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天よ、真意を問う~太陽と神に叛いた日~  作者: いづかあい


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序説  天に見放された日


とある世界に、小さい島国があった。

茫洋たる大海に浮かぶその無名の島は、年中霧に包まれており、満月の日にだけその霧が晴れるという不思議な場所。周辺の多種多様な大小の国々はその島に夢を馳せ、旅する楽師たちの詩や歌曲の題材に使われている、楽園の島と謳われていた。


「そんな島は本当にあるのだろうか?」

「いや、夢幻に違いない。だって、そうじゃなければ、こんなに長い間その姿を見た人間はいないなんておかしいだろう?!」


そう言われながらも、その島にはあまりに有名な『噂』があった。

それが…その島を守る、一生使っても使い切らない程の金と富と権力を手にするといわれている、神のナイフの存在だった。


時は流れ、伝説も薄れ始めた頃。

その島は皮肉にも、世界中の注目を集めてしまう出来事が起こる。

とある大国の戦士が長年続いた戦に疲弊し破れ、命からがら小さな船一艘でさ迷っていた時。

その日はたまたま満月の夜で、男は楽園とも呼ばれた島を発見してしまう。

戦士は藁にも縋る思いで島に上陸すると、この世界では珍しい白い髪に赤い瞳の人間が久々の来客にいたく感激し、彼の傷を不思議な力で癒し始めた。

最初は助けてもらった恩に感激した戦士だったが、ふと、名もなき島に纏わる不思議なナイフの話を思い出し、日がたつにつれてある『欲』が生まれてしまった。

そして―――その悲劇が起きる。



蝋燭のか細い灯りの元、血飛沫が舞う。


「ぎゃあぁぁぁ!!!」


ある日、前触れもなく大きな船でやって来たたくさんの男たちは、まるで悪魔のようだった。

逃げ惑う年頃の娘を見つけては、悉く襲って時にはその場で組み敷き彼女たちを辱める。剣のぶつかり合う音、罵声や笑い声、ありとあらゆる汚くて醜いものがその空間に濃縮されているようだった。

一番大きな神殿に住んでいた少女・ライラは、壊れた物のように積み重なった死体の山の中に隠れていた。


(どうして、どうしてこんなことになったの?)


ひときわ大きい足音が聞こえると、息を殺し、身をひそめる。

――異変は、傷ついた戦士がこの国に流れ着いた時から始まっていた。


「ついに…見つけた」


(!この声…しってる)


閉鎖された島に迷い込んだ外部からの珍しい「客人」。年頃の若者たちは島以外の人間の姿を見て興奮し、大人たちには内緒で彼を助けた。彼が善人であれば良かったのだろう…だが、そうではなかった。


「おお、神のナイフよ!やはり私を選んでくださったのですね…!!!」


歓喜に満ちた声が響くと、狂気に満ちた笑い声が聞こえる。


(神の…ナイフ?だって、あれは私達を守ってくれるものでしょう?!)


眼をふさぎ、耳を閉じ…気が付いた時には、気を失った。

一通り悲鳴や叫び声が聞こえなくなり、神殿には生きている者の気配がすっかり失せた頃、ライラは目を開いた。近しい人や親しい人たち、自分を守るように折り重なっていた大事な人たちが作ったほんの小さい隙間から這い出た。


(誰もいない…台座の上にあったはずの、神のナイフがなくなってる)


耳を澄ますと、さざめく波の音と、遠くを羽ばたく鳥たちの鳴き声だけが聞こえる。

ぼろぼろと澄んだ涙が、血を含んだ頬を濡らして綺麗にしていく。


「何で?…ただ…祈りと共に静かに生きて来ただけなのに」


その問いに、答える者はいない。

煩わしいほどの血の匂いだけが、全ての事が終わった証明のようで、ただただ、虚しかった。

空を見上げると、輝くような眩しい太陽が天に昇り、少女を冷たく見下ろしてた。


「神様は…太陽じゃないの?どうしてたすけてくれないの?」


(ああ、でも私は生きているんだ)


