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第3話 先輩!酒場で情報収集しましょう!


 手甲を付けた手で、建早がドアを開ける。

 ドアをあけた瞬間、葦原の視界が白く包まれた。何も見えない。ただ音だけが聞こえる。


(なんだ……!?)


 ジョッキグラスのぶつかる音、談笑するくぐもった声、誰かがビールを喉に詰まらせて咳き込む音。


「先輩! これ……!」

「しっ! 待て、もう少しすれば見えてくるはずだ」


 やがて、音の輪郭からにじむ様に、視覚の情報がゆっくりと組み上がっていく。


「あっ! 見えて来た! これ……この酒場、音が先で映像が後……?」


 葦原が呟くと、建早が静かにうなずいた。


「蛇室正司は、すでに視覚を半ば失っている。世界観の内部でも、《先に聞こえてから》物が見えるようになっている」


 見えて来た酒場の内部はを見渡す。人々の姿は輪郭がぼやけ、口元や目元は曖昧だ。壁の装飾もにじんで揺れ、物音がするとそこだけ輪郭がはっきりする。酒場は、まるで印象派の絵画の中のようだった。


「視界が滲んでいるだろ。蛇室の世界観は《《見えなくなる恐怖》》に侵されている」

「今体験してます……これ、凄い不安感です」

「その不安が、この世界の<地形>になってる。気を抜くな。特にここから先は<意識>で視界を保つんだ」


 葦原は深呼吸をして、意識を集中させた。


「ようこそ……」


 カウンターの奥から声がする。焦点が定まり、酒場の女主人の姿が浮かび上がる。


「視えぬ世界によく来たね。よそもんのお二人さん」

「邪魔するぜ」


 建早が前に出る。彼の声が周囲に響き渡った。


「俺達は、世界観福祉士だ。この世界を救うために来た」


 声の力が、酒場に浸透する。辺りが《《固定》》されていく。

 女主人の顔が、ようやく明瞭になる。


「……また、ひとり視えなくってしまったのさ。今朝のことだよ。三丁目のメアリーの姿が消えてしまった。このままじゃ、みんな透明になってしまう……なんとかしておくれ、救世主よ」


 腕を組んで建早が唸りながら言った。


「それは、《《視覚の脱落》》だな。おそらく、クライアント本人の認知が限界に近付いている。自分の目を通してみる世界を、完全に拒絶しはじめているんだ」

「視ることが、恐怖になっているんですか……?」


 葦原の声は震えていた。


「きっと、何かしら見たくないものがあるんだろうね。この世界を作った奴は。誰かの最後か、自分の過去か……」


 キュッキュと音をさせてグラスを拭きながら、女主人が囁く。


「だけど、《《見ない》》ことに慣れたら、人は《《存在》》そのものが曖昧になっていく。次に来るのは……」


 グラスをカウンターに置いて、女主人が建早を見た。


「誰の声も届かなくなる本当の夜さ」


 建早は、静かに剣の柄を握った。


「その本当の夜が来る前に、蛇室の歪みの核を見つけ出す。葦原、お前の協力がいる。<見えない世界>で道を探すには、<音>が地図になる」

「この鈴……!」


 葦原はそっと杖についた鈴を鳴らした。酒場全体が、鈴の音に応じてゆっくりと色と形を取り戻していく。

 世界を照らすのは、光ではなく、音と心だった。


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