第五話-VS二階堂-
錬武館 闘技場
開始の合図と同時に後ろに下がる。これは相手の魔法を警戒してのことだった。
魔法使いとの定石は術式を展開する前に倒すこととされている。
しかし、二階堂先輩の自信からすると、対人戦闘の経験は豊富にあると考えてもいい。前につめられることぐらいの対策はしているはず。
俺が下がると、さっきいたところまで辺りに雷が落ちた。つまり、雷系統の使い手ということか。初手は様子見で、自分が最も早く信頼できる魔法を使うはずだ。
しかし、こちらの予想よりも若干遅く魔法が展開された。
国内でも魔法使いのエリートの集まり、その中でもトップクラスの実力者だと聞いたのだが、こんなものなのか。
俺はため息をつき、少し期待外れだな、とこぼした。
表世界では有名な東北の魔法使いの二階堂だから期待していたのだが、あれでは俺にとって足止め程度にしかならない。
あの程度の術式展開速度なら俺の脚でも突破できる。一撃で仕留めさせてもらうか。
態勢を整えると、一気に距離をつめる。カードはすでに挿入済みだ。
「『起動』」
俺の声とともに慣れ親しんだ重さが腕にかかる。身体と心の状態がいつもの状態へと戻ってくる。他の要素なんて関係ない。重さと長ささえあれば、この程度の敵なら切り裂ける。
前につめて敵との距離をゼロにし、一気に刀を振りぬく。
ギィィ――――――ン
耳障りな音が響く。俺の刀は敵を切り裂くことはなかった。さらに刀を持つ手に電気による痺れが出る。
「甘いな、天宮。俺が接近戦に持ち込まれた時のことを考えていないとでも思っていたのか。魔法障壁ぐらい張るに決まっているだろう」
先輩の嘲りを含んだ笑いは俺には届かない。今は状況を確認するだけ。刀は途中で止められた。
理由は魔法障壁だとはわかるが、先ほど魔法を放ったばかりで、どうしてこんな真似ができる。これほどの速度で展開できるなら、最初の魔法はもっと早く放てたはずだ。
それに魔法障壁は電気タイプ、武器使いには有効なタイプか。さっきの痺れは刀に電気を流されたせいというわけだ。しかし、そんな魔法障壁は昔から使われているが故に、対処法も色々ある。
刀に魔力を流し込み、障壁で覆う。これで少なくとも電気が流されるのは止められる。
次は障壁を張れたのは何故だ。
二階堂。確か、東北の二階堂家は多重魔法を専門とする一族だったはずだ。
忘れていた、そういうことか。それが初手の展開に遅れた原因か。障壁の準備も並行していたせいで俺が思っているよりもワンテンポ遅れていたんだ。
少しだけ笑いがでてくる。どうやら意外と楽しめるかもしれない。
刀を構えなおして、相手の隙を見逃さないようにしっかりと見据えた。
錬武館 観客席 side 姫野
「やっぱり止められちゃったか」
「まだわからんな。思った以上にあいつのスピードは厄介だ。使う魔法によっては状況はいくらでも変わるな」
「でも、二階堂くんの障壁は真木先輩ほどじゃないにしてもかなりの強度です。突破するのは一年生には難しいです」
「その辺はどうなの。天宮くんの得意な魔法は知っているの」
いつの間にか、先輩たちは私の側に来ていた。
えっと、蓮の得意な魔法、小さい時は植物を操るのが得意だった。
「私が知っている時だと植物系統です。でも、だいぶ昔の話ですから当てにならないと思います」
少なくとも私は幼い頃は蓮が『植物』以外を使ったのを見たことがない。
「しかし、二階堂の展開速度についていくことができるのか。いくら二重魔法で展開が普通よりも遅かったとしても、あの距離を一瞬で詰められるのか」
「後は魔法の実力ね」
私は思い違いをしていたかもしれない。下で行われている試合は二年生でもかなり上のランク同士の試合に見える。蓮は私が思っている以上に強い。ここまでできるなんて知らなかった。私って、蓮のことまだわかってなかったんだ。
