第二話 朝食
現在時刻は午前七時。
朝食にはフレンチトーストを焼いている。
優人は一晩卵液につけたパンを卵液ごとバターを溶かしたフライパンに入れて焼くちょっと贅沢をしたような気分になれるフレンチトーストがお気に入りだ。
「フレンチトーストは作るのが楽だから朝にいいよなぁ」
優人は一人そんなことを呟いて二人分の朝食を作っている。
梓はまだ起きていない。
きっと泣き疲れていたのだろう。
優人は無理に起こさず梓を待っていた。
あとはスープとヨーグルトでいいか、と思っていたところ、階段を下りてくる音がした。
優人は慌ててテレビのリモコンをとってついていたテレビを消す。
「…おはよう」
「あ、あぁ…おはよう」
朝食作りも終盤に差し掛かったタイミングで梓が起きてきた。
家に他人がいるというのは違和感がすごい。
しかしそれも梓の住む場所を確保するまでのことだ。
そんなことを考えつつ湯を沸かしてコンソメと切った玉ねぎを入れた。
優人にとっては料理も手慣れたもので人に出しても恥ずかしくないという自負がある。
梓から見てもそうだったようで
「優人君…昨日も思ったけど結構料理上手だよね。誰かに習ったの?」
「いや、習ってはないな。一人暮らししてれば勝手にできるようになるものな気がする」
「…いつから一人暮らししてるのさ」
その質問は答え辛い。
本当のことを言うのであれば中学生の頃からになるが聞こえがあまりにも訳ありすぎる。
しかし料理が慣れと言ってしまったので、高校からとも言い辛い。
どう答えても気まずくなる八方塞がりの状態。
自分の掘った墓穴を理解して優人は自身の頭を抱えたくなった。
どうしたものかと悩んでいるうちに梓から次の言葉が発せられた。
「まぁいいや。それより買い物ってどこ行くの?」
あまりに都合の良すぎる話題転換に乗らない手は優人には無かった。
「電車でちょっと行ったところに大きめなデパートがあるからそこに行こうかなと。県内ならかなり所だし一通り必要なものは揃うかなって思うんだけど」
「了解」
そんなやり取りをしてるうちに朝食は作り終わっていた。
昨日も感じていたことだが人と話していると時間が早く過ぎるような気がする。
「買い物は昨日言った通り緋衣さんの衣服、化粧品、その他諸々の日用品。あとは…なんかあるか?」
確認のために梓にも聞いたが帰ってきた返答は必要なものではなく
「名前…」
「なんて?」
何かよくわからない言葉が聞こえた気がして思わず聞き返してしまった。
梓は中々に複雑そうな感じで続けた。
「私は君のことを優人君と呼ぶ。でも優人君は私のことは緋衣さんと呼ぶ。なんか距離がある気がするんだよね。ってわけで私のことを梓って呼んでよ」
それは重要なんだろうかとも思いつつ、呼んでほしいのなら別に優人には何の問題もない。
しかし、学校でのいつもの物静かさはどこへやら。
今の梓はただの普通の女の子である。
表層だけ見れば何ら問題はない。
それでも優人にとっては本当にあの短時間で昨日のことを乗り越えることができたとは到底思えない。
なので念のため梓の精神にゆさぶりをかけないように梓の要望には応えておこうと思う。
「そうだな。確かに変な話か。じゃあ梓さんでいいかな」
「梓さんだと言い辛いだろうから梓でいいよ」
本人の性格上滅多なことでは動揺しない優人だが、女子の名前を呼び捨ては流石に躊躇いがある。
何の試練をさせられているのかと嫌になりそうだったが要望には応えようと思っている以上仕方がない。
「じゃあ梓って呼ぶよ」
この時、なかなか自分に違和感を感じるような感覚になったが目の前で笑っている梓を見てそれでもいいかと思った。
気にしないためにも作った朝食を盛り付けて机に並べる。
少し焦げてしまったフレンチトーストはさりげなく自分に回して動揺を悟られないようにしておいた。
「「いただきます」」
二人揃ってそう言って食べ始める。
そんな中で笑みを浮かべている梓に感じた違和感とも既視感とも感じる雰囲気を優人が見逃すことはなかった。
* * *
「美味しかった…」
朝食を食べ終わって梓は昨日から自室になった部屋に戻ってきた。
昨日から制服以外を着ていないせいで体に違和感が残る。
お風呂には入ったとはいえずっと同じ服を着ているのはいい気分では無い。
「今日は少なくとも2セット分の私服を買わないと」
そう言って思い出した。
今日服を買うのは自分ではなく優人だ。
梓からすると服を買ってもらう形になる。
昨日は自分が買うと優人に押し切られて納得してしまったものの今でも申し訳ない気持ちだった。
