第四節 交錯する信念
「…もくひょう、はっけん!」
小柄な少年が、川べりで休む二人の男を見つけた。
続けて、小柄な少年が草むらを匍匐前進で進み、指をさす。
「標的は二人だ!」
遅れてやってきた背の高い少年は、その大きい身体を目いっぱい縮めて、少年たちの後ろに隠れた。
「え、ふたりもいる…大丈夫かなあ」
「…ふ、二人とも武器持ってるっぽいけど…きっと戦が嫌で逃げ出した腰抜けだ…」
「誰が腰抜けだ、この野郎」
ふわ、と足元が突然浮き上がり、小柄な少年は小さな悲鳴を漏らした。
「おい、お前ら!」
「う、うわああ?!!」
「て、ってったいー!!」
「ちょ、俺を見捨てるな!!」
逃げようとする少年たちを、もう一人の戦士が通せんぼする。
「わあ、思ったより子供だなー」
「わーー?!」
「よし!つーかまえた!」
…結果、三人は捕まってしまった。
「ったく。俺はゼノ、で、こっちがリベラ。…お前ら、この辺の子供か?」
「そうだけど…お、おれたちはまだ何も盗んでないぞ!」
「まだ…ってことは、盗もうとしてたの?」
「う」
リベラの鋭い突込みに、言葉を失う。
すると、ゼノは懐から銀貨一枚をちらつかせた。
「…なあ、お前ら。そんな悪どいことしてないで、この銀貨一枚の報酬で仕事をしないか?」
「仕事?!」
「この辺に、自警団本部があると聞いた。案内してくれたら…一人ずつこれをくれてやる」
「自警団って…あ、騎士様のとこかな」と、一番背の高い少年が言う。
それを一瞥し、小柄な少年は更にゼノをにらみつけた。
「…お兄さんたち何しに行くの。…悪いこと、しに行くのか?」
「いいことを教えてやろうか、少年。本当の悪人は、悪いことはしません!って言い張るものなんだぜ」
「…じゃ、兄ちゃんは悪いことしない人ってこと?」
「さあ?どう思う?」
「ふうん…砦に行きたいなら、案内してやるよ」
すっと目をそらすと、少年はふんぞり返った。
「兄ちゃんがほんとに悪い奴だったら、俺、負けそうだし。三人分の報酬は貰うけどな!」
「お前が親分か?」
「俺はロン。背のでっかいのがショーンで、小さい方が弟のヤン」
「よし分かった…ロン、ショーン、ヤン。三人まとめて取引成立、だな」
弾いたコインをそれぞれが貰うと、皆大事そうに懐にしまった。
「あ、あっち です…」
三人が先を歩き、それを二人が追う。
すると、リベラが大きなため息をついた。
「全く…これが目的ですか?」
「ああ。襲ってくる連中がいたら、そいつらに案内してもらおうと思って」
「しかし…あんな子供が来るなんて」
「……それは予想外だが。この辺はの治安がマシになったっていうのは本当かもしれないな」
ロンがこちらを向き、大きく手を振る。
「兄ちゃん!ここだよ!これが、アルトロンさ!」
「アルトロン?」
細く長い道を進んでいくと、腰ほどまである低木がひしめき合う斜面に出た。
その更に上の方に行くと、半壊した古城が見える。
「あれは…?」
「昔はどっかのお城があったんだって。でも、勿体ないからって使ってるって言ってた!」
遠目から見て半壊してるように見えたのは、城にある塔の部分。その真下には、ぐるりと城を囲むように立ちはだかる城壁が見えた。
門番と思われる二人がちらりとゼノとリベラを見る。しかし、一緒にやって来た子供たち三人を見て首を傾げた。
「…お前たちの、連れか??」
「そうだよ、おっさん。この人たち、おいらたちの命の恩人なんだ!中はいっていい?」
「あ、ああ」
大きな扉が開くと、子供たちを先頭に中に入る。
門をくぐるとすぐに、大きな礼拝堂があった。その奥は開けた空間になり、物御台と思しき塔が経っておりその頂には、教団の印章である赤い十字架が掲げられていた。
(赤い十字架…)
「…そこの、あなた達」
「あ、巫女様!」
(巫女様…?)
