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天よ、真意を問う~太陽と神に叛いた日~  作者: いづかあい


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第二節 脆弱な鳥籠で見る夢


アルベト帝国・首都バヴェル。

透き通るような空に、白い花びらが舞い上がる。


「もう、アメリア様!はしゃぎすぎると、バルコニーから落ちてしまいますっ」

「だって…待ちきれなくて!ああ、ゼノ…早く会いたいわ!」


その姫は、アルベト帝国で一番幸福な娘と言えよう。

終わりのない明けぬ夜を知らず、飢えることもない…誰よりも自由で、望めば何でも手に入る。皇帝の寵愛を受けた末の姫…名は、アメリア。

遠くにいる遠征隊の影を見付け、思わず身を乗り出す。


「あ…!」


帝国楽師隊の奏でるファンファーレが高らかと鳴り響く。

ロベルトを筆頭に、意気揚々と第一部隊が入城するが、民衆の関心は長い部隊の最後尾に集中していた。


「英雄ゼノだ!!」

「きゃああゼノ様!」


数々の声にこたえるようにゼノが兜を脱ぐと、その瞬間、首都全体が歓声で揺れた。


「相変わらずうちの大将は人気者ですねえ…」

「夢は夢であるほうが、皆幸せだろう?」

「夢、ねえ。ま、我々はあやからせていただきますよ!」


自嘲とも、皮肉とも取れる言葉に、リベラは肩をすくめる。

その様子を、ロベルトはじっとりと、陰湿な目で見つめていた。その視線に気が付き、ゼノはこっそりため息をつく。


(…そう、夢を見ている内はまだ幸せだ)


