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第六話 姉の襲来

 買い物に行った翌日。

 優人と梓はなぜか久々に感じる穏やかな朝を迎えていた。


「朝からこんなおいしいご飯を…よく出せるね」

「作り置きは偉大なんだ」

「作れる人も十分偉大だよ」

「口に合ったのなら何よりだよ」


 こうも食べるたびにおいしいと口に出して言われるとかなりくすぐったい感じがする。

 何より優人は言われ慣れていないのだ。

 一昨日からなんとも調子が狂って仕方がない。


「ご馳走様でした」

「はい。お粗末様です」


 今日からは特にやることもないので何をしようかと悩んでいた時、


『ピンポーン』

「誰だ?こんな時間に…宅配かなんか頼んだ?」

「いや、頼んでないよ。そもそも此処の住所も知らないし」

「それはそれで問題だな。にしても誰なんだ?」


 ひとまずインターフォンに向かおうと座っていた椅子から立とうとしたまさにその時、聞こえるはずのない音と声がした。


「なんで出ないのよ。朝なんだからいるでしょ?居留守は許さないよ」


 ガチャッと鍵の開く音とともに女の人が家に上がってきた。

 優人が知る中でこの家の鍵を持っている女性はただ一人。


「マジか…よりによって今日来るのか」

「…なんか聞いたことある声なような」


 現状を分かっていない梓は呑気にそんなことを言っている。

 そうしているうちにも少しづつ近づいてくる足音。

 優人は覚悟を決めた。


「面倒なことになるけど…いい感じにしてくれ」

「は?え?いい感じに?どういう…」


 梓が言い終わる前に声の主が優人たちのいるリビングに入ってきた。


「優君?いるなら返事を…は?」

「え?」

「はぁ…」


 硬直する二人と予想通りの人が来てため息をつく優人。

 一応救いがあるとすれば梓と来客が初対面ではないことだろうか。


「先生?」

「緋衣さん…よね。どうしてここに」

「…これは…全部理解している俺が全部話すべきなのか?とりあえず…座る?」

「え、ええ」


 ひとまず客間に先生と呼ばれた人物と梓を連れていく。

 いまだに混乱した様子の二人に向き直り、改めて口を開いた。


「えぇーっと…まず、こちら柊千聖(ひいらぎちせと)…一応俺の姉かな」

「一応じゃなくて姉です。まぁ学校では言ってなかったけどね」

「そう…だったんですか」

「学校じゃ俺らの担任だからな。メリハリはつけてんだと」

「できる大人だからね」


 そういう割にはあまりに子供じみた笑みを浮かべる千聖。

 学校で見せる顔とはあまりにかけ離れているせいで梓も混乱している。


「大人だというならアポなしで人の家に来ないでくれ」

「なんでよ。もしかして彼女との時間が減るから?」

「なんで女の人はすぐそういう…」


 昨日の葵もそうだが何かあるとすぐに恋愛の方向に話を持っていこうとする。

 優人はもう面倒なのでこれから先は無視することに決めた。


「今度は何の用で来たんだよ。ろくな用事じゃなかったら突っ返すけど」

「あぁ、そうそう。お父さんが大変なことになっちゃって。」

「え?」


 先に声を発したのは梓のほうだった。

 一方の優人はというと呆れたような表情でため息をついてから口を開いた。


「そんなに深刻そうに言っても行かないからな」

「ですよねー」


 千聖もわかっていたのか大したショックは受けていない。

 しかし、何も知らない梓はというと…


「いや…なんで?大変なことって言われて行かないの⁉最後になるかもしれないのに⁉」


 いつもより少し大きくした声で怒っているというよりは慌てている梓。


「ちょっと落ち着け。梓の思うようなことにはなってない」

「そうねぇ。体調的には問題ないのよ」


 実際千聖にも焦った様子はなく、どちらかというと現状を少し楽しんでいるようにも見える。

 梓はというと優人たちが何を言っているのか理解できずに頭に?が浮かんでいる。


「…一応聞いておくんだけど、俺のせい?」

「十中八九そうだと思う」

「何々?どういうこと何が起こってるの?」

