表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第2章 癒しという存在は。

第2章 癒しという存在は。


クマはぽてぽてっと一歩、私に近づく。

床板が小さく鳴るたびに、闇がじりじり後退していく。


「えへへっ……ほら、一緒に食べよ?」

そう言いながら、丸い手でクッキーを半分に割る。

その仕草も、どこか不器用で、けれどあまりに愛らしい。

リボンが揺れるたびに、光が跳ね返るようだった。


ぽて、ぽて……。

小さな足音が私の耳を刺す。

音そのものが癒しであり、私の存在を削っていく。


「ね、ひとりで食べるより、みんなで食べた方がずっとおいしいんだよ」

クマは小さな歯を見せてにっこり笑う。

その笑顔は私にとって毒だった。何よりも。

闇である私の姿を、完全に照らし出す光──。


クマのぽてぽてとした足取りに押され、

私はもうこれ以上、近づくことができなかった。


クッキーを半分に割る、その小さな仕草。

リボンの揺れ。

笑顔。

それらすべてが、私を蝕む。


私は影。

癒しを喰らうことはできない。

ましてや、あの熊が放つ光に触れれば──私は、消えてしまう。


だから、退く。

軒先から軒先へ、闇の隙間に身を溶かし、

私は音もなく後ずさった。


背後で、ぽて、と小さな足音。

それが追ってくるわけではない。

ただ、そこにいるだけで、私を遠ざける。


「またね」

クマの声が聞こえた。

私にとっては呪いの言葉。

だが町にとっては、もっともやさしい祈り。


私は闇へと退いた。

──次こそ、奪ってみせる。


私は闇に戻った。

ぽてぽて歩く小さな熊の姿が、まだ瞼の裏に残っている。

癒しの色、緑。

分け合いの仕草。

それらに私は触れられない。


だが──あの缶に詰まった湊花クッキー。

あれだけは、奪わなければならない。

この町を縛る「共有の記憶」を食べ尽くせば、きっと私の孤独は満たされる。


次こそ……と心に誓い、私は夜の隙間に溶けた。


町にはまだ、祭りの灯りの残り香。

湊花クッキーの甘い匂いが漂っている。

それが、次の舞台への道しるべだった。

251002-0917

後半部分を追記。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