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第5話 シキヤシキ

「うわあ…………!」


「すごいよ、マコト。こんな素晴らしい都市は見たことがない」


 あまりの驚嘆に声も出ないマコトと、興奮気味に身体を動かすヒイロ。

 二人が案内されたのは、ガラス張りの通路だった。それもただの通路ではなく、その場所が特殊な。


「どう? 高所から見る我らがシキヤシキは。あのドーム型の建物が研究所だよ」


 そこはまさに未来都市のようで、花奏(かなで)が指す方向には、巨大なプリンのような建物の周りに五つの建造物が囲むように建っている。マコトたちはその上空に掛けられた透明なガラスの通路を歩いていた。

 通路のすぐ上には一見青空が広がっているように見えるが、よく見るとそれは青空を映したスクリーンの天井がある。下に向かって来たことからこの場所が地下だと分かるが、ここでは作られた空に、コントロールされた天候が当たり前なのかもしれない。


「ここは何かの研究施設なんですか? シキヤシキって一体……?」


「そうだね、まずはそこから説明しようか」



 シキヤシキ。地下に作られた巨大な研究所。

 初代所長は花奏の祖父であるという熾鬼(しき)椰樹(やしき)。ここでは主に五つの分野に分けられて研究が行われており、それぞれの責任者は熾鬼家の血縁者が担っているという。


 そして花奏は、その中でも植物科学研究の責任者。コシキからリーダーと呼ばれていたとはいえ、そこまで重要な立ち位置の人物だとは思ってもみなかった。


 肝心のコシキは、なんと花奏の──厳密に言えば彼女の母の研究によって作り出された『植物』……ということらしい。

 一体何を言っているのか分からない。マコトもヒイロも花奏の言葉の意味を理解できなかった。


「植物? 全然そうは見えないっていうか、え? 本当に?」


「ほんとほんと。コシキには血も通っていないんだよ。見た目は子供でも、知能は研究員並にあるスーパー生き物なの」


 いちいち言い回しが独特というか、空気の読めていなさが半端じゃない。

 そもそも、こんな純粋そうな子供が人間ではないなど、すぐに信じられるわけがないではないか。本人、いや本植物(?)を前にしても普通の人間と全く見分けがつかない。


「ヒイロは何か感じないの? こう……同じ植物? として」


 花奏には聞こえないトーンでヒイロに問いかける。暫定彼岸花である彼になら何か分かるかもしれないと考えたからだ。


「言われてみれば、何処となく似たものを感じるかも……いや、俺はまだその彼岸花だと確定したわけじゃ……」


 一度認めてから口ごもっていくあたり、ヒイロ自身も自分が彼岸花ではないと言える自信が無くなっているのが分かる。マコトとしては現時点で事実の確認が不可能なので、何か言おうにも何を言えば良いのか分からない。


「コシキはね、彼岸花の研究で得られた副産物みたいなものなの。わたしのお母さんが作ったんだけど、見た目のモデルは小さい頃のわたし。だからこんなにそっくりってわけね。それでまあ、びっくりするのはここからだと思うんだけど……」


「「リーダー!」」


 花奏が何かを言おうとする前に、後ろの方から彼女を呼んでいるであろう声が聞こえる。その声は先程も聞いたことのある、幼い子供の声だ。


「ん?」


 それはおかしい。なぜなら、声の主と思われるコシキはマコトたちの前を歩いているからだ。ならば、今の声は一体誰のものなのか。


「って、こっちにもコシキ!?」


 マコトが振り返ったその先には、コシキと瓜二つの子供がいた。これだけでも驚くべきことなのだが、幻覚でも見ているのか、なんとコシキの姿が分裂しているように見える。一斉に集まるコシキたちと、母親のようにそれをなだめる花奏。


「ねえ、ヒイロ。なんか、コシキがいっぱいいるように見えるんだけど……幻覚かな?」


「俺も見えてるよ。というか、マコトはからくりなのだから幻覚を見ることはないんじゃないかな?」


 それもそうだ。と納得してから、いや問題はそこじゃない、と唸る。ならあの大量のコシキは全てそこに存在する本物だというのか。見たところ、数十人はいるようだが。


「はい、ちょっと静かにしてー! お客さんが来てるんだよ」


「えー」「誰?」「はやくー」などなど。コシキたちは口々に文句を言い、それが幾重にも重なって非常に騒がしい。


「おい、ガキども! 姉さんが困ってるだろうが」


 すると今度は知らない声がコシキたちに浴びせられる。コシキたちは一瞬動きを止めた。


「あ、叶芽(かなめ)。この子たちを一旦連れて行ってもらっていい?」


「分かってる……が、開発者として責任は持って管理しろよ」


「もちろん。ただ、今はちょっと取り込み中で……ね?」


「何をしてたんだ……って、え? あれは……誰だ?」


 目が合ってしまった。通路を埋め尽くすコシキたちに気を取られて、マコトとヒイロに気が付いていなかったらしい。


「どうも……」


「初めまして」


 嫌な予感がしたのでなるべく温厚に済むように挨拶をしたつもりだったが、マコトの望みとは裏腹に、謎の男の表情はみるみる険しくなっていった。


「おい……! 部外者を入れて良いと思ってるのか! 今すぐこいつらを外に出せ! それか消せ!」


 男は花奏に掴みかかる。消すとか物騒なことが聞こえた気がするが気のせいだろうか。


「ちょ、ちょっと落ち着いて、叶芽」


 花奏は事態の割に焦りが見られず、コシキたちが彼らを心配するように見つめている。


「落ち着いていられるか! 『シキヤシキ』にいて良いのは俺たちシキとコシキ、それから俺たちが認めた研究員だけだ!」


「分かってる……大丈夫だから、離して」


「そうは言ってもな……!」


「叶芽」


 花奏は真剣な顔つきで男を制止する。その気迫に気圧されたのか、彼はそっと花奏の肩から手を離した。


「……分かったよ。信じてやる。だがくれぐれも気を付けてくれよ」


「うん、いい子」


「……撫でるな」


 男は「00248」と呼ばれた個体も含めて、コシキたちを連れて通路を戻って行った。一度だけ思うところがあるように振り返ったが、笑顔で見送る花奏の言うことには逆らえなかったようだ。


