。幼なじみの兄貴分としては俺も好きだけど、姉ちゃんの彼氏にってなるとちょっと違うんだよね」

「それは祥太郎がシスコンだからじゃなくて?」

「シスコンて…失礼だなぁ由実さん」

 普通の人ならストレートに言いにくいだろうことを、包み隠さず言う由実さんのこの性格は俺も好きだ。笑ってそれを受け流しながらも、俺は自分が「シスコン」だとは思っていない。

 思春期のこの時期特有の、姉という存在が周りに知られるのが恥ずかしいというような感情は確かに持ってないけれど。



「何て言うんだろう…蓮くんと姉は似合わない。こう、ピッタリ型にはまらない感じ。蓮くんからは姉ちゃんへの愛情というより異常な執着と、姉ちゃんからは蓮くんへの尊敬と畏怖しか感じられない」

「……」

「だけどあの先生と姉ちゃんを見た時は、結構似合ってると思ったんだけど。…何であの2人別れたんですか?」

「…それは…」

 自分が言うことではないと思ったんだろう。由実さんは言葉を濁す。本気で答えが得られるとも思っていなかった俺は小さく首を竦めるだけ。



 その時、タイミングよく由実さんの持つ携帯が着信を知らせて静かな音を立てた。ポケットからそれを取り出した彼女は、そこに届いていたメールを見て小さく目を見開く。

「呼び出しですか?」

「…あ、うん…バレー部の方でちょっと色々あったみたい」

「俺なら大丈夫だから行ってください。適当にフラフラしてるんで」

 ニッコリ笑って言うと、由実さんは申し訳なさそうな顔で両手を合わせた。

「ごめん! また後でメールするー」

 例の特別イベントもあるのだから、どうせ由実さんとはまた会うことになる。笑顔で送り出して、俺はその走り去る姿を見送ってから「さて」と身を翻した。

 ミスコンは午後かららしいし、由実さんとのイベントは最後の後夜祭だ。随分時間が空いてしまうけれど、校内を回っているだけでそれなりに時間は稼げそうだ。

 場合によってはうちの中学の連中も何人か来ると言っていたから、合流できるかもしれない。

 そう思って色々と回っているうちに、やがて人の波から少し離れた隅に、ある人物の影を見つける。



「…蓮くん」

 思わず自分だけの囁きのように呟いてしまったのは、何となく話かけられる雰囲気じゃなかったからだ。あのルックスじゃ恐らくいつも生徒たちに囲まれているのだろう彼が、それでも今は誰にも気づかれずにポツンと立ち尽くしている。

 その存在感のなさは、どう考えても異様だった。少し俯き加減のその姿からも、言葉では言い様のない負のオーラのようなものを感じさせられる。それは、長年彼を知る俺でも見たことのない姿だった。




 嫌な予感が瞬時に胸をよぎった。ざわりと心臓の辺りが粟立つような感覚に陥る。

 一瞬声をかけるのを躊躇した俺だったけれど、すぐに何となく話かけなくてはいけないような気がした。

「……蓮くん…っ」

 まだ声を届かせるには距離がある。慌ててそちらに駆け寄ろうとしたけれど、この人混みではうまく抜けられない。それでも無理に急ごうとしたせいか、近くにいた小さな子どもに足がぶつかってしまった。



「……っ、ごめん…っ」

 転んでしまった小さな女の子に俺が咄嗟に謝るのと、誰かがかがんですぐにその子どもを助け起こすのが同時だった。すぐ傍にいたらしいその人は、転んで泣きそうになった女の子を抱き起こすとポンポンと頭を撫でる。

「大丈夫か?」

「…うん」

 女の子が、その人に尋ねられて小さくコクリと頷く。そして少し離れた場所にいた母親らしき女性の元へ急いだ。

「ごめんね」

 最後に俺がもう一度そんな声をかけると、その子は振り返ってニコリと笑ってくれた。



「すみません…」

 女の子を起こしてくれた人にそう声をかけて、初めて相手をちゃんと見る。そして俺は思わず目を瞠った。

 かがんでいた態勢から身を起こしたのは、男の俺でも見上げるくらいの長身。

「…本城先生」

「なんだ、白石弟か」

 俺がその名を呼ぶのと、彼がそう言うのが同時だった。「…その呼び方やめてください」と小さく抗議すると、先生は微かに苦笑を漏らす。



「急いでたのか? この混雑じゃ危ねぇぞ」

「…そうですね…すみません」

 軽く頭を下げながら素直にそう謝ると、先生がフッと吹き出した。思わず「?」と訝しげに目線を上げると、「…いや」と彼は小さく頭を振る。

「やっぱり姉弟だな。リアクションがそっくりだ」

「……そうですか?」

 首を捻った俺に、先生はそのまま「じゃあな」と言って踵を返す。

「…あ…」

 もう少し何かを聞いてみたい気もしたけれど、どちらにせよこれだけの人混みじゃそれも無理かもしれない。小さく漏らした声を飲み込んで、俺はさっき気になっていた蓮くんの方を振り返った。



「……」

 だけどもう、そこに彼の姿はなかった。ほんの数十秒目を離した隙に見失ってしまったらしい。

 逸る鼓動は抑えきれない。ざわつく胸を押さえても、警鐘を鳴らす内部の何かは一向に収まる気配はなかった。



 この時、俺が本当に蓮くんに声をかけられていたら何かが変わったのだろうか。運命の進む道は、いつだってほんの些細な出来事で左右されるんだ。







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