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第7話 『協力』

 ──寒い。


 花奏(かなで)に案内された室内は冷気で満ちていた。以前の自分なら何とも思わない程度のものだが、見知らぬ森で目覚め、行く先々で彼岸花だと言われるようになってから、ヒイロは身体に何らかの変化があるのを感じていた。

 いくら走っても疲れを感じなかったり、植物に対して謎のシンパシーを感じたり、髪の毛が真っ白に変色していたり。もちろん以前の自分がどうだったか、という記憶は未だ思い出せてはいないが、こうではなかったという感覚は確かにあるのだ。


 そしてこれもその一つだ。森の中の纏わりつくような湿気とは真逆の、肌を刺すような冷気はよく効く。まるで身体が内側から破壊されているようだ。


 段々と、身体の自由が利かなくなる。

 花奏に裏切られた──とは、思っていなかった。

 彼女にも言ったとおり、研究者なのだから仕方のないことだと思ってすらいる。


 過去にも同じように、己のために他人を犠牲にした誰かを見たことがあるような気がする。それが誰なのか、いくら頭を捻っても記憶にされた蓋が開くわけではなかった。


 何も分からないまま目覚めて、何も分からないまま終わる。誰も彼も、運命すらも──自分勝手だ。


 胸の奥で湧き上がる感情。煮え滾る湯のような、燃え盛る炎のような熱。

 ──凍り付いた身体を溶かすようなその熱の発生源は、ヒイロの着ていたジャケットのポケットだった。ヒイロはあることを思い出し、そこへ手を伸ばす。

 取り出したのは真っ赤な小球だった。不思議な手触りの、手のひらサイズの玉。


 そう、それは『お守り』だった。(はじめ)の家から逃げる際に、彼がヒイロに譲り渡したもの。

 何のためのものなのか、ヒイロにもマコトにも理解できていなかったが、ヒイロはそれがほんのりと熱を発していることに気が付く。同時に、機能を失っていた身体は熱を取り戻し始める。


 ──これなら。

 ヒイロは立ち上がる。千切れた神経は繋がり、裂けた肉は閉じていく。熱はこの身体の力の源の一つであるらしい。小球を強く握りしめるたびに、その熱は高まっていくように感じる。


