第十話 散歩②
「ありがとう。優人君」
「落ち着いたか?」
「だいぶね」
目の周りを赤くした梓。
相当な量の涙を流したのか優人の服は遠目で見てもはっきりわかりそうなほど濡れている。
「その…ごめんなさい。服、汚しちゃって」
「いや、いいよ家すぐだし。こんなんで梓の気が済むなら俺の胸くらいならいつでも貸してやる」
実際、公園にはスーパーから優人の家の方向に進むようにして来たので帰る分には何ら問題ない。
何ならこの気温であればすぐに乾くと思っているのでそこまで気にしてもいない優人。
「いや、申し訳ないからいいや」
目だけでなく頬も少し赤くしてそっと目をそらした梓。
その瞳にはまだかすかに涙が残っている。
「申し訳ないとか思われてもな。そろそろ慣れてくれ。別に俺は迷惑だと思っていない」
「そういわれても…」
もうしばらく一緒にいるのだから慣れてほしいところである。
そんなことを考えていた優人だったが梓から思いもよらないことが聞こえた。
「普通はね、男女で頭撫でたりとかしないのよ」
梓が優人を正面にとらえて少し弱気勝ちに言った。
先ほどよりも頬は赤くなり、心なしか瞳にたまった涙が増えているようにも見える。
しかし、今の優人にはそんなことはどうでもよかった。
「え?普通…やらない?そうなの?」
「なんで逆にやると思ってるのよ」
梓が少し呆れたような視線が向けられる。
「だって俺の周りでは普通だったから…」
「どういう環境だったのよ」
「健二とか葵とか姉さんとか」
「よくわかった…なんかごめんね?」
何かを察して謝った梓。
優人の育った環境が異質であるというのは正直優人も理解している。
しかしそれでも多少の常識くらいはあると思っていた上、友人との接し方も正しいと思っていた。
「いや、謝らなくていい。これからは控えるから」
優人がそう言うと何故か梓は少し気まずそうにしながら頬を赤くして口を開いた。
「その…嫌じゃ…なかった…から…ね、その…やってもらっても…良い…と言うか…やって欲しい…と言うか」
「え?そうなの?」
あまりに驚きすぎてつい聞き返してしまった優人。
しかし幸い梓は怒ることなく少し悲しい顔をして事情を話し始めた。
「この前も優人君が頭を撫でてくれたことがあったでしょ?あの日は嫌な夢を見ずに眠れたの」
「嫌な夢?」
「そう。断片的に私の前に現れては消えていくの。燃えた家、いなくなった家族、そして何もない暗い空間」
思い出して辛くなったのか少し俯いてこぶしを握る梓。
そんな梓を見てまた苦しくなる。
ただの女子高生には重すぎる事実が梓にのしかかっている。
「…俺は泣くなとも忘れろとも言えない。でも一つだけ言っておく。幸せになれ。それが生き残った側が唯一できる恩返しだから」
これは常々優人が思っていること。
故人を想うのが大事と言えど引きずってしまっては向こうも安心して眠ることもできない。
そんなことを誰に教えられたのか。
今となっては覚えていない。
「…えーっと、優人君…そういうところだよ」
「ん?なんて?」
あまりに消え入りそうな声で何かを呟くものだから聞こえなかった。
先ほどよりもさらに赤く、耳まで真っ赤に染まった梓。
そっぽを向いてしまっていてどんな表情をしているのかわからない。
「…何でもない。それよりもこれからどうするの?」
いつもよりも少しだけ落ち着きの足らない声で梓が言う。
いまだにこちらを見ようとしないのは何か事情があるのだろうか。
「そうだな…家帰ってもいいけど…あずさに決めてもらった方がいいな」
優人としては本当にどちらでも良かった。
今最も消耗しているのは間違いなく梓で、その梓の意見を無視してどうするか決めようとは思っていない。
「そう?それじゃもうちょっとだけ」
さっきよりもいい笑顔になった梓。
そんな様子を見て安心感を覚える。
「わかった。じゃあ次はあっちのほ…おっと…え?どうした?」
歩き出そうとした途端、優人は正面からの衝撃にたじろいだ。
何があったのかと視線を少し落とせば優人に腕を回して抱きつく梓。