「じゃあ‥復讐できるよね。お母さんとお姉ちゃんと‥お父さんを殺したあの男を」


―――いつか殺してやる。


 少女は涙をぬぐいながら、きっ、と空を見上げてにらんだ。



***

 


―――その頃、名もなき島のことなど露一つも知らない少年は、同じ世界の内陸にある辺境の小さな国で空を見上げていた。


「セレム。あまり空ばかり見上げていると、天使様に連れていかれてしまうよ」

「父上!」


 セレムと呼ばれた少年は、城壁に立ち、眼下に広がる草原を眩しそうに見やる。

 すると、いつもなら地平線まで見えるこの草原だったが、ある異常に気が付いた。


「…父上?あれは何ですか?」


 少年が指さした方向には、地平線を埋め尽くすほどの黒い鎧の隊列が広がっていた。そして、その中心に立つ、金色の鎧を着て、鷲の兜をかぶった将軍の姿。


「……来たか」


 父王は少年を抱き上げると、姉のシエラと妻を呼んだ。


「あなた!」

「お父様……私、覚悟は決まっています…だから」

「シエラ…」

「…?母様、どうして泣いているの?姉さまはどうして…白い服をお召しになっているんですか?」


 母は優しく微笑むと、セレムの頬にそっとキスを贈る。


「いいこと?これからきっとあなたには、生きるよりも辛い出来事がたくさん待っているでしょう。でもね、心にいつも強い剣をもって、どんな困難にも打ち勝って。…なんとしても生きてゆきなさい」

