第四話 頼れる友人①
「とりあえずここでいいかな」
場所を移してさっきお昼を食べた場所まで戻ってきた。
優人が持ってきたレジャーシートは二人くらいでちょうどの大きさだったので女子二人を座らせて男二人は隣の芝生に座った。
「じゃあまず自己紹介からしようかな。僕は菖蒲健二、クラスは一緒だけど話すのは初めてだね。よろしく」
「私は天竺葵、そこの根暗男子の数少ない友人だよ」
誰が根暗なのか小一時間問い詰めたいところだったが今の優人の容姿では否定材料が少なすぎる。
かなり伸びた髪、謎の眼鏡、細長い体。
側から見たら完全に根暗のそれだろう。
「さっきの仕返しだよ」
優人の考えを見透かしたように笑う葵は満足したのか梓の方に向き直って言った。
「これからよろしくね」
「えーっと、よろしく…お願いします」
梓は梓で人馴れしていないせいか若干しどろもどろになりつつ返答をしている。
「緋衣さんって話すんだね」
「は、話す?私にどういう印象があるんですか?それ」
「無口でクールな美少女」
「な、なるほど?」
「でもなんか意外とそうでもないね。普通の女の子って感じ」
「まぁ普通の女子高生ですから」
優人には見せなかったが梓の初対面は意外と口下手なのかもしれない。
簡潔に敬語で返答していく梓に少しの違和感を感じる。
「なんで二人でデートしてたんだ?」
隣でプチ女子会が開かれる中、反対に座っていた健二から小声で疑問が飛んできた。
おそらく葵の話が長くなると踏んで要点だけ聞きにきたのだろう。
「デート…ではないと思うが。…まぁ一旦いい。詳しい事情は俺の口からは話せない。本人の話したいところまで梓から聞いてくれ。ただ、一つ言えることはあまり聞かないであげてほしいってこと。多分今の梓は空元気状態だ」
「空元気?」
「多分な。確信まではしてない」
「なるほどね」
今まで感じた梓の違和感の正体はおそらく空元気から来るものだろう。
作ったような笑顔、時々泳ぐ視線、ためらいを感じるような行動。
その全てが無理に元気を装おうとしているが故のものだというのが優人の推測だ。
「それに何より既視感があるんだ」
「既視感…そっか言われてみれば……確かにそんな気がするね」
梓の方をチラッと見た健二はそんなことをこぼした。
葵との会話が気づいたら恋バナになっていて対応に疲れている梓は優人が指摘した行動をしているように見える。
「わかった。じゃあ葵、僕らはお暇しよう」
「えーやだ。せっかく梓ちゃんと仲良くなったのに」
「そんなこと言ったって僕らは邪魔に…」
「いや、俺からも頼むよ」
「優人?」
「今の梓には葵くらいの元気さが必要だ」
女子たちに聞こえないように小声に切り替えて健二に伝える。
正直なことを言うと葵と梓を近づけるかは昨日の寝るまでずっと悩んでいた。
結果的に梓本人の願いもあって接触は避けることにしていたが出会ってしまったのなら話は別であり、現状を見ても梓と葵の相性は悪くない、というよりよく見える。
「…そうだね。優人がそう言うなら一緒に行こうか」
「ナイス優人。やったね梓ちゃん」
「う、うん」
梓が完全に葵のペースに飲まれている。
梓の手を取って子供のようにはしゃぐ葵と困った顔をしている梓、それを後ろから苦笑い気味に眺める男子二人。
温度差で風邪を引きそうになるが梓も本心から嫌がっている様子はない。
「それじゃあ行こう!いいデートスポット教えてあげる」
「だからデートじゃないんだって」
優人の呟きはテンションの上がった葵の耳には届かない。
ただそんな時に頼りになる人が今隣にいる。
「なあ健二、少しあの暴走機関車を止めてくれ」
「仕方ないね。葵、優人が言いたいことあるらしいよ」
「おや?何かな?」
おかしな話だ。
ほとんど同じ声量のはずなのに優人の声は届かず、健二の声は届く。
「文句はあとでたっぷりと言うとして葵には頼みたいことがある」
「文句…?まぁいいや。それで頼みってのは?」
「梓を連れて日用品だとかを買いに行ってきてくれ」
「ん?もしかして…同棲かなんかしようとしてる?」
ただもう葵の変な妄想はわざわざ相手をするようなものでもないことは優人にもわかっていた。
