第十一話 噂をすれば
「…すごいな、これ」
「これは…すごいね」
目の前にあるのは山盛りの削られた氷に赤いシロップ、そして大量のフルーツが乗った想像の三倍はあるかき氷。
ここまで贅沢仕様なかき氷だとはさすがに思っていなかった。
どうして二つ分注文してしまったのかと後悔するほどにいろいろと頭が痛くなりそうな光景。
「まぁ…溶けなうちに食べるか…」
食べきれるかはわからないにしてもせっかくなら溶ける前に食べておきたい。
ふと梓のほうを見るともうすでに食べ始めていて、おいしそうにシロップの大量にかかった部分を頬張ってはおいしそうに顔を綻ばしている。
梓は優人の作ったご飯を食べるときもこんな顔をするので最近はご飯が楽しみになっていたりする。
「おいしい?」
梓があまりに幸せそうに食べるのでついつい聞いてしまった。
「うん!なんだかんだ葵ちゃんに感謝かもね」
「そうかもな…たまには役に立つな」
普段がかなり自由人であるせいでそれなりに被害を被っている優人。
しかし最近は感謝することも増えてきたので少し複雑な気分である。
「たまにはって…本人が聞いたら怒っちゃうんじゃ…」
「ぷんぷんだよ」
「え?」「は?」
今この場で聞こえるなんて一ミリも思っていなかった声が聞こえておかしな声が出た優人と梓。
声が聞こえた方向を見てみると両手を腰に当てて頬を膨らませた葵の姿。
そしていつも通り一歩下がったところから眺めているだけの健二。
「さすがの葵ちゃんでもその一言には怒り心頭であります」
「どういうキャラなんだ…というかお前そういうの気にしないだろ」
「あ、ばれてた?別に気にしてないよ」
「だろうな」
膨らましていた頬を萎ませていつも通りの人懐っこい笑みを浮かべた葵。
そんな葵の様子に当てられたのか少しざわめきだした周囲の人たち。
ただ、次の瞬間には健二が笑顔で放つ無言の圧力によって大体の人が黙るのだが。
健二も大変だなと思いつつもそれが葵を恋人に持つということの宿命なのかもしれないとも思った。
「梓ちゃーん。久しぶり。元気?」
「うわぁ、ちょっと…葵ちゃん、危ないってば」
「え?あぁ、ごめんごめん」
梓のかわいげな悲鳴を聞いて視線を向けると抱き着かれてかき氷を持ったまま倒れそうになっているところだった。
どうにかしてかき氷を持ち上げて守っている様子がどうにも少し面白くてつい笑いがこぼれた。
「ちょっと…笑ってないで何とかしてよ」
「およ?優人が笑ってる」
「なんだ?笑っちゃだめか?」
なぜ不思議に思われているのかが不思議でならない。
優人だって普通に笑う。
そこまで不愛想なわけではないはずだ。
「いや、そうなんだけどね?なんかこう…いつもと笑い方が違うというか…違和感というか」
「どういうことだよ…」
「いや、ほんとにね?何か違うんだよ。梓ちゃんならわかる?」
梓に抱き着いたまま表情をころころとしてどうにかこうにか伝えようとしているようだがまったくもってわからない。
なぜ梓から一向に離れないのかもわからないが抱き着かれている側である梓はなんだかんだ楽しそうに葵の相手をしているので問題はないのかもしれない。
ちなみにかき氷はいつの間にか机の上にあった。
「え?なんか違うかな?普段からこんなものだと思うけど」
「…やっぱり梓ちゃんじゃわからないか。健二君ならわかるでしょ?」
葵がそういって健二の方を向くと健二はいつものように不思議な雰囲気で口を開いた。
「どうだろうね。何かあったように見えるのならそうなんじゃないかな?」
「ねえ、その言い方!絶対何かわかってるんでしょ!教えてよ~」
健二は何に気づいているのか…少しだけ優人にも心当たりがないわけでもないが。
葵には想像もつかないのか健二にごねては梓に強く抱き着いている。
さすがに梓がかわいそうなので優しく引きはがしてやると、まだ引っ付き足りないのかまた子供のように駄々をこね始めた。
「なんでなんで。どうして優人までいじわるするのさ」
「ここが公共の場だからだ」
さすがに周りの目が痛い。
真夏日ということもあり、かき氷を主に据えるこの店には客がかなり入っている。
割と家族連れが多くてが少しやがやしているとは言えど今の葵は目立ちすぎているのだ。
「いいじゃんいいじゃん。ちょっとくらいならいいじゃん」
「葵、さすがにもうそろそろやめた方がいいよ」
さすがは葵にとっての鶴の一声。
葵の頭に手を優しくポンとおいて静かに動かすと急に葵が静かになる。
どうしていつも優人の言うことは聞かないくせに健二の言葉には素直に従うのか。
今に始まったことではないので考えても仕方ないことなのだが。
「ほら、緋衣さんに謝りな?」
「…梓ちゃんごめんね」
