第2章 癒しという存在は。
第2章 癒しという存在は。
クマはぽてぽてっと一歩、私に近づく。
床板が小さく鳴るたびに、闇がじりじり後退していく。
「えへへっ……ほら、一緒に食べよ?」
そう言いながら、丸い手でクッキーを半分に割る。
その仕草も、どこか不器用で、けれどあまりに愛らしい。
リボンが揺れるたびに、光が跳ね返るようだった。
ぽて、ぽて……。
小さな足音が私の耳を刺す。
音そのものが癒しであり、私の存在を削っていく。
「ね、ひとりで食べるより、みんなで食べた方がずっとおいしいんだよ」
クマは小さな歯を見せてにっこり笑う。
その笑顔は私にとって毒だった。何よりも。
闇である私の姿を、完全に照らし出す光──。
クマのぽてぽてとした足取りに押され、
私はもうこれ以上、近づくことができなかった。
クッキーを半分に割る、その小さな仕草。
リボンの揺れ。
笑顔。
それらすべてが、私を蝕む。
私は影。
癒しを喰らうことはできない。
ましてや、あの熊が放つ光に触れれば──私は、消えてしまう。
だから、退く。
軒先から軒先へ、闇の隙間に身を溶かし、
私は音もなく後ずさった。
背後で、ぽて、と小さな足音。
それが追ってくるわけではない。
ただ、そこにいるだけで、私を遠ざける。
「またね」
クマの声が聞こえた。
私にとっては呪いの言葉。
だが町にとっては、もっともやさしい祈り。
私は闇へと退いた。
──次こそ、奪ってみせる。
私は闇に戻った。
ぽてぽて歩く小さな熊の姿が、まだ瞼の裏に残っている。
癒しの色、緑。
分け合いの仕草。
それらに私は触れられない。
だが──あの缶に詰まった湊花クッキー。
あれだけは、奪わなければならない。
この町を縛る「共有の記憶」を食べ尽くせば、きっと私の孤独は満たされる。
次こそ……と心に誓い、私は夜の隙間に溶けた。
町にはまだ、祭りの灯りの残り香。
湊花クッキーの甘い匂いが漂っている。
それが、次の舞台への道しるべだった。
251002-0917
後半部分を追記。