―――熱狂的な民衆の声援に対し、ゼノの心は冷めきっていた。

ずっと戦場にいる方がまだ心穏やかに過ごせると思っているし、天に届くほどの名声は、自身にとって重荷でしかないのだ。



「―――ロベルト隊、ただいま無事全員帰還いたしました!」

「おお!よくぞ戻ったな。長い期間の遠征、誠にご苦労であった!して、戦況はどうだ?」

「はい、南方の国境付近はほぼ制圧しております。アルベトの正規軍は南東の砦に集結している模様…南に進む日は、そう遠くないでしょう」


謁見の間では、帝国の象徴ともいえる天上まで届く大きな玉座に、ヴァネッサが鎮座している。

その周りには複数の妾を侍らせており、一部の兵士は彼女たちをだらしなく見つめていた。


「うむ、ハル・ロベルト隊はそのまま待機。次の出陣まで十分に休息をとれ、各自待機するように…して、ゼノよ、お前は残れ」


瞬間、周囲がざわめくが、ヴァネッサは低頭したままのゼノを満足げに見やる。


「近くへ」

「…は」

「そなたの人気ぶりは、噂に聞いておる」

「いえ…お耳汚しを」

「ハハ、そう謙遜するな!うちの娘も例外なきようだが…もう年頃でもある。いつ何時ことが起きても…と気をもむ日々だ」


しなだれる妾達をはねのけ、玉座から降りたヴァネッサはゆっくりとゼノの元へ歩み寄ると、目の前にしゃがみ、顎を掴む。


「…相変わらず、そなたは美しい。どんな恥辱にあおうとその心は折れぬ…羨ましいものだ」

「……お戯れを。私は「無形」の名を持つ心持たぬ、ただの人形。今でも、私は陛下の所有物でございますよ」

「……ふん、我が娘は適当にあしらってくれ。あ奴も妙齢…間違いが起きてからでは遅いからなあ」

「心しておきます」

「―――下がれ」


ぞんざいにそう言うと、ヴァネッサはまるで興味を失ったように背を向ける。

その後姿をせせら笑い、ゼノもまた背を向け退出した。



「牽制かよ?…まあ、大事な駒だしな」


ふわり、と甘い香りが漂うと、ゼノは向こうからやって来た少女に抱き着かれた。


「ゼノ!!!おかえりなさい!」

「……アメリア様」


ヴァネッサ皇帝と同じ灰褐色の髪を揺らし、年齢にそぐわないあられもないドレス。

やんわりと突き放すと、膝をつき、手の甲にキスを送る。

それだけで、うっとりとほほ笑む無垢な瞳に、思わずゼノは目をそらしてしまう。


「アメリア様、またお父上に叱られてしまいますよ」

「だって…待ちきれなくて!!ねえねえ、しばらく遠征に行かないんでしょ?!あのね、私…」

「姫様…お戯れはそのくらいに」


遅れてやってきた侍女の一人がゼノからアメリアを引きはがす。


「えーー?!ナニー、ねえ、もう少しだけ、ね?」

「…ドレスが汚れてしまいますわ。それに、騎士様だって休息が必要でございます


ちらりとこちらを見る目は冷ややかだ。

それを受け流し、ゼノはにやりと笑った。


「侍女殿はよくわかっていらっしゃる。では、失礼いたします、アメリア様」

「うん!約束よ?ね。いつもの!」


アメリアがゼノに屈むよう促すと、首に手を回し、頬にチークキスを送る。


「またね」

「はいはい」


熱っぽく見つめる瞳を笑顔で誤魔化すと、どこからか部下のゲイルがやって来た。


「…隊長、自分、少し羨ましいです…」

「いつでも変わって差し上げるぞ?」

「ぐいぐい来ますねえ…姫様。でも、そろそろ…ですよね」

「ああ…」


一代で帝国へと導いた皇帝・ヴァネッサ。

『使える者は全て使う』時に人質として…交渉の道具として。全てそれがひとであろうと、物であろうと生きた有用な駒に過ぎないのだ。


「その内嫁ぎ先も決まるだろう。中途半端に気を持たせるのは…正直、気が滅入る」


ふと、先日であった戦巫女を思い出した。


「年齢は同じくらいか…彼女とは、正反対だな」

「彼女って…もしかして、あの戦巫女様ですか?!」

「え?…ああ。声に出てたか」

「いやーー美しい女性でしたね!力なき者が求める戦場にのみ姿を現す…本当に存在したんですねえ」

「……」


(赤い燃えるような瞳が、今でも脳裏に焼き付いている)


その眼は、どこか自分と似ている…でも、何かが決定的に違っていた。





「あ――あ…。私って魅力がないかしら?」


自室に戻るなり、アメリアがそう愚痴る。


「…姫様は魅力的でいらっしゃいますよ」

「でも…全然、ゼノは私を見てくれないわ。今日もうまくかわされたみたい」

「それは…仕方のないことでしょう」


当然のように言うナニーの言葉に、むっとする。


「どうして?!…そうだわ、今回の戦ですごい功績をあげたのよね?!なら、お父様にお願いして私の伴侶に」

「お嬢様!!…それは絶対に不可能です」

「え…何故?」

「……アメリア様は、あの方の出自をご存じですか?」

「ええ、もちろん!お父様の領地の…確か西方の地域って」

「それが、どういう場所かも?」

「…知らないわ」


ナニーの言葉の意味が分からず、アメリアは首をかしげるばかり。


「……あの方は、どれほど功績をあげようと、戦果をあげようとも、決して力を持つことが許されない方です」

「え、どうして?!彼は誰よりも強くて素敵で」

「それでも!…陛下によって征服された小国の血縁者は一生身分を持つことはない。…つまり、奴隷と同じ。お諦め下さいませ」

「奴隷…なん て」


その瞬間、アメリアは言葉を失った。

足元が揺らぐような…漠然としたものが、今音を立てて崩れ去った。



――完全に夜が更けた頃。

色鮮やかな壁に、赤いネオンが揺れる繁華街の一角。

男たちの欲望を満たすために作られたその場所は、「閉じられた家」という異名を持つ。時には男女の駆け引きに、社交の場に…そして、シルクや宝石よりも上等な情報が飛び交う場所である。