錬武館 闘技場 side 天宮
「どうした。もう手詰まりか。」
魔力を覆わせているから、あれから電気は流されていない。何度か刀を振るってわかったが、無系統の上に雷を絡ませているのか。それに、あれだけの強度を保ちながらも、攻撃用の魔法を撃ち出せるのだから、かなりの魔力量を保有していると考えるべきだし、まだかなりの攻撃魔法があるとも考えておくべきだろう。
それなら、相手に決め技を放たれる前に準備を終わらせないといけない。
「『地面より現れし、荊の棘よ。我が敵を捕えよ』」
とりあえずは魔法で何とかするまで。
荊を大量に地面から生み出し、敵を障壁ごと拘束する。そして、
「そのまま締め上げろ」
荊は一気に締め付ける。これなら電気だけで破るのは一苦労するはず。
しかし、こっちの希望は脆くも崩れさる。
「電気単体で木を破るのは難しいが、こうやれば簡単に破れるんだよ」
一気に電気を発電することで、熱を発生させて焼き切ったのか。
かなり戦い慣れている。何度も同じタイプや苦手なタイプとの戦闘を繰り返しやっている証拠だ。
俺はもう一度距離をとる。
敵はずっと攻撃魔法を展開している。止めたいのだが、障壁が邪魔だ。
さらに相手の魔法は一般的な電気放出系統だが、術式の展開を重ねることで威力を上げている。
障壁に身体を守りながら、圧倒的な魔法で敵を倒す。魔法使いとして最も基本的な戦略だ。
しかし、これの欠点は攻撃魔法を展開する時に障壁を解除しないといけないというものがあった。それを二階堂先輩は魔法の二重展開という二階堂家の特色と豊富な魔力量で、その基本をひっくり返すことを可能としている。
敵の自信の源がわかったが、それを破るにはかなりの魔力がいる。
的確にこちらの攻撃を見て、こちらの攻撃時にはきちんと防御、こちらが下がれば攻撃。
そういう基本をしっかりとするタイプには、それ以上を見せるか、相手の想像外の攻撃をするのが普通の方法だ。
「ちょっと面倒だが、終わらせてやる。『我が手に集いし、雷よ。其の大自然の力をもって、我が敵を滅ぼし、その威力を見せつけよ』」
敵の言葉が紡がれるにつれて、相手の結界が強固なモノになる。この魔法は、
「ちっ」
とっさに刀を構えると、俺たちを巻き込んで、フィールド上を覆いつくすほどに大量の雷が落ちた。
side 二階堂
一年程度で、このクラスの魔法は防げないはずだ。
戦闘開始から5分ほど、一年にしてはやる方だと感じたが、まだまだ俺に勝つには早い。
魔法使いを剣士が倒すには、魔法を放つ前に詰め寄るのが、定石のために魔法を放ったが、簡単に避けられた。避けられた次の瞬間にはすでに天宮は俺のすぐ前まで来ていた。迎撃の魔法が間に合わないので、予め仕込んだ魔法障壁で弾く。
何度か刀で打ち付けられても魔法障壁が揺らぎかけたが、確かに一年にしては強いことは認めざるを得ないだろう。
超広範囲攻撃魔法『サンダー・ボルテッカー』
電気系統の放出でも、かなりの難易度の魔法だ。俺が一年のころに必死になって覚えたモノだ。
この魔法を覚えたおかげで、俺はこの地位まで上ってきた。
あんな卑怯な方法で生徒会や風紀委員会に入ろうとする奴なんか、必要ないことを証明してやったのだ。
この魔法はせめてもの選別だ。俺が努力した一年分、これを機会にちゃんと頑張れというな。
「電気系統・放出の『サンダー・ボルテッカー』、確か魔法ランクはAランク。広範囲にわたる攻撃が可能なので、愛用する軍人魔法使いが多いという。それをただの学生が放つとは、さすがは二階堂家と言うべきでしょうか」
そのはずなのに、笑いながら立っている天宮がいる。
