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第九話 散歩①

 梓が優人の家に来てからはや2週間。

 梓もだいぶ生活に慣れてきて特に問題もなく二人の生活は続いていた。


「なぁ、梓」

「ん?どうかしたの?」


 見ていたスマホの画面から顔を上げて優人のほうを見る梓。

 蒼黒(そうこく)色の瞳に優人が映る。

 きれいで艶のある黒髪も相まって梓の色白な肌を際立てる。

 最近はそんな梓の容姿によく気が散ってしまっている。


「あ、あぁ。一緒に散歩にでも行かないか?」


 今回も梓を見ていたせいで返答が少し遅れた。

 しかし、幸か不幸か梓はそんなことを気にする様子もなく口を開く。


「散歩?なんでまた急に」

「嫌だったらいいんだがそろそろ周辺の案内でもしておこうかなと」


 この二週間、梓は大して外に出ていない。

 土地勘がない以上仕方ないことかもしれないがせっかくなら好きに外出してもらいたいので散歩に行こうというわけなのだ。


「嫌じゃないよ。ちょうどそろそろ体を動かしておきたかったんっだよね」

「じゃあ決まりだな」


 一緒に出掛けるのが楽しみになっていることにまだ気づいていない優人なのだった。



 家を出て歩きなれた道を梓とともに歩いていく優人。

 まず初めに目指すのは一番近かったので行きつけのスーパーにした。


「ここら辺って思ったよりも人いないんだね」


 梓が言うように住宅街にもかかわらず人がかなり少ない。

 おかげで変に視線をもらうことはないので優人としてはありがたい話なのだが。


「夏休みだし旅行とか行ってるんじゃないのか?」

「確かに。帰省とかもあるのかな」


 閑静な住宅街をそんな話をしながらゆっくりと歩いていく。

 蝉の声、熱い風、焼き付くような太陽光など夏らしい夏を感じる。

 しかし普段なら不快になるそんな状況でも人と一緒だと不思議と気にならなくなってくる。


「ここがよく来るスーパー。結構品揃えよくて重宝するんだよ」

「おぉ。涼しい」

「そうだな」


 かなり熱い中を歩いていたのでちょうどよい涼しさに感じる。


「せっかくだから飲み物とか買っていくか」

「賛成。水持ってきてないもんね」

「まぁここで買えばいいかなって。せっかく来たなら何か買わないと申し訳ない気がするし」

「…なんか変なところ気にするね」


 苦笑いで梓がそんなことを言う。

 実際気にしすぎであろうことは優人も理解している。


「だって、なんか気になるじゃん。『あいつ何も買わないのかよ』って店員に思われてるかもしれないし」

「ふふ。ふつうそんなこと考えないよ」


 最近まで買い物にも行ったことのなかった箱入り娘が買い手の普通を微笑みながら語る。


「そんなに呆れながら言わなくてもいいじゃないか。割と気になるんだよ人の考えてることとか」


 少々ばつが悪いのか頭を掻きながら少し横を向いた優人。

 そんな様子を見てなまた梓が口を開く。


「やっぱり優人君は面白いね」

「えぇ…そんなこと言われても…」

「優人君はどうしてそんなに友達少ないの?」