「俺じゃ梓に何が必要かわかんないんだよ。そこら辺は得意だろ同性だし。じゃあ梓、うまくそいつを利用してくれ。これ必要になるであろう物が入ってるから。俺は健二とどっか行ってるから…あと一応言っておく。期待に沿えなくて悪かったな」
「いやちょっと」
変な考察をしようとしている葵は無視してお金やらなんやらが入った封筒を梓に預けて優人と健二は別の方へ向かう。
後ろから梓の引き止めようとする声と葵の妄想が聞こえるが仕方がないのだ。
「…健二、あとで葵のこと止めといてくれよ」
「善処はする」
「できるとは言わないんだな」
「過度に期待もされたくないしね」
健二は飄々と生きている。
非を自分に受けず、恨みの対象にならぬように振る舞う。
「そういうとこだな」
「優人に言われたくないなぁ」
健二は本当にいい性格をしていると思う。
しかし、優人はそんな健二に全幅の信頼を置いているのだ。
* * *
「どうしてこうなった…」
今、梓の目の前にはおかしなテンションの上がり方をした葵がいる。
周りの人たちも引いた雰囲気を醸し出して葵を横目に見て通り過ぎていく。
「梓ちゃん、梓ちゃん。優人との馴れ初めってどんな感じだったの?」
おまけにさっきから梓と優人を恋仲だと勘違いしているのだ。
どうにかこうにかのらりくらりと躱しているがそろそろ限界だ。
全て話してしまうか、それとも黙っているべきか。
全員が優人のように優しく寄り添ってくれるわけではない。
それに仮に寄り添ってくれるとしても空気を悪くはしたくない。
そう思うと梓の事情については梓自身からは話しづらい。
「梓ちゃん、大丈夫?」
梓が色々と考え込んでいると葵は心配そうに梓の顔を覗き込んくる。
綺麗な顔立ちと明るい茶色の髪の毛は同性である梓でさえ少しどきりとした。
「ん?いやなんでもないよ?」
色々な焦りを悟られぬように笑顔で返答する。
最近ずっと使っている作り笑い。
おそらく梓の心の傷が癒えるまでは使うことになるのだろう。
「そう?ならいいけど…それで?馴れ初めってどうだったの?」
馴れ初めと言われると屋上で出会ったところからだろう。
実際梓にはよくわかっていない。
何故優人が屋上にいたのか、何故梓の事情を知っているのか。
聞いても答えてくれそうにはないのが惜しいところだ。
おまけに料理について聞いた時は意味深なことを言っていた。
「ねぇ、天竺さん」
「葵でいいよ。その方が嬉しい」
「じゃ、じゃあ葵さん?葵ちゃん?」
「葵ちゃんで」
「わ、わかった」
結局葵の押しと笑顔に負けて名前で呼ぶことになった。
しかし、本題はそれではない。
「葵ちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「何かな?」
「優人君って何者?」
梓が聞きたいことは優人の素性について。
優人の話を聞いた感じ、葵と健二は確実に何か知っている。
「優人が何者かねぇ…ちょっと答えづらいかな。それは本人から聞かないと駄目だと思うし」
難しい顔をしている葵は申し訳なさそうに言った。
「そっか」
「意外とあっさり引くんだね」
今度は葵の表情が驚きに変わった。
コロコロと表情を変える葵が亡くしてしまった弟によく似ていて見ていられなくなる。
思わず視線を逸らしてしまった。
「なんとなく教えてくれないんだろうなって思ってたから」
視線を逸らしたまま思っていたことを答える。
もしかしたら知れるかも程度の期待だったので実際何とも思いはしなかった。
「ふーん。まぁいっか。こんなところでぐだぐだしてても仕方ないしちゃちゃっと買い物済ませちゃおうか。お金どんくらい持ってる?」
そこまで言われて梓はようやく思い出した。
梓自身の所持金はゼロだ。
今着ている服ですらさっき優人が買ったのだ。
「どうしよう…持ってない」
「…まじ?」
二人の間になんともいえない空気が流れる。
「ちょっと優人に連絡…ん?」
「どうかしたの?」
葵は何かを読んでいるように目を左右に動かして真剣な顔でスマホを見つめている。
ようやく読み終わったのか、少しして葵が口を開いた。
「さっき優人から封筒貰った?」
「あぁ、そういえば貰った」
さっき優人達と別れた時に必要な物が入っていると言われて貰った封筒を取り出す。
