表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sweet&Bitter  作者: みずの
嘘は罪
103/152


 どうしよう……!!!



 そんな思いばかりが、胸中を駆け巡る。どうする術もないのに、焦りだけが募る。ごまかし方も知らない。この大人たちを納得させられるだけの嘘を、私が思いつくはずもない。思わず助けを求めるようにステージ上にいる先生を振り向きかけたけれど、それも何とか抑えた。ここで先生を見たら、相澤先生たちにバカ正直に答えているようなものだからだ。



 緊張で汗が噴き出そうだった。何も言わない私に、相澤先生がこちらを見る目が少し厳しくなる。そう気づいた瞬間、尚更変な焦りが私を強張らせた。


 だけど…その時、だった。



「和美!」

 向こうの方から、私を呼ぶ声がした。思わず振り向いた瞬間、相澤先生や蓮くんもそちらに視線を移す。そこにいた男の人は、私たちの驚きのリアクションを気にする様子もなくニコリと笑ってみせた。



「来てくれたんだ、今日。もしかして俺がここで演奏するって知って?」

 ニコニコと笑いながら近寄ってきたその人は、そのまま私のすぐ傍まで歩み寄る。さりげなく肩に手まで回されて、私は何と返事をしていいか分からず2,3度口をパクパクさせた。だけど何らかの反応をする前に、「彼」が私の耳元で「しっ」と小さく囁く。どうやら話を合わせて黙っていろ、ということらしい。



「別れてから全然連絡取れなかったから、どうしてるか気になってたんだ。来てくれて嬉しいよ」

「……白石さん、この方は…?」

 相澤先生が、少しだけためらいがちに口を挟む。それに対して何と言っていいか分からずにいると、「彼」が今更先生たちに気づいたかのように私に目線で促した。

「…あ、学校の先生…なの…」

 ためらいがちに言うと、彼は「マジで? 和美、こんな店に来てるなんて知られたらまずいじゃん」と朗らかに笑った。…というか、誰なのこの人…というくらいにチャラいキャラだ。


 そんな私の胸中を知ってか知らずか、彼はそのまま相澤先生に対峙する。

「初めまして、小塚といいます」

 ニッコリ笑って言われて、修司さんのエセ紳士的なスマイルに相澤先生が少し頬を染めたのが分かった。…相変わらず、イケメンに弱い先生だ。智子がこの場にいたら辟易していただろう。



「えっと…つまり、小塚さんは…白石さんの元恋人…ですか?」

 尋ねる相澤先生の隣で、蓮くんは恐ろしいくらいに無表情だった。彼女の問いに、修司さんは悪びれる様子もなく「あぁ、はい」と笑う。

「もうしばらく会ってなかったんですけどね」

 付け足した彼の言葉に、周囲の人たちも多くがこちらを注目しているのが分かった。ただ、「学校の先生」と「元カレ」という単語を耳にしたせいか、全ての事情を理解してくれたしく誰もが黙って見守ってくれている。



「…生徒の個人的なお付き合いに口を出すつもりはありません…でも、こういうお店に高校生が来るのは…」

「あぁ、はい、そうですよね」

 相澤先生の遠慮がちな言葉を、遮るように修司さんは相槌を打つ。それから、こちらを向き直った。

「和美、今日は帰れる? 俺これからライブがあるから、送ってあげられないけど」

 言われて、私は慌てて首を縦に振る。…確かに、この状況ではここでねばって居座るわけにもいかない。本城先生のライブは見たかったけれど、そんなワガママを言える状況でもない。

「また連絡するから」

 私の肩から手を離して、修司さんはもう一度笑って見せた。



「相澤先生、僕が彼女を送ってきます」

 それまで黙っていた蓮くんが、急にそう申し出る。それに目を見開いた私は、目の前の先生たちを思わず交互に見比べてしまった。相澤先生は、「それなら私も…」と言いかける。

「…いえ、先生はせっかくいらしてたんですから楽しんで行ってください。彼女を送ったら僕も戻ってきますから」

 紳士的な蓮くんのことだ。確かに、相澤先生をここに残したまま自分はそのまま帰るなんてことはしないだろう。



 相澤先生の本来の目的は本城先生に近づきたいということだったんだろうから、彼女はそれ以上食い下がらなかった。バーに残りたいのが本心だったんだろう。小さく頷くと、蓮くんに「お願いします」と私を委ねる。それに「はい」と短く返事をすると、蓮くんは再び私を見た。

「行くよ、白石さん」

 クルリと踵を返す時には、もう相澤先生のことも、修司さんのことも一瞥すらしなかった。



「……はい…」

 弱々しく答えてその後に続く時、チラリとステージを盗み見た。…そこに、本城先生はいなかった。チューニングは少し前に終わったようだったから、もしかしたらこちらの騒ぎには気づかずにどこかに行ってしまったのかもしれなかった。




******



 いつものジャズバーと違い、今日訪れたここはそれほど家から遠いわけではない。電車も、3駅離れているだけ。だけど今の私には、家までのその数十分の距離も長く感じる。何となく気まずくて口も開けずにいたけれど、蓮くんは私の数歩先を歩いたまま無言だった。何も言われないことがまた、逆に不安になる。



 もう10月という時期だから、夜になると幾分か肌寒い。今日は特におしゃれの方に気を取られていたから、防寒の部分は考慮していなかった。冷えてきた指先を合わせて温めていると、蓮くんがようやく重い口を開いた。

「…今日のことは、学校には言わないでおく。相澤先生もそう説得しておくから」

 蓮くんがそう口を開いたのは、自宅の最寄り駅に着いた頃だった。家までの道のりを歩みだしながら、振り返らないまま肩越しにそう声をかけてくる。

「…あ、うん……ごめんなさい」

「ああいう店に行くのはやめなさい」

「………はい」

 教師として当然のセリフだろう。それも、学校側には黙っていてくれるというんだから感謝するべきところだ。だけど蓮くんのあまりの冷静さに、手放しで喜ぶこともできるわけがない。背中から、静かな怒りに似た感情を読み取ったからかもしれない。




 …怒ってる…だろうな、さすがに。女子高生が一人であんなところに行って怒らない教師がいるわけがない。それでなくても、蓮くんは幼馴染みであって、そういった意味でも私の心配をしてくれる人だから。




 蓮くんは、それっきり何も言わなかった。ただ自分が今日あそこに行ったのは、仕事でちょっとした迷惑を相澤先生にかけてしまった代わりに食事でもご馳走すると言ったら、「行きたい場所があるから付き合ってくれ」と頼まれたからだということだけ私に話した。

「そんなことでもなければジャズバーになんて行かないから、本当にタイミングの良い偶然だったよ」

 …私にとっては「タイミングの悪い」偶然だったけれど、あえてその言葉は飲み込んだ。




「…ごめんなさい」

 分不相応な場所に出かけて行って心配をかけたことは間違いない。だから私は、蓮くんの背中に向かって小さく謝った。




 修司さんには、後でお詫びのメールか電話をしよう。きっと、本城先生と私の関係が蓮くんたちにバレるのをごまかすためにあのタイミングで救いの手を差し伸べてくれたんだから…。

 自分の為にあんな嘘まで吐かせてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。




 ただ、私はまだ気づいていなかった。



 この私のための「嘘」が、停滞していたはずの事態を思わぬ方向に動かしていくなんて…。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