「え?俺、馬鹿にされてる?」


 まさかいきなりそんなことを言われるとは思ってもいなかった優人は少しショックを受ける。

 そんな優人を見て梓が慌てて言葉を続けた。


「いや、馬鹿にしたわけじゃなくてね。なんで優しいのにとっもだちいないんだろうって純粋に疑問に思っただけだから」

「…梓、こんな見た目の奴と仲良くするのが何人いると思ってんだ?」


 優人が両腕を広げて見せる。

 目にかかるくらいまで伸びた髪、高い背丈、細い体。

 なかなかに不健康そうな見た目である。


「でも見た目に気を遣えば結構いけると思うんだけどなぁ」


 梓が優人の周りをぐるぐると回って呟く。


「優人君、髪切ってみない?」

「…切らない」


 正確には切れないなのだが説明が面倒なので切らないということにしておく。

 しかしそんなことは知りもしない梓は少し拗ねた様子。


「何でそんなに頑ななの?」

「逆に聞くがなんでそんなに俺を変えたい?」

「…だって、もったいないじゃん。優人君いい人なのに友達出来ないなんて」

「その言葉はそっくりそのまま返す」


 友達が少ないのは梓だって同じこと。

 何なら自分から友達を作らない優人と違って梓は友達を欲しがっていたのに作れなかった。

 優人としてはそのほうがもったいなく思う。


「私は、だって…仕方なかったから」

「……ちょっと場所移す」

「え?…わかった」


 梓の呟きを聞いた優人はそんなことを言って会計を済ませて梓を連れて足早にスーパーを出る。

 歩いている中で梓がどこに行くのかと聞いてきたので公園とだけ答えたがそれ以降は静かだった。



「ここ?」

「そう」


 ほんの数分歩いたところの公園に梓を連れてきた。

 ちょうど木陰になっているベンチに腰掛け、早速本題に入る。


「さっき仕方ないって言ったよな」

「え?い、言ったと思うけど…」


 優人が静かに問う。

 梓は不安になりながらも答える。


「俺の思い違いだったらそれでいいんだ。けどそうじゃなかった時が困るから聞いておく」

「う、うん」

「…家族のこともそうやって飲み込んでいるんじゃないか?」

「……」


 梓は何かやましいことでもあるかのように黙って顔をそむけた。

 一瞬にして表情が曇り、出会った日のように今にも崩れてしまいそうな雰囲気を纏う。


「一旦、沈黙は肯定ということで話を進めるからな」


 梓は一貫して黙ったまま俯いている。


「別に責め立てようとしているわけじゃない。でもさ…そうやって無理やり飲み込んで辛い表情するくらいなら…さ、その…俺にも背負わせてくれよ」


 最後の一言を言い終えると梓の瞳が優人をとらえた。

 喪失感、絶望、期待、様々な感情がぐちゃぐちゃになったようにうるんだ瞳。


「どうして…」


 それ以上梓から言葉は続かない。

 場所こそ違えど状況はあの日と同じ。

 ただ明確に違うのは優人の心の持ちよう。


「ゆっくりでいいから」


 梓の背中をさすりながらできるだけ優しい声色を心がけて語り掛ける。

 梓と出会った日からの心の成長。

 健二の助言や梓と過ごした3週間弱でより強固になった優人の目的(ゴール)


