追放と旅立ち
村を追われたカイは、夜の森をひたすら歩き続けた。足元には落ち葉がカサカサと音を立て、獣の鳴き声が時折響く。昨晩まで見慣れていた風景が、今は敵意に満ちた未知の世界のように感じられた。
どこへ行くという明確な目的地はない。ただ、村から遠く離れること。それだけが彼の目的だった。左腕の傷はもう完全に塞がり、皮膚に残るのは薄い白い痕だけだ。その異常な回復力が、彼が村人たちから「化け物」と呼ばれる決定的な理由になった。
彼は大きな岩にもたれかかり、夜空を見上げた。満点の星々は、彼が生まれる遥か昔から、そして彼が死んだ後も、ずっとそこにあり続けるのだろう。その永遠性に、彼の「死なない体」は皮肉なほどに同調していた。
一方、村では、カイを追い出したことで奇妙な静寂が広がっていた。ナギは自分の小屋で泣き腫らした目で座り込んでいた。
父親である村長が、静かに小屋に入ってくる。「ナギ、もう泣くのはおよし。カイの回復力は、この村の歴史でも前例がない。あのままでは、村に災いが降りかかると信じる者も多かったんだ」
ナギは父親を見つめた。「災いって、何? カイは私を助けてくれた! 虎から命がけで守ってくれたのよ? それなのに……」
「分かっている」村長は深くため息をついた。「だが、理解できないものは、恐怖の対象となる。それが人の心だ。特に、この過酷な原始の世界ではな」
ナギは唇を噛み締めた。自分もカイと一緒に村を出ようとしたが、カイに強く止められた。
「お前には、ここで生きる務めがある」
その言葉が頭の中で繰り返される。ナギはハッとした。自分が村に残ることは、決してカイを裏切ることではない。ここで生き、力をつけ、いつか彼と再会するための準備なのだ。
「私、村に残るわ」ナギは決意の表情で言った。「ここで、もっと強くなる。村のみんなをまとめられるくらい、大きな存在になる。そうすれば、いつかカイを堂々と村に迎え入れられるかもしれないから」
村長は娘の成長した姿に目を見張り、静かに頷いた。
森の中。夜が明け始め、空が白んでくる。
カイは重い腰を上げた。孤独な旅の始まりだ。彼の持ち物は、石斧と、ナギがこっそり持たせてくれた干し肉数切れだけ。
彼はふと、首に下げた小さな石の首飾りに触れた。それはナギが以前、川で見つけたとっておきの石だ。「お守りに」と言ってくれた、大切な宝物。
「ナギ……」
振り返ることはしない。振り返れば、心が折れてしまいそうだった。カイは、自分がなぜ老いないのか、この体は何のためにあるのか、その答えを探す旅に出た。
数万年続く、孤独な旅の始まり。
彼は知らない。この小さな石の首飾りが、遠い未来、彼とナギを再び結びつける重要な「伏線」となることを。そして、この別れこそが、彼の長い物語の本当の始まりであることを。




