第一話-幼馴染との再会-
「ここが俺の家なのか」
『王』から支給された家は俺が昨日まで住んでいた家と全く変わらない外見だった。わざわざ同じにしたのだろうか。別に一人暮らしなのだから、ここまで大きな家を用意してもらう必要はなかったんだが。
中に入ってみると、さすがに内装は違ったのだが、
「何故にこんな洋館みたいになっていて、しかも色々と家具があるんだ」
見に覚えがない家具が大量にある。絵画や壷など家にはなかったはずの物がある。
手紙を見てみると、気付かなかったのだが、もう一通入っていた。
「内装だけはこちらではわからなかったので、こちらの都合で用意させてもらった。家具のことなら気にしなくても構わない。こちらがもらった物や余っている物を回したので、壊れても構わない物だ。こちらの都合で君には不自由をさせているのだから、これぐらいは当然なこととして、受け取ってくれ。では良い学生生活を」
内装がわからないのは当然だろう。俺だって八族のうちの一人だ。家には他の連中に見られたらヤバい物もいくつかある。だから家だけは防御用の魔法をいくつか使っている。
それにしても、家具を見て回っていると、高そうな物がかなりある。何故ここまで俺に協力してくれるのか全くわからない。
しかも、手紙の主と『王』の当主とは別人に思える。当主は飾りなのか、それとも会議ではわざとあんなふうに振る舞っているだけなのか。
懐に手紙をしまって階段を上がると、唯一見慣れたモノがそこにはあった。
モノリスと俺が送っておいた簡単な日用品である。持ってきた荷物からコンピュータを出し、モノリスと繋ぐ。モノリスが起動することを確かめると、すぐにスイッチを切った。
そして、もう一つのコンピュータを出して学園のサーバーに繋ぐ。こちらも接続できたことを確認すると、すぐにスイッチを切った。
片付けがある程度できたところで下に降りると、キッチンなども完備されており、本格的な料理ができる雰囲気だった。一応冷蔵庫の中を確認すれば、さすがに空っぽだった。
足りない物は買い物に行こうと思っていたところだが、どうやら買いに行く必要があるのは食べ物ぐらいらしい。
どこに何があるのかはまだわからないが、街を適当に歩いたら覚えられるだろう。
外に出てみると、高級住宅街の端っこの方だったおかげか、すぐ近くに店などが立ち並んでいる。
時間帯で言うと、少し時間がずれていたので、歩いている人はまばらだった。
道を覚えるためにも周りを見ながら歩いていたせいか、何度か人と当たりそうになったが、そこは紙一重で避けているので、誰にも当たっていない。
だが、良さそうな店を見つけた時、そこで食事をしようかと思って立ち止まると、誰かが背中に当たってしまった。
「ちょっと、いきなり立ち止まらないでよ」
「あぁ、悪い」
頭を抑えている少女はどこか見覚えのあった。
しかし、どこかで会ったことがあったか。知り合いなら覚えているはずなのだが。
「全く、もう少し周りを見て歩いたら、・・・ねぇ、あんたさぁ。私と会ったことない。どっかで会った気がするんだけど、思い出せないのよ」
この少女も俺と同じらしいが、どうしても思い出せない。
「あんた、どこに住んでいるの」
「普通、初対面の人間に家を聞くか。第一、俺は今日ここに来たばかりだ。お前がここに住んでいたのならば、会ったことあるはずがない」
「だって気になるじゃない。なんか引っかかるのよ。あんたって、前住んでいた場所はもしかして×○町じゃない」
「そうだが、何でわかるんだ」
さすがにこの発言には驚かされる。俺がこの世界に入る以前は確かにそこに住んでいた。だが、この世界に入るときには全ての情報は消しておいたはずだし、中学のほうも俺について詳しい情報は知らないはずなのだ。
「なるほど。あんた、私のことをまだ思い出せないの。天宮蓮、私の名前は姫野遥よ。ほら、これで思い出したんじゃない」
姫野遥、頭の中にその名前が入ってくると、俺は大きく後退る。俺が普通の子供だった頃の記憶が蘇ってきたせいだ。
「もしかして『殺戮の魔女』とか、『死神姫』って呼ばれたあの姫野遥か」
そう言われると確かに面影がある。しばらく見ない間にだいぶ雰囲気が変わっているな。
「ほう。それを私の前で言った度胸は褒めてあげるわ。けど、死ね」
