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第八話 二人の心の内

「もう今日は何もしたくない」

「昨日は大変だったみたいだね」


 昨日、一昨日と二日間で千聖(ちせと)健二(けんじ)の相手をして疲れ切った様子の優人(ゆうと)


「それはもう非常に…健二があんなに熱くなってるところなんて初めて見た」

「私としてはすごくおいしかったから菖蒲(あやめ)君には少し感謝してるけど」

「…また作る」

「いいの?やったね」

「…そういうところだ」

「ん?」


 (あずさ)がすごくいい笑顔でいつもおいしいというものだから千聖や(あおい)は勘違いするし、優人はつい頑張って作りたくなってしまう。

 ただでさえ顔がいいのだ。

 あんなにかわいらしくおいしいといわれて勘違いしないほうが無理な話である。


「普段…学校じゃあんな顔しないだろ」

「えぇ…そういわれても。今と学校、どっちも変わらないと思うけど」

「いや、絶対にない。それだけはない」


 あんなに緩んだ顔を見たこともなければ楽しげに話す様子なんて見たこともない。

 それなのに最近はというと普通の女の子だ。

 それはそれでいいことなのかもしえないが…


「じゃあどう違うの?」

「ちょっと待って、気づいてない?」

「自分じゃわからないよ」


 まさかの無自覚である。

 これほど大きな変化なら自分でも気づけそうなものだが。


「まぁいい。普段の学校で梓って何て呼ばれてるか知ってるか?」

「知らない」

「ミステリアスなお姫様」

「ちょっと待って。絶妙に嫌なんだけど」


 本当に嫌がっているのが顔で伝わる。

 そして一部の人には非常に需要がありそうな感じである。


「学校じゃ基本無口だからな、梓は。それに友達いないし」

「うっ…でも優人君には言われたくない」

「いや、俺には健二と葵がいるから」

「今なら私だって…」

「…だって?」


 互いに傷を抉りあうだけでなんの生産性もないやり取り。

 少しふらついた梓は優人の隣に座りなおして再び口を開く。


「私ね、高校生の最初のほうは体調を崩しちゃって学校に行かなかったの。そしたら学校にようやく行った時にはもうグループができてた。最初こそ話しかけてくれた子も多かったけど…私って初対面は口下手だからなかなか馴染めなくて」

