化け物、と呼ばれる日
森での死闘から数日が経った。
カイの左腕の傷は、もはや皮膚が薄く張っているだけで、動かすことに支障はなかった。普通の人間なら完治まで何ヶ月もかかるはずの傷だ。その異常な回復力は、村人たちの間に恐怖と疑念の渦を巻いていた。
岩山の麓にある村の中心部。火を囲んでの夕食の最中、村人たちの視線は、もはや隠そうともせずカイに向けられていた。それは感謝でも、安堵でもない。明らかに、異物を見る目、化け物を見る目だった。
「あれは、本当に人間なのか?」
「虎の牙に噛まれて、数日で治るなど、神の力ではない。きっと、悪霊に憑りつかれているんだ」
囁き声が聞こえてくる。カイは俯き、黙って干し肉を口に運んだ。肉は砂のようにジャリジャリとして、何の味もしなかった。隣に座るナギだけが、心配そうにカイを見つめている。ナギはカイの手を握りしめ、村人たちを睨みつけていた。
「そんな目でカイを見ないで!カイは、私を助けてくれた恩人よ!」ナギが声を張り上げた。
その声に、村長であるナギの父親が重い口を開いた。「ナギ、静かにしなさい。……しかし、カイよ。お前の傷は、あまりにも早すぎる。あれほどの傷だ。普通なら、もうこの世にはいない」
村長の言葉は冷静だったが、その目にもまた、拭いきれない畏怖が宿っていた。
カイは言葉を失った。何を言っても、彼らの恐怖を煽るだけだろう。彼は立ち上がり、火を囲む輪から離れようとした。
その瞬間、一人の男が立ち上がった。狩りの名人であるその男は、以前からカイの存在を快く思っていなかった。「逃げるのか、化け物!」
その言葉が、凍りついた空気を切り裂いた。
「化け物……」カイの体が震えた。
「お前は、この村の平穏を乱す存在だ。悪霊憑きめ!」男は腰に下げていた石斧を抜き、カイに襲いかかろうとした。
「やめて!」ナギが間に入り、男の腕を掴んだ。
村は騒然となった。村人たちは武器を手にし、カイを取り囲み始めた。彼らの目にはもう、かつて共に笑い、共に狩りをした仲間を見る目はなかった。あるのは、理解できないものを排除しようとする、原始的な恐怖心だけだった。
「出て行け! この村から出て行ってくれ!」村長が叫んだ。苦渋の決断だったのだろう。
カイは何も言い返せなかった。自分の存在が、ナギや村人たちを危険に晒している。それは耐え難い事実だった。
「分かった」カイは静かに呟いた。「俺が、出て行く」
ナギが泣き崩れる。「カイ、行かないで! 私も一緒に行く!」
「ダメだ、ナギ。お前には、ここで生きる務めがある」カイはナギの手をそっと離した。「俺は、一人でも大丈夫だから」
カイは振り返ることなく、森の闇の中へと歩き出した。背後から聞こえるナギの泣き声と、村人たちの安堵のため息が、彼を深く傷つけた。
森の中を、彼は無我夢中で走った。どこへ行くのか分からない。ただ、人里離れた場所へ、自分という「異物」が存在しない場所へと向かっていた。
夜空には、昨日と同じように満天の星が瞬いている。だが、昨日まで感じていた温かな希望は、今はもう感じられなかった。
自分は、本当に人間ではないのかもしれない。
カイは、月の光を浴びながら、一人で泣いた。生まれて初めて味わう、決定的な孤独だった。この日、彼は「カイ」という一人の少年から、村人たちが呼んだ「化け物」へと、その存在を変えてしまったのかもしれない。




