ナギ、黒曜石の瞳
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集落の夜は、吸い込まれるような闇に支配される。
唯一の救いは、広場の中心で爆ぜる焚き火の赤と、天を埋め尽くす無数の星々だけだ。
「……ねえ、カイ。あのアカボシ、また少し位置がずれたと思わない?」
ナギが、僕の肩に頭を預けるようにして空を指差した。
彼女の指先が示すのは、火星――この時代では、災いか、あるいは豊穣の予兆とされる赤い星だ。
「そうだね。季節が巡ろうとしているんだ。星はいつだって、僕たちが何をしていても、ただ静かに見ている」
僕がそう答えると、ナギは少し不満げに頬を膨らませた。
「なんだか、突き放されているみたいで嫌。私は、星が私を見て『頑張れ』って言ってくれてると思いたいな」
彼女は立ち上がり、腰に差した自慢の短槍を握り直した。
黒曜石の穂先が、月光を浴びて鋭く光る。それはナギが三日三晩かけて、指先を血で染めながら研ぎ上げた最高の一品だ。
「カイ、明日。大人たちに内緒で『北の断崖』へ行こう」
「……あそこは禁じられた場所だ。マンモスを狙う、狂った牙の虎が出ると聞いている」
「だからよ。あいつを仕留めれば、誰もあんたのことを『精霊の呪い』だなんて言わなくなる。あんたは、部族一の勇者として認められるんだから」
ナギの瞳は、未来への希望で燃えていた。
彼女は僕を守りたいのだ。僕の「老いない」という異質さを、圧倒的な「功績」で塗りつぶしてしまおうとしている。
その真っ直ぐすぎる優しさが、僕には痛いほど眩しかった。
――翌朝、霧が立ち込める中、僕たちは集落を抜け出した。
原生林の奥深く、シダの葉が背丈ほどもある緑の迷路を、ナギは獣のような足取りで進んでいく。
「シーッ、カイ。……足跡だ」
ナギが足を止めた。
湿った土の上に、僕の頭ほどもある巨大な肉球の跡。まだ新しい。近くに「奴」がいる。
空気が凍りついた。風が止まり、鳥の囀りさえも消える。
その時だ。
茂みの奥から、二つの金色に光る眼が僕たちを捉えた。
低く、地響きのような唸り声。
「……来るよ、カイ。私から離れないで!」
ナギが槍を構える。だが、現れたのは一頭の虎ではなかった。
飢えに狂い、群れからはぐれた三頭の捕食者。
原始の青春は、いつだって死と隣り合わせだ。
僕は震える手で、護身用の石斧を握りしめた。
この時、僕は願ってしまった。
――もし、僕が本当に「死なない」のなら。
この命をすべて使ってでも、この温かな手を離したくない、と。
頭上の星はまだ見えない。けれど、太陽の光の下でも、彼らは確かに僕たちを見下ろしていた。
三万年に及ぶ、僕の戦いが幕を開けようとしていた。




