『泥中の星(ドブネズミノメ)』
そこは美しき「白亜」という言葉をそのまま形にしたような神都、彼の名前はスバル・クガ。彼もまた能力者であった。素養『慈弱者』その能力は他人の負の感情や痛みを吸い取ってしまう、そんな能力。
六年前に発現した以降スバルを蝕み続けるスバルにとっての負と自分の弱さの象徴である。
いわば悪感情限定の感覚強奪といった感じだった。彼の能力で、悪感情を吸い取られた者は皆気分が晴れやかになる、なぜなら「それ」は悪感情だけではなく「負傷」まで吸い取れてしまう能力だからだ。
病や自分が背負いきれない怪我は、吸い取れないのが彼にとって何よりの救いだろう、意志とは無関係に、ドロドロとした他人の悪意が脳内に流れ込んでくる。胃の腑を掻き回されるような不快感に、スバルはいつも奥歯を噛み締めていた。おまけに相手から気持ち悪がられてしまう。そのせいで虐げられ、奪われ、泥水を啜らされてきた、本人からしたらたまったものではないのだ。
その日は、この神都で珍しく人々が歓喜と感嘆の声を上げていた。
「ッチ、今日はあいつが来てんのかよ」
胸糞悪そうに呟く彼の視線の先にあったのは、この神都の逆らうことのできない絶対的存在にして神に等しい存在。アマキ・モートの姿があった、白銀の髪に、鮮やかだが少しくすんだ水色の瞳、紺色の瞳孔、正に聖人と謳われるのに相応しい姿だった。
彼の視線の先には、一人の老人が今にも倒れそうになりながらも、家族に支えられて彼の元まで運ばれてきていた。
彼が手を翳したその瞬間、老人の呼吸は穏やかになり、顔色は劇的に良くなった。奇跡を目の当たりにした老人の孫娘であろう娘は、感謝に震えアマキに何度も何度も涙を指で拭き取りながら伝えていた。………だが次の瞬間彼女から涙は消えていた。
『お祖父様が、健やかでいらして、私は幸せです』
感情の揺れを失った、平坦な声。
アマキは満足げに、その群青色とも捉えられる目を閉じ歩き出す。
救済とは、人間であることの「放棄」にほかならなかった。
だがスバルは見ていた、ほんの一瞬アマキの手から覗かせた『白いナニカ』を。
(………アレは何だ?)という問いがスバルの中で浮かんだが、その問いは直ぐに晴れた。スバルの素養『慈弱者』で何が起こったのかがすぐに認識できたからだ。感情を、病と言う事象と共に吸収したのだ。
認識はできても理解はできなかった、自分の能力と似たような効果を発揮したが、アマキが貰い受けた感じではなかったのだ。寧ろ奪って行ったというのが正しい表現なのかもしれない、だが目の前でそれも一瞬で事が成されたことにスバルは動揺を隠せなかった。
それがまずかった、スバルはアマキと目が合ってしまったのだ、そのどこまでも澄んだ深淵の様な蒼い瞳と。
(なんだ?この寒気は)
スバルはその吸い込まれそうな眼と眼があった瞬間にそう感じた。
アマキは眼が合った瞬間理解した(見られたな)と、アマキはゆっくりとスバルに近づいていった、アマキの神権『冥優之聖王』の特殊能力の1つ、『観察者』によってスバルの精神状態や、肉体の傷まで全てが一瞬の内に理解された。
「哀れなそこの『物』よ、私の神権で貴様をその穢れから解放してやろう。癪に触って仕方がない」
「ッは!解放(感情を奪い人形に)するって事だろうが!この詐欺師が!」
スバルの赤黒い瞳が熱を帯び、黒の瞳孔が開いた時。スバルの身に変化が起きた、素養『天対者』がその身に宿ったのだ。
その能力はすぐにわかった、圧倒的な存在に対した時、魔力を含む全ステイタスが上がるのだ。
スバルは全身に駆け巡っていく『天対者』の特殊能力『雲泥之星』
アマキの『観察者』もそれを告げていた。
(駆け上がるようにステイタスが上がっていっている)
アマキですら驚くほどの上昇ぶり。スバルの足元から黒い、正に泥のような魔力が湧き、スバルに馴染んでいく、だがそれは『雲泥之星』の泥が神を飲み込むための序曲に過ぎなかった。