姫野の右ストレートが飛んでくる。紙一重で避けると、左脚が飛んできた。さらに一歩下がって、避ける。
「避けるな、蓮のくせに」
「蓮のくせにってなんだ。それに周りの目を少しは気にしろ。注目を集めている」
そう言った途端、姫野は止まった。
「あと、パンツに動物柄はいくらなんでも子どもしぎると思うが、それに年頃の女子がハイキックをするのはどうかと思うぞ」
俺も久しぶりに会ったことで少し感情が高ぶっていたらしい。同じ年ぐらいの人間と話したのも久しぶりだった。そのせいで、言ってはならないことを平気で言ってしまったのだ。
「死ね」
その一言とともに放たれた右ストレートは避けるのは不可能だった。そのまま殴られるのは趣味ではないので、止めさてもらう。
「悪い、言い過ぎたな。そこで何か奢るから許してくれ」
「どうせなら、そこ奢って」
そこはさっきまで俺が見ていた場所だ。値段を見た感じだとそれなりに高い。少なくとも学生が簡単に手を出す値段ではなかった。
姫野はニコニコとしながら、右手を構えている。俺はため息をつくと、姫野を誘った。
「わかったよ。それがいいなら、ついてこい」
姫野は俺が了解するとは思っていなかったらしい。キョトンとしてみせると、
「嘘、本当に奢ってくれんの。ラッキー、一回ここで食べてみたかったんだ」
姫野は携帯を出すと、いきなり電話をかけ始めた。
「おい、友達呼ぶのはなしだぞ」
「あぁ、蓮は黙っといて。うん、今日は友達と一緒に食べて帰るから。へっ、ち、違うわよ。蓮はそんなんじゃないから。・・・だから、帰ってから説明するから待っといて。あっ、お父さんには黙っといてね。うるさいから」
姫野は顔を真っ赤にして、電話を切った。
「さぁ、蓮。さっさと行くわよ。思いっきり食べてあげるわ」
何があったのか知らないが、姫野の親は許可を出したらしい。少しだけ、却下してくれるのを期待していたんだかな。
姫野と席に着くと、軽くメニューに目を通して高い物から順にいくつか頼みやがった。少しは遠慮しろよ。俺も適当に頼むことにする。
姫野はいきなり切り出してきた。
「それにしても今日魔法都市に来たってことは、蓮って、どこに編入するの。5月に編入って、微妙な時期に転校してきたわね」
「まぁ、ちょっとした事情でな。確か、編入するのは神龍高校だった気がするな」
そう言った途端、姫野は立ち上がった。周りの客が迷惑そうにしている。少しは周りの目を気にしろよ。
「はぁあ、神龍に編入って。あんたそんなに頭良かったの。魔法もそこまでできたっけ」
「一応、それなりにはな」
「蓮と同じ学校か。また同じところに通えるとは思えなかった」
「姫野も神龍なのか」
「そうよ」
話はそこまでだった。料理がきたからだ。お互い料理を食べている時は無言だった。
こっちは何を話せばいいのか、わからなかった。同じ年ぐらいと会うのも久しぶりなのだ。俺ぐらいの年の話なんてわかるはずもない。
さっきから周りのひそひそ声が気になる。しかも、微妙に聞こえる声だから、煩いと注意することもできない。
姫野も顔を赤くして、黙って食べている。しっかし、こいつも変わったな。まぁ、最後に会ったのが小学校の時なのだから当たり前か。
昔の姫野は欠片も服や髪にこだわらなかった。いつも適当にし、男子を従える女王様だったのである。
今の姫野の雰囲気にはそんな昔の面影はなかった。顔も多少変わったと言っても、美少女なのは変わっていない。
こいつが女王として君臨していたのは顔も良かったからだ。
ずっと見ていたから、姫野はこっちが見ていることに気付いた。
「何よ。顔に何か付いているの」
「目と鼻と口、それと」
茶化したところ、姫野に途中で止められる。
「当たり前でしょ。なければ、化け物じゃない。そういうのじゃなくて」
「あぁ、変わったなと思っただけだ、雰囲気がな。顔も成長して少し変わったんだろうけど、可愛いままだし」
「ふぇっ、あ、当たり前でしょ。私なんだから」
わけのわからないことを言うと、一気に目の前の食べ物を片付け、デザートまで頼んだ。だから、少しは遠慮しろよ。
俺は紅茶を飲みながら、姫野が食べ終わるのを待った。
姫野が食べ終わり、俺がお金を払って店を出ると、外はやや薄暗かった。5月とはいえ、この時間には暗くなり始める。
俺は店の前で、姫野と別れて帰ろうとすると、