 このとき、ヒイロ自身は気付いていなかったようだが──彼の髪と瞳は、鮮やかな(あか)色へと変わっていた。



「……」


 花奏はヒイロが入った部屋の様子をモニターで確認していた。余計なことは考えずに、ただそれの動きが止まるのを待っていた。

 しかし。


「な、何これ……部屋の温度が」


 上昇している。ヒイロを中心にして、周囲の冷気が熱に溶けていく。

 どういうことだ。彼岸花には、寒さから身を守るために熱を発する性質でもあるというのか。


 それを考える暇はなかった。

 ドォン! という大きな音とともに、強固に閉じられていた金属の扉が吹き飛んだのだ。


 花奏の後ろでひしゃげた扉とその破片が転がる。驚きのあまり椅子から落ちてしまった花奏が見たものは、あり得ないものだった。


「……あんなに硬い扉を粘土みたいに曲げちゃうなんて、彼岸花ってそんなに力持ちなの?」


 冷気と熱気が混じった空気と共に現れたのは、真っ赤な髪をなびかせた一人の彼岸花。

 彼は何も言わない。先程までの様子とどこか違い、まるで中身が別人と入れ替わってしまったかのように、花奏が知る姿とは違うように見えた。


「……花春(はる)?」


 彼は花奏を見てそう言った。誰かの名前のようだが、そのような人物はここにはいないし、シキの中にも、その名の兄弟はいない。


「ハル……? わたしは花奏だよ」


 ヒイロは黙ったまま動かない。花奏も何を言えば良いのか分からなかった。


 しばらくすると、周囲の熱気が引いてくる。同時に、ヒイロの髪と瞳の色は元の色である白に戻っていった。彼はゆっくりと口を開くが、


「花奏さん、俺は──」



「待ったーー!」


 そうして勢い良く開け放たれた花奏の研究者の扉。

 息を切らして立っていたのは、花奏たちの前から逃げ出していたマコトだった。その後ろからはあの悪戯好きのコシキが顔をのぞかせている。


「って何、この状況! コシキ、説明して!」


 勢いで駆けつけたのは良いが、奥に見える謎の部屋に、外れて曲がった扉、倒れている花奏。マコトには何がどうなっているのか理解できなかった。


「分っかりました!」



 叶芽(かなめ)に連れられて行った後コシキたちは自分の持ち場に戻っていったが、00248(以下コシキ)は好奇心からマコトたちの跡を付けていた。


 そこでコシキが見たのは、研究所の外に逃げ出すマコトと、それを追いかける叶苗(かなえ)。そして体調不良の研究員を支えて個室へ連れて行く花奏とヒイロの姿。

 コシキは、叶苗が花奏に何かを耳打ちしたことを見逃さなかった。

 これは何かあるぞと、さらなる好奇心が止まらなかったコシキは花奏たちを追いかけた。一体どこへ向かったのか……着いた先は花奏の個人の研究室。


 いよいよ怪しいと思ったコシキはマコトを探しに後戻りで走っていたところ、偶然にも廊下の向こうから同じように走ってくるマコトと鉢合わせ、事情を説明して今に至る。



「これはいよいよ、マコトさんを取り合うバトルが始まるのではないかと思った所存ですが! 思ったより大変なことになってたみたいですね……?」


 扉の瓦礫を見たコシキは若干引いている。


「……いや、絶対そうじゃないでしょ! ヒイロ、花奏さんに何してるの!」


 倒れる花奏とその前に立ち塞がるヒイロ。ヒイロが何か誤解をして花奏に危害を加えようとした……そういった構図にしか見えない。


「待って、マコトくん! わたしが悪いの」


 花奏は否定するが、この状況で一体どうして彼女が悪役になり得るのか。とはいえ、話を聞くまでは判断できない。十中八九ヒイロが悪いとは言わないでおく。


「俺は、花奏さんの研究を手伝っていただけだよ」


「ち、違うのよ……わたしがヒイロくんをサンプルにしようとして……」


「さ、サンプル……?」


 他人に対して使うべきではない言葉が花奏の口から飛び出す。どうやら本当に彼女の方に原因がある可能性が出てきた。



「ええと……つまり、花奏さんがヒイロを動けなくしようとしたところで、ヒイロが覚醒した……と?」


 二人の説明を受けて飲み込めたのはそれくらいだ。

 彼岸花の噂話によると、彼らの普段の髪の毛の色が真っ白なのは警戒されないため、とされている。となると、ヒイロの髪が一瞬で赤色に染まったのは、彼が本能的に命の危険を感じ取ったからなのだろうか。

 しかしヒイロの答えは微妙に違った。


「いや、俺は何も。はじめんのお守りが役に立ってくれたみたいだ」


 ヒイロの手にあるのは赤い小球。一が託した使い道の分からない『お守り』。

 彼の話によると、この小球から放たれた熱が周囲の冷気を吹き飛ばし、窮地を脱したのだとか。何とも摩訶不思議な話だ。

 一がこのような状況を想定してヒイロにこれを渡していたのだとしたら、相当な切れ者だ。そしてヒイロに彼岸花とは何かという答えを自分で探せ、という意味でもあるのだろう。


「ハジメさまのお守り……」


 じっと、花奏はそれを見つめている。今にも直接食らいつきそうな勢いだ。


「い、いや、そうじゃなくて…………本当にごめんなさい! ヒイロくん、怪我はなかった?」


 花奏は深々と頭を下げた。彼女自身も傷を負ってはいないようだが、真っ先に謝罪と相手の心配をしてくれるところに好感を覚える。

 今回のことがヒイロに原因がないことは分かった。全て花奏に非があるとは言わないが、せめて何か相談してほしかったところだ。


「俺なら大丈夫。気にしなくてもいいよ」


「そう言われても、わたし、自分勝手でヒイロくんを傷付けちゃって、本当にどう償ったらいいか……」


 花奏は自分の行いの重大さに気付いたように頭を抱え出し、その焦りが言葉の節々に滲み出る。


「傷はついていないから、本当に大丈夫だよ」


「そういうことじゃないと思うけど……」


 彼女が言いたいのは、恐らく精神の傷とか信頼関係の損失とか、そういったものだろう。


「……花奏姉さん、失敗したんだ」


 すると入口の方から声がする。マコトを追ってきた、シキの女性だ。


「叶苗……」


 花奏が彼女の名を呼ぶ。

 叶苗はマコトと同じくらいに息切れをしていた。


「マコト……なんであなた、私の提案を拒否したの」


 叶苗は言った。


「からくりのくせに……人間の命令を聞かないなんて、不具合でもあるんじゃない?」


 そう。マコトはあのとき、叶苗に追い詰められていたが、そこからも逃げ出したのだ。


 叶苗の言う通り、からくりが人間の命令に背くなどあってはならないことだ。しかしそれは世間のからくりに対する認識というだけで、マコトはその機能が自分に備わっているという実感はなかった。それを不具合だと言われるのは、予想外でありショックでもあった。


