第七話 友人団欒
「なんかやつれてない?」
「姉さんが来た日の翌日は大体こんなもんだ」
昨日の千聖の暴走に付き合わされたせいで体力のほとんどを使ってしまった。
おかげで朝ごはんを作るのも一苦労である。
「作り置きがないとこうなるんだよ。よりによって作り置きを消費した日に姉さんが来るとは」
「それは仕方ないというか…そういえば先生が来たのってお父さんに何かあったからなんでしょ?本当にいかなくて大丈夫なの?」
昨日こそ慌てていた梓だが今日は何事もないかのように聞いてくる。
「あぁ、徹さん…俺ら?の父親は俺がパパって呼ばないことに不満があるらしくて…」
「らしくて?」
何が本題につながるのかわからないらしく頭にはてなが浮かんでいる梓。
無理もないだろう。
何せ優人自身、今からいうことがいまだに信じられないのだから。
「たまに子供みたいに呼んでほしいって……駄々こねてる」
「……え?ちょっともう一回聞いてもいい?」
「駄々こねてる」
「駄々…こねてる?」
心なしか梓の頭の上のはてなが増えたように見える。
瞬きの回数も増えているのでおそらく理解に時間を要しているのだろう。
「俺もわけわかんないと思ってる。でも一昨日に電話した時に言わなかったからだと思うんだよな」
「そう…なんだ」
いまだに思考がまとまっていないのか片言な返事をする梓。
同じようなことを梓に言われたらさすがに優人でも混乱するだろう。
「そんなことないと俺だって思いたい。でもあの人本当に駄々こねるんだ」
一昨日の電話の様子なら大丈夫だろうと思っていたのだがそんなことはなかったらしい。
なんなら千聖が助けを求めてくるあたり相当なのではないだろうか。
「なんか…不思議な人…だね」
「ほんとに。面倒なことになってないといいけど」
昨日の千聖のように乗り込んでくる可能性もないわけではない。
「でもなんでパパって読んであげないの?」
「…いろいろあるんだよ」
こればっかりは今は話せない。
梓の要求を呑むつもりではあれどさすがに優人自身のプライベートにかかわるようなことは効果範囲外である。
「なんか複雑な事情があるの?」
「そうだな。いつかは絶対に話すからもうちょっと待っててくれ」
一時的とはいえど一緒に住むことになってしまった以上、いつかは知られることになるだろう。
それも覚悟の上で住まわせることにしたのだから。
しかし優人は知らない。
梓には千聖に宣言した通りこの家以外の住む場所を探すつもりは全くない。
「待ってていいなら待つけど…話したくなかったら話さなくてもいいよ?」
「…優しいんだな。でもなんとなく、梓には知って欲しい気がするんだ」
優人としてもなぜそんなことを思うのかはわからない。
しかし、梓は自分のことを知っても大丈夫だろうという根拠のない確信が優人の中にはあるのだ。
「でもまぁ今日のところはやめておく。俺も疲れてるし。久々の穏やかな日になりそうな気がするよ」
「そうだね。なんかまだ3日しか経ってないのにすごく濃かったように思えるし」
実際梓の言ったようにとても密度が高い日々が続いていた。
到底普通の高校生が経験もしないようなおかしな3日間だ。
「今日はゆっくりしよう。特に何の用事もないはずだか…」
しかしそんな時間は優人たちにはないのかもしれない。
『ピンポーン…ピンポ、ピンポーン』
昨日に引き続きなんの前触れもなく響き渡るインターフォンの音。
今日のは勝手にドアが開かないあたり千聖や徹ではないだろう。
「あいつらか…」
「あいつら?」
「ちょっと出てくるから待っててくれ」
梓にそう言い残して玄関まで出向く。
「いつも言ってるがインターフォンを連打するのはやめろ。頭が痛くなる」
「じゃあもっと早く出てくればいいのよ」
