第12話 先輩!浮遊都市にダイブしました!
頭上の浮遊都市から、ぼそぼそと声が聞こえる。
『誰も……じない……誰も……』
『俺……く……いない……』
『結局…は…一人だ……』
建早が眉を顰めた。
「かなり症状が進行してるな。葦原、早くしろ」
建早の命令に、葦原が頷いてベッドの前に正座する。
「百足敬之助さん」
葦原が、カバンから書類を取り出した。ダイブ同意書だ。
「只今から、貴方の世界観にダイブします。よろしいですか?」
「……」
百足は答えない。そのことを確認すると、葦原が振り向く。
「美代さん、代理人として署名をお願いします」
「は、はい」
書類の前に膝まづいて、美代が署名する。葦原は書類を受け取ると、恭しくカバンにそれをしまった。
「では、ダイブ開始します」
「アンタは下がって」
建早が美代に指示する。美代が、部屋から出て言った。
カバンからERを取り出し、装着する。カチャカチャという音が、部屋に響いた。
<エクスペリエンス・リンク、起動>
仮想空間が立ち上がり、葦原と建早に迫る。二人は、その門めがけて飛び込んだ。
「認知同調スキャン、開始。認知適応フィルター、起動。ダイブ!」
葦原が叫ぶ。認知の海を泳ぎ、二人は百足の世界観に入っていった。
ブーツの先が、レンガで出来た硬い道を蹴る。葦原は顔を上げた。
目の前に、複雑に絡まった配管にまみれた街が広がっていた。歯車と蒸気機関が唸り声をあげている。
「うわあ……」
きょろきょろと辺りを見渡す。いつのまにか葦原の額についていたゴーグルがずり落ちる。
葦原は、油と煤にまみれた蒸気技師の格好になっていた。
くすみがかった革のジャケット、オーバーオールにはポケットが沢山ついていて、中には様々な工具が入っている。
帽子には青銅の小さなスピーカーが付いていた。背中に背負っているのは、ラッパのような送話口がついた録音機、ディクタフォンだ。手にはバールを持っている。
「何ていうか……スチームパンクって言うんてすか? こういうの……」
ゴーグルを直しながら、葦原が建早に聞いた。
「ああ」
建早は、シルクハットを目深にかぶり直しながらうなずいた。
黒いロングコート。肩には装飾が施された真鍮のスチームギアが組み込まれている。
背中には折りたたみ式の機構翼があり、腰のホルスターには銃が入っていた。
腕を動かして、建早が自身の時計を見る。
文字盤には過去、現在、未来と書かれており、その中を針が回転していた。大きな針が、現在を刺している。
「今の地点は第1層。未来だ」
目に嵌めた片眼鏡を取り、片手で時計の上へかざして、建早が解説する。
「行きましょう」
葦原が、バールを構えて言う。二人は、蒸気の中を進み始めた。