「私はあなたのそれを知りたいだけなのに。あなたを研究させて欲しいって言ったの、あなたは自分のことを知れるし、私たちは研究が完成に近付く……いい『協力関係』だと思わない?」


 叶苗の言う通りだ。マコトは自分のことを何も知らないし、シキヤシキの技術の発展に貢献できると言うのならむしろ光栄なことかもしれない。


「これは……叶芽のためなの」


「え? 何か言った……?」


「なんでもない。マコト、私に協力するの? しないの? ……また拒否するなら、私、あなたをバラしてでも連れてくから」


 バラす、と言われ、マコトはひっと息を呑む。叶苗の目は本気だ。

 この提案を受け入れようが受け入れまいが、マコトは不自由を強いられるに違いない。そしてマコトは極力、自分の中身を見られたくないというのが本音だった。


「マコトは君には協力できないよ」


 すると唐突に、ヒイロが口を挟んだ。


「そう。ならあなたのお友達をバラバラにする」


「それもだめだ。マコトは『愛』を探さなければいけないからね」


「……愛?」


 叶苗は眉をひそめた。いきなり何だ、という顔だ。

 愛──その言葉をマコトに教えたのは一だ。マコトにはそれが何なのか、理解できていない。


「わあ。ヒイロさん、大胆」


 コシキは一人静かに盛り上がる。そこに花奏がげんこつを入れた。


 マコトは、何も知らない。叶苗に言われた通り、自分のことを何も知らないし、愛が何なのかも知らない。自分の生まれた意味すらも分からない。

 天草社の人々……研究員の願い通りに、壊されたくて始まった旅路だった。でも──ヒイロや、一の暖かさに触れ、諦められなくなっていたのだ。意味を探すことを。


「僕は……知りたい、僕が生きる意味を」


「からくりの生きる意味? そんなこと、あなたが考えることじゃ……」


「いいや、僕が考えることだ。思考する一つの存在として、僕は責任と誇りを持っていたい」


 からくりがそんなことを言うなんて、叶苗や花奏、ヒイロの目にはおかしく映っているだろう。それでもマコトは退かない。


「そ……それに僕が愛を見つけられたら、叶苗さんにとっても僕は、すごく研究価値のあるからくりになるんじゃない?」


 これは半分屁理屈だ、こんなことで説得できるとは思っていない。

 しかし叶苗はそれを聞いて、何か考え始めた。


「愛…………そう、愛ね。確かに、それも必要なのかもね」


 叶苗は顔を上げた。


「いいよ。あなたの大事なものが見つかるまで、待っててあげる」


「え……えええ? 本当に?」


 すごくあっさりと納得されてしまった。悪いことではないのだが、上手く行きすぎて逆に怪しささえ感じる。彼女は何を思って結論を出したのだろうか。


「あーあ、結局全部上手くいかなかったね、姉さん」


「やっぱり、会ったばかりのヒトに『研究対象になってください!』 なんて良くなかったね……うう……本当にごめんなさい……」


「……いや、会ったばかりじゃなくてもダメだと思うけど」


 落胆するシキたちに、マコトは突っ込みを入れる。

 さて……ここからどうしたものか。


「二人には申し訳ないことをしたかもしれない。俺に何か『協力』できることはないかな?」


 ヒイロは言う。自分がデータを提供できない代わりに、彼らのために手伝えることはないだろうか。マコトもそう考えていた。

 『愛』を探す……なんて言ったものの、その道のりがまるで分からない。ならば、まずは情報収集も兼ねて何か行動を起こさねば。


「(愛……ですって叶苗リーダー。なんだか聞いてるだけで照れてきちゃいますね)」


「(マコトはまだ知らないだけ。後でからかっちゃだめだよ)」


 いたずらコシキと叶苗がこそこそと会話をする。コシキはうずうずしているようだ。そんな二人の様子を、花奏は呆れ半分で聞き流した。


「それなら……君たちにやってもらいたいことがあるんだけど」

ここから投稿期間空きます(._.)

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