「なぁ健二。なんでいつも止めてくれないんだ?」
「だって僕には害はないからいいかなって」
優人の予想通りインターフォンを連打していたのは天竺葵。
そして当たり前のように一緒にいるのはその恋人こと菖蒲健二。
「非常によくないが…とにかく今日は何の用だ?」
「ん?いやー…ご相伴にあずからせていただこうかなって思って」
「もう来たのか…健二、断ることって…」
「約束したじゃないか」
「ですよねー」
一昨日の約束が早速果たされようとは思いもしていなかった優人は4人分の食材のストックはあいにく持ち合わせていない。
今日のところは少々心苦しいが条件を付けさせてもらうことにした。
「じゃあ食べたい料理の食材を買ってきてくれ。あいにく昨日大変だったせいで買えてないんだ。代金は後で支払う」
「昨日も何かあったの?」
「姉さんがアポなしで凸ってきた」
「うん。ぜひ買いに行かせてもらうよ」
千聖のことを話した瞬間二つ返事でOKである。
もちろん千聖のことは知っているので梓がいま家にいるという事情も相まっていろいろと察してくれたのだろう。
「じゃ僕らは早速行かせてもらうから緋衣さんによろしく言っといてね」
「あぁ、頼んだ」
買い物に行った二人を見送りリビングに戻ると梓がわざわざ朝ごはんの食器を洗ってくれているところだった。
「ゆっくりしててよかったのに。やらせちゃってごめんな」
「ん?あぁ優人君お帰り。私がやりたくてやってることだから気にしなくていいよ。それより誰だったの?」
「あぁ、健二たちだった。ご飯を食べさせろって」
「お昼ご飯?」
「いや、昼から来るときは大体夜までこの家にいるから今日もそのつもりなんじゃないかな」
朝ごはんのお皿を洗ってくれている梓に来客の説明をする。
それにしても毎度のごとく急な訪問である。
過去何度か昼と夜にご飯を食べて遊んで帰るということがあった。
おそらく今回もそのパターンだろう。
「まぁ葵がご飯を作りたくないだけなんだろうけど」
「ん?ちょっと待ってどういうこと?」
梓が何かに気づいたように手を止めて首をかしげる。
「葵ちゃんがご飯を作りたくない?つまり葵ちゃんが放置子とかそういうこと?でも菖蒲君が一緒に来ているのはどういうこと?」
「あぁ、はいはい。そういうことね。葵と健二の状況ってそういえば学校の奴らって知らないのか」
「状況?もうわけわからないんだけど」
最近よく見るはてながまたもや梓の上に浮かぶ。
「いや、実はさ、健二と葵って二人で暮らしてんだよ」
本当は二人から口止めされていることだが梓にだったら話してもいいだろうということで話し始める。
「え…?高校生で同棲生活ってこと?」
「そういうこと」
「なにそのラブコメでしか見たことない状況」
ごもっともである。
実際こうなるから口止めされていたのであって普通は信じてもらえるようなことではない。
「実は二人の地元ってここから二つくらい県をまたいだところなんだ。それで高校生になるにあたって通学3時間弱は無理ということで引っ越してきたんだけど…家族はどうしても来られなかったから二人で暮らしてるって感じ」
「ラブコメじゃん」
「俺もそう思う」
「非現実度で言ったら私たちも負けてないかもしれないけど」
「…確かに。ラブではないがコメではあるか」
今までに家なきクラスメイトの自殺を止めて家に住まわせた高校生がいたのだろうか。
少なくとも相当のレアケースである。
「ラブになるかもしれないじゃん」
梓の声ではない女性の声。
振り向くとニマニマした顔で立っている葵。
「げ、もう帰ってきたのかよ」
「一昨日も言ったけど友人にそれはひどくない?」
「あれ?葵ちゃん、菖蒲君は?」
そういえば健二が見当たらない。
「健二君ならまだ買い物中だよ。夜ご飯の分も買ってくるんだって」