直撃をくらったはずだ。あれをくらって平気なわけがない。あの真木先輩ですら、守るのは難しいと言ったほどの魔法だぞ。
「馬鹿な。貴様程度の一年が防げる魔法ではない」
「これ以上話すことはありませんよ。ただあなたを倒すだけです。」
近づいてくる前に障壁を張る。どうやって魔法から逃れたのか知らないが、これなら大丈夫のはずだ。
side 天宮
また魔法障壁、芸がないな。もうそんな障壁は俺相手には役に立たない。俺は握った刀に魔力を流しながら、一気に詰め寄っていく。
先ほどまで俺の顔に浮かんでいたであろう笑みはもうない。ただ敵を倒すことだけを考える。
もはや躊躇うことはない。思いっきり刀を振ればいい。何度も障壁に打ち付けている間に大体の強度は把握できた。この程度の強度、魔力を纏わせた刀で簡単に斬れる。
確かにそれなりの実力だったが、学生のためかまだまだ甘い。先ほどの『サンダー・ボルテッカー』もとっさの障壁で十分防げた。少し苦戦しているように見えたのも、一応神竜の実力を把握するために手加減して戦っただけだ。その気さえあれば、障壁を展開する前に、それこそ最初の魔法を使わせずに勝つこともできた。
そして、二階堂先輩の実力は大体分かった。ほかの人の実力も機会があったら確かめておきたい。
「嘘だろ」
敵の声には反応しない。ただ切り裂くだけ、後は敵を倒すことだけを考える。
俺の刀を首に突きつけたところで宣言する。
「チェックメイトです」
「参った」
錬武館 観客席 side 姫野
目の前の光景が信じられなかった。二階堂先輩の魔法がフィールドを覆った時、蓮が負けたと思った。
でも、結果は真逆。
勝ったのは蓮。あの二階堂先輩が負けたのだ。
橘先輩以外に負け無しだった二階堂先輩が蓮に負けた。
「賭けは私の勝ちのようね」
「よし、よくやったぞ」
「嘘、あの二階堂くんが負けたの」
「すごいです。天宮くん、すごいです。あの二階堂くんに勝つなんて」
「二階堂が負けたか。確かにあいつには慢心はあったが、それ以上に謎なのが天宮の力だな」
五人の先輩が階段を降りて、闘技場の方に行こうとしているので、私も付いていく。
錬武館 闘技場 side 天宮
目の前には膝をついている先輩、後ろの方からは先輩たちと遥の姿がある。
「お見事だった。もし良かったら、二階堂の魔法を無力化してみせた技を教えてくれないか。」
いくら教えてほしいと頼まれても、やったことは単純だし、説明するほどのことでもない。
「別に無効化したわけじゃないです。ただ全力で防御しただけですよ」
「防御だって、あの一瞬でそこまでの障壁を展開したのか」
「まあ、始めは慣れない武器で魔力を纏わせるのに苦労しましたから、障壁を突破できませんでしたけど」
すでに俺のカードは武器から抜いている。やはり武器は自分の物が一番いい。
やっぱり実際に戦ってみた時に違和感が拭えなかった。微妙にズレを感じたのだ。
「あっさり二階堂に勝って見せたか。とんでもない一年だな。だが、今日から風紀委員として働いてもらうことになる。よろしく頼むぞ、蓮」
二階堂先輩は立ち上がると、こちらの方に向かってきた。
「すまなかった。お前の実力も知らずに、偉そうなことを言ったな」
「いえ、こちらも失礼なことを言って、すみません」
さっきから、遥は黙ったままだった。それが余計に怖い。
「蓮、あんたってそんなに強かったの。小学校時代とはまるで違うじゃない」
俺が変わってしまったのは、3年前だ。遥はすでに引っ越しをしてしまった後だった。
いきなり『天』の代表となり、様々な経験を積んできている。
そんな事情を説明できるもなく、適当にはぐらかすと、何故か遥に殴られるハメになった。
それと、どうして二階堂先輩はまだ俺を睨んでいるんだ。もう俺の実力に対する疑問は解決したはずなのに。