向こうからやって来たのは白い外套の女戦士。
ふと、ゼノは夜明けに出会った戦巫女を思い出し、僅かな期待と不安が交差する。
「…君は」
「あなた、誰?」
「え?」
フードを外すと、茶色の髪がこぼれ、青い瞳がこちらをとらえる。
「…違う」
「は?何よ。…ムカつく反応ね」
「え?!あ…すまん。ここに自警団があるって聞いて…」
(って、俺は…落胆してるのか?)
「ふうん…」
女性戦士は人の悪い笑顔を浮かべ、舐めるようにこちらを窺う。
「現職の騎士様がこの砦に何の御用?」
「!」
「一応この自警団は我ら聖十字教団の指揮下にあります。…あんた達につべこべ言われる筋合いはないと思うけど」
顔に似合わないとげのある言葉に、ゼノは苦笑する。
「……随分と好戦的な巫女様だ。戦巫女は皆そうなのか?」
「あらあ、珍しい!…戦巫女を知ってるの?まあ、あなた達、私達を攻撃する側の人間ですもの、当然かしら?」
「はあ、全く…」
ゼノは長いため息をつくと、輿に帯びた剣をベルトごと外した。
それを見て、リベラが思わず声を出す。
「ちょ!?それは!」
「…ちょっと」
「俺たちは今休養中でね。行ってしまえば完全に非公式な旅人みたいなもの。…教団本部は治外法権だろ?全てを国に報告する義務はない」
何のためらいなく剣を差し出す様子に、戦巫女は顔をしかめる。
「ほんとに何しに来たの?…どういうつもり?」
「だから、見学だって。…こっちは何もしないから、お前達も俺たちに手を出すなよ」
「……わかったわ、一応、武器と馬はこちらで預かります。誓って、何もしません」
「気遣い、痛み入る。ほら、リベラも」
「ゼノさんがそう言うなら…」
しぶしぶと剣を渡すと、戦巫女は片眉をあげた。
(ゼノ…って言った?まさか…)
「なんだ?」
「…いいえ。司祭様にお会いになります?あちらの礼拝堂にいらっしゃいます」
司祭、と聞いて、ゼノとリベラは思わず顔を見合わせた。
「…本当にただの見学のつもりなんだが」
「司祭様は心の広いお方です。……奴隷将軍、ゼノ様なら、きっとお会いくださるでしょう」
「!!」
「な…ちょっとあんた!」
「いい、別に。本当の事だし」
「ミシェル!!」
「っ!」
礼拝堂の扉を開いた瞬間、凛とした声が響いた。
「…今の発言は、客人に対する態度ではありませんよ」
――思ったよりも、若い男の声。
「も、申し訳ありません。ダイン様…」
「いいよ。初めまして、私の名前はダイン…聖十字教団の修道長を務めております」
「あなたが、自警団の?」
(この男……騎士、か?)