「確かにいなかったかもな」

「だから…友達出来なかった」


 しょんぼりとした梓はなんとも哀愁漂う雰囲気を纏っている。


「俺には口下手発動しなかったな」

「それは…なんでだろ」

「まぁ、大変な時だったからな」


 実際、あの時の梓の状況で他人に気を遣うことができたかと聞かれれば十中八九不可能だっただろう。

 それどころか今こうしてそれなりにふつうに暮らしていけていること自体がおかしな話である。

 梓が今何を思って生きているのか優人にはわからない。

 いつかぷつりと気力の糸が切れてしまわないかと不安が募る。

 あくまで梓は内を吐き出しただけであって乗り越えたわけではない。


「どうかしたの?なんか難しい顔してるけど…」


 そんなことを考えていたせいで顔に出ていたらしい。


「いや、特には…というか俺の顔色わかるの?」

「何をいきなり不思議なことを…まぁ相変わらず目だけはよく見えないけどなんとなくわかるよ」

「…まじかすごいな…葵と姉さんは俺の顔色とかわからないぞ」


 健二なら多少あれど二人に顔色を窺われたことなど記憶の限りではない。


「なんかそれに関しては二人の性格の問題な気もするけど…」

「…言われてみればそんな気もするな」

「で?何か考え事だった?」


 そういえばそんな話だったなと本題を思い出す。

 しかし本人直接聞いてもいいものなんだろうか。


「…梓って結局お姉さんの家に行くことにしたのか?」


 悩んだ挙句、なんとなく聞くのもはばかられるので別の話題に切り替えることにした。

 どちらにせよどうせ梓は姉の家に行くだろうしこれ以上考えても仕方ないと思考を放棄している。

 梓がこの家に留まるつもりとも知らずに


「図々しいかもしれないけど私はこの家に留まるよ?」

「…まじ?」

「あれ?いやだった?ならさすがに…」

「えぇーっとね…いやとかじゃなくて驚いたというか、なんというか」


 優人的には人が一人増えた程度ではさほど問題にならない。

 しかし梓からしてみればずいぶんと大きな賭けである。

 何を思ってそんなことになっているのか優人にはわからない。


「私だってきっと普段ならお姉ちゃんのところに行ってたと思う。でも先生に聞いた感じだと今の高校には通えなくなりそうだし…」

「なるほどな、そんなに遠かったのか」

「県はまたいでたね」

「そりゃ厳しいか」

「せっかく葵ちゃんとも仲良くなれたからね」


 仲良くなれたというよりは仲良くならざるを得なかったのほうが近いような気はするが本人がそれでも満足しているなら良いことなのかもしれない。

 それに何より梓の本音を話せる同性の友人というところが大きいのか出会った日よりもかなり顔がよくなっているように見える。

 それでも多少感じる違和感からまだ完全には乗り越えることができていないのだろう。

 今までの様子から梓はそこまでさっぱりとした性格であるわけではない。


「よかったな。事故とはいえ葵たちに会えて」

「そうかもね。最初は会う気はなかったんだけど…話してみたら楽しかったし」


 思い出したのか楽しそうに笑う梓。

 今、この顔が奇跡の下にあることを優人は忘れてはならない。

 全て何かがずれていたらありえなかった現在(いま)