やはり当たり前のように夜まで居座るつもりらしい。
「というかお前、どうやって入ってきた?」
「いや、普通に玄関から」
「締め忘れてた?」
「そうだね」
普通に忘れていた。
普段なら多少忘れても気をつけようで終わるのだが今は状況が違う。
家には梓がいる。
そんな状況で不審者が入ってきでもしたら大変なことになる。
「ま、梓ちゃんのためにも次からは気を付けな」
「…返す言葉もない」
次からは鍵をかけると心に誓った優人だった。
「そうこれよね。優人の唐揚げと言えばこの感じなのよ」
「唐揚げなんて面倒なものを…もうちょっとこっちの負担を考えてくれ」
「いやー自分じゃなかなか作ろうと思えないからこういう時じゃないと食べれないのよ」
「おい、聞いてるか?」
なかなかに都合のいいように扱われている気がしないでもないが一昨日のお礼になるのならいいかとも思う。
それに最近は人にご飯を作ることが楽しくなってきている。
それも相まってほとんど苦ではない。
「それにしてもすごく馴染んでいるよね、梓ちゃん」
「え?そうかな」
「それに関して言うなら僕も同感かな」
「聞く気はないのな」
もうすでに話題は梓のほうに移ってしまった。
優人を抜きにして会話がどんどん弾んでいく。
決して会話には入れてはいないが「俺いらなくね?」とも言いだすことができないような雰囲気。
非常に気まずくてでも少し梓と二人の仲が良くなってうれしいような複雑な気持ちである。
「それじゃあ梓ちゃんって結構ゲームとかしてる感じ?」
「たぶんそれなりにはやってると思うけど」
「やったね。優人じゃゲーム下手すぎて退屈だったんだよ。ちょうど持ってきてるし後で一緒にやろう!」
「うん」
気づけばゲームの話題に、そしてかなり失礼なことを言われた気がしたが今口をはさんでも聞く耳も持たれないことなどわかりきっているので黙って見守ることしかできない。
「もうここは勝手知ったる優人の家だからね。ゲーム機の接続なんてちょちょいのちょいだよ」
「大丈夫なの?それ」
もはややりたい放題な葵。
しかし梓のためにも今日だけは見逃しておく。
「なぁ健二」
「何かな?」
「お前が買ってきた食材は何だ?以上に多いように見えるんだが」
勝手ににぎやかになっていく女性陣を差し置いて健二のほう…つまり夕飯に作るものについて確認をしておく。
作ったこともないようなものだったときは作り方を調べなくてはならないのだから。
「お。気になるかい?仕方ないから教えてあげよう。アクアパッツァだよ」
「絶妙に作ったことないな。期待してるところ悪いがうまく作れないかもしれないからな」
今の健二の瞳はおもちゃを前にした子供のようにきらきらと輝いている。
「…そんなにアクアパッツァ好きだったのか」
「あ、優人…それ以上踏み込むのは…」
「もちろん。大好きだよ」
「遅かった…これは長くなるなー。梓ちゃん、逃げとこうか」
「え?う、うん」
「え…ちょ…」
何かとてつもない地雷を踏みぬいたらしい。
しかしもう逃げられない。
昨日に引き続き暴走し始めた人間の相手をさせられる優人だった。
お久しぶりです。花薄雪です。
毎日更新期間最後のお話です。
どうですかね。第零話とかよりも文章はきれいになっているんでしょうか。
そして僕のこの後書きは読んでくれる方はいるんでしょうか。
ぜひ読んでほしいものですね結構悩んで書いていますので。
今回は本編に関係ないことを書いていますけど大体は本編の裏話とか設定の話とか書いていくつもりでいますので今後ともよろしくお願いします。
最後に、気に入っていただけましたらブックマークと拡散をお願いします。
していただけたら僕が泣いて喜びます。
それではまた次回の後書きでお会いしましょう。