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第8話 助っ人

 五年前。

 国内のとある暖かい地域で、化物が現れた。

 それは人と似た形をしていたが、人というにはあまりにもおぞましく、不格好な姿。どろどろの血をまとって這う姿は、まさしく怪物と呼ぶに相応しい。

 欲しい。もっと血が欲しい。

 呻き声のような言葉と共に、それは当時周囲にいた人間を数人襲い、彼らは帰らぬ人となった。

 抗う術を持たなかった人々は終わりを覚悟したが、突如襲来した寒波によって命を救われた。

 そこに残ったのは干からびた一輪の赤い花だけ。政府によって回収され、その先の行方は公開されなかった。


 しかし、政府は見逃していた。散った花弁の一部を。



「……それで。その話がどうしたの? まさか、その花びらの一部を探してこいって言うんじゃないよね……?」


 マコトたちは小さなミーティングルームに移動していた。壊れた花奏の研究室の扉は、コシキたちが大急ぎで修復してくれているとのことだ。


 花奏(かなで)が話したのは、恐らく五年前に現れたという彼岸花の話だろう。マコトも知っているが、彼岸花がその後どうなったかといった話は聞いたことがなかった。

 もちろん花弁のことも初耳である。五年前の花の花弁など、注意深い管理の下で保存していない限りは既に塵と化しているのではないか。


「逆、逆。花弁はわたしたちが所有してるの。わたしのお母さんは、少ないサンプルから彼岸花の研究を進めてたんだよ」


 花奏の母親は、その研究から彼岸花の弱点をも発見したというのだ。そしてその副産物としてたくさんのコシキを生み出した……実績から見れば、彼女は実に優秀な人物であったに違いない。


「まあ、探して来いってのは間違ってないんだけどね」


「ああ、やっぱり……」


 面倒なお使いを頼まれそうな予感がしたのだ。それがどんなものであれ、解体(バラ)されることだけは避けなければならなので従うしかないのだが。


「政府は花をどこに保管したか公開していなかったけど、情報通の研究員がその場所を掴んだの。それが、製薬会社である丹波(たんば)製薬っていう名前の会社」


「丹波製薬……聞いたことないな。マイナーな会社なの?」


「そういうところの方が、かえって大事なものを隠すのにうってつけでしょ?」


 確かにそうかもしれない。木を隠すなら森の中……いや違う、灯台下暗し……これも何か違う気がするが、ともかく彼岸花の存在を世間の目から隠し、逸らさせるための戦略として相応しいだろう。


「それで、君たちに頼みたいことっていうのは。その丹波製薬のお偉いさんと交渉して、問題の彼岸花をゲットしてくる……という内容だね」


 やはり、そう来たか。


「できるの? ビビリなからくりと、世間知らずの彼岸花に」


「うっ……」


 すかさず、叶苗の厳しい意見が飛ぶ。考えてみれば今までのマコトの行動は、ビビリという一言で表せるものが多かったかもしれないと気づいた。反論する余地を与えない指摘である。


「大丈夫大丈夫。君たちと、助っ人にも一緒に行ってもらう予定だから」


 と、花奏がフォローを入れた。先ほどヒイロを凍死させかけた人間と同一人物とは思えないくらいの態度の変化だ。三歩歩いたら忘れる、でお馴染みの鳥頭なのかもしれない。

 それはそうと、彼女の言う助っ人とは一体誰のことだろうか。たくさんいるコシキの内の一人か、もしくはマコトたちがまだ出会ったことがないシキの誰かか。


「入っていいよー、マリア!」


 扉の方を見て名前を呼ぶ花奏。マリア、と呼ばれて入って来たのは、マコトも見たことがある顔だった。


「……よろしくお願いいたします」


「……?」


 それはからくりだった。しかしマコトとは違い、天草社が売り出しているごく一般的な女性モデルの一つ。モデルの名前は『マリア』。異国風の顔立ちが特徴的で、世間では人気が高いモデルだ。故に、マコトはその顔を何度か見たことがある。


 からくりには、性能や見た目の異なるいくつかのモデルが存在しており、購入され個人のものとなったからくりはその個人によって新たな名前が付けられることが多い。

 これは例えだが『シキ』というモデルの、同じ顔のからくりが何千、何万と製造されたとする。このモデルが世に出回り、個人の家で購入されたものが『花奏』と名付けられ、組織で購入されたものは『叶苗』と名付けられる……といった具合だ。


 ……少し分かりにくいかもしれないが、要するにからくりには型の名前と個体名が存在する場合がほとんどだということだ。

 しかしここにいる『マリア』は、そのモデルのままの名前で呼ばれていたのに違和感を覚えたのだ。


 そして何だか愛想が無いように見える。研究所や広告で見たマリアの表情は優しげで完璧な笑顔で、主人に尽くすことを目的とした家庭的なからくり……という文言で売り出されていたような気がする。


 それとは全く正反対の、感情を抑えた不愛想な表情。同じモデルに性格の個体差があるとはあまり聞いたことがないが、からくりとて学習し、成長する。このマリアの持ち主は、彼女に本来の趣旨とは違った教育を施したのかもしれない。


「彼女はシキヤシキが所有する唯一の天草社製のからくりで、主にコシキたちと同じようにわたしたちの助手をやってもらってるの」


 マリアはぺこりと頭を下げる。しかし、やはり他のからくりと比べて角度が浅かった。


「助っ人がいるのは嬉しいけど、よりによって何でからくりが? 花奏さんやコシキとかじゃだめなの?」


「わたしたちは、例外はあるけど事情があって地上に行けないんだ。からくりなら町を歩いていてもおかしくないし、『マリア』なら周りからの好感度アップもばっちりでしょ?」