「母上…何を 言って…?」

「シエラ。お前まで無理をすることはないんだ、だからお前はセレムを連れて…」

「いいえ、お父様。私はこれでも神に仕える戦士であるお父様の娘です。…敵に背を向けるなど、できません」

「だめだ!!年頃の娘がどんな扱いを受けるか…」


 いつになく厳しい声に、シエラは一瞬身体をすくめた。


「ですが!!私は」

「シエラ…、あなたの気持は痛いほどわかる、けれど…あの悪魔たちの元にお前をくれてやるなんて冗談じゃない」


 セレムは、状況がよく分からず、母や父や姉が何の話をしているのか理解できなかった。

 ただ、これはただ事ではなくて、命の危険に関わるような出来事が眼前に迫ってきているというのだけは理解できた。

 すると、地平線に並んでいた大群が目視でもわかる距離まで進軍していた。

 黒い旗に血のような赤い盾と剣の紋章の旗が大きくはためいくと、黄金の鎧の将軍は右手を挙げた。


「‥まさか、勧告もなしに?!待て!!ヴァネッサ陛下!!!」


 父が叫ぶと同時に、あげられた右手がすっと下がる。途端に、鬨の声が上がり、黒い鎧の騎士たちが小さな王国の城になだれ込む。


「……もうここまで、ですね」

「?!お母様」


 呆然と立ち尽くすセレムだったが、母と姉はその小さな体を思いきり抱き締めた。そして、シエラは持っていたロザリオをそっとセレムの首にかける。


「‥‥姉さま?これは姉さまのロザリオでしょう?」

「絶対にトラヴィスの誇りを忘れないで。…神の導きが必ずあなたを幸せに導くはずよ」

「な、なら姉さまも!!」

「負けないで、生きてね…ずっと見守っているから」


 二人はすっと城壁の上に立つと、セレムと王を見て綺麗にほほ笑んだ。


「すまない、シエラ、ルヴィア」

「だ、だめだよ!そこは危ないよ!僕だったらいつも怒って…!」


 次の瞬間、二人はまるで羽根が生えた天使のように、軽やかにその場所から飛び出していった。


「愛しているわ、セレム、サイアス」


 少年は、小さな手を一生懸命伸ばしたが、届かない。


「母様!!姉さま!!」


飛び出そうとする身体を王はしっかりと抑え、セレムの眼と耳を大きな手で覆い隠した。


「すまない、…耐えろ、セレム…!」

「離して!ちちう…」


 やっとの思いで解き放たれた大きな手から逃れると、頬にぬめりとした赤い雫がポタリ、と落ちた。


「え?」

「…ふん。哀れなものだ…」


低く怜悧な声が聞こえると同時に、大きな父の身体がぐらり、と揺れた。


「信仰深いと有名なトラヴィス王であったのに、この期に及んで神は一凛の救いの手を差し伸べてくれなかったようだ」

「ち、父上!父上ーーー!!」

「あの美しいと評判の妻と娘はどうした?…命乞いをすれば、余の側女として母子共々可愛がってやったものを」

「っ誰が…き…さまなど、に」


父を貫いた剣の切っ先はセレムの眼前で止まり、そのまま引き抜かれた。と大きな体が傾くと、血に濡れたセレムの姿があらわになる。


「ひ……っ」

「フン。まだ幼い‥少年か」


 血で汚れた剣が少年の頬をなぞる。


「少年よ、貴様にチャンスをやろう」

「……っ」

「余の名前はヴァネッサ・グロリアン・アルベト。アルベト王国の赤き太陽なり」


 ヴァネッサは、がくがくと震えるその身体を血に濡れた手で、優しくなで回す。そして不気味な程優しい声でそっと囁く。


「お前は美しいなあ……余は美しいものが好きだ。命を助けてやろうか?」

「い やっだ!やめろ!!」


 まるで壊れ物を扱うようにセレムの身体を撫でまわす手は、まるで毛虫が這い回るようで、とても不快だった。必死に抗ったものの、小さな子供の力ではかなうはずもない。


「その身体も心も全てこの王に捧げ、従属しろ」

「だ、だれが…」

「…生きたいのだろう?」


 渾身の力を込めて、目の前の王をにらみつける。

 断ってやろう、死んだ方がましだ、とも考えた。しかし、少年は母と無残に殺された家族たちの最後の言葉を思い出す。


 ―――負けないで、生きてね。


 叫ぶのをこらえて、セレムは震えながら頷いた。

 その様子を満足そうに見つめて、ヴァネッサはにやりと笑った。


「これでお前の命は救われた。そして、今この場を持ってお前の自由も誇りも全てこの余がもらい受ける。そしてお前は、これからゼノ《形無き者》と名乗るがいい」

「…はい わ かり ました…、ヴァネッサ 様に」


(僕は、これ以上お前に何も奪わせやしない)


「忠 誠…を 誓います」

「ふふ…よかろう。余を主と謳い、神とたたえよ。…忘れるな、ゼノ。お前の支配者であり、主人はこの余である。」


美しかったはずの空は、もう曇り濁っていた。

この世に、天も無ければ、神もいない。

少年は、それを知った。



 **



それから長い長い間、この地は血にまみれた。

アルベト王国は大陸の半分を異常な力で支配下に置き、時のヴァネッサ国王は自らを帝王と名乗り、大帝国を築いた。


「隷属か、滅亡か」


小さな国がひしめき合うこの大陸で、どちらかを選ばざるを得なくなった小国は、ほとんどが隷属し、服従を誓う。

拒否を示したことごとくの国は血の海へと沈み、ヴァネッサ王は自身の妃達が産んだ子供と縁を結ばせ、着々と領土を拡大していく。―――その間、およそ7年。

そして帝王は、勢いに乗り南方の大部分を占めるレガリア王国へと侵攻を開始する。

…が、成功することはなかった。

強力な力の前に一度、二度、と三度と失敗し、罪なき民を戦渦に巻き込みむが、遂にレガリア王国の領土にその足を踏み入ることができないまま、更に8年という長い年月が過ぎた。

しかし、時を追うごとに、事態は変化していく。

続く戦争の中、家を失い、誇りを失い…あまりに疲弊した民は、見えないものに希望を見出し、救済を願い始めたのだ。


それが、聖十字教団。


『横を無で死とし、縦で有を生と現す』―――苦しみはいつか救済され、天に昇り神の元で眠ると説いた教えは、瞬く間に二国の争いなど関係なく拡大していく。

そして15年の後には、新たなる力を持つ勢力として、大きく躍進していったのだった。



『戦記』カテゴリ専用小説で、全12話くらいの予定です。

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