「待ちなさい。こんな中を美少女一人で帰らせるつもりなの」
自分で美少女って言うなよ。第一、こいつに絡んだ不良の方がかわいそうだ。100%、不良の方が病院送りにされるだろう。
「お前なら平気だろ。殺人鬼だって逃げ出す。それに、・・・いや、送らせてもらいます」
右手を構えた姫野を見て、降参を宣言する。これ以上怒らせるのは得策ではない。
二人で並んで帰るが、無言だった。姫野は何も話そうとしないで、ただ横を歩いているだけだった。
ある程度歩いたところで、姫野が突然止まった。
「どうした」
「あっ、私の家はここなのよ。悪かったわね、無理に送らせて」
そう思ったなら、始めから送らせないでほしかった。歩いて5分も経っていないし、こっちは俺の家とは反対側だ。
姫野は玄関の前で立ち止まる。何かを考えているようだったが、ここからではわからない。
そろそろ帰ろうかと思ったころに、突然、姫野がこちらに振り向くと、
「あのさ、蓮。あんたも昔みたいに私のことは遥って呼びなさい。あんたに名字で呼ばれると、気持ち悪いのよ」
「わかったよ。おやすみ、遥。また明日、学校でな」
俺は遥と別れて、来た道を戻る。しかし、予想外だった。遥と再会するとは思わなかった。
あ、ミスったな。遥は神竜高校なら生徒会と風紀委員について聞けばよかった。
まぁ、明日になればわかるからいいか。懐から紙を出す。『王』から送られてきた物だ。もう一回、目を通す。
「この『魔法都市』は権力が及ばないため、魔法至上主義の隠れ蓑になっています。ここで様々な企業などになりすまして、潜入していますので注意してください。どこに我らの敵が潜んでいるかわかりません。何かあったらすぐに報告をお願いします」
こんなふうに手紙で書かれている割には、今日街を歩いてみて感じたのはここは特に一般人を差別する雰囲気ではなかった。ちゃんと、魔法使いと一般人が共存している。
つまり表だった騒ぎが起きているわけではない。遥もここに至上主義の連中がいることなんて知らないだろう。テレビの中の問題だと思っているはずだ。
与えられた資料にしても、圧倒的に少ない。それだけ外にここの情報が伝わっていないということだ。
そんなことを考えていると、気付いたら家まで着いていた。
「しまった。明日の朝飯をどうするか考えてなかった」
今の時間に開いているスーパーもないだろう。仕方ないな。明日の朝はコンビニで我慢するか。
明日学校行く前にコンビニに寄るから、帰りに食材を買って帰れば、
「って、高校の場所がわからん。」
二階に上がり、コンピュータをつける。今から調べるしかない。下準備を忘れたせいだ。面倒だが、自分のミスである。地図を印刷すると、学校に行くまでにコンビニもスーパーもあるらしい。行き帰りの道で、何でも揃うな。
モノリスを確認すると、何通かメールが届いていた。一応目に通そうとして、開くと思わずため息が出てしまう。
「せいぜい学生生活を楽しまれよ」
「しっかり休まれるように」
等々、皮肉のためにわざわざモノリスの極秘回線を使ってまで、こんなモノを送ってくるなよ。
メールを一つ残らず、復元できないほどまで消滅させ、もう寝ることにする。
最後にモノリスをシャットダウンする前に一通届いた。今度はどこだと思うと、『遠』からだ。
「神龍高校ならば、我が一族の血をひく者がいるはずだ。もし、良ければ覚えておきたまえ」
『遠』・・・『遠』の血筋は『千里眼』を代表とした見通すことが得意な一族だ。
主に処分の見届け役を任され、八族全てを見張る役目がある。そのため、議長にはなれないが、会議では常にナンバー2として発言権を持っている。
もしもの時は力を借りるか。『遠』の力は役に立つ。気難しい性格でなければいいが。
それに、うまくやれば会議でも『遠』の助力も得られる可能性がある。力がない俺の立場からすれば、これは大きなチャンスでもある。
携帯にもメールが届いていた。食事中に遥と交換したのだが、その遥からメールがきている。
「あんたのことだから不安で眠れなくなっているんじゃない。クラスなら気にしなくていいと思うわよ。神竜はどこのクラスもいいクラスだから。楽しみにしていなさい」
楽しむ、か。ここまでやってくれる奴がいるんだ。学生生活、少しは楽しんでみるか。