「何って言われても…説明しづらいんだけど、なんて言ったらいいと思う?姉さん」


 優人と千聖にある共通認識をそのまま梓に伝えるのは難しい。

 追加の混乱を招きかねないのだ。


「そうねぇ。梓ちゃんはどういう事情でここにいるのかしら」

「あ、梓ちゃん…先生に言われると変な感じです」

「あら、今は夏休み中でしょ?先生じゃなくて優人のお姉ちゃんよ」

「そう…ですか」

「そうよ」


 千聖のマイペースかついたずら好きな性格のせいでまるで肩透かしを食らったかのような様子の梓。

 しかし梓には悪いと思いながらも助け舟を出すことはできない。

 あの状態の千聖を相手にするのははっきり言って面倒なのだ。

 今は見守ることに徹した優人なのであった。



「つまり、まとめると梓ちゃんは悲惨な事情により衣食住がないからこの家に泊まらせてもらっているということね」


 なぜか異様に呑み込みがいい千聖。

 普通なら梓の現状を知れば何かしら思うところはあるはずだ。


「なんかいつもと違うな、姉さん」


 いつもの千聖なら人の不幸にはもっと感傷的で葵と同じような反応をする。


「私はいつもクールなお姉さんよ」

「それだけはない」

「なっ!反抗期⁉」

「今はそんなことどうでもいいだろ」


 またもや梓が置いて行かれてぽかんとしている。


「あぁそうそう、一つ聞いておくわね。梓ちゃんはここの家にいたい?それとも何とかして(あかね)のところまで行って暮らしたい?」


 一瞬何を言っているのかわからなかった。

 なぜ千聖がそんな提案をしてくるのか。

 そもそも茜とは誰なのか。


「なんで…姉の名前…」

「大学生時代の友人なのよ」


 なんて世界は狭いんだろうか。

 そんなことを考えているうちに梓と千聖の会話が少しずつ弾んでいく。


「邪魔になりそうだからご飯でも作っているとするよ」


 なんだか優人がいなくても話が進みそうな雰囲気を感じてそそくさとその場を後にする。

 だいぶ話し込んでいたのもあってすでにお昼時になりそうだった。


  *  *  *


「行ったかしら。こういうときも空気が読めるのは優君のいいところね」


 優人がいなくなったのを見計らってから千聖が口を開く。


「梓ちゃんはどうしたい?」

「…ここにいたい…です」

「え?あら、そうなの?てっきり…」


 千聖が驚いた様子で言い淀む。

 しかし、梓にとって揺るがない選択だった。


「姉とは最近会っていなくて少し怖いですし…その…」

「その?」

「優人君のごはん…おいしくて」

「胃袋…掴まれちゃったか」


 おいしすぎるものは仕方がないのである。

 初めて会った一昨日からすでに掴まれていた気がしないでもないがもはや関係ない。


「そうよね。おいしいのよね、優君のごはん」

「…彼はいつごろから自炊しているんですか?」


 せっかくならということで昨日気になったことを聞いてみる。

 優人の姉ならそこらへんは知っているだろう。

 …そう思っていたが帰ってきた言葉は曖昧な物言いで、


「結構前からだったような気がするわね。初めての頃は酷かったらしいわよ」


 やはり本人に聞くしかないらしい。

 優人自身の謎は深まるばかりである。


「さて梓ちゃん?」

「は、はい」


 先ほどからは打って変わって特異な雰囲気をまとった千聖。

 一昨日も感じた雰囲気だ。

 何を見ているかわからないのにすべてが見られているような不気味な感覚。


「さっきの理由も嘘じゃないんでしょうけど本当は違うのよね?」

「それは…」

「あまり先生を舐めないほうがいいわよ?」


 少し妖しく笑った千聖。

 何を考えているかはわからないが逃げるのは難しそうだ。


「…怖いもの見たさです。一昨日、止めてくれた時にわずかに感じた彼の深淵を…彼の過去を覗いてみようと思ったんです。どうせ何も残っていないなら最後にって感じです」

「……そう。それが優君の狙いだったのね。見事に引き止められちゃったと」


 千聖が少し険しい表情をした。

 何か、ジレンマに当たってしまったような複雑な様子。


「…あなたの担任として一つ言っておくけど、あれには踏み込まないほうがいい」

「そう…ですか」