「あ!ゼノ様ぁ」


扉を開けた途端、多くの娼婦がゼノにしなだれかかる。


「今日は随分皆、積極的じゃないか」

「だって!久しぶりですもの!今日はゆっくりできるんでしょう?」


先輩娼婦に気圧され、出遅れた娘たちは、後から来たゼノの部下たちに群がっていく。

その中の一人、銀に近い髪の女性の手を取ると、ぐっと引き寄せた。


「君、見ない顔。…新しい子?」

「あ…はい、セレナです」

「珍しい髪の色…何処の国?」長い指に髪を絡ませながら耳元でささやくと、セレナは顔を真っ赤に染める。

「嬉しい…褒めてくれるの?北方の島国は、こういう髪の子、多いの」

「へえ、北方の…島国、ね」


突如、持っていた杯に、とくとくと強い酒が注がれた。

アルコールの強い香りに振り向く。


「うふふ。…久しぶり、ゼノ」

「…ああ、シャーリー」


ちらり、と一瞥するとゼノのすぐ隣を陣取っていた娼婦がさっと身を引いた。


「この店で一番美しい私を無視するなんて…ひどい男」

「時には、焦らされるのも、悪くないだろ?」

「あら…冷たいのね。それより、ねえ、とびっきりの酒を入荷したの。星がよく見える最上階の部屋で、今夜はどうかしら?」

「……いいね」


(深いつながりを持たないということは、存外、楽だ)


好きなだけ相手をして、互いに満足すればそれで終わり。

求められるだけ与えて、それを対価にこちらの欲しい物を交換する。…それが、取引というものだと、ゼノは思う。


「…南東の砦の噂、知ってる?」


煙草に火を点け、空に向かって煙を吐く。


「南東というと…つい数年前まで小競り合いがあった地区か。あの辺は特に、敗残兵が多くて盗賊じみた連中が多いと聞くが」

「ええ。元々不毛な土地ではあったから、その少ない資源をめぐって小さい国が争いを繰り返していたでしょう?治安も最悪、あそこに迷い込んだら二度と帰れないと言われているくらいだったけど…最近はどうも違うみたい」

「…どういうことだ?」


ゼノが聞くと、シャーリーは得意げに笑った。


「聖十字教団よ」

「薔薇十字?」


しかし、口から出たその言葉に、思わず片眉をあげた。


「何でそこに、戦巫女の話が出るのかしら」

「…この間会った」

「ふうん…ねえ、その子、どんな子だったの?」

「君と愛し合ってる最中に、他の女性の話なんて、聞きたくないだろ?」

「…はぐらかすなんて、らしくないわね」

「それで?」

「……っ。強力な指導者がいて… 修道士団、ならず者達が 改心してるって… …」


(…南東の砦と、強力な軍隊…)


――東の空が白け、夜が明ける。

僅かにぬくもりが残る寝台の傍らに眠るシャーリーに悟られぬよう、身支度を整える。


「もう、行くの?」

「!」


縋るように伸ばした手を、ゼノはするりとかわした。


「…これ以上、俺に深入りするな」

「もう…ここに、戻らないつもり?」

「……」

「…最近、あなたを嵌めようとしている連中が増えてきてる」

「なら、猶更。君は自分の身を守ることだけ考えろ」

「ゼノ、あなたが守ってくれればいいじゃない!」


去ろうとする背中を引き留めようと、抱き着いた。


「俺に守れるものなんてない」

「…夢くらい、見させてよ」

「……もう、行くよ。ここには二度と来ない」

「そうやって…守ってくれているくせに」

「すまない、シャーリー」


言いながら、そっと腕を離す。


「……ほんと、薄情なひと」


はらりと落ちた涙を、ゼノは一度振り返り、ぬぐった。


「…夢は、見ている時が一番幸せだ。」

「…!」


(そうやって…優しく突き放すのね)


「あなたの夢に、私はいなくていい。でも…私は飽きるまで見てる。目が覚めるまで」

「…なら、好きにするといい」


その言葉を最後に、ゼノは部屋を出ていった。

シャーリーはいつまでもその扉を、見つめていた。



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