開けて中を見ると学生には少し多すぎる金額と何かメモのような紙が入っている。
「お金入ってたでしょ」
「入ってた」
少し緊張しているのか梓は瞬きを繰り返して空返事気味に答える。
何せ封筒の中に入っていた金額は
「二十万円くらい」
「…多くない?」
「どうしよう葵ちゃん、手が震えるよう」
梓の申告通り梓の手は小刻みに震えて今にも封筒を落としそうだ。
実際、二十万円もの金額は学生の梓にとっては大きすぎる。
「あいつ…彼女が可愛いからって調子に乗りすぎでしょ」
葵は葵で大変面倒な勘違いをしている。
「いや、そういうもんでもないか…あれはあれで常識がぶっ壊れてるから仕方ないか」
「常識…?」
何やら不穏なことが聞こえて葵の独り言に耳を傾ける。
「ならそれ以前の問題かも…優人はどうして梓ちゃんを?あいつに限って見た目ってことはないし…それなら」
何やら結論に至ったらしい葵は梓の方に振り向いて深刻そうな面持ちで口を開く。
「あなたに何があったの?」
それは梓が今最も隠していたいことに対しての質問。
梓はまるで首でも絞められているのかと思うほど息と言葉が詰まった。
「優人が下心や弱みに漬け込んで梓ちゃんに近づいたとは思えないの。だからあなたの事情を聞かなくちゃいけない。申し訳ないけど私たちは優人の方が大事なの。何があってもあいつの味方でいるって決めてるから」
梓にとってはとても語りたくはない事情だが葵の言い分も理解できる。
ぽっと出のクラスメイトより友人の方が大事なのは当たり前だ。
「その…結構嫌な話になっちゃうけど聞く?」
梓は意を決して自分の何があったのかを語ることにした。
普通ならあまり人に言う話でもなければ自分から思い出したいことでもない。
けれど、さっきの葵の言葉や優人からもらった封筒に入っていたお金以外の一枚の紙のこともあって話すことにしたのだ。
「私に残っているものは…何もない」
梓は全てを語った。
梓自身や梓の家族がどうなったのか。
どうして優人と一緒に行動していたのか。
それを全て黙って聞いていた葵は梓の話が終わると大号泣して梓に抱きついた。
「うわぁん、辛かったね。ぐすっ、よく頑張ったね。よく立ち直れたよ。優人も後で褒めなきゃねぇ。ぐすん」
昨日の梓以上に泣いているのではないだろうかと思うほど葵の号泣っぷりは凄まじく、周りも何事かと少し人だかりができ始めている。
「美少女が美少女の胸で泣いている…」
「泣いても可愛いなんて…少し妬ましいわ」
「俺たちの桃源郷がここに…」
なかなかにすごいことを言う男性もいれば、嫉妬の困った瞳で見てくる女性もいる。
葵は葵で梓とはまたベクトルの違った可愛さがあるのもあり周囲の人がさらに集まり始めている。
「えっと、葵ちゃん?」
「ん?」
ようやく少し落ち着いてきた葵に梓が話しかける。
まるで怒られた子供のようにギャン泣きしていた葵の目はすでに赤くなり始めている。
「人も見てるしそろそろ買い物に行かない?」
周りの状況に居た堪れなくなった梓が葵肩を持って提案する。
「ほんとだ。なんか人だかりができてる」
キョロキョロと周りを見て今更な感想を言う葵。
時間が経つにつれて少しづつ人が集まってきている。
「よし、じゃあ」
いきなり手を取られた梓は葵の言葉に反応する間もなくされるがままに手を引かれて駆け出す。
まだスニーカーを買っていないせいで学校の革靴のままだと走りづらい。
人を分けて転びそうになりながらもなんとか葵についていく。
「それじゃあ気を取り直して買い物に行こう!」
ある程度走ってさっきまでの人だかりが見えなくなってから切らしていた息を整えて葵が店の方を指さして言った。
「うん!」
私情を話して少し気が楽になったのか梓はさっきまでよりもいい笑顔で返事をした。
お久しぶりです。花薄雪です。
葵はいつでもこんな感じです。
シリアスすぎるとよくないかなということでね。
それと葵の誕生日は2月22日ということにしています…猫の日だからじゃないです。
理由は調べてみると面白いかも?
ヒントは「天竺葵」という名前です。
最後に、気に入っていただけましたらブックマークと拡散をお願いします。
していただけたら僕が泣いて喜びます。
それではまた次回の後書きでお会いしましょう。