「でもね。優君の姉として…彼を救い上げてくれないかしら。彼を縛る過去と自責を乗り越えるきっかけになってほしいの」


 悔しさと希望がぐちゃぐちゃになったような目が梓をとらえる。


「私や健二君、葵ちゃんじゃできなかったことだけどあなたならできる気がする」

「どうして…みんなにできなかったのに」

「あなただけなのよ。あなただけが優君の過去にいない。私たち(内側)からでは彼の殻は砕けないの」


 縋るような声で言葉を紡ぐ千聖。

 梓では想像もしえない闇が優人の中にあるのだろう。


「でも、具体的にどうすれば…」

「…何もないわよ」

「えぇ…」


 まさかの具体的な解決策なしである。


「本当に何もしなくていいの。ただ、彼の真実を知るときが絶対に来る。その時は無理にとは言わないけど受け入れてあげてほしい。でもそれは本当に知る時が来たらね」


 今まで見たこともなかった姉としての千聖。

 学校では見せない異様な少し弱気な態度が梓の不安を煽る。


「わかりました。何とかやってみようと思います」


 千聖や優人に向けた言葉ではない。

 自分の不安を払い、鼓舞するための言葉。


「…えぇ、よろしくね」


 少し疲れたような笑みを浮かべた千聖。

 今までどんなことがあったのか、今の梓には知る由もない。


  *  *  *


「ごはん冷めたんだけど」

「しょうがないじゃない。いろんなことを話していたんだから」

「姉さんはそのおしゃべり癖を何とかしてくれ」


 呼んでも反応しないほど会話に熱中されてはたまったもんではない。

 わざわざ温めなおすこっちの気にもなってほしいものである。


「あら?そういえばいつもなら「適当に食べて」って言うのに…どうしたの?」

「…文句ある?」


 確かに言われてみればいつもなら言わないようなことだ。

 梓とご飯を食べるようになってからというものいろいろと調子が狂ってしまう。


「文句…というより喜び?」

「なんだそれ」


 よくわからないことを言い出す千聖。

 戻ってきてからやたらとニコニコしているのが不気味で仕方ない。


「なぁ梓、何話してたんだ?」

「え?えぇーっと…うーん、いろいろ?」


 ものすごく曖昧過ぎる返事が返ってきた。

 このままでは何を話していたのかわからないが本人が言わないことにはしょうがない。


「なんで俺にだけ秘密なんだよ」

「あら、女子同士の会話を聞こうだなんて」

「わかったから」


 結局聞けずじまいでもやもやだけが残る。

 仕方がないのでそのまま昼食にするしかない。


「久々のまともなご飯…最近忙しすぎてカップ麺が主食だったのよ。早速食べよー」

「作ったの俺だからな」

「そうだね。ありがとう」

「…ああ」


 こういう時に素直にお礼を言われ慣れていないのでから返事になってしまう優人。

 千聖が絶対に言わないようなことを平気で言う梓のせいですぐに優人の想定が崩れっぱなしである。


「へー…そういう」


 そんな優人の様子を見て不敵に微笑み、変なことを考えているであろう千聖。


「葵にも言ったが、期待に沿えなくて悪かったな」

「まだどうなるかわからないじゃない。ねえ梓ちゃん。優君ってばこんなだけど中身はいいやつだしご飯はおいしいから優良物件だと思うのよ」

「確かにそうですけど…」

「ちょっと待て、それ同意するとやば…」

「そうよね、そうなの。なのに優君ったら見た目は…しょうがないとして性格があまりにぶっきらぼうすぎて彼女の一人もいないのよ」


 優人の制止もむなしく暴走のきっかけを与えてしまった梓。

 この後面倒なことになったのは言うまでもないことなのだ。

お久しぶりです。花薄雪です。

3話連続での新キャラ会でしたが次回からはようやく日常会です。

ようやくイチャイチャさせることができる…とはなりそうにありませんかね。

でも少しづつ…少しづつなら砂糖を追加できるはず。


最後に、気に入っていただけましたらブックマークと拡散をお願いします。

していただけたら僕が泣いて喜びます。

それではまた次回の後書きでお会いしましょう。

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