 優人が行かなかったら梓はこの世にいなかったかもしれない。

 買い物の途中で出会ったのが二人じゃなかったら梓は笑えていなかったかもしれない。

 今まで起こったこと、これから起こることがどれだけ梓に影響を与えるのか、だれにもわかりはしない。

 それゆえ優人は間違えるわけにはいかない。

 自分が正しかったと胸を張って言えるまでは…


「まーた難しい顔してる…本当に大丈夫?」

「…ちょっと疲れてるみたいだから少し寝てくる。お昼時になったら起こしてくれ」

「そう?わかった」


 自室に戻った優人はそのままベッドに潜って夢の中に落ちていった。


  *  *  *


「優人君…大丈夫かな」


 一人部屋に取り残された梓はさっきまでの優人の顔を思い浮かべて少し不安になる。

 他人を心配する余裕があること自分に驚きつつも優人ののことを見ているといつか崩れてしまうのではないかという思いが強くなる。

 優人が何を抱えているのか、何があって梓の前に現れたのか、全てが謎として優人を取り囲んでいる。

 本当の優人の姿は今は見えていない。

 いつか見せてくれるようになるのだろうかとそんなことを考えながら特にやることもないので部屋を見渡す。

 きれいに整理されていて物が少ない。

 家がまだあったころの自室は割と物が散らかっていたなとか弟の部屋にも同じような家具があったなとかそんなことを考えてしまう。

 もう戻ってくることのない日常に思いをはせることしかできない。


「一人だといろいろ思い出しちゃうな…」


 今までは優人や葵、健二に千聖といろいろな人がいてくれていたので気を紛らわせることができていた。

 しかし優人がいなくなった今は当然梓の周りに人はいない。


「葵ちゃん、連絡したら会えるかな」


 これ以上一人でいるのも嫌だったのでスマホを取り出して葵に連絡を取る。


『これから一緒に遊べたりしないかな?』

『いいよいいよあそぼー』


 送ったところものの数十秒ほどで返信が来る。


『どこ行く?』

『手軽に行けるところがいいな。お昼時くらいまで遊べそうなところ』

『お昼から何かあるの?』

『優人君が今寝てて、お昼時に起こしてって言われてるから』

『優人が寝てるだって?』

『それは行くしかない!』

『遊ぶ場所はその家で』

『ゲームとか持っていくから』


 梓の意見を聞く間もなく矢継ぎ早に送られてくるメッセージ。

 どうやらここまで来るらしい。


「優人君に許可取ってないけどいいのかな?」


 そんな心配をしつつも先ほどの優人の様子を見ていると寝たばかりであろう今のタイミングで起こすのは忍びない。


「まぁ静かにしてれば問題ないか」


 そんな安直な考えのもとOKを出してしまった梓。

 どう考えても葵がお昼時で遊ぶのをやめるはずがないのにそんなことは考えもしていなかったのだ。


  *  *  *


『あなたは人を救うことができるの?』


 聞いたことのある声。

 優人を蝕む過去に同じ声が響いている。


『人を傷つけたことしかないあなたにそんなことができるの?』


 辺りは真っ暗で無機質な声が響き渡る、空間とも言えない闇の中。

 声に抑揚はほとんどなく、ただただ優人を問い詰めるように再生される。


『あの子のことを本当に理解できているの?』


 確実に優人の懸念を突いてくる声。


「なかなかいやな物言いだな。それもそうか。心の鏡写しだもんな」


 さっきまでの梓との会話を覚えていて、今この場での違和感の無さ。

 明晰夢であることまでは理解していた。

 なぜこの声で再生されているのかも理解できる。


「俺にだってわかってるんだ。梓を助けるということが、人と深いところまで関わりを持つということが()()()()にとってどういうことなのか。それでも俺は梓を助けることを選んだ。もう間違えるわけにはいかないんでな」

『生意気…』


 その一言を吐き捨てた後、声はもう聞こえなくなってしまった。

 それをきっかけに辺りが明るくなる。


「あ、起きた?優人君」


 明るさは現実の光だったようで目を開けると心配そうに覗き込む梓の顔があった。


「あぁ、なんか寝てたはずなのに疲れた」

「そりゃあ、あんなにうなされてたら…それに寝汗もひどいし」


 言われて寝ていたところを見てみると背中の部分がびっしょりだ。

 そして着ていた服まで雨に当たったかのようにずぶぬれである。


「…洗濯…面倒だな」

「仕方ないよ。でも今からだと寝るのに間に合わないかも」

「え?ちょっと待って今何時?」

「夜の七時くらいかな」

「…まじか。というか梓、昼ご飯どうした?」


 まさかそんな時間まで寝ていたとは思いもしなかった優人。

 慌てて起き上がると梓は少し申し訳なさそうな顔で優人に言葉を発した。


「葵ちゃんに作ってもらったの。さっきまでこの家にいたんだよ」


 申し訳なさそうな笑顔を作った梓。

 もとより責め立てる気はないのでそんな顔をされると困ってしまう。


「いや、俺が起きなかったのが悪いし。葵もご飯を作りに来たというよりは遊びに来た感じだろ?」

「うん。普通にゲーム機持ってきてた」

「楽しかった?」

「とても」

「ならよかった。別に葵が来たくらいで怒りはしないさ」

「あ…」


 少ししょんぼりとしていた梓の頭にやさしく手を置いて左右にゆっくりと動かしてみる。

 柔らかく、艶のある梓の神の触り心地は非常によかった。

 こうしてみるとやはり学校での梓のような大人びた印象はなくあどけなさが強い。


「ゆ、優人君…いきなりどうしたの?」

「え?あ、あぁごめん」


 そういわれて梓の顔を見てみるとリンゴのように赤く染まっている。

 優人自身どうしていきなり梓の頭を撫でだしたのかわからない。

 さっきの夢のせいなのか、はたまた梓に安心してほしかったからなのか。


 「その…嫌じゃないけど…やるならやるって言ってね」


 もじもじと恥ずかしそうにそう告げる梓。

 ほのかに赤く染まった頬、伏し目がちな目。

 今の梓を構成するすべての要素が破壊力を増している。


「…これはやばいな」


 何か新たな課題にぶつかった優人。

 その課題の解決の仕方を優人はまだ知らない。

お久しぶりです。花薄雪です。

今回から週1~2回程度の更新頻度になります。

私も大学生である以上は学業のほうがありますのでご容赦ください。

その代わりこれからも自分の語彙力、文章力は鍛えていきます。

更新ペースが落ちても読んでくださるとうれしいです。


それともう一つ、僕が文章中で使う*(アスタリスク)が3つ続く記号は視点変更として使っています。

主に優人と梓の視点が切り替わることがほとんどです。

とはいっても僕の文体ではそこまでがっつりとキャラクターの視点に入り込んでいるわけではないのでそこまで違いが判らないかもしれませんが…

そしてやたらと文章間があいている時があると思いますがそれは時間経過があったよというサインです。

ぶっちゃけ気にしなくてもいいところです。

文章でなんとなく察せると思いますので。


最後に、気に入っていただけましたらブックマークと拡散をお願いします。

していただけたら僕が泣いて喜びます。

それではまた次回の後書きでお会いしましょう。

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