離すつもりなどないかのように強く、そして色々と柔らかく。
「ん〜安心感…お父さんを思い出す」
そんなことを言われたら引き剥がせるはずもない。
異様に熱く感じるのは気温か、優人の体温かはたまた梓の体温か。
そんなことわかるはずもなく、ただ自分の正面で柔らかい笑みをこぼす梓の頭を撫でるだけだった。
「よし。満足」
「これで満足なら良かったよ」
梓がいきなり抱きついてから十数分が経過してとうとう優人から梓が離れた。
少し名残惜しいとは思いつつもそれを決して表には出さない。
「いや〜人に見られてないと思ったらついやっちゃった」
少し淡く笑ってそんなことを溢した梓だが残念なお知らせがある。
「…いや、何人か通ったし割と凝視されてたぞ?」
「…へ?」
梓が変な声を出しながらどんどん赤くなっていく。
どうやら梓は感情を隠すのが下手なようで恥ずかしくなるとすぐに赤くなってしまうようだ。
「ど、どうして言ってくれなかったのよ」
「いや、だって…知らない人だったしいいかなって」
さすがにクラスメイトが通っていたら優人も焦っていたかもしれないが…
「通ったのは大体ご老人か小学生くらいの子だったからなぁ」
「そ、それでも…うぅ」
恥ずかしさのあまりとうとう下を向いてしまった梓。
そんな梓も少し面白くてついつい笑ってしまった。
「なんで笑うのよ」
真っ赤に染まった顔で頬を膨らまして怒る梓。
「いや、ごめんな。ごめんって。誤ってるんだからたたくなよ」
二の腕のあたりを少し強めにポンポンとたたいてくる梓。
表情も相まってもはや子供である。
しかしそれを指摘してしまうとまた梓が赤くなってしまいそうなので言わないでおく。
「わかった。じゃあ私はアイスを要求します」
まだ少し頬を膨らませているのでまだもやもやしているのだろう。
それでもアイスで許してくれるそうなのでその誘いには乗っておこうと思う。
「アイス?そうだなぁ…ここらへんだとかき氷なんかはあったような気がするな」
「お、かき氷!いいね。行こう」
すっかり上機嫌な梓。
少しちょろすぎるのもどうかと思うがそんなところも少しかわいい気がして何も言えなかった。
「じゃあ行くか。こっちのほう」
「かき氷とか久々かも」
少し軽い足取りで追いついてきた梓。
ニコニコしながらどのシロップにしようかと迷っているのが非常に楽しそうで微笑ましい。
「俺も行ったことはないからどんな味があるのか知らないんだよね」
「え?そうなの?」
「そうなんだよね。葵に教えてもらっただけだから」
確か夏休みに入る前、おいしいかき氷があると葵がテンション高めで話してきたのだ。
その時は別にどうでもいいと思っていたが人生何が起こるかわからない。
まさか本当に行くことになろうとは思ってもいなかった。
「確かに葵ちゃんそういうの詳しそう。今度いろいろ教えてもらおう」
「そうだな…お菓子とかスイーツとか詳しかったと思うぞ。でも話し始めたら長いからそれは気を付けたほうがいい」
葵の好き語りは常人の比じゃないのだ。
特に食については異様な知識の物量で押してくる。
「あ、あはは。気を付けるよ」
優人の雰囲気から本当にやばいことを感じ取ったのか乾いた笑いとともに弱弱しい決意が聞こえた。
自分が葵から逃げられないことを悟っているようなそんな言いようである。
「悪い奴じゃないんだけどな」
「悪い子じゃないんだよね」
どうしたものかと頭を悩ませる優人と梓だった。
お久しぶりです。花薄雪です。
今回は3000じくらいの短い話にしてみました。
もしかしたらこっちのほうが読みやすいかも?と思ったので試験的にです。
今回のPV数を見てこれからの話しの長さを決めようと思います。
そしてそんなことより、とうとう梓が動き出しましたね。
え?どう動いたか?それは今後のお楽しみですよ。
最後に、気に入っていただけましたらブックマークと拡散をお願いします。
していただけたら僕が泣いて喜びます。
それではまた次回の後書きでお会いしましょう。