「どうして優人君はそこまでしようとするの?」


 ようやく話し始めた梓の声はひどく震えている。

 どう考えても大丈夫な状態ではない。


「この前だってそう。どうしてこんな他人にそんなに寄り添おうとするの?」

「…もう他人じゃない。それにあの時だってクラスメイトであって他人じゃなかった」


 それだけは否定する。

 今の優人にとって梓は確実に他人ではない。


「少なくとも健二や葵と同じように俺を構成する要素として大切な一部になってる」


 まぁ、優人がそれを自覚したのはごく最近のことなのだが。


「でもそうなったのも…」


 続きを言うのは憚られたのかそれ以上は口にしなかった梓。

 だんだんと気落ちしていく様子を見て優人がさらに言葉を続ける。


「それでも結果として俺は梓に会えてよかったって思ってる。それだけは変わらない事実だから」


 優人が優しい笑みを作る。

 それに合わせて梓の柔らかい髪に触れると梓から少し吐息が漏れた。


「優人君、それ」

「あ、ごめん」


 梓に指摘されて反射的に手をどける。

 しかし梓の言いたかったことは違ったようで…


「その…嫌じゃない。嫌じゃないから、続けて?」


 髪から少し浮いた優人の手をつかんで再び自分の頭の上に乗せた梓。

 普段よりもさらに破壊力のある行動に一瞬たじろぎそうになったが寸でのところで踏みとどまる。

 なかなか心臓に悪い行動だがそれで梓の気が晴れるのなら自分の心臓で代償を払ってもいいと優人は思う。


「私が落ち込んでるときによくお父さんがこうしてくれたの…ねぇ優人君…私の家族の話、聞いてくれる?」


 梓が優人の手を放してさっきよりも少し落ち着いた声で言った。

 これから梓の苦しみを一緒に背負うことになる一言。

 優人の覚悟など糖に決まっていた。


「もちろん。是非聞かせてほしい」


 優人のその二言を聞いて深呼吸を始めた梓。

 しばらくして話せるようになったのか梓が満を持して口を開いた。


「私には両親とお姉ちゃん、それと弟がいるの…お姉ちゃん以外は…()()


 それを言うだけでどれだけ辛かったことか。

 口に出したことで嫌でも再認識させられたのか梓の表情がまた少し歪んだ。

 そんな梓を見てわざとらしく、しかし痛くならないように優人が頭を撫でる手を強くした。


「んっ…ありがとう。ちょっと落ち着いた」


 そういった梓はもう一度だけ深呼吸をして続きを話し始めた。


「お母さんはちょっと厳しい人だったかな。私や弟のテストの点数をいつも気にしてて…でも愛情もちゃんとあったから嫌ではなかったかな。あ、でもお菓子とかおもちゃとかはあんまり買ってくれなかったかも」


 昔を懐かしむように語る梓は記憶の一つ一つを丁寧に回想するように目を閉じて微笑んでいる。

 今の梓に辛そうな様子はない。


「そういうの買ってくれたのはお父さんのほうだったかな。弟とお父さんと三人でこっそり買ったお菓子食べててるの見つかって怒られたんだ。私も弟もお菓子大好きだからさ」


 優人が知らない梓の表情。

 家族に向けるであろう柔和で穏やかな表情。

 まだ陰りは見えていない。


「弟はね、中学生になっても私にべったりでよく一緒に遊んでたの。よく『お姉ちゃんあそぼー』って部屋にノックもせずに入ってきてね。私は気にしてなかったんだけど、毎回のようにお母さんが怒ってた。『人の部屋に入るときはノックをしなさい』って」

「仲良かったんだな」

「うん。とても。私も弟も反抗期が全くなかったから特に荒れることもなくだったかな」


 反抗期がないのはなんとなく想像できる。

 普段からほとんど怒りを見せることのない梓。

 とてもいい親に育ててもらったのだろう。


「いい家族って感じだな」

「そう。ほんとに自慢の家族だったよ」


 どこか遠いものを見るように空を見上げた梓。

 そんな梓を見てこらえきれなくなった優人の腕がが梓をそっと包み込む。


「え?なに?急に」

「もう十分聞いた。ごめんな話さして」

「それは…いいよ。自分から話したんだから」


 そうは言いつつも今にも泣きだしそうな梓の声。


「泣きたかったら泣いていい。話すだけ話して終わりにはできないだろ…最後までぶつけてくれよ」

「でも……ちょっと、借りるね」


 そのまま梓は正面にある優人の胸に頭を預けて声を上げて泣いた。

 むせび泣く梓からは時々弟の名前であろう単語や両親を呼ぶ声がこぼれる。

 そんな梓を優人は優しく抱き留めながら背中をさすったり頭を撫でたりしている。

 それでもなお梓の慟哭はしばらくは留まることを知らなかった。

お久しぶりです。花薄雪です。

急に時間が飛んで申し訳ないです。

しかしある程度仲良くなっていただかないと書けない話も多いのです。

もし何かの縁で改めて書き直す機会があればこの二週間も追加で書こうかなと思います。

そしてこの時点で梓と優人はお互いがお互いにとってかなり大きな存在になっています。

…読んでいただいたならわかるか。

今回梓のわだかまりをぶちまけたおかげでまた少し距離が近づく気がしています。


最後に、気に入っていただけましたらブックマークと拡散をお願いします。

していただけたら僕が泣いて喜びます。

それではまた次回の後書きでお会いしましょう。

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