しかし、買ってもらわないとどうしようもないのは梓もわかっているのである。
わかってはいるがもどかしい。
「んん〜…っはぁ」
どうにもやりきれない気持ちを落ち着かせるべく伸びをした。
「まあ、今は仕方ないにしてもいつかはお返ししないと」
そう決心して出かける準備をしようとした時、さっきの優人の言葉を思い出した。
『一人暮らししてれば勝手にできるようになるものな気がする』
明らかに一人暮らしをして長い人の台詞だが優人は高校一年生だ。
普通であればそんなに長く一人暮らしをしているわけがない。
そうは思っても明らかに慣れた手つきの料理と余裕のある態度。
長く一人で暮らしていたと言われてもおかしくはない。
その場合はかなりの訳ありであろう。
しかし実際のところはわからない。
「考えても仕方ないし早く買い物に行こう」
思考を切り替えて買い物に意識を向ける。
ほとんどない私物の中からスマホと交通系ICカードを取り出して玄関に向かっていく。
ほぼ初めての買い物ということもあり少し楽しみにしていた梓の足取りは軽かった。
* * *
梓が支度に向かった後優人はとある人物に電話をかけていた。
『もしもし。どうしたかね?』
電話越しに聞いた声は柔らかく優しさを感じる声だった。
声の主は五十歳ほどの男性で老紳士を思わせる話し方だ。
「お久しぶりです、徹さん。お願いしたいことがありまして」
『珍しいな。優人の方からお願いがあるとは』
あくまでも威厳を見せようとする徹だが嬉しさが隠しきれていない。
電話越しでもわかるほど声色が変わっている。
「ちょっとやらなくてはならないことができましてそのための資金を増やして欲しいのです」
そう、徹、本名『柊徹』は優人の扶養者だ。
梓についてであることは伏せて用件のみを伝える。
『増やしてもいい…が条件付きだ』
「わかりました。その条件とは?」
優人は恐る恐ると言った具合に聞く。
『一つ目は成績の維持。二つ目はやらなくてはならないことの内容だ』
「成績については問題ありません」
『では、内容は?』
「……人助けです。それ以上は本人の許可がないと言えません」
あくまで人助けであると言って黙秘権を行使した。
クラスメイトの美少女と一緒に暮らすためのお金をくださいなんて口が裂けても言えるはずがない。
『…いいだろう。優人が自ら関わることを選んだほどの人物だ。それだけの価値か理由があるのだろうそれ以上の中身は聞かんさ』
梓のことを話さずに済んでほっとしたのも束の間。
徹がわけのわからないことを言い出した。
『ではこちらからもお願いだ。…私のことをパパと呼んでタメ口で話してみなさい』
「はぁ…」
始まった。
徹はよく優人と“家族”であろうとする。
それが少し嬉しく、申し訳なかった。
「…もう少し待ってください。俺が自分を許せるまで」
徹は困ったという感じのため息をついて言った。
『ずっと言っているじゃないか。君は悪くないんだ。無理に背負わなくていい』
あくまで優しく、諭すように徹は言った。
しかし優人はその優しさを受け取らなかった……というより受け取れなかった。
過去の記憶が邪魔をする。
『あなたなんかが生まれたから…』
たった一言が優人を抉り突き動かす。
「過去に取り憑かれたまま家族を作りたくないんです。わかってくれとは言わないのでまだ見守っててください」
しばらく時間を置いて電話越しに徹が呟く。
『…わかった。まだ待っているとしよう。だが覚えていてくれ。私たちは味方だ』
その強く放たれた言葉に優人は目頭が熱くなるのを感じた。
自分を認めてくれる人がいるというだけで嬉しい。
しばらく黙っていた後、ありがとうございますとだけ言って通話を切った。
「しばらくは人に会えなそうだ」
優人は腕で目を覆って天井を仰ぎながら呟いた。
お久しぶりです。花薄雪です。
…三回目にして書くことがなくなってきました。
じゃあ…小話?裏話?でもしてみようかな。
今作の登場人物のうち、学生に当たる人物の名前については花が由来になっています。
例えば「緋衣梓」は「緋衣草」と「梓」がもとになっています。
花言葉はそれぞれ、「家族愛」と「清らかな心」です。
こんな感じで名前を付けたキャラが結構いるので調べてみると面白いかもしれないですね。
(一部キャラクターには誕生日にも意味があったり)
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していただけましたら僕が泣いて喜びます。
それではまた次回の後書きでお会いしましょう。