「ええ。はて…どうやら、あなたは普通の入団希望者とは少し違うようだ」
「失礼。…私の名前はゼノ、こっちがリベラ。仰る通り、我々はただ、見学をしに来ただけです」
「見学?……ゼノ殿。私にはあなたが、何か迷い、答えを見つけるためにここに来た。そう見えますが」
「!」
正直、どきりとした。
否定も肯定もせず、ゼノは何かを諦めた。
「まあ、先が見える人生ですから」
「あなたは、迷っているのですか?ご自身の選択を」
「……祈りを捧げても?」
「勿論。祈りはすなわち、自身と自身の神との対話です。…どうぞ、ごゆるりと」
「ありがとうございます」
天井まで届く程大きなステンドグラスが、沈み始めた太陽の光を通し礼拝堂全体を鮮やかに彩る。
(トラヴィスと、よく似ている)
そこに、音はない。
しん、と張りつめた空気は冷たく、祭壇には赤い唐草模様が描かれた深紅の十字架と、それに祈りを捧げる薔薇を纏った乙女の姿の像だった。――戦乙女の象徴の薔薇十字は、これがモチーフと言われている。
「神よ。……あなたを」
(俺はまた、信じても、いいだろうか)
ふと、静寂を破るように、礼拝堂の扉が開いた音がした。
振り返りと、いつか見た赤い瞳とぶつかり合う。
「…あんたは」
「お前」
瞬間、全ての時が停まった。
手を取るでもなく、言葉を交わすでもなく…そこには、心地の良い沈黙が流れた。
「ライラ…だったな」
「お前は、ゼノだったか?…似合わない名前の奴」
「生きてたのか」
「お前もな…」
すると、沈黙を破るように、絹を裂くような悲鳴が上がる。
「?!」
「今の声は…」
駆けだすライラを追いかけ、礼拝堂を出ると…入り口の門の方に人だかりができていた。
「!ロン‥‥?!」
「は、放せよ!!!うっ」
ぶん、と振り回された腕に、小さな体が吹き飛ばされる。
それを辛うじて司祭ダインが受け止める。
「…これはどういうことですか?」
「い、いやーーー!」
「へへ」
下ひた笑いを浮かべ、アルベトの鎧を着た騎士らしき男が、小さな女の子を片手で持ち上げている。
「あいつ…」
「ゼノ様!」
人ごみの中からリベラがやってきて、ゼノを後方に押しやる。
「…西方騎士団です!」
「何があった?」
「それが…」
「その子供が、あなたに何かしましたか?」
ダインの冷静な声に、騎士は一瞬妙な表情をした。
「何かって…見りゃわかるんだろ?このガキ、俺の金を盗んだ」
「ち、違う!ロンは、…あたしを助けてくれたんだもん!この人が変なことをしたか…」
「ちっ…」
シャン、と剣を抜き、その切っ先を少女の顔に当てる。
「嘘は良くないぜぇ?おじょーうちゃん?」
「ひ…」
「あんた…」
「…剣をお引きください、騎士殿。その子が嘘をついたという証拠は?」
「あ?そんなもんねえよ。俺は西方の騎士…平民が騎士への不徳を起こせば、罰せられて当然だろ?」
どや顔でいい放たれた言葉に、ゼノとリベラは思わず同時に手で顔を覆った。
「ここは治外法権だってのに…あの馬鹿はどこのクズだ…っ」
「い、一歩間違えば戦争ですよ…っ?」
「面倒なことに…ここは、ダイン殿に任せるしか」
「ふざけるな!!!」
凛とした高い声が騒然とした場所に参戦し、ゼノはぎょっとなる。
(…馬鹿がもう一人いた…)
「我らの主は神であって、貴様などではない!!!」
「ライラ!!やめなさい!!」
「ちょ!事態がややこしくなるでしょ?!」
ミシェルとダインはそろって悲鳴を上げる。しかし、二人の叫びもむなしく、騎士とライラはヒートアップする。
「止めないで下さい!!小さな子供に手を出す卑劣なやつ…!許せません!」
「そう言う問題じゃなくて…」
「あぁ?!女!お前も俺に逆らうのか?」
「お前みたいな野蛮で無礼な人間は、獣以下だ!!!さっさとその汚い手を離せ!さもなくば…斬る!!」
まさに一触即発。
…しかし、どこからか飛んできた石ころが騎士の手に当たり、事態は急展開を迎える。
「なっ…」
「……この、恥知らずが!」
「!」
ゼノは手に持っていた木の枝をくるりと回し、騎士の剣を弾いた。
「所属と名は?」
「あっ えと その…っお、て、てめえこそ!」
「言えないのか?」
静かに言うと、上級職の証である黄金の勲章を見せる。
「ほ、本物」
「……ここは、どの国にも属さぬ。我らアルベトの騎士のルールなど通用しない。私的戦闘は、一歩間違えれば戦争に発展する」
ちらりと後ろにいたライラを見やる。
「わかっているのか?…単調な行動は慎むべきだ。戦巫女殿」
「ゼノ…す、すまない」
そして…その場は一瞬にして収まったのだった。