「ごめんねー、あの子、取り乱しちゃって。悪い子じゃないんだよ。ただ少し怖がりなだけなの」


「あの人は……弟さんですか?」


「うーん、まあそんなもんかな。叶芽っていって、機械工学研究の責任者なんだよ」


「ああ、どうりで……」


 五つの分野のそれぞれの責任者は、熾鬼家の血縁者が担っている。その情報が事前にあったので、彼については大体飲み込めた。なぜなら今しがたマコトたちの前に現れた叶芽は、やはりと言うべきか、花奏とそっくりな顔をしていたからだ。


 なんとなく理解した。ここ『シキヤシキ』には、同じ顔をした『シキ』たちが存在しているのだ。


「初代の遺伝子が濃いんだろうね。細かいことは奏羽(かなう)に聞いてね」


 濃いどころではない優秀な遺伝子だ。そしてまた知らない名前が出てきた。当たり前だが専門ではないことは無責任に他人任せで、どこから説明する気がないのか分からない。


「まあ、これで大体わかったかな? あとは、君たちがどの『シキ』に、どうして会いたがってたのかを教えて欲しいかな」


 少し、『シキヤシキ』について整理しよう。

 これまでの状況からの憶測も含まれるが……まず、ここは同じ顔の熾鬼の兄弟たちがそれぞれの分野について研究している地下の施設。花奏と叶芽、そして名前だけ出てきた奏羽に、あと二人の『シキ』がいるわけだ。

 『シキ』と同じ顔を持つもう一つの存在がコシキだ。彼らは植物科学の研究の産物の植物であるらしいが、目で見た限りは決してそうは見えなかった。

 また、施設の周りにはあちこちにロボットの姿が見られる。からくりほどの性能はなくとも、一つの町を回すには十分な活気がある。

 空を映すスクリーンといい、ここには地上よりも高度であろう技術であふれている。


 そしてこちらは花奏の疑問に答えたいのは山々なのだが、それに対する明確な答えというものが出せそうになかった。

 どの『シキ』に会うためかと聞かれても、誰も知りません、としか言いようがない。


「俺たちは、はじめん……(はじめ)さんという方からシキさんに会えと言われて来たんだ」


 考えあぐねていたマコトの代わりに、ヒイロが口を開いた。


「ハジメ……?」


 その名前を聞いた花奏は少し考え込んだ後に、勢い良く顔を上げた。


「ハジメって、あのハジメ!? 機械だけじゃなく百の分野に精通していると言われてる、レジェンドの!」


「レジェンドなの、あの人」


 あの気怠げな中年のことを言っているのなら、人違いだと思いたいが。しかし彼と過ごした短時間でも、その能力の高さは十分に見て取れた。もしかしたら、花奏の言っているハジメで間違っていないのかもしれない。


「そりゃあもう! 噂では、シキヤシキの設立に大きく貢献したとか、最新型のからくりの開発に携わったとか。全研究者の憧れのような人だよ!」


「シキヤシキの設立? それって初代のヤシキさんと知り合いだったってこと?」


 熾鬼(しき)椰樹(やしき)といえばシキヤシキの設立者とのことだが、それは花奏たちの祖父であったと聞いている。花奏はいくら高く見積もっても二十代前半にしか見えないので、その祖父の世代となると少なくとも四十年程前という計算になるのではないだろうか。

 そして肝心の一は、それこそ三十から四十代の外見だったはずなので、彼は見た目よりも大分年を取っていたということになる。それにしては軽快な身のこなし、現役の狩人という肩書には驚くべきものがある。


「そうね。もう、どんなイケオジなのか気になっちゃうね! 君たち知り合いなんでしょ? わたしの名前を出してくれるなんて、嬉しすぎてどうにかなりそう!」


「イ、イケオジが好みなので……?」


 彼女の想像する姿とは多少違いがあると思われるが、心の中でひっそりと一にエールを送っておく。


「それと、花奏さんの名前を出したわけじゃないからね。『シキ』とだけ聞いてたんだけどね」


「何言ってるの。わたしも兄弟もコシキもみーんなシキなの、つまりシキとはわたしのことでもあるの!」


 暴論だ。だが、それほど嬉しかったということで納得しておこう。

 舞い上がっていた花奏は咳払いをした。


「こほん……それで、そのハジメさまはどうしたの? 君たちが代わりにお使いにでも来たとか?」


 マコトとヒイロは言葉に詰まる。あの後、一がどうなったのかは二人にも分からない。彼の無事を祈るばかりだが、このことをを花奏に言えば彼女はショックを受けてしまうだろう。


「……まあ、ハジメさまの言うことなんだし、一旦事情は聞かないでおくよ。取りあえず、シキヤシキを見て回ってみる?」


 秘匿された場所であり立ち入りが制限されているシキヤシキに入れてもらえただけでなく、ほとんどの素性を隠したままで、本来ならすぐに追い出されてもおかしくはないだろう。一への花奏の信用に深い感謝を抱いた。

 ヒイロは記憶がないし、マコトにもこれ以上の当ては無い。ここは取りあえず、花奏の厚意に甘えても良いだろうか。

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