もはや親と子供である。
というか下手したら葵の親よりも葵の扱いがうまいんじゃないだろうか…
「別に大丈夫だよ。でも次からは何か持ってるときにいきなり抱き着くのはやめてもらいたいかな」
梓が苦笑いをしながら言うほどなので相当危なかったのだろう。
「…そういえばお前らなんでここにいるんだ?」
怒涛の展開すぎて聞く余裕がなかったがよくよく考えてみればかなりおかしな話である。
まさか後をつけてきたわけでもあるまい。
というかその場合は公園での出来事を目撃されていることになるので非常にやばい。
「ん?あぁ、いやたまたま見かけたから」
「み、見かけたって…その、どのあたりで?」
梓が少し声を震わせながら食い気味に葵に聞き返す。
梓も優人と同じことを危惧しているのか少し焦っているようにも見える。
「ここのお店に入るの見かけたんだよね。私たちも食べようと思ってたからちょうどいいやと思って」
「あぁ…そうなの。よかった」
梓が胸をなでおろすのを見て同じく少し安心した優人。
しかし少し不敵に笑う健二のことには気づいていなかった。
「そういうことなら一緒に食べるか?」
「もちろんそのつもりでいますとも」
どや顔で腰に手を当てた葵。
なぜこの状況でその表情が出てくるのかわからないが梓も嬉しそうな顔をしているので問題はないだろう。
「じゃあそろそろちゃんと食べるか。もう半分くらい溶けかかってるけど…」
あまりに長話をしてしまったためにすでにあった優人と梓のかき氷は少し量が減ったように見える。
言われて気づいたのか自分のかき氷を見て少し残念そうにしている梓。
そんな梓がかわいく思えてまた軽く微笑みが漏れる優人。
そしてまたもや何も言わずに不敵な笑みを浮かべている健二。
しかしそんな健二には誰も気づくことなくそのまま4人でかき氷を食べ始めた。
食べている途中で早食いをしていた葵が頭痛に悩まされたのはまた別のお話。
みんなでかき氷を食べ、解散するために店の外に出たとき、健二がいきなり話しかけてきた。
「この後時間あるかな?」
「え?まぁあるといえばあるが…梓を家に送ってからだな」
葵と楽しそうに話している梓の方をちらっと見てから健二に視線を戻す。
さすがに女子一人で歩かせるのは夜じゃなくても不安になる。
「それでいいよ。僕も元からそのつもりだったし」
「じゃあそういうことで。また後でだな」
またまた離れたくないと駄々をこね出した葵をいつものように健二が優しく引き剥がして半ば強制的に帰路に着かせる。
毎度の如くどうしてここまで健二には素直に従うのだろうかと甚だ疑問である。
そんな2人を見送って優人と梓も帰路に着く。
「…葵ちゃんにバレたかと思った」
「だよな。本当に冷や汗出た」
梓がいきなり口を開いたかと思えばやはり葵のことだった。
正直優人としてもあの時は相当焦ったがそれ以上に梓の青ざめ様はすごかった。
「まぁ見られてなくて良かったよ」
それについては優人も同感である。
葵はその手の話が異様に好きなのだ。
変に火をつけてはこちらが持たない。
「今回は、な?」
「…いや、こ、これからは自重するから」
思い出して気まずいのか恥ずかしいのか、どちらにせよ俯いてしまって表情が読めなくなった梓。
正直そんなつもりで行ったわけではないのだが、これはこれで可愛らしくて良いので変に否定もしづらい。
しかし責めている意図がないのにそう感じ取られてしまったものは否定した方がいいのだろう…非常に勿体無い気はするが。
「別にそんなつもりで言ったんじゃない。それに…」
「確かに言ったけどさ…それに?」
これはこれとして非常に言い難いのだが、もう言い始めてしまった手前後戻るのもなんか違う気がしてそのまま言う覚悟を決めた。
「その…俺でよければいつでも相手になってやる。また辛くなったら相談して欲しい」
暗にまた抱きついてこいと言っている様な気がして非常にいたたまれないがそれで梓の不安、悩みが消えるなら安いものだろう。
「そ、そう?なら…」
そう言って梓は優人の手を取った。
いきなりのこと過ぎてなにも反応することができず、されるがままに手を引かれる。
「ど、どうした?なんで…」
「だって…優人君が相手になってやるって言うから。いいのかなって」
「確かに言ったけど」
「それにこの前だって手は繋いだじゃん」
「あれは逸れそうだったからで…」
どういうわけかやたらとぐいぐい来る梓に翻弄されている。
異様に柔らかい梓の手に思考を鈍らせられてうまく返答ができていない気がする。
「じゃあ…」
いきなり立ち止まった梓は優人に改めて振り返って淡い笑顔で言葉を発する。
「私がもう逸れないように…繋いでおいてよ。私の死ぬ場所はもう決まったんだから」