 好感度のために彼女を連れていけということだが、交渉というのならある程度大事な要素ではあるのだろう。人気モデルのからくりであるというところも大きく影響してくる。


「……それに、マコトなら一般的なモデルじゃないし、からくりだとも気付かれない。マリアを従者として従わせた人間、っていう(てい)で上手くいけると思う」


「俺はどうすればいいかな?」


「……帽子でも被っておけば」


 ヒイロは何といってもその髪色が目立つだろう。そんな彼にこの提案をした叶苗だが、シンプルながらも案外効果はありそうだ。


「くそう……なんで僕たちがこんな仕事を……」


「……解体(バラ)すよ」


「うぎゃあ! やります!」


 例えなのか本気なのか分からない叶苗がハサミをカチカチと鳴らす。


「詳しい情報はマリアに与えておいたから、彼女に聞いてね。あ、あと、ヒイロくん」


「なにかな?」


「あなたが持ってた、ハジメさまのお守り……ちょっとわたしに見せてくれない? それでもって、研究のためのサンプルとして譲ってくれないかなーなんて……だめ?」


 彼女の研究に対する情熱は本物なのだろうが、私情が入り込んでいるように見えるのは気のせいだろうか。



「それで本当に渡しちゃうんだから、ヒイロってばどういう神経してるの? せっかく自分を守ってくれた一さんに申し訳ないと思わないわけ?」


「それは……俺がさんぷるとやらになれない代わりに、せめて花奏さんが喜ぶものを、と思って。それにはじめんのことだから、きっと笑って許してくれるよ」


 どこからその自信が湧いてくるのか分からないが、一の顔を思い浮かべると本当にそうなのかもしれないと思えてくる。実際、あのお守りをヒイロに渡した時も投げてたし。


「お二人とも……早めに支度を済ませて、仕事に取り掛かりましょう」


 先を歩いていたマリアが言った。苛立ちを含んでいるように聞こえたのは、流石に疑い過ぎか。


「よ、よろしくお願いします……マリアさん」


「……」


「な、なに?」


「はあ…………」


「ど、どうしたの!?」


 マリアは深いため息をついた。不機嫌に拍車をかけてしまったようだ。いや、不機嫌というよりは落ち込んでいるようにも見える。


「こう思ってるんでしょう……(わたくし)みたいな量産型のからくりに、こんな大きな仕事任せられるわけないって……」


「いや別に、そんなことはないよ」


 本当にそんなことを考えているとでも思っているのだろうか。からくりにしてはマイナス思考過ぎる。


「ずっとモデル名で呼ばれる私に価値なんてないんだ……ああ……思い出したら泣きたくなってきました」


「……」


 どうやら、彼女は名前を付けてもらえなかったことで自分の自信を失ってしまっているらしい。だとしてもこのような落ち込みようは、まるで人間のようだ。


「そんなことないよ、マリアさん」


 がっくりと肩を落とす彼女に、ヒイロは普段と変わらないトーンで励ました。こういうときこそ、ヒイロの何でも素直に言ってしまう性格が活きるはずだ。


「ひぃ……彼岸花」


 しかし彼女はヒイロに近付かれた瞬間に大きく飛び退いてしまった。恐らく彼岸花といえば化物だという噂の印象が強いのだろう、ヒイロを怖がっている。

 ヒイロはそんなことは気にせずに、話を続ける。


「人の……からくりも同じだけど、価値は名前で決まるものじゃない。花奏さんたちが君を頼ってくれたことが、その証なんじゃないかと思うのだけど」


 ……やはりこういうときに、ヒイロは頼りになる。純粋だからこそ届く言葉もあるというものだ。


「ぅええ……そうでしょうか……が、がんばりますっ」


 マリアは、相変わらず卑屈な姿勢は消えそうにないが、心なしかその言葉には先程より弾んでいるようにも感じる。

 彼女が元気を取り戻してくれて、ひとまず安堵の気持ちがこみ上げてきた。


「では、今回のお仕事の内容について説明します──」



「……♪」


 柔らかな手のひらに、小さな果物ナイフが押し当てられる。


「今日はどんなお話をしてくれるのかしら?」


 ぽた、ぽた。

 紅い雫が数滴にわたって、『それ』に落下する。


 『それ』は一滴の残りもなく、純白の花弁を紅く染めて血を吸い上げる。


『……』


「うふふ。そうよね。寂しかったのよね。前に叔父様に見つかってしまったときは、どうなることかと思ったけれど」


『………』


「ほら、こうしてちゃんと戻って来たでしょう? いっぱいお話しましょうね」


『…………』


「それにしても。あなたが早く、私の名前を呼べるようになれば良いのに……私も、あなたの名前が知りたいのよ。いつまでもおハナちゃんじゃ嫌よね?」


『……………』


「ああ……血が足りなかったのかしら。ごめんね、もっとあげるわ」


 ぼたぼたぼた。

 今度は勢いを増して血液が流れ落ちる。

 

 体内を巡る血が足りなくなったのか、足元がおぼつかなくなり、ふらふらと床に倒れ込む。しかしその顔には笑みが浮かんでいた。


「……ふふ。私が、あなたを自